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解体新書は万能神器?
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「な、な、な、何しやがったぁぁぁ!!」
あっさりとへし折られた聖剣。
それを拾い上げて、勇者タクマは玄白に向かって怒鳴りつけた。
「何をって、いきなり切り掛かってきたから、武器をへし折っただけじゃが? それよりも、誰かギルドの人を呼んでくれるか? こやつ、いきなり切り付けてきたぞ?」
「貴様が席を譲らなったからだろぅが!! この俺を誰だと思っていやがる!!」
「礼儀を弁えないガキ。人の食事中に立って席を譲れとか、お前は一体どんな教育を受けてきたのじゃ……」
ハァ、と玄白はため息ひとつ。
これがタクマの逆鱗に触れたのだが、そのタクマの肩を掴んで制する人物が。
「もう良いだろう。タクマ、お前はやりすぎだ」
「ちょっと目を離したら。なんでこんなことになっているのかニャ?」
アランとアルナイアルが、激高しているタクマに話しかける。
「このガキが!! 勇者である俺に席を譲らなかったからだ!!」
「はぁ。席が空くまで待てばいいだけだろうが。お前は何度、同じ間違いをする……さんざん王都でやらかして、少しは反省したのかと思ったら……」
「その自分勝手が、こうやって仲間に迷惑をかけているんだニヤァ」
「もういい!! 他で食べる!!」
そう叫んでから、タクマが冒険者ギルドを後にする。
「……なあ、一つ聞いて良いか?」
そんなタクマたちのやり取りをよそに、玄白はアルナイアルの顔をじっとみている。
ちなみに、アルナイアルの種族は獣人族、猫科。
頭の上にピョンっとふたつの猫耳が伸びている。
「ん? 私に何の用事だニャ?」
「こ、このワシの本に、手を乗せてくれるか?」
──スッ
解体新書を取り出して、それをアルナイアルに差し出す。
「ここに? こうだニャァ?」
──ポフッ
そっと手を当てるアルナイアル。
少しだけ光が溢れ出して、アルナイアルはすぐに手を離す。
「ありがとう。ちなみにじゃが? その耳は本物じゃよな?」
「あ~。お嬢ちゃんは獣人を見たことないのかニャ。見ての通り獣人族だニャ」
「獣人!! 誠に不思議な世界じゃニャ……移ったわ!!」
「あははは。さっきはタクマが失礼なことをしてごめんニャ。あいつ、王都でも色々とやらかしちゃって。悪名を払拭するためにドラゴン退治をするんだって」
「だが、治癒師がどうしても足りなくてな。以前パーティーにいた治癒師も、タクマの礼儀のなさ、無礼さに限界がきて……」
「ふむふむ。わしには関係ない話じゃなぁ。まあ、お主たちがしっかりと見ていれば、そのうち改心するかもな。ほれ、これは返しておく」
折れた聖剣を机の上に載せて、切断面をくっつけてからエリクシールを取り出して注ぎ込む。
──シュワァァァァ
すると、切断面がしっかりと接続し、傷ひとつない新品になる。
「うきょぁぁぁぁぁぁ!! この人、聖剣を直したぁぉぁ」
「ち、ちょっと待ってくれ!! 今、どうやった!」
「ん? 折れたのなら、これで治るかなぁと思って試しただけじゃな。さすがはエリクシールとやら、なんでも治るのじゃなぁ」
ほれ、と修復した聖剣をアランに返す。
するとそれを受け取ってから、アランが改めて頭を下げる。
「修復してくれて助かる。魔族相手には、聖剣でなくてはならない時もあるからな。それで頼みがある。ぜひ、俺たちに同行してドラゴンを退治してほしい」
「断る。ではな!!」
ヒラヒラと手を振りつつ、玄白は立ち上がって会計を済ませる。
「あの、まさか、お嬢ちゃんが最近噂の凄腕治癒師だにゃ?」
「噂かどうかは知らんが。凄腕治癒師とはギルドでよく言われるが?」
「それなら、うちのパーティーには治癒師が足りないにゃ。是非とも同行して、魔王を倒してほしいにゃ」
「断る。そんな面倒なことはしたくはないし、そもそも、わしがこの街を離れたら、この街の病人や怪我人は誰が診るのじゃ?」
あっさりと告げる玄白だが。
アランは負けじと一言。
「魔王を倒さなければ、もっと大勢の人が命を失います。貴方は、それを見てみぬふりができるのですか?」
