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第一部・アマノムラクモ降臨

第16話・査察団の日常と、ミサキの心境

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 アマノムラクモを訪れた視察団の代表たちは、まずは国ごとに割り振られた部屋で荷物を置いた。
 ニューヨークからグアムを経由した時に一晩、体を休めることはできたのだが。
 アマノムラクモを航空機から見た時の恐怖と感動が、そして滑走路の両端に並んで出迎えてくれたマーギア・リッターを見たことによる疲れが、ここにきてどっと噴き出したのである。
 やむを得ず、代表たちはひとまず疲れを癒すことにした。
 その代表たちとは違い、護衛として同行してきた各国の特殊部隊は、すぐさま活動を開始。
 代表たちの安全の確保のために、避難経路の確認を終えると、いよいよ特殊部隊としての活動を開始する。

 代表たちは、夕方の食後の会議まではフリーなので、護衛を伴って外出したり、近所の土産物屋を訪ねたりしている。
 このアマノムラクモでの活動は、全てが情報収集。
 どのような生活文化レベルなのか、テクノロジーは、食生活は、そして軍事力はどれほどのものなのか。
 一つ一つ、余すことなく調べなくてはならない。

 幸いなことに、滞在期間は一週間。
 それだけあれば、代表たちの『外交による情報収集』も、特殊部隊による『潜入調査』もある程度は目処がつくだろう。
 そう考えて、各国は活動を始めていた。

 食事についても、アマノムラクモはこと細かい配慮がなされている。
 国による文化や風習の違いは全てクリアしてあり、それでいて各人の趣味や嗜好を損なわないようにと、バイキング形式で食事は提供されていた。

 一つ不満だったのは、用意されている食事や飲み物、アルコールは全て地球のものと酷似しており、アマノムラクモ独自の文化を知る手がかりになるものは提供されていなかったということ。
 それでも、代表や護衛は大変満足し、明日からの食事も楽しみの一つとして調査に組み込むこととなった。

………
…… 


 夜の会議。
 初日ということもあり、各国代表の初見的な感想を話し合うにとどまったのだが、護衛二十名のうちの八名が中国の特殊部隊・蛟龍であること、さらに四名がロシアの特殊作戦軍であることが説明される。
 彼らは、常任理事国からの直接依頼で各国の代表の警護を仰せつかっていること、そして、代表の安全が認められたなら、独自の潜入調査を行うように命じられていることを説明。
 
  だが、すでに蛟龍は調査に失敗、やり直しをゲルヒルデに告げられている。
 このことについては、中国代表からは報告する必要なしと言われていたので、この場では固く口を閉ざしている。
 各国の代表も、普通に視察を続けるわけではない。
 もしも単独でミサキ・テンドウと接触することができたなら、その場で外交的交渉を始めるようにと本国から仰せつかっている。
 国連の視察団としての責務もあるが、それよりも本国の利益を追求する。

 お互いに腹の探り合いを行う、各国の代表たちであった。

………
……


「……蛟龍が捕獲されたのは、この先の区画だな?」
「ああ。奥に扉が一つ、そこから先の調査はできなかったらしい。その上で、何度でも調査を続けて構わないということだ」
「その都度、ゲルヒルデとかいう女が邪魔をして排除するということか。まあ、ガードマンがいるのがわかっていて、同じところに挑戦するほど我々は暇ではない。戻るぞ」

 ロシアの特殊作戦軍の四名は、地下区画に入ってから内部を軽く調査し、報告にあった扉の近くまで向かうと、そのまま戻っていく。
 
「ふぅん。こっちの部隊は察しがいいっすね。あの隊長さんは、わたしにずっと殺気を飛ばしていましたからね。あの人たちがどこに向かうのか、楽しみっすよ」

 天井近くで姿を消していたゲルヒルデは、迂闊に踏み込んでこない特殊作戦軍を褒めまくっていた。
 そして、いつ蛟龍が来るのか、それを楽しみに待っていた。

 
 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 アマノムラクモ艦橋。
 今回の視察団の手土産として、俺はいくつかの魔導具を作り出していた。
 
「……鞄ですか?」
「ああ。肩から下げるタイプだな。内部は『空間拡張術式』によって、最大収容能力が三メートル立方まで広げられているんだ。手を入れたら、中に何が入っているか瞬時にわかるし、自在に取り出すこともできる」 

 俺が作ったのは、よくあるファンタジーゲームの『無限収納鞄』だ。まあ、無限なんて作ったら悪用されかねないので、三メートル立方で手を打った。
 当然、手渡す時は相手の魔力波長を登録しないと使えないし、登録した本人しか使えないようにしてある。
 でも、これは代表だけに手渡す予定で、護衛には渡さない。あの人たちは軍人だから、確実に軍用として扱われるだろうから。
 特殊部隊の人間に、こんな便利なものを渡してなるものか。

