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第一部・食戦鬼? あ、食洗機ですか。
第8話・必要カロリーとエネルギ効率と
しおりを挟むあれよこれよと勉強とトレーニングと色々のものをつまみ食いすること一か月。
体内の生体エネルギーはそこそこに溜まっているように感じます。
私が食戦鬼で身に着けたスキルについて、ようやく効果などについてある程度は理解することが出来ました。
まず、あのスキルを使用するためには生体エネルギーを消耗するということ。
そのために必要なエネルギーを最も効率よく摂取できるのはミスリルであり、直径1センチほどの球形のミスリルを食べることにより、【理】を強度5まで扱うことができるようです。
このミスリルについては【ミスリル飴】と呼ぶことにしました。
例えば、剣の理の【上級剣術1】を開放するためには、ミスリル飴を一つ食べてエネルギーを5チャージし、そこから1を消費します。
また、発動する強度についても自由に設定できるようで、魔剣の理の【戦闘領域】の場合は強度1から強度6まで自由に設定できるようです。
また、この生体エネルギーはあらかじめチャージしておくことも可能ですが、時間がたつにつれてゆつくりと体内から抜けていきますので、出来るだけスキル開放の直前に摂取する必要があります。
「うん、この生体エネルギーは【オーラ】と呼ぶことにしましょう。それにしても、強度レベルによって何ができるかを調べる必要もあるのですが、オーラを蓄積するまでために存在しなくてはならないとは」
一般的な食事ではオーラはほとんど蓄積されない。
様々な素材を食べてみた結果、希少鉱石などが現時点では最も効率が良い。
「はぁ……ミスリルを購入するだけでお小遣いが吹っ飛んでいきますし、鍛冶屋さんにこのサイズに加工してもらうにも、手数料が必要になりますから……金策も必要です」
今、私の手元にはミスリル飴は10個しかありません。
使うときは計画的に、必要以外では使わないということを心に留めておいて、ミスリル飴はポケットやポシェットにしまっておくことにしました。
そして一般教養や礼儀作法などについても、一か月の特訓のおかげで一般的な貴族令嬢の振る舞い程度には身に着けることが出来ました。
魔法については、そもそも私の魔力量が少ないという可能性が発生しまして。
詳しく調べるためには王都にある魔導協会というとこに赴き、詳しい検査を受ける必要があるそうです。
これにつきましては、来月行われる皇太子の誕生を祝う園遊会に向かうときにでも、ちょっと寄り道してみることにします。
両親も王都の別邸で2週間ほどゆっくりするそうですし、その間の領地経営云々については執務官に一任するそうです。
「ということなので、私も一介の貴族の子女として恥ずかしくない振る舞いを身に着けたいのですけれどねぇ……」
一か月もすれば、私のことを恐れる侍女はかなり減っています。
家宰はじめ屋敷に出入りしている人々は、シルヴィアさまは心を入れ替えただの、憑りついている悪霊が祓われただの言いたい放題。
それが功を成したのか、街の中を歩いていても子供を連れて家に閉じこもったり、急遽露店を占めて逃げるといった人たちの数は減りました。
ええ、減っただけであり、無くなってはいませんよ。
近領から訪れた商人などは、今だに私の姿を見て逃げていきますし。
「……私を見ただけで逃げるなんて、他の領地ではどんな噂が流れているのですかねぇ」
のんびりと町の中を散策しつつ、街の雰囲気を楽しみます。
本日の予定は、街の中にある本屋。
ガラス窓のショーウィンドウを眺めつつ、目的の店まで向かいます。
この世界、実は透明なガラスも印刷技術もあったのですよ。
まあ、ガラスの生成はドワーフの秘匿技術なので人間を始め他の種族では作り出すことができないそうですし、印刷技術はハイエルフが唱える精霊魔法の応用とか。
つまり、人間ではそれらの特種な技術は実現不可能なため、やっぱり高価なんですよ。
そもそも、この板ガラスってハンマーで殴っても割れないそうですから、ドワーフの秘匿技術の凄さを実感できますよ。
「おや、ランカスターのじゃじゃ馬娘が、こんな店に何の用事だい?」
今にもヒッヒッヒッと笑いだしそうな、胡散臭い老婆。
この人がランカスター伯爵領に唯一存在する『本屋』の主人です。