「わしはできるが? 魔王を倒すために冒険するお前たちに、町医者のワシがついて行く必要はあるまい。他にも優秀な治癒師や、それこそ神聖魔法が使えるものがおるのではないか? 他所ごとの戦争で人が死のうが、それは仕方あるまい?」
あっさりと言い切る。
戦国時代など、あちこちで合戦があって大勢の命が失われていることがあったのは、歴史書などで知っている。
玄白が生まれてからは、それほど大きな戦や合戦はないからなのか、玄白の死生観については独特なものに見えるのだろう。
「そ、それを仕方ないと諦めるのですか?」
「それをどうにかするのが勇者であり、それを支えるものなのじゃろ? それは志を共にするものでなくてはならず、強制するものではない。違うか?」
「そ、それは……」
「あのタクマはアホなのニャ。選ばれた勇者だからと傍若無人なことをして、今に至るニャ」
「それこそ、ワシは知らんわ。選ばれた勇者だ何だと弄ばれて、天狗になった罰じゃよ。しっかりと自分を見据えて、一からやり直せばあるいはなんとかなるのではないか?」
淡々と小娘に説教される、勇者パーティの図。
これには酒場の冒険者たちもドン引きである。
勇者に同行できる、それだけで栄誉であり、共に魔族を討ち滅ぼすことができるとなると、出世街道間違いなし。
それをこうも簡単に、道理を説いて拒否する玄白。
「でも、この街に優秀な治癒師がいるって神託を受けたにゃ」
「ふむふむ。それがワシなのか? でも、ワシの話はさっきで終わりじゃよ?」
「……わかりました。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアラン。
慌ててアルナイアルも頭を下げて、ギルドから出ようとした時。
「数日待てば、エリクシールを長期保管できる瓶が作られるはずじゃ。それができたら、エリクシールを数本分けてやるから取りに来い。ここの近くの診療所におるからな」
「助かります。では!!」
そう告げて、アランとアルナイアルが出て行く。
「あの、ランガクイーノさん。本当に同行しなくてよかったのですか?」
「なんで町医者のワシが勇者に同行するのじゃよ? そういうのはランクの高い治癒師の仕事じゃ。ワシがついていったところで、途中のゴブリンに頭をかち割られて死ぬのがオチじゃないか?」
マチルダの問いに、そう言葉を返す。
「そうですわね。特に、今回の相手はドラゴンです。ブレスを吐かれたら、森なんてあっという間に燃え広がりますから」
「そんなところにいったら、逃げ遅れて燃え死んでしまうわ。さて、戻って治療院を開けなくてはな」
いそいそとギルドを後にする玄白。
そして治療院に戻ると、並んでいた患者の診療を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──オリオーン・錬金術ギルド
「くっそぉぉぉぉ!! あのクソガキがぁぁぁ」
錬金術ギルド裏にある、錬金工房。
その中で、ギルドマスターのギーレンが汗を流しながら絶叫している。
領主からの要請により、エリクシールを長期間収めるための小瓶の製作依頼を受けたものの、紫水晶に魔力を付与し、長期保存の術式を組み込むことができるのは、最低でもBランク以上の錬金術師でなくては不可能。
普通の魔法薬の保存瓶程度なら、低ランク錬金術師でもできる仕事であるのだが、伝承級の薬品の保存用術式など高ランクの、それもB以上の錬金術師でなくては不可能。
しかも、エリクシール用となると、それこそ伝説級の術式が必要となるため、古文書などに記されたものを再現し、どうにか定着させなくてはならない。
「……くっそ、これも失敗だ!!」
──ガシャァァァン
術式付与に失敗した小瓶を、大きな樽の中に力一杯投げつける。
割れた小瓶はまた魔法炉で溶かして使用するため、その辺に適当に投げつけることはできない。
「あの、ギーレンさま。領主様からの使いが先ほどいらっしゃいまして、明日の朝までにとりあえず10本の瓶を頼むと」
「はぁ? 明日の朝まで10本だぁ?」
「はい。それと、王都から勇者様御一行がいらしてまして。ギーレンさまとお話がしたいと」
──ピクッ?
