型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

呑兵衛和尚

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第3章・神と精霊と、契約者と

第105話・不可能を可能にするのが勇者ですが、私は商人なので。

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 はぁ。

 前回の開港祭の時はまあ、私も税金対策のために心が動いたということもありますが、今回はレベルが違いますよね。
 無碍に断るためにも、まずは柚月さんともご相談。
 いえ、私を仲介しないで直接お話を持って行かれた時の対処ですよ。

「……という事で、商業ギルドとしては、柚月さんたち勇者の皆さんを使って客寄せしたいそうですけど」
「でも、その時期ってあーしたち、クリスっちから旅行券を貰って帰るし? そもそも日本にいるから参加できないし……って、ちょい待ち、あーしたち帰ったら、歴史が変わるし?」

 ん?
 歴史が変わるのです?

「あの、それってどういう事なのですか?」
「クリスっちに簡単に説明すると。あーしたちは、あと半年したら地球に戻れるし。その時に、帰るための時間軸を選べてね。それこそ、この世界に召喚された時間に戻ることもできれば、この世界での時間経過も含めた時間軸に戻ることもできるし。緒方っちは数年過去に戻って、自分の歴史をやり直すって話していたし」
「なるほど!! でも、私から旅行券を買って帰省しますと、来年戻った時の時間軸はどうなるのでしょうか? 柚月さんは、召喚された時間に戻るのですよね? その時に、私たちの記憶は……」

 全てが無くなってしまうとなると、淋しく感じますけど。
 でも、それも柚月さんの選ぶ道。

「記憶は消しても消さなくてもいいし。だから、あーしは消さない。この世界で辛いこともあったけど、それ以上の経験も、出会いもしたから。それに、あーしの能力は消えないから、元の世界に戻っても魔法が使える……かどうかも、帰省したら試したいし」
「でも、今回帰省して……その半年あとで柚月さんが本当に帰る時、もしも元の時間を選んだとしたら? その時は、どうなるのですか?」
「んんん?」

 ひょっとしたら、もう一人の、帰った後の柚月さんに会ってしまうのかもしれませんよ? その時に混乱……はしないのか。
 元々、私の旅行券で戻ったときに記憶が残っているのですから、帰った柚月さんはうまく対処してくれるのでしょう。
 ひょっこりと、過去の自分に合うっていうこともすごいと思いますけどね。

「ん~、あーしは多分、大丈夫。歴史の中に、本来のあーしとこっちのあーしがいたとしても、それは必然であり歴史は問題ないと判断したと思うから。もしもダメなら、旅行券を使った時に帰れなくなるはず。だから、クリスっちは安心するし。そんな映画を見たことがあるし」
「なるほど、映画とはあの丸い円盤ですよね? そうですか……では、商業ギルドにも、そのように断ってきますね」
「そうするといいし。心配なら、あーしもついていくし?」
「まあ、ブランシュさんがいますからご安心を」

 昨日から、ずっと何かを読んでいますけどね。
 武田さんから貰った小説とかで、勇者言語で書かれているのに、分かるものなのですね。さすがは、元勇者のエセリアルナイトです。

「では、善は急げで、さきに話をつけてきます」
「あいあい、きをつけるし」

 笑顔で送り出してくれる柚月さん。
 そして部屋の外で脚に座り、涙を拭きながら本を読んでいるブランシュさんにも声を掛けます。

「ブランシュさん、商業ギルドにいってきますけど、どうしますか?」
「ん? ああ、着いていくさ」

 本をアイテムボックスに仕舞い込んで、ブランシュさんが立ち上がりました。

「なあ姐さん、『型録通販のシャーリィ』って、小説も取り寄せられるのか?」
「小説……本ですよね? それは調べないとわかりませんけれど。なにか、欲しいものがあるのですか?」
「今読んでいるやつの続きが欲しくてな……」
「ふむふむ、それは後ほど調べることにしましょう。確かに、それは商品としても……無理無理、勇者言語の読解なんて学者でも難解なのですよ? 売り物にはなりませんけれど、趣味の範疇なら購入してあげますよ」

 そう返事を返すと、満足したかのような笑みを浮かべて親指を立てました。
 サムズアップ、という勇者のハンドサインですね。
 念話を使えない戦場などで、仲間に送る合図の一つだそうです。
 詳しいサインは勇者語録にも殆ど残っていませんけど、このサムズアップだけは万能な合図ということで残っていますよ。

………
……


──サライ・商業ギルド
 話は早い方が良いと、早速やって参りました。
 真っ直ぐに受付カウンターへ向かいますと、商業ギルドパスを取り出して提示します。

「フェィール商店のクリスティナ・フェィールです。ギルドマスターにお話がありまして来たのですが、取次をお願いします」
「はい、お待ちしていました。こちらへどうぞ」

 あっさりと話はついたようで、どうやら私が来るとすぐに通すように言付かっていたようです。
 そして事務室横の応接室へと案内されますと、すでに商業ギルド統括、つまりギルドマスターが座って待っていました。