書物の売買はライセンス制。この店は先々代からずっと此処で書物を販売している老舗だそうで、王家からも時折、探し物の資料を求めて来店するほどの店であるとか。
付け加えるならば、シルヴィアの数少ない話し相手であり、彼女のことを理解している老婆だとか。
「じゃじゃ馬上等ですね。今日は、王家でも通用する礼儀作法の本を探しに来ました」
「へぇ……何かあったのかい? あんたが礼儀作法を学ぶなんて、この国にバハムートでも飛んでくるんじゃないのかい?」
「そこまでなの? 私がおしとやかになるのって、そこまで天変地異を引き犯すレベルなの?」
「まあ、あんたのことは昔から知っているからねぇ……ちょっと待ってな、確か古い本があったはずだからさ。最近のものはこんな辺鄙な田舎領主のところまで届かなくてねぇ」
まあ、確かにランカスター伯爵領は王国北方にある山脈沿いにある領土ですから。
辺鄙というよりも、堅牢と言って欲しいのですけどね。
「ふう、あったよ。王国年代記初版の原書と一緒にあったから、そうとう古いものだけど。礼儀作法については今も昔もそれほど変わらないからおすすめだよ。それでどうするんだい? 原書はこの2冊だけれど、書写したものでよいのなら明日まで時間を頂くよ。原書が欲しいのなら、王都の学術協会の認定証が必要だが、あんたは持っていないよね?」
王都学術協会。
様々な研究成果が集まる場所で、いうなれば大学研究室が100分野ほど集まった機関。
書物売買については、それに記されている貴重な資料を失わないようにと、認定証を持っていない人は購入する権利がないのです。
まあ、私程度がそんなものを持っているはずもなく、いつも通り書写版と呼ばれるものをお願いします。
「持っているはずがないことは知っているでしょう? 書写版でいいわよ。おいくら万円?」
「おいくら? なんだって?」
「値段はいかほどで?」
危ない、つい地がでてしまった。
もともとの話し方だと暴君シルヴィアを柔らかくした程度なので、出来る限り上品にと……無理ですね、はい、分かっていましたよ。
「一冊、金貨二枚ってところだよ」
「はぁ……お小遣いが吹っ飛びますよ……先払いですよね?」
「当然。書写屋に払う手数料なんだからね」
それを聞いてしまうと、まけてくれとは言えないじゃないですか。
はぁ、ミスリル飴の購入予算でお小遣いは少ないのですけど。
それに、私の小遣いってつまりは領民の税金から捻出されていますから。
無駄遣いしたくないのですよ。
お姉さま曰く、私たち貴族は無駄遣いでも構わないからお金を使う必要があるそうで。
そうして市井にお金を循環させるのも、貴族の務めとか。
意味は解りますし、自分の有益なことに使いなさいと両親からは言われていますけれどね。
「はい、これでお願いします。明日の夕方でいいの?」
「そうだねぇ、鐘5つぐらいまでには仕上げられると思うよ」
「その時にでもまた来るね。それじゃあ」
支払いを終えて店の外へ。
最近は護衛の騎士も少し離れてついてきています。
本当は必要ないって言いたいのですけれど、まだ私が闇ギルドから狙われている可能性もあるからって屋敷の外では二人、常に近くで待機しています。
まあ、基本的には私の視界に入らない場所で守ってくれているそうなので、私も普段通り、気にしないで買い物などを楽しむことにしました。
そして翌日の夕方。
目的であった礼儀作法の書を二冊購入すると、急いで屋敷に戻ります。
自室に戻って家着に着替えてから、あとは自室にこもって、いざ実食!
──モグッ、モシャッ
この歯ごたえと舌ざわり。
やや酸味を感じるのは歴史が古いから?
辛さもあるけれど、なんというか奥が深いというか……。
「キムチだ、これ!! ということは、まさこっちは」
続いて二冊目の実食。
うん、こっちは肉の脂身の焦げたような……ほら、焼き肉食べ放題で、後半はお腹がいっぱいになり始めて焼けていることに気付かないまま焦げ始めたカルビ、そんなかんじってわかるかーーーい!!
とにかくそんな味わい。
「モグモグ……ゴクツ。さて、書物を食べた場合は、その知識が頭のなかに刷り込まれているのかな?」
そう考えて目を閉じる。
そして礼儀作法について思い出そうとすると、脳裏に色々と浮かび上がってきます。
普段の授業で学んだもの以外にも、古い時代の礼節や美術・芸術系の基礎知識、はては宗教関係の歴史なども。
さらには淑女としての嗜みと、あのその……ベットテクニックってこれは礼儀作法なのですか?