王都から冒険者がきた?
それも勇者?
なにか儲け話の予感がする。
すぐさま立ち上がってズボンの汚れを払うと、ゴホンと咳払いをひとつ。
「すぐに向かう。応接間に通しておくように」
「はい、それでは失礼します」
受付嬢が急いで戻って行くのを見届けてから、ギーレンは上着を着替えて応接間に向かった。
………
……
…
「明日の朝まで、エリクシールを保存できる小瓶を10本。用意できますか?」
応接間にやってきた勇者一行。
その勇者は不機嫌そうな顔でそっぽを向いているが、戦士であるアランが代わりに話を切り出したのである。
「え、え、あ、あの、エリクシールの保存用ですか?」
「はい。同行をお願いしたのですが。それは無理でしたが、エリクシールの供与だけはお約束していただけましたので。間に合いそうですか?」
そう告げてから、アランが金貨袋を取り出して机の上に置く。
さらに高純度の紫水晶の塊を始めとした、レア素材をいくつか並べる。
──ゴクッ
それは、オリオーンでも入手困難な素材ばかり。
エリクシール用小瓶に必要ないものもあり、それらを入手できるのなら領主の依頼など後回しにしても構わないだろう。
「わかりました。全力であたらせてもらいます」
「よろしくお願いします。では、明日の朝、改めて伺いますので」
──ガシッ
ガッチリと握手をしてから、ギーレンはアランたちを見送る。
「よし、あの小娘のおかげで出た損益を、これで帳消しにできる。いや、その倍以上の儲けが出るじゃないか!!」
「あの。明日の朝までに20本は不可能では?」
「当たり前だろ。先に勇者パーティ用のを作る。領主には、そのあとで作れる分だけ作って渡せばいい。これを作るのにどれだけの技術が必要なのか、領主は知っているはずだからな」
そう告げてから、ギーレンは工房に戻って行く。
今、このオリオーンでエリクシール用小瓶を作れるのは、ギーレン一人であるから。
あっさりとへし折られた聖剣。
それを拾い上げて、勇者タクマは玄白に向かって怒鳴りつけた。
「何をって、いきなり切り掛かってきたから、武器をへし折っただけじゃが? それよりも、誰かギルドの人を呼んでくれるか? こやつ、いきなり切り付けてきたぞ?」
「貴様が席を譲らなったからだろぅが!! この俺を誰だと思っていやがる!!」
「礼儀を弁えないガキ。人の食事中に立って席を譲れとか、お前は一体どんな教育を受けてきたのじゃ……」
ハァ、と玄白はため息ひとつ。
これがタクマの逆鱗に触れたのだが、そのタクマの肩を掴んで制する人物が。
「もう良いだろう。タクマ、お前はやりすぎだ」
「ちょっと目を離したら。なんでこんなことになっているのかニャ?」
アランとアルナイアルが、激高しているタクマに話しかける。
「このガキが!! 勇者である俺に席を譲らなかったからだ!!」
「はぁ。席が空くまで待てばいいだけだろうが。お前は何度、同じ間違いをする……さんざん王都でやらかして、少しは反省したのかと思ったら……」
「その自分勝手が、こうやって仲間に迷惑をかけているんだニヤァ」
「もういい!! 他で食べる!!」
そう叫んでから、タクマが冒険者ギルドを後にする。
「……なあ、一つ聞いて良いか?」
そんなタクマたちのやり取りをよそに、玄白はアルナイアルの顔をじっとみている。
ちなみに、アルナイアルの種族は獣人族、猫科。
頭の上にピョンっとふたつの猫耳が伸びている。
「ん? 私に何の用事だニャ?」
「こ、このワシの本に、手を乗せてくれるか?」
──スッ
解体新書を取り出して、それをアルナイアルに差し出す。
「ここに? こうだニャァ?」
──ポフッ
そっと手を当てるアルナイアル。
少しだけ光が溢れ出して、アルナイアルはすぐに手を離す。
「ありがとう。ちなみにじゃが? その耳は本物じゃよな?」
「あ~。お嬢ちゃんは獣人を見たことないのかニャ。見ての通り獣人族だニャ」
「獣人!! 誠に不思議な世界じゃニャ……移ったわ!!」
