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エルフさん、考える

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 アルカ・トラスが日本にヒョイと姿を現してから、既に三ヶ月。

──コンコン
 HTN放送局外にある公園の外れ、アルカの立てた小さなテントのある区画に来客があった。

「……はい? 何方ですか?」
「北海道庁総合政策部から来ました竹林と申します。北海道知事の土方唐十郎より書簡を預かってまいりました」
「はい、少々お待ち下さい」

 おっと、これは大切なお客様です。
 すぐさま扉の閂を外して中庭まで案内すると、テーブルにティーセットを用意して招き入れた。

「これは丁寧にありがとうございます。こちらが書簡です、すぐに開封して確認してもらってくるように仰せ使いました」
「はい。では早速……」

 すぐにレターナイフで開いてから中身を確認する。
 そこには、アルカ・トラスが日本国籍を修得するために必要な書類が納められている。
 既に土方知事が手を回してあり、あとは裁判所に最後の審査に必要な提出書類を纏めるだけである。
 

「成る程、これはありがとうございます」
「では、中身を確認していただいたので、こちらもお渡しします」
「これは?」
「国籍を修得した際に発行されるマイナンバーカードの説明書ですね。アルカさんが日本国民になりましたら、自動的に発行される個人を示すナンバーです。
 正式に国籍を得た際には写真付きのマイナンバーカードを修得することをお勧めします。あと、これも後日ですが国民健康保険の加入手続きとか、色々と細かい申請についての説明書をお持ちしました」


 あ~。
 成る程、そういえば高橋さんの記憶の中に色々とありますね。けどさ、健康保険についてはいらないような気がする。
 だって、魔法使えるから病気や怪我は回復するし、突発的な事故についても『再生の指輪』をつけているから、ゆっくりとだけど自動治癒してくれるんだよね。
 
「私は魔法が使えるので健康保険については加入しませんので。ええっと、あとは国民になったら発生する納税義務ですか、これはまあ、基本的には無職でHTN放送局に仕事を貰って稼いでいるだけですから」
「そうですか。納税は国民の義務ですので、それはちゃんと申請してくださいね。正式な手続きさえしてあれば、特に問題もありませんので」


 まあ、ここは素直に説明だけ聞いておくことにしよう。あとから色々と面倒なことになるのはごめんだけれど、どうもこの納税についてはいまいち理解できない部分が大きい。


「了解しました。ですが、この税金のシステムについてはいまいち理解できない部分があるのですが、説明をお願いできますか?」
「ええ、どの辺りですか?」
『私のいた世界には人頭税と言いまして、戸籍に登録されている人は一律おなじ額の税金を支払っています。そして商人が商売すると販売税が掛かります。後者については所得税というので理解できますが、なんでこんなに高いのですか?」

 
 その質問には、竹林さんも腕を組んで考えてしまう。

「例えばですね、私は錬金術が使えます。このように……」

 あちこちの企業を対象としたデモンストレーション用に用意した文房具、その中から鉛筆をまとめて手に取ると、一瞬で木材と粘土、炭に分解する。
 さらに炭を手に取って錬金術を発動してダイヤモンドを生み出すと、竹林は目を丸くしてしまう。
 大きさにして約1ctのダイヤモンド、カッティングは水滴型と斬新な形をしているものが、アルカの手の中に生み出されていた。

「このダイヤモンドにどれだけの価値があるのかはわかりませんが、私は稀少宝石を幾らでも作り出すことができますし、それこそ海水からレアメタルや金を作り出すことができます。これについては、税金の対象となるのですか?」

 この質問にも、竹林は苦笑しながら考えてしまう。

「ええっとですね、購入したものであれば、固定資産としてその金額に対しての税金が掛かります。ですが、自分で作り出したもの……錬金術……どうなんでしょうね、私にも判別がつきません」
「ですよね~。海水からレアメタルを抽出したとすると、それって拾得物になるのかな? まさか漁業権があるからダメとか?」
「拾得物ではないですね。漁業権も関係ないかと」
「それなら、私がそう言う会社を設立して、海水から金をつくる事業をするとどうなるのかなぁ」

