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エルフさん、異世界に来る

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 青い空。
 白い雲。
 汚い空気。
 
「ゲホッゲホッ‼︎  なんじゃこりゃあ‼︎ そしてここは何処だ‼︎」

 ついさっきまでは、青い空、白い雲、澄み切った空と果てしなく広がる、燃え盛る業火。
 大勢の人の絶叫と、血の匂い。
 駆け抜ける黒い騎馬兵団と、蹂躙される人々。

 そうだ、隣国が同盟を破棄して進軍して来たんだ。
 そして私は師匠と共に、奴らを蹴散らしていた。
 それが、王国に勤める賢者の仕事だから。

 そうだ、私は賢者だ。
 何処の国の?
 だめど、思い出そうとしても思い出せない。
 記憶が曖昧だ、私は、私の名前は?

 慌てて、右手で魂の護符ソウルプレートを取り出す。
 これは成人した全ての種族が教会で得ることのできる、魂の身分証明。
 普段は名前と年齢しか表示されていないが、所持者が魔力を流すとそのものの得ているスキルも全て表示できる。

 いや、今はそんなのはどうでもいい。
 私は誰だ?
 名前を見ると『アルカ・トラス』と表示されている。
 そうだ、私の名前はアルカ・トラス。
 ハイエルフの賢者だ、まだ380歳と歳は若いが、王国の賢者として就任していた。
 王国?
 駄目だ、王国の名前も思い出せない。
 私の師匠も、近所の商店街の人々の名前も。
 顔も思い出せない。

「参った……しゃーない、診断ディアグノーシスっと」

 これは神聖魔術の第四聖典ザ・フォースにある、対象者の状態を確認する魔術。
 ステータス感知や鑑定アプライズとは違い、病気や怪我を調べるための魔術。

『ピッ……マナバーンによる、記憶中枢障害、記憶喪失とも言う。次元転移による障害のため、⚫️✖️△◾️に帰還することで治療可能』


 なんだ、その程度か。
 なら帰ればいい。
 帰れば?
 
「まてまて、ここは何処なんだ?」

 思わず起き上がって周りを見渡す。
 大きな公園、見たことのない服装の人々が楽しそうに語らい、戯れている。

「いやぁ、なんか嫌な予感がするぞ?」

 恐る恐る、空間収納チェストが使えるか試してみる。
 これは第六聖典レジェンド・時空魔法の一つであり、異次元に収納スペースを作り、自在にアイテムを出し入れできる。
 私程度の賢者なら、予め登録して収納した衣服や装備も一瞬で装備できる。

「お、空間収納チェストは使える。収納したアイテムも全部あるか。しかし、うちの王国の秘宝や至宝がなんで入って……ああ、そうか、襲撃された際に、姫様に頼まれたんだっけ…姫様? あれ、誰だったかな?」

 空間収納チェストには王国の巨大な宝物庫、その中身が丸々収められている。

「あ~、これか、奴らが進軍してきた目的、神々の至宝『生命の原書』だよなぁ」

 あの世界の全ての英知が詰まっているハイエルフの至宝、生命の原書。
 これは正確には、本の形をした世界樹である。
 これを手にするものは、世界を手に入れるとまで言われており、世界にただ一人生き残った私が管理していたもの。

「……魂登録オンリーワンは施しているから、私以外には使えないんだけどなぁ……いやいや、まずは鏡……」

 ヒョイと空間収納チェストから手鏡を取り出して自分を見る。
 うむ、黒髪長身、スレンダー体型のハイエルフの女性、くっそ、もっと胸が欲しいぜ。
 眼鏡はある、よし、これなら問題はない。
 このメガネは私が作った、生命の原書の端末の一つ。私はこのメガネを|深淵の書庫(アーカイブ)と呼んでいる。
 私の望む答えを導き出す英知の塊、擬似人格も組み込んである賢者最強装備の一つ。

「|深淵の書庫(アーカイブ)起動。今いる世界が何処なのか示しなさい」

『ピッ……破壊神マチュアの造りし第六の世界『エメラルド・グレイル』、日本国という島国、北海道という地方、札幌という都市、豊平区と呼ばれる区画、そこにある自然公園』

「うわぁ、あんた性能良すぎるわ。あっちの世界ではそこまで詳しくなかったよね? 随分と情報開示能力が良いことで」
『ピッ……お褒めに預かり光栄です』
「嫌味も効かないのかよ。流石は私が作った最強の魔導具だなぁ」

 自画自賛もそこまで、改めて自分の服装を確認する。
 黒のローブ、賢者の杖、ローブの下は普通じゃないミスリル糸を使ったチュニック上下。
 指には各種耐性用リング、胸元には魔力増幅用ペンダント。
 よし、全く問題ない。
 だけど、周りの人たちの目線が痛い。
 何かこう、ヒソヒソ声が聞こえてくる。

「うーん。まあ、とりあえずここを離れないとならないか」

──ブゥン
 |空間収納(チェスト)から魔法の箒を取り出して横座りし魔力を注ぐ。

──フワッ
 すると、ゆっくりと魔法の箒が浮かび上がる。
 おや? なんで周りが騒がしくなる?
 あちこちから聞こえてくる魔法だ、魔女だ、魔法少女だという声が聞こえてくる。
 
「残念、私は賢者だ」

 そう叫んでみるが、私の声が理解できていない。ように感じる。

『ピッ……周囲の音声は、私が自動的に翻訳しております』
「あっそ、ありがとう……なら、私の言葉も自動翻訳できる?」
『ピッ……お茶の子さいさい、麗日お茶子です』
「いや、それ私わからないから。まあ、よろしく」
『ピッ……音声および言語の相互間自動翻訳を開始します』

 よしきた。
 そのタイミングで、女の子が走ってくる。
 その向こうではお母さんらしき人が子供を必死に呼んでいるようだが、私は悪い賢者じゃないから大丈夫だよ?

「おねーさんは魔法使いさん?」
「いや、ハイエルフの賢者さんだよ」
「魔法使いさんでしょ? 箒に乗ってるもん」
「ん~賢者も乗れるんだよ。魔法使いは卒業して、もっと偉くなったのが賢者だからね」
「ん? 莉奈ちゃんも箒に乗れる?」

 まあ、座れば安全対策で落下防止用シールドが展開するからなぁ。
 でも、ここで勝手に載せると、多分人攫いとか誘拐犯って言われるんだろうなぁ。

──ファンファンファンファン
 何処か遠くから、変な音が聞こえてくる。
 そして近くの街道に白と黒に彩られた奇妙な塊が止まると、そこから濃紺色の服を着た男たちが出てきて、私の周りを取り囲んだ。

「ちょっと職務質問させて貰っていいかな? 何か身分を証明するものは持っているか? それと持ち物のチェックをさせて貰いたい」
「もしも武器を持っているのなら速やかに出すことだ」

 あ、これはあれだな、よく王国入り口にある関所で行われるやつだ。
 まあ。私も何が何だかよくわからないから、ここはこの国の騎士たちのいうことを聞いておこう。

「身分証明はこれで良いか? それと武器なんだけど、身を守るためのダガーとショートソード、あとはこの杖しかない。杖は大切なものだから渡せないが、ショートソードとダガーなら渡せる」

 ベルトのホルダーからダガーとショートソードを取り外して手渡す。
 別の騎士には目の前で|魂の護符(プレート)を取り出して手渡すが、私たちの世界の文字が読めるのか?



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