「サービス精神旺盛ですね。でも、これを渡すと、また騒がしいことになりますよ?」
『ピッ……ミサキさまの錬金術は、この世界ではオーバーテクノロジーですから。なんだかんだと話を持ってきて、ミサキさまを取り込みたいヤカラが接触してきますよ』
「……そうなんだよなぁ。俺としてはさ、のんびりと静かに生きたいっていう気持ちがあったんだよ」

………
……



 たしかに、最初に生き返って、この機動戦艦の存在を知った時はかなり驚いていたけどさ、ワクワクした自分がいたのも認めるよ。
 ブラック企業日常勤めていた時とは違い、自由に、自分だけのために生きていて構わないんだって。
 一国一城の主人となったし、有能なサポートもあったし。

 でもさ、アマノムラクモの存在があまりにも大きすぎたんだよ。
 取材ヘリから逃げるように石狩湾に向かったし、いきなりアメリカ軍には攻撃されたり、気がつくと各国の軍に周りを囲まれていだけどさ。
 いっそ、多次元空間に潜航して、そのまま引きこもってもいいんじゃないかとさえ思ったよ。

 でも、人と会えないのは寂しい。
 人肌が恋しいっていうんじゃなくて、近くに人が居ないのが耐えられない。

 ワルキューレを完全人型に作ったのも、俺がそういうのに耐えられないから。
 日本政府との交渉に乗ったのも、俺が日本人だから。
 でも、俺たちの存在で、日本が戦場になる恐れがあるのなら、俺たちが日本を突っぱねればいい。
 それも、日本側に失態があったことを理由に、俺たちから手を切ったことにする。そうすれば、他国は日本を責めることはできない。
 あとはオクタ・ワンやワルキューレの意見を採用、国として成立させることで、他国からの干渉を抑えることができるようになる。

 ここまでは、俺は間違っていないと思う。
 多少のずれや感覚の違いやあっても、こんな巨大な兵器を手に入れたんだ、感覚がおかしくなっていたかもしれないっていうのは理解できるさ。
 なによりも、この体は地球の人間とは違う。
 でも、俺の魂は地球人、その僅かな差異が、俺を少しだけ変えてあるのかもしれない。

 いや、ネガティヴな思考はやめよう。

 そのあとは国連に向かい、堂々と国として樹立することを宣言。ちゃんと国土としての座標も決めて、そこに移動した。
 
 その結果として、国連から視察団がやってきたので、それを受け入れているだけ。
 あとはどんな報告をされるか知らないけど、俺たちは、この場所でようやくのんびりすることができるようになったんだ。

………
……


「ん~。ようやく頭の中が纏まったわ。よし、自分の立場もあり方も決まった」
「おめでとうございますマスター」
『ピッ……ミサキさまは、もっと我々に仕事を分担して構わないのです。世界を手中に入れろと命じて頂ければ、すぐにでも軍事行動を起こすこともできます』
「オクタ・ワン、なんですぐに、世界征服を目論もうとする?」
『ピッ……わたしのベースは、対世界制圧用魔導頭脳です。この機動戦艦と共に異世界に向かい、その世界を滅ぼすのが使命ですから』
「解除だ‼︎ そんな自然にも世界にも厳しい使命は解除だ‼︎ 誰だよ、その使命を組み込んだのは」

 話によると、その使命を組み込んだのは創造神。
 創造神が作った世界が『出来損ない』だった場合、オクタ・ワンを搭載した機動戦艦を異世界に送り込み、問答無用で世界を滅ぼすのが『元々の使命』だったそうだ。
 その後で、俺がダーツで機動戦艦を引き当てたので、『主人の命令に従いなさい、主人と共にありなさい』という勅命が加えられたそうだ。

「なるほどなぁ。トラス・ワンも一緒か」
『ピッ……その通りです』
「じゃあ、俺から命令。今後は世界を滅ぼそうとするなよ。俺は、のんびりと生きたいんだよ。それも、一人じゃなく、もっと大勢の人ともコミュニケーションをしながらな」
『ピッ……国民を増やしましょう』
「だから、国として成立したんだから、次は外国との国交だろう? そのために、視察団が来て、俺たちを見て判断しようとしているんじゃないか……まあ、あっちの思惑は別だろうけどさ」

 それぐらいは、この前のオクタ・ワンやヒルデガルドとのやり取りでわかっているよ。
 でも、視察団の全てが、俺たちを利用するだけとしては見ていないと思う。思いたい。
 
「それじゃあ、ここからは、ブラック企業で営業と企画で鍛えられた俺のターンだ。おもてなしで視察団を骨抜きにして、特殊部隊は丁重に遊んで差し上げろ。できるなら、最終日あたりは戦意喪失まで仕掛けても構わないからな」
「拝命。ワルキューレはこれより、マスター・ミサキの命令を遂行します」
「それじゃあ、あとはよろしく。俺は、護衛たち用のお土産を作ってくるから」
『ピッ……結局、やることは変わらないのですね?』
「錬金術師だからね。今後の交渉には、『サンプル』は必要だろう? 特注品ではなく、廉価版のサンプルがさ」