 そんな事になると、金の世界相場が根底からひっくり返る可能性もある。
 それどころか、アルカがあちこちの国や企業、もしくは怪しに組織に狙われる可能性もある。

「まだ国籍がない段階では、あまり結論は申せませんね」
「そうよねぇ。とにかく税金が高いって言うのはわかったわ。まあ、地方領主となると収入の6割とか7割を税金として収めろって言うところもあったから、そう考えると最大税率45%は悪くないわね」
 
 5割を切っている段階で、領主としては善人の部類に入ると言えよう。

「それを聞いて安心しました」
「それじゃあサインすればいいのね。あと印鑑はないけれど、魔法印で良いのよね?」
「そこはちゃんと許可を取ってあります」

 竹林さんに聞きながら、最後の書類仕事を終える。
 あとは無事に認可される事を期待するだけ。
 

………
……



「それじゃあ、あとはお願いしますね」
「ええ。他には何かお困りのことはありますか?」
「私、魔法の箒で移動しているのですが、これは問題ありますか?」

 そう問われると、竹林さんも考え込んでしまう。

「航空機の定義で考えると、空を飛ぶのは航空法違反で……でも、動力はないから人力で飛んでいるから……」

 ぶつぶつと考え込む竹林さん。
 その後の説明では、空を飛ぶ場合にはいくつかの法令があるとかで。

・航空法
・小型無人機等飛行禁止法
・道路交通法
・民法
・電波法
・都道府県、市町村条例

 これらの法令を全て照らし合わせてみないと結論が出ないらしいが、恐らくは特殊な許可を取ることで可能であると言う意見にたどりついた。
 最も、何処かで必ず引っかかる可能性があるので、その辺りは慎重に協議し、どうにかアルカの意を汲む形にしなくてはならないと竹林も考えている。

「あとはお任せください。では、急ぎ提出してきますので」
「はいはーい。宜しくお願いしますね」

 軽く手を振って竹林を見送る。
 もう夕方になる、今日は番組出演の予定もないため、近所のレストランで食事を取って早めに寝る事にした。

 
………
……



──ピッピッ
 敷地内テントの中、賢者の塔。
 深夜、室内にあった水晶球が赤く輝いている。
 
「ムニャムニャ……侵入者阻害結界に反応ねぇ……」

 眼を擦りつつベッドから降りると、ガウンを羽織って塔から降りていく。
 そしてテントの中から顔を出すと、覆面をした人物が4名、必死に扉を開こうとしている。
 残念、|魔法の鍵(マジックロック)が掛かっているので開くはずがないし、そもそも|警備保障(アルソーク)が発動しているので結界内には誰も入ることができない。

「こんな深夜にお客様って感じではないわよね……|雷撃の矢(ライトニングアロー)……と」

──バジッ‼︎
 一撃で侵入しようとしたもの達を麻痺させると、すぐさま|位置固定(ロック)でその場に固定する。

「え~っと。高橋さんに連絡するのが早いんだけれど、警察でも良いんだったかな?」

 困った時の110番。
 魔導スマートフォンで警察に連絡をすると、すぐにパトカーが何台も走ってきた。
 そして門の前でピリピリと麻痺している四人組を見て、あちこちに連絡をしている模様である。

「アルカさんですね、この四人組を逮捕して連行したいのですが、その、此処から動けるようにしてもらえますか?」
「あ~はいはい。|魔法解除(ディスペル)……と」

 これでロックは解除したから、あとは体の麻痺だけ。それも時間で元に戻る事を説明すると、30分ほど警察官に説明を行ってから、侵入者たちを連れて戻っていった。
 四人組にとって不幸なのは、私とのやり取りが駆けつけた報道陣に全て映し出されてしまった事。

 明日の朝のニュースが楽しみである。

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