上 下
56 / 56
自由貿易国家編

これより手術式を行う!

しおりを挟む
 奇跡的に生き残っていたヴェルディーナ王国国王の治療のため、玄白はヘスティア王国滞在を余儀なくされている。
 今は少しでも前に、失われた王国の民の命を救いたいと考えているものの、そのために踏み出す事ができないと言う事実が、彼女に重くのしかかっている。

「……ふむ。エリクシールの治療を始めて20日、ようやく魔人核が体外排出できるレベルまで小さくなったか」

 毎日昼12の鐘が鳴る頃に、玄白はいつものように『時が遅く進む部屋』で体を癒している国王の容態を確認する。
 国王の手に触れ、解体新書ターヘル・アナトミアを開いでページを確認する。

 数日前までは【魔人化】という表示だった状態が、今は【魔人化進行中】に切り替わっている。
 また、心臓の横に【摘出可能】な大きさにまで縮小し、機能しなくなり始めた魔人核も感知できたので、最後の手段に出ようかと思案している。

「そ、それでは、もう国王は無事なのですね?」
「いや、今の時点で投薬を止めたら、また魔人核は成長を開始するからな。だから、速やかに国王の体内より魔人核を摘出し、呪詛返しの秘術を行使するのが良いかと思うが」
「……は?」

 素っ頓狂な声を出すスカーレット枢機卿。
 すると、彼の両側にマクシミリアンとミハルが近寄ると、ガシッと腕を掴んで玄白の近くから離れていく。
 
「ちょ、ちょっと待ちなさい。今、体内から摘出と言いましたよね? それってつまり、国王陛下の体に傷をつけると言うことですか!」
「ですかもなにも、手術式を行うぞ。まずは、空間掌握から消毒……」

 解体新書ターヘル・アナトミアが光り輝くと、国王の眠っているベッドを中心に、浄化の光が降り注ぐ。
 そして玄白の横に大量の手術道具が出てくると、素早く国王に麻酔を施してから、心臓の横、肋骨の上をゆっくりと切開し始めた。

──プスッ……シュルルルル
 皮膚から肋骨へとメスを走らせ、そのまま綺麗に肋骨まで切断すると、組織をゆっくりと切り離しつつ魔人核があるのを確認した。

──ドムッドムッ
 怪しげに脈動しつつ、そこから伸びる擬似血管が国王の血管へと繋がっている。
 そこから魔素を体内に送り込み、ゆっくりと人間を魔人へと作り変えるのであるが。

「そりゃ!!」

──プシュッ
 いきなり魔人核から伸びる擬似血管を切断して縫合。
 それを次々と施して魔人核と国王の体のつながりを完全に切断すると、それを取り出して皿の上に置く。

「さて、ここからは手抜きさせてもらうか」

 切断した組織や肋骨を、順にエリクシールにより接合。
 さらに消毒と活性化をほどこしてから体表面の皮膚まで全てを修復すると、最後に水指しで国王にエリクシールの原液を一口だけ注ぎ込む。

──フォォォォォォォォォン
 淡い光が国王の全身から発せられ、やがて静かにとまっていく。
 
「ほれ、手術式は成功じゃな。これが呪詛によって作り出された魔人核じゃよ」

 玄白の手術式をただ見守ることしかできなかったスカーレット枢機卿は、ようやくマクシミリアンたちから解放され、国王の元へと近寄る。
 そして顔色や呼吸が穏やかになっているのを確認して、改めて安堵の表情を見せていた。

「30日は絶対安静と仰っていましたのに」
「まあ、予定よりも回復が早かったこと、魔人核が剥離可能になっていたので時間短縮のために外科処置を施したまでじゃな。そりゃ」

──ダバダバダバダバ
 摘出した魔人核にエリクシールを注ぐ。
 するとシュウシュウと煙を吐き出しながら、魔人核が消滅していった。

「予定よりも10日ほど早かったが、これにて国王の治療は完了じゃよ。あとは目が覚めてから、栄養を摂らせてあげると良い」
「本当に……ありがとうございます」
「いや、病人を放り出していくわけにもいかぬしな。まあ、この程度ならあとほ錬金術ギルドの回復薬で事足りる。エリクシールは必要ないじゃろ」

 チラリとベッドの方を見る。
 国王以外にもあと三人、治療が必要な患者はいる。
 ヴェルディーナ王国の公爵家の当主とその娘、そして国王の孫娘の三人が、まだ病に倒れたまま。
 なので国王の治療を終えてから診察してみるが、残りの三人はまだ外科処置を行えるまでに回復していない。

