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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

第1話・職業、店番の元勇者

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 ツシマ大陸、ビゼン王国。
 大陸有数の港町を有するこの大陸は、沖合に【神の塔】と呼ばれる古い先史文明遺跡が見えるため、観光地としても栄えていた。
 何よりこの王国は、先史文明の住民である【始原の民】の残した遺産の一つ、【魔導鉄道】の始発駅でもあり、大陸で最も繁栄している【神光聖教】の大聖堂が存在する聖地でもある。
 
 そのビゼン王国王都から山岳地帯へと鉄道で三日の位置にある【キノクニ領】では現在、領都滅亡の危機を迎えるかどうかの瀬戸際を迎えていた。

「……まだか。まだ到着しないのか‼︎」

 キノクニ領の領主、ブンザイモン=キノクニは領都正門前で、ガッチリと腕を組んで仁王立ちしている。
 彼が待っているのは、王都からの援軍。
 このキノクニ領の南方森林の奥にあるダンジョン、そこが今にもスタンビートを起こしそうになっている。

 ダンジョンスタンビートとは、この世界ではごく当たり前に起こる災害の一種。
 この世界のダンジョンは、内部に集まった魔素を吐き出すために、魔素から魔物やさまざまな武具・アイテムを作り出す。
 それらは冒険者によって狩り取られたり回収されるのであるが、魔素が薄い場所で回収されるものは品質が悪く、より良いものを求めるためには魔素濃度が濃い場所まで階層を降りなくてはならない。
 そして一定階層以下の魔物は大変強力であり、ベテラン冒険者でなくては討伐することができず、溜まった高濃度魔素はさらなる上位種の魔物を生み出し始める。

 そしてある一定濃度を超えた時、突然ダンジョン内の魔素が全て魔物に変化し、ダンジョンから溢れ出す。
 これが、【ダンジョンスタンピード】である。

 溢れ出した魔物は近隣の村を襲い、人々を喰らい、破壊の限りを尽くす。
 そうさせないために、ダンジョンが近くにある領地などでは、定期的に魔物の討伐任務を行なったり、冒険者を雇って探索を行なったりするのであるが、今回のケースは突発的な発生のため、事前準備をするタイミングを失ってしまっていた。

 そのため、キノクニは王都へ救援要請の嘆願書を持たせて使者を送り出し、この事態に対処する準備を始めていた。
 領都の住民には避難命令を出して領都から離れてもらい、冒険者及び自警団などには、空になってしまった領都を守るための防衛についてもらう。

「キノクニさま!! あちらをご覧ください」
「む?」

 物見台からの声で、キノクニは筒状の魔導具で前方を確認する。
 すると、王都へと続く街道に早馬が見えてきたので、キノクニはほっと安堵の吐息を漏らしてしまう。
 その姿がどんどんと大きくなり、ついにはキノクニの手前までやって来た。

「ようやく来たか。それで伝令官殿、王都からの増援はいつ到着するんだ?」

 早ければ早いほど。
 すでに魔物の群れは上層部を越え、入り口付近にまで溢れ始めている。
 腕利きの冒険者や領都警備騎士たちがどうにか持ち堪えているものの、日に日に姿を表す魔物のレベルは上がり始めているという。

「こちらが伝令書です」
「うむ」

 息を切らせつつも、伝令官は書状を手渡す。
 すぐに封を開け、中に記されている文面を見て、キノクニは絶句してしまう。

「……」
「では、これで失礼します」

 略式の敬礼を行い、伝令官は領内へと入っていく。
 早馬を休ませなくては、帰路を安全に戻ることができないから。
 やがて伝令官が正門から中に入った時、キノクニは声高らかに笑った。

「キノクニさま!! 王都からの返事はどうかかれていたのです?」
「増援はない。今、持てる力で対処するようにとのお達しだ……」

──グッ
 書状を握りしめ、口惜しそうにつぶやくキノクニ。
 このままでは、三日も持たないうちにダンジョン前の騎士たちは全滅する。
 その次は、この領都が、さらに街道を伝って近隣の街や村落も魔物の群れに襲われるだろう。
 そうして時間を稼ぐことで、王都は守りを固めダンジョンスタンビートに対処する。

 キノクニ領は、まさに命をかけた堤防のような役割を求められてしまったのである。

「本陣に戻る。今後の対策を練る必要があるから、各方面指揮官と冒険者ギルドのギルドマスターにも参加するように伝えろ」

 それだけを告げて、キノクニは領都の中に戻っていく。
 かつては、ダンジョンを始め近隣の鉱山などで一攫千金を求めた人々で溢れかえっていた街も、今は人気が何もなく、ひっそりとしている。
 その中央街道を歩いていると、ふと、異様な光景に出くわしてしまった。

「ふふふ~ん、ふんふふ~ん」

 鼻歌交じりで店先を掃除しているエルフの女性。
 街の人が避難してしまった中での、この呑気な雰囲気のエルフ。
 いや、それだけではない。
 彼女の後ろの店、それは、そこにあるはずがない店である。
 左が冒険者御用達の酒場、右は同じように冒険者御用達の大型雑貨店。
 だが、昨日までは、この二つの建物は隣り合わせであり、その間に建物など存在していなかった。