「いやぁ、さすがはフェィール商店ですね。もう、話はつけられたのですか」
「はい。こういうのは早めに話を通した方がよろしいかと思いまして。それでは、今回の新年祭についてのお話を」

 そう告げてから、私も椅子に座ってテーブルに広げられている露店図を確認します。
 すでに『フェィール商店用』と割り振られた場所がありますので、その一角、角地にあたる二店分をトントン、と指し示して。

「新年祭、フェィール商店はこの二か所で店舗を構えますので、よろしくお願いします」
「え? 勇者様たちは?」 
「実家に帰省するそうですよ? ですから無理は申せませんので」
「実家に帰省……そ、それなら仕方がありませんか」

 新年祭を故郷で過ごすのは、昔からの風習です。それを自分勝手に、無理難題を押し付ける事はできません。
 商業ギルド統括ならば、この程度の常識は当たり前なので、これは引くしかありませんよね。

「では、せめてフェィール商店の店舗を増やしてもらえませんか?」
「当店の従業員は三名でふが、シフトで常に私とあと1人しか露店を見る事はできません。それに、新年祭だけ人を雇うというのも、当店の理念に反します……そもそも、うちの商品は異世界の勇者様御用達、信頼できるものにしか商品を託す事はできませんので」

 キッパリと言いました。
 さあ、これで話は終わりですよね?

「なるほど。フェィール商店の方針ならば、それは仕方がない事……確かに、貴重な商品を、どこの誰ともつかない日雇いの人間に託すなど、ましてや会計を任せることなどできません」
「その通りです!!!!」
「では、その日雇い用の人材、当商業ギルドの従業員を派遣しましょう。流石に10店舗とまでは行けませんが、せめて二つ追加で、合計四店舗での出店を、どうにかご検討頂けますか?」
「商業ギルドからの派遣……ですか」

 これは予想外。
 まさか派遣されるとは。
 ましてや商業ギルドの関係者ならば、横領などは行わないでしょう。
 アイテムボックスも所有しているでしょうから、在庫を預けた上で、後から出納帳をチェックし、金額と在庫を確認できます。
 ううむ、これはしてやられましたよ。

「姐さん、この件は引き受けておけ」
「え? そうなのですか?」
「ああ。それで、横から話を挟ませてもらうが、この派遣は新年祭当日だけではないよな? こっちにも商品の準備がある。それを踏まえての準備期間の派遣も、考慮に入れてもらえるんだよな?」

 おっと、そうきましたか。
 それは確かに大切ですし、そこも……なるほど、私は理解しました。
 福袋の作成は、全て手作りになります。
 その派遣にも袋詰めを手伝わせるのですね?

「それは当然です。あらかじめ、何日前からの派遣かご連絡いただければ、商品の準備などのお手伝いも構いませんし、必要ならば倉庫をお貸ししますよ。貸し倉庫ならいくつかありますので」
「わかりました。それでは、新年祭のために四人ほど派遣をお願いします。日程は後日、改めてご連絡しますので」
「わかりました。それでは、よろしくお願いします」

 交渉成立。
 ガッチリと握手をして話はおしまい。
 私は清々しい気持ちで、商業ギルドをあとにしました。

「二つの店舗となりますと、何を売ったら良いのでしょうね」
「姐さんの食品及び雑貨、俺が衣類とアクセサリー。露店の一つは福袋としてあと一つか。柚月や紀伊國屋にでも、相談したら良いんじゃないか?」
「そうですね。折角ですから、相談してみましょう。では、ブランシュさんは柚月さんに、私は後の三人に聞いてみますよ」
「待て、その悪意しか感じない担当はなんだ?」
「え~、ブランシュさんは、柚月さんとお話ししたくないのですか?」

 ああっ、今の私、顔がニマニマしています。
 人の恋路を邪魔する奴は……馬に蹴られて宇宙の始末?
 あれ、そんな語録ありましたよね。
 
「それなら夕食の時にでも、みんなに一緒に聞いたほうがいいだろってことだ。なんでわざわざ、個別に聞く必要が……その笑顔はやめろ」
「はいはい。それじゃあ、夕方にでも話を聞くことにしましょう。それまでは、私はアイテムボックスの整理と、必要な商品の発注をしてしまいますから」

 おお、ブランシュさんが照れてます。
 こんな姿を見るのは初めてかもしれませんね。 
 これはひょっとしたら、ノワールさんも何かありそうって思いますよね?

『クリスティナさま。私、竜族以外と番になる事はあり得ませんので』
「あ、はい、失礼しました」

 うわ、頭の中で怒られました。
 それでは、いつもの露店に向かって商売がてら、色々と検索することにしましょう。
 
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