なにか別の資料も混ざっていませんかね?
「うわぁ……これはまた、どうしたものか。いずれにしても、これら知識については生体エネルギーの消耗は行われないということは理解できた。それじゃあ、次は実践で」
立ち上がって、静かにダンスを踊り始める。
まだ習い始めて一か月、体感に自信があったこととシルヴィアも剣術訓練などで体を鍛えていたこともあって、立ち姿は実に綺麗。
それに加えて、ステップも軽やかに行うことができて今のところは及第点。
「ここまでは、授業の範囲……問題は、このあとのか」
頭の中にある、古式舞踊。
あの本に書かれていた当初の踊りらしく、今では儀式舞踊とか奉納舞とよばれているもの。
今の時代、儀式舞踊の全てを把握している人は殆どおらず、始まりのさわりの部分を延々と繰り返している程度にすきない。
長寿の民であるハイエルフなどには運よく伝えられているのかもしれないけれど、私が知るかぎりではこれを実践しているエルフなど聞いたことがありません。
「ええっと、手の位置はここ、足はここで……」
脳裏に浮かぶ踊りを再現しようとするけれど、どうも繋ぎがうまくいかない。
手足の動きもばらばらで美しくない。
赫赫した踊りになってしまい、体のあちこちが凝り固まってきそうです。
「これは……ダメ。踊りじゃない……ということで、オーラを消費して、書物の踊りの再現を試しますか」
両手を広げて、エネルギーの迸りを感じ取る。
それが体内に循環するイメージを持ちつつ、脳裏にあった踊りを再現しようと踏み出したら。
──フワッ
体が自然と動き始める。
操られているというのではなく、なんというか体の中を知識が駆け抜け、それをオーラが取り込んで体内を循環しているような感じです。
上級剣術を使った時も、このエネルギーによってサポートされていてのを実感していましたから、食戦鬼の加護は取り込んだものを再現することも可能なのでしょう。
──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
そして鳴り出す腹の音。
『失礼します。シルヴィアさま、夕食の準備が出来ました。もう旦那様もお待ちですよ』
「今いきます」
ナイスタイミングと、ぎゅっと拳を握ってガッツポーズ。
まあ、夕食ではそれほどオーラは吸収できないのですけれどね。
それよりも、まずは生きるためのエネルギーを摂取してくることにしましょう。
………
……
…
食後は一家団欒。
ここ最近はマルガレートお姉さまも参加しています。
私と話すことどころか、顔を見るのも嫌がっていた一か月前とは異なり、今は私のために色々な知識を授けてくれます。
淑女の嗜みとして踊りを覚えたり、この国に古くから伝えられている風習、はては絵画やガーデニングの知識に至るまで。
姉は『広く浅く』という感じで様々なことを学び、園遊会や茶会に招かれたときはその都度、事前情報を仕入れて不足している知識を屋敷内の書庫やお母様から学んでいるようです。
「まあ、シルヴィアも自分の得意なことを見つけるのがいいと思いますけれど。なにかこう、打ち込めるようなものとかありませんの?」
「打ち込める……ですか? そうですね」
トレーニングは日課として続けていますし、最近はしっかりと腹筋も割れてきました。
私の骨格上、バルク型ではなくフィジークの方があっていると以前、トレーナーさんからは教えてもらいました。
あとはそうですね、シルヴィアが剣術訓練をしているので、私もその延長で続けてはいます。
ダンベルを持ち上げるよりも、がっちりとした重量のある両手剣やハルバードを振り回すのも効果てきめんでした。
「武芸……とか?」
「少なくとも、淑女ではありませんわね。どこの世界に、きれいな礼装をしてハルバードを振り回す令嬢が……ここにいますわね」
「ええ。私はまだ踊りも未熟ですから、来月の園遊会では壁の花になっています」
「ちゃんとしていれば綺麗なのに、もったいないですわね……」
おほめにあずかり恐悦至極。
でも、静かにしているよりも体を動かしているほうが楽なのですよ。
そんなこんなで話も盛り上がり、そしていつものように就寝。
その翌朝。
私は、街の騎士団詰所地下にある牢に捕えていた闇ギルドの暗殺者が殺されたという話を聞きました。
厳重に監視されていたにも関わらず、暗殺者たちは牢の中で血を噴き出して絶命したそうです。
これで、闇ギルドの正体はまたしても闇の中。
そして私は、また狙われる可能性が出てきました。
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