「そこの娘。そんなところで何をしている? いや、それよりもその店はなんだ? 昨日までは無かったはずだが?」

 警戒しつつ、キノクニが問いかけると。
 エルフの女性は彼の方を見て手を止めると、丁寧に頭を下げた。

「これはこれは、こちらの領主のキノクニさまですね。私はこの魔導レンタルショップ『オールレント』の店員のレムリアと申します。こちらは私の主人であるエリオンさまのお店です」

 屈託のない笑顔で返事をされて、キノクニは気が抜けたような感覚に陥る。
 
「魔導レンタルショップ? それにエリオン? まさか、1000年動乱の勇者エリオンの店だとでも言うのか?」
「はい。よく1000年動乱をご存知で」
「この大陸に住んでいるものなら、1000年動乱を知らぬものはいないだろうが。今から1000年前、先史文明遺跡である『神の柱』から生み出された異形の化け物により、この大陸は滅亡の危機に瀕した。それを収めたものが、天より召喚された勇者エリオンではないか?」

 キノクニが告げる古の歴史。
 大陸が滅びを迎えそうになった時、異世界から訪れた勇者により、大陸は滅びの道から解放され、異形の魔物たちも封じられてしまったという。
 そのことをレムリアに問いかけると、彼女も笑顔でコクコクと頷いている。

「はい。そのエリオンさまのお店ですが?」
「それは誠なのだな……ああ、神よ。救いの手を差し伸べていただき、感謝します……」


 吉報。
 今、このタイミングでのエリオンの再来、それが事実ならばなんとは頼もしいことか。
 領都は救われる、その思いでキノクニは店の入り口に向かい、扉を開いて中に入っていった。

………
……


 扉を開けて目に入ったのは、壁一面に並べられた飾り棚とカウンター。
 そのカウンター奥の棚には、商品の在庫などが所狭しと並べられている。
 飾り棚には商品らしきものは特になく、何も書かれていない箱が並べられているだけ。

「おや? いらっしゃい。よくもまあ、うちの店を見つけられだのだよ」

 店長であるエリオンが、入り口に立っているキノクニに軽く話しかけている。
 ズボンにチュニック、鳥と花の模様をあしらったロングエプロンを身につけたエリオンが気さくに話しかけると、キノクニはようやく目の前のザンバラ髪の青年を見る。
 鉢金と呼ばれる装備を頭に巻いた、孤独な勇者エリオン。
 仲間を作ることなく、ひたすらに、淡々とゴーレムを召喚して異形の魔物たちとの戦いを繰り広げていた。

 その勇者が?
 当時の姿のまま?
 カウンターの中で笑っている。
 
 その事実だけでもキノクニにとっては有り難く、そしてこの領地を助けてもらえるかと思うと、歓喜に震えそうになる。

「あ、あなたは勇者エリオンか?」
「ん~。勇者は廃業したからなぁ。今は、この店の店長だが? 何が必要なものでもあるのか?」

 屈託なくそう問われると、キノクニは藁にもすがる思いで言葉を紡ぐ。

「勇者エリオン、今、我が領地はダンジョンスタンビートによって滅びの一歩手前まで追い詰められている。どうか、貴方の力で、この窮地を救ってほしい」

 真剣な面持ちで、エリオンに乞う。
 だが、エリオンはニカッと笑いながら、一言。

「そりゃあ、無理だわ。今の俺は、勇者としての力を振るうには制限があるからなぁ」
「制限? それはなんなのだ? 私の力で、私の権利を行使してでも、その制限は取っ払ってやる! だから教えてほしい、その制限とはなんだ」

 カウンターに両手を当てて前のめりになるように、キノクニが声を荒げつつ問いかける。すると、エリオンは左腕の袖を捲り、肩まで見せる。

 そこには、まるで刺青のように細かい古代魔術紋様が刻み込まれている。
 複雑怪奇な魔術紋様は、まるでそれが生きているかのように動き、まるで古代の魔導遺物品アーティファクトのように静かに時を刻んでいる。

「そ、それはなんだ?」
「世界を救った代償ってところかな。俺は、このオールレントから出られない。まあ、この店を中心に、半径50メートルぐらいは動けるけど、そこから出ると俺の魂が消滅するからな」
「そ、そんなバカな……」

 エリオンの語った制限は、呪いそのもの。
 それも古代の神の齎した呪いか、または1000年動乱の折に、異形の魔物を使役していた魔界の女王の呪詛であろう。
 
「バカな話だろ? まあ、それでもあんまり不便は感じていないし。俺の動ける範囲は決まっているから、この店を移動させるように改造した。おかげで、ある程度の自由は約束されているし、呪詛のおかげで不老不死だからな」
「それならば、この店ごと迷宮最下層に向かい、ダンジョンコアを破壊してくれるか?」

 無茶なことを話しているのは重々承知。
 けれど民を守るためならば、どんな罵声を浴びせられても構わないと、キノクニは頭を下げた。




 
 
 

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