「この三人はまだ掛かるか……」

 腕を組み考え込む玄白。
 すると。

「ランガクイーノ殿か……我が命を救ってくれたことに感謝する……」
「陛下!!」

 まだ力無く弱々しい声ではあるが、国王が意識を取り戻して玄白に声をかけていたのである。

「むむ、もう意識が戻ったか……まあ良い良い、医者が病人を癒すのは当たり前のことじゃから、頭を下げられる謂れはない。それよりも、ヴェルディーナ王国の陥落について、何が起こったのか元気になってから教えてくれるか?」
「うむ……今暫くは、孫達の治療に専念してほしい。そののち、何が起こったのかを説明しよう……」

 そう告げて、国王はまた眠りにつく。
 
「では、騒がしくしていると回復の邪魔になる。今日はこれで失礼するぞ」
「えて、また明日、よろしくお願いします」

 スカーレット枢機卿に見送られて、玄白たちは教会をあとにする。
 そして一旦、自宅へと戻って体を休めると、午後からは街の中の怪我人や病人の診察に戻るかことにした。

 
しおりを挟む
感想 8

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(8件)

kimukou
2022.10.13 kimukou
ネタバレ含む
解除
紅マグロ
2022.10.08 紅マグロ

とても読みやすい文章で、背景や人物像が想像できやすく、ストーリーに引き込まれるように楽しめました。今後のランガさんがどのように物語を紡いで行くのか楽しみでなりません。お気に入りに登録させていただきました。今後の身体に気をつけて執筆してください。

解除
るい
2022.10.07 るい

杉田先生と型録……同じ作者さんだったんですね(⁠✯⁠ᴗ⁠✯⁠)
面白くて、一気読みしました。コッソリ応援しながら♪更新待ってます(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)♪

呑兵衛和尚
2022.10.07 呑兵衛和尚

ありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界追放されたエルフは、日本でのんびり暮らしたい

呑兵衛和尚
ファンタジー
 大きな戦争があった。  異界から侵略して来た、魔族という存在。  私は、国を守るためにその戦争に参加し、そして何らかの理由で命を散らせた。  そして気がつくと、そこは私の知らない世界だった。  この世界は、私の住んでいた世界とは違い、魔法という概念がない。  代わりに科学というものがある。  なら、私は魔法を駆使してこの世界を生きることにしよう。  失われた過去の記憶、それを取り戻し、いつか元の世界に帰るために。     異世界から漂流して来た、はちゃめちゃハイエルフ賢者の、ドタバタ異世界コメディストーリー。  まずはここから始まります。

私から婚約破棄して良いかしら? もう損な役なんてやめて勝手にさせてもらいます

うちはとはつん
ファンタジー
ソルナイン侯爵家のユリエラは、命をもてあそび悪逆の限りを尽くしていた。 そんな令嬢に転生してしまった霧島ゆり。 ゆりは自身の転生した、ユリエラ・ソルナインの数々の悪行を知り、罪悪感に圧し潰されていく。 そんな追い詰められる彼女を助けてくれたのは、街の人たちの優しさ。 そして従者である彼の眼差しだった。 ゆりは悪役令嬢として生きながらもみんなの優しさに支えられ、凶悪な生活習慣を少しずつ改善して、自分の道を切り開いていく。

悪役令息の三下取り巻きに転生したけれど、チートがすごすぎて三下になりきれませんでした

あいま
ファンタジー
悪役令息の取り巻き三下モブに転生した俺、ドコニ・デモイル。10歳。 貴族という序列に厳しい世界で公爵家の令息であるモラハ・ラスゴイの側近選別と噂される公爵家主催のパーティーへ強制的に行く羽目になった。 そこでモラハ・ラスゴイに殴られ、前世の記憶と女神さまから言われた言葉を思い出す。 この世界は前世で知ったくそ小説「貴族学園らぶみーどぅー」という学園を舞台にした剣と魔法の世界であることがわかった。 しかも、モラハ・ラスゴイが成長し学園に入学した暁には、もれなく主人公へ行った悪事がばれて死ぬ運命にある。 さらには、モラハ・ラスゴイと俺は一心同体で、命が繋がる呪いがオプションとしてついている。なぜなら女神様は貴腐人らしく女同士、男同士の恋の発展を望んでいるらしい。女神様は神なのにこの世界を崩壊させるつもりなのだろうか? とにかく、モラハが死ぬということは、命が繋がる呪いにかかっている俺も当然死ぬということだ。 学園には並々ならぬ執着を見せるモラハが危険に満ち溢れた学園に通わないという選択肢はない。 仕方がなく俺は、モラハ・ラスゴイの根性を叩きなおしながら、時には、殺気を向けてくるメイドを懐柔し、時には、命を狙ってくる自称美少女暗殺者を撃退し、時には、魔物を一掃して魔王を返り討ちにしたりと、女神さまかもらった微妙な恩恵ジョブ変更チート無限を使い、なんとかモラハ・ラスゴイを更生させて生き残ろうとする物語である。 ーーーーー お読みくださりありがとうございます<(_ _)>

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。 

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。