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第一部・食戦鬼? あ、食洗機ですか。
第20話・後始末と、これからのことと
しおりを挟む――ガバッ
目が覚める。
慌てて周囲を見渡すと、ここは私の部屋ではなく、来客用にあしらわれた客室。
そしてベッドの傍らには、女性の騎士が立って扉と窓を警戒している。
「ああ、そうか……私は意識を失ってしまったのか」
そう呟いたものの、頭の中はふらふらとしている感じがするし目の前も霞んでいるような気がする。
それに心なしか動悸が早いような……。
「シルヴィアさま、気が付きましたか。今、家宰を通して両親にご連絡します。今しばらくは、このまま部屋で待っていてください」
「はい……」
――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
そして室内に響き渡る豪快な腹の音。
うん、低血糖症だわ、これ。
スポーツジムでもよく言われている奴ですよ、とりあえずミスリル飴……じゃ糖質は補えないか。
この世界の人って、低血糖症はどうやって直しているんだろう。
「ふぅ……」
昨晩の出来事を思い出す。
冒険者に偽装していた暗殺者を倒したものの、なにか不思議な力によって暗殺者たちは首を切断され死亡。結果として優秀な冒険者チームが闇ギルドに所属していたという事実と、私の暗殺を依頼したのがワルヤーク子爵であったことまでは発覚したけれど、根本的な解決には至っていない。
「それでも……少しは進展したのかなぁ。一人だけ逃がしちゃったけれど」
ウル・スクルタスの最後の一人、神聖騎士のミランダにだけは逃げられたけれど、これで私の実力については闇ギルドにも知られることとなったと思う。
ただの暴君令嬢ではない、実力を兼ね備えた伯爵令嬢だっていうことが。
うん、ここから予測できることは二つ。
面子をつぶされた闇ギルドが総力を挙げて私を狙ってくるか。
これ以上の被害を出さないよう、私に対して手打ちを申し出て来るか。
私としても手打ちを望むのだけれど、そんなにうまい話はないよなぁ。
ミスリル飴の補充もやりたいところだけれど、もう今月の小遣いでは一つも買えないし。
そんなことを考えていると、ガタガタと廊下が騒がしくなり両親をはじめ大勢の人たちが室内にやってきた。
そして漂ってくるおいしそうな香り。
「シルヴィア、ようやく目が覚めたか!」
「あの暗殺者たちの襲撃す後、3日も目が覚めなくて心配だったのよ。ほら、教会から神聖治療師のフレッチャーさんにも来ていただいたから」
「それでは、診察を始めることにしましょう」
私の突っ込みのタイミングを全て奪ったうえ、フレッチャーさんが手を翳して静かに韻を紡いでいく。
いつか見た魔法陣、そして魔法陣から放出された神の力が、私の体をゆっくりと包む。
これって、口から吸いこんだら覚えられるのかな?
そう考えたら即実行。
見つからないように少しだけ口を開き、ゆっくりと深呼吸。
神の力の踊り食い……って、うん、甘い。
そして僅かに口の中に広がるのは、これってワインの酸味?
『神の理・神聖魔術3を修得しました』
ほらキタァァァァァァ!
神聖魔術について頭の中で考える。
うん、身体治療と病気治癒、解呪、神託……いろいろあるけれど、神聖魔術3で使えるのは身体治療と病気治癒の二つだけ。解呪には神聖魔術4が、そして神託は神聖魔術5にならないとつかえないようで。
オーラを余剰に使ってみても、多分3までしか活性化していないから無理なんだろうなぁ。
「けが、病気、呪いすべてなんともありません。ただ、栄養不足のようです。それと、無理な運動で体の疲労もまだぬけていません。ゆっくりと栄養を取って、静養されるのがよろしいかと」
「そうか、わかった」
深々と頭を下げて、フレッチャーさんが下がっていきます。
そして両親も部屋に入って来た時は心配そうな顔をしていましたけれど、いまはほっと安心しているようで。
「と、いうことだ。後の始末はこちらでしておくので、シルヴィアは休んでいなさい」
「いいこと、少し良くなったからって屋敷の外に出たりしたら駄目なのですからね」
「はい」
しっかりと釘を刺されたので、しばらくは体を休めることに専念しましょうかね。
そんなことを考えていると、次々と食事が運ばれてきましたよ。
体に優しそうな牛乳粥であったり、柔らかく煮込んだ根菜だったり。
あの、肉をください、動物性たんぱく質を、プロテインのようなものはないのですか?