 そうと決まったら、早速やってきますか。
 その前に、気分一新、スーパー銭湯にでも浸かったからね。
 腹ごなしも必要だよ、やっぱり和食は世界一。
 さあ、あとは野となれ山となれ。
 

 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 都市区画第一層商業区。
 観光区画のとなりに面しているこの場所は、いわば商業施設の集まりである。
 普通に考えるならオフィス街であり、大勢の人で賑わっている筈なのだが、特殊作戦軍の四名がやってきた時、この場所に人の気配はなかった。

「ここもロックされていません。このアマノムラクモの警備システムは、一体、どうなっているんだ?」

 手近な建物に入るのだが、扉がロックされている形跡もなければ、監視カメラが動いている様子もない。
 
「分かりません。まるで、映画の撮影用に作られた都市のような、なんというか、『作られた目的が違う構造物』のような気がします」
「それには同意だ。この区画の調査は後回しだ、区画の奥にあるエレベーターを占拠して、あの機動兵器の保管されている格納庫へ向かう」
「蛟龍さんには、囮になってもらうさ。せいぜい、折れまくったプライドを繋ぎ合わせながら頑張ってくれ」

 階層を越えるためには、恐らくは大型のエレベーターを使用することになる。
 この階層に来た時に利用したエレベーターまで難なくたどり着くと、人間サイズの小型のエレベーターらしき扉があったので、そこに侵入。
 案の定、そこは人間サイズのエレベーターであったため、ここから格納庫があった上層へと向かうことにする。
 エレベーターの制御盤などは、彼らが知っている地球型に酷似しており、行先の階層を記してある文字こそ見たことはないが、現在停止している階層とボタンの配列から、上層に向かうためのボタンは理解できた。

──ピッ
 ボタンを押して扉が閉まると、左右に分かれて身を潜ませる。扉が開いた時に奇襲を受けないよう、身を最小限に細くしていた。

「……ここまで問題なし。蛟龍の報告にあった女兵士は、ここには気づいていないようだな」
「アマノムラクモは、その代わりの大半をゴーレムに委ねていると聞いた。人間的な思考ができず、我々のように同盟国を囮に使うという作戦は理解できないのかもな?」
「コンピュータ的思考か。我々の世界でも、AIの研究は進んでいるが、それでも人間のもつ柔軟さには対応できないということか」

 骨伝導インカムによる通信。
 その会話については、エレベーター内の通信システムにより、オクタ・ワンには届いている。
 ただし、上層階で作業をしているサーバントたちには、警戒レベルを上げるようにという連絡しか送らない。

『この世界のAIと、我々ゴーレムの擬似魂を比較されては困りますが……ロシアの特殊作戦軍も、ここで一回目のゲームオーバーですかね』

 オクタ・ワンは上層階で待機しているワルキューレを確認する。
 すでにエレベーター前には、シュヴェルトライデが待ち構えており、両手にミスリル軽合金製のナイフを構えて待っていた。

………
……


──プシュッ
 上層階に到達したエレベーターが扉を開く。
 外から見ると、中は空っぽであるが、左右に一人ずつ、天井角にも一人ずつのロシア兵士が待機しており、外の様子を伺っている。
 
「ふぅん。動体センサーカットだと、本当にわかんねーな。おら、エレベーターの中に隠れているんだろ? 出てこいやぁ‼︎」

 シュヴェルトライデが叫ぶと同時に、左右から素早くロシア兵が飛び出してくる。
 そのままシュヴェルトライデに接近すると、左右から同時にナイフで切り込んでいく。
 だが、その後方では、エレベーターの中で二人の兵士がライフルを構えており、シュヴェルトライデがナイフを躱したのと同時に、ライフルを斉射してきた。

──brooooooooom‼︎
 激しい銃撃音。
 だが、シュヴェルトライデはそれを避けることなく、まるで何もなかったかのように手近の兵士に向かって蹴りを入れる。

──ドゴッ
 その蹴りは腹部を直撃し、一撃で兵士は意識を失った。
 続いて反対側の兵士には水平チョップ‼︎
 胸部防弾アーマーがなければ、骨が砕けていたかもしれない。
 そして水平チョップを受けた兵士も、一瞬で意識を刈り取られた。

「凄い連携だな。これは勉強のしがいがあるわ」

──トン‼︎
 シュヴェルトライデが床を思いっきり蹴るのと、エレベーター内の兵士が扉を閉めるボタンを押したのは同時。
 だが、扉が閉じる前に、シュヴェルトライデはエレベーターの中に飛び込んでいた。

「さて、ロシアはこれで一回目のゲームオーバーだな。素直にスタート地点まで戻ってもらうよ?」
「ふぅ……指示に従う。夕方の報告で、蛟龍がメッセージを受けていたという報告は聞いているからな」
「お利口さんだ、それじゃあ、二人を回収して、万葉閣に戻ろうか」

 ニイッと笑いながら、ロシア兵と楽しそうに話しているシュヴェルトライデ。
 その笑顔は、ロシア兵には【戦闘狂】の笑顔にしか見えなかった。

 
 
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