「あははは。さっきはタクマが失礼なことをしてごめんニャ。あいつ、王都でも色々とやらかしちゃって。悪名を払拭するためにドラゴン退治をするんだって」
「だが、治癒師がどうしても足りなくてな。以前パーティーにいた治癒師も、タクマの礼儀のなさ、無礼さに限界がきて……」
「ふむふむ。わしには関係ない話じゃなぁ。まあ、お主たちがしっかりと見ていれば、そのうち改心するかもな。ほれ、これは返しておく」
折れた聖剣を机の上に載せて、切断面をくっつけてからエリクシールを取り出して注ぎ込む。
──シュワァァァァ
すると、切断面がしっかりと接続し、傷ひとつない新品になる。
「うきょぁぁぁぁぁぁ!! この人、聖剣を直したぁぉぁ」
「ち、ちょっと待ってくれ!! 今、どうやった!」
「ん? 折れたのなら、これで治るかなぁと思って試しただけじゃな。さすがはエリクシールとやら、なんでも治るのじゃなぁ」
ほれ、と修復した聖剣をアランに返す。
するとそれを受け取ってから、アランが改めて頭を下げる。
「修復してくれて助かる。魔族相手には、聖剣でなくてはならない時もあるからな。それで頼みがある。ぜひ、俺たちに同行してドラゴンを退治してほしい」
「断る。ではな!!」
ヒラヒラと手を振りつつ、玄白は立ち上がって会計を済ませる。
「あの、まさか、お嬢ちゃんが最近噂の凄腕治癒師だにゃ?」
「噂かどうかは知らんが。凄腕治癒師とはギルドでよく言われるが?」
「それなら、うちのパーティーには治癒師が足りないにゃ。是非とも同行して、魔王を倒してほしいにゃ」
「断る。そんな面倒なことはしたくはないし、そもそも、わしがこの街を離れたら、この街の病人や怪我人は誰が診るのじゃ?」
あっさりと告げる玄白だが。
アランは負けじと一言。
「魔王を倒さなければ、もっと大勢の人が命を失います。貴方は、それを見てみぬふりができるのですか?」
「わしはできるが? 魔王を倒すために冒険するお前たちに、町医者のワシがついて行く必要はあるまい。他にも優秀な治癒師や、それこそ神聖魔法が使えるものがおるのではないか? 他所ごとの戦争で人が死のうが、それは仕方あるまい?」
あっさりと言い切る。
戦国時代など、あちこちで合戦があって大勢の命が失われていることがあったのは、歴史書などで知っている。
玄白が生まれてからは、それほど大きな戦や合戦はないからなのか、玄白の死生観については独特なものに見えるのだろう。
「そ、それを仕方ないと諦めるのですか?」
「それをどうにかするのが勇者であり、それを支えるものなのじゃろ? それは志を共にするものでなくてはならず、強制するものではない。違うか?」
「そ、それは……」
「あのタクマはアホなのニャ。選ばれた勇者だからと傍若無人なことをして、今に至るニャ」
「それこそ、ワシは知らんわ。選ばれた勇者だ何だと弄ばれて、天狗になった罰じゃよ。しっかりと自分を見据えて、一からやり直せばあるいはなんとかなるのではないか?」
淡々と小娘に説教される、勇者パーティの図。
これには酒場の冒険者たちもドン引きである。
勇者に同行できる、それだけで栄誉であり、共に魔族を討ち滅ぼすことができるとなると、出世街道間違いなし。
それをこうも簡単に、道理を説いて拒否する玄白。
「でも、この街に優秀な治癒師がいるって神託を受けたにゃ」
「ふむふむ。それがワシなのか? でも、ワシの話はさっきで終わりじゃよ?」
「……わかりました。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアラン。
慌ててアルナイアルも頭を下げて、ギルドから出ようとした時。
「数日待てば、エリクシールを長期保管できる瓶が作られるはずじゃ。それができたら、エリクシールを数本分けてやるから取りに来い。ここの近くの診療所におるからな」
「助かります。では!!」
そう告げて、アランとアルナイアルが出て行く。
「あの、ランガクイーノさん。本当に同行しなくてよかったのですか?」