筋肉の疲労にはビタミンB1とBCAAが必要なのですよ。
ポポビタンCなんて贅沢はいいません………って、無理だよなぁ。
………
……
…
私が倒れてから一週間。
ずっと屋敷に閉じ込められていました。
シルヴィアの記憶保管庫を探ってみても、両親の過保護さは昔も今も変わらないことがよく分かりました。
しっかりと毎日栄養を取りつつ、部屋でできるトレーニングは欠かさず。
大きく変化したことはおやつの回数が増えたことと、侍女を始めとしたランカスター家に仕えている人たちの私に対する態度ぐらいです。
具体的には畏怖と恐怖、この二つが増幅しているようでして。
せっかく『優しいお嬢様キャンペーン』を継続して信頼度が高まったかと思ったのに、あの暗殺者の襲撃を単独で撃破したという事実と、部屋に駆け付けた騎士や家族の見た光景がそのまま噂として広まったそうで。
ええ、家宰のジェラルドさんが侍女たちに聞き込みを行ったそうで。
曰く。
『シルヴィアお嬢様が、暗殺者であったハイランカー冒険者の首を跳ね飛ばした』
『あのジャービスたちに指一つ触れさせることなく蹂躙した』
『シルヴィアお嬢様は、少なくとも単独でサファイア級冒険者の実力を身に着けている』
『騎士たちが到着したとき、ちょうど首を掴んで切り裂き、その血を浴びてケタケタと笑っていた』
『素手でファイアードレイクの首をねじ切った』
『この屋敷の地下には、シルヴィアさまの期限を損ねて闇に葬られた侍女の怨念がさまよっている』
うん、殆どデマ。
サファイア級冒険者の実力については、ミスリル飴によるブーストさえかかっていればという補足が付く程度だけれど、あとは真っ赤な嘘。
本当に、どれだけゴシップに飢えているんだよ、うちの侍女たちは。
そう思ってジェラルドさんに、今流れている噂は嘘だからって伝えて貰ったら、さらに
『この件は嘘です』から『嘘ということにしておいて欲しいといわれました』に変化し、しまいには 『この件は屋敷の外には漏らさないように。地下室を徘徊する怨霊になりたくは無いでしょう?』
に発展して現在に至る。
結果として侍女たちの態度は硬化し、以前のようなおびえた態度からさらに悪化し、私に呼び出された侍女たちは出来る限り目を見ない、用事が終わったらとっとと離れるという感じになってしまいましたよ。
「あはは~。シルヴィアお嬢様のことを知らない侍女は、そんな感じですよねぇ。私はお嬢様が生まれて間もなく、このランカスター家でシルヴィア様付き侍女見習いに任命されていますけれど……」
そうおやつを運んで来たシルヴィア付き侍女長のアシュレイが笑いながら呟いています。
記憶保管庫曰く、アシュレイはシルヴィアが心を許している数少ない人物。
ジェラルドさんの娘ですから間違いはありません。
「そうなのよ。本当に困ったものです……と、いつまでも屋敷に引きこもっていては逆に体を壊してしまいそうなので、そろそろ外出したいのですけれど」
「その件につきましては、お館様から護衛を伴っての外出は許可されています」
「嘘!! いつの間に?」
「今日の朝ですね。ですから外出なさるときは、騎士詰所に連絡を入れておいてください」
よっし。
ようやく外に出られる。
「それじゃあ、午後には町にでも出ることにしましょう。気晴らし程度ですけれどね」
「はい。それではそう騎士の方にも伝えておきます……それと、その、街に出ても市井の声にはあまり耳を傾けない方が良いと思いますので」
「……まさか」
そう問いかけると、アシュレイはにっこりとほほ笑んで一言。
「しっかりと、街の方々に噂を流した侍女には折檻してありますので」
「マジかぁぁぁ。ちなみにだけれど、今の私の町での噂ってどれぐらいなの?」
「依然と変わりませんわ。ええ、以前と」
「うっそでしょ。改心した伯爵令嬢っていうイメージはどこに行ったの?」
「化けの皮がはがれた、実力を兼ね備えた暴君令嬢にランクアップした、だそうです。では、失礼します」
丁寧に頭を下げて退室するアシュレイ。
いや、そんなにあっさりと教えてくれてもさぁ。
化けの皮がはがれたって、どういうことなのよ。
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