上 下
12 / 56

解体新書は万能神器?

しおりを挟む
「な、な、な、何しやがったぁぁぁ!!」

 あっさりとへし折られた聖剣。
 それを拾い上げて、勇者タクマは玄白に向かって怒鳴りつけた。

「何をって、いきなり切り掛かってきたから、武器をへし折っただけじゃが? それよりも、誰かギルドの人を呼んでくれるか? こやつ、いきなり切り付けてきたぞ?」
「貴様が席を譲らなったからだろぅが!! この俺を誰だと思っていやがる!!」
「礼儀を弁えないガキ。人の食事中に立って席を譲れとか、お前は一体どんな教育を受けてきたのじゃ……」

 ハァ、と玄白はため息ひとつ。
 これがタクマの逆鱗に触れたのだが、そのタクマの肩を掴んで制する人物が。

「もう良いだろう。タクマ、お前はやりすぎだ」
「ちょっと目を離したら。なんでこんなことになっているのかニャ?」

 アランとアルナイアルが、激高しているタクマに話しかける。

「このガキが!! 勇者である俺に席を譲らなかったからだ!!」
「はぁ。席が空くまで待てばいいだけだろうが。お前は何度、同じ間違いをする……さんざん王都でやらかして、少しは反省したのかと思ったら……」
「その自分勝手が、こうやって仲間に迷惑をかけているんだニヤァ」
「もういい!! 他で食べる!!」

 そう叫んでから、タクマが冒険者ギルドを後にする。
 
「……なあ、一つ聞いて良いか?」

 そんなタクマたちのやり取りをよそに、玄白はアルナイアルの顔をじっとみている。
 ちなみに、アルナイアルの種族は獣人族、猫科。
 頭の上にピョンっとふたつの猫耳が伸びている。

「ん? 私に何の用事だニャ?」
「こ、このワシの本に、手を乗せてくれるか?」

──スッ
 解体新書ターヘル・アナトミアを取り出して、それをアルナイアルに差し出す。

「ここに? こうだニャァ?」

──ポフッ
 そっと手を当てるアルナイアル。
 少しだけ光が溢