「なんで町医者のワシが勇者に同行するのじゃよ? そういうのはランクの高い治癒師の仕事じゃ。ワシがついていったところで、途中のゴブリンに頭をかち割られて死ぬのがオチじゃないか?」
マチルダの問いに、そう言葉を返す。
「そうですわね。特に、今回の相手はドラゴンです。ブレスを吐かれたら、森なんてあっという間に燃え広がりますから」
「そんなところにいったら、逃げ遅れて燃え死んでしまうわ。さて、戻って治療院を開けなくてはな」
いそいそとギルドを後にする玄白。
そして治療院に戻ると、並んでいた患者の診療を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──オリオーン・錬金術ギルド
「くっそぉぉぉぉ!! あのクソガキがぁぁぁ」
錬金術ギルド裏にある、錬金工房。
その中で、ギルドマスターのギーレンが汗を流しながら絶叫している。
領主からの要請により、エリクシールを長期間収めるための小瓶の製作依頼を受けたものの、紫水晶に魔力を付与し、長期保存の術式を組み込むことができるのは、最低でもBランク以上の錬金術師でなくては不可能。
普通の魔法薬の保存瓶程度なら、低ランク錬金術師でもできる仕事であるのだが、伝承級の薬品の保存用術式など高ランクの、それもB以上の錬金術師でなくては不可能。
しかも、エリクシール用となると、それこそ伝説級の術式が必要となるため、古文書などに記されたものを再現し、どうにか定着させなくてはならない。
「……くっそ、これも失敗だ!!」
──ガシャァァァン
術式付与に失敗した小瓶を、大きな樽の中に力一杯投げつける。
割れた小瓶はまた魔法炉で溶かして使用するため、その辺に適当に投げつけることはできない。
「あの、ギーレンさま。領主様からの使いが先ほどいらっしゃいまして、明日の朝までにとりあえず10本の瓶を頼むと」
「はぁ? 明日の朝まで10本だぁ?」
「はい。それと、王都から勇者様御一行がいらしてまして。ギーレンさまとお話がしたいと」
──ピクッ?
王都から冒険者がきた?
それも勇者?
なにか儲け話の予感がする。
すぐさま立ち上がってズボンの汚れを払うと、ゴホンと咳払いをひとつ。
「すぐに向かう。応接間に通しておくように」
「はい、それでは失礼します」
受付嬢が急いで戻って行くのを見届けてから、ギーレンは上着を着替えて応接間に向かった。
………
……
…
「明日の朝まで、エリクシールを保存できる小瓶を10本。用意できますか?」
応接間にやってきた勇者一行。
その勇者は不機嫌そうな顔でそっぽを向いているが、戦士であるアランが代わりに話を切り出したのである。
「え、え、あ、あの、エリクシールの保存用ですか?」
「はい。同行をお願いしたのですが。それは無理でしたが、エリクシールの供与だけはお約束していただけましたので。間に合いそうですか?」
そう告げてから、アランが金貨袋を取り出して机の上に置く。
さらに高純度の紫水晶の塊を始めとした、レア素材をいくつか並べる。
──ゴクッ
それは、オリオーンでも入手困難な素材ばかり。
エリクシール用小瓶に必要ないものもあり、それらを入手できるのなら領主の依頼など後回しにしても構わないだろう。
「わかりました。全力であたらせてもらいます」
「よろしくお願いします。では、明日の朝、改めて伺いますので」
──ガシッ
ガッチリと握手をしてから、ギーレンはアランたちを見送る。
「よし、あの小娘のおかげで出た損益を、これで帳消しにできる。いや、その倍以上の儲けが出るじゃないか!!」
「あの。明日の朝までに20本は不可能では?」
「当たり前だろ。先に勇者パーティ用のを作る。領主には、そのあとで作れる分だけ作って渡せばいい。これを作るのにどれだけの技術が必要なのか、領主は知っているはずだからな」
そう告げてから、ギーレンは工房に戻って行く。
今、このオリオーンでエリクシール用小瓶を作れるのは、ギーレン一人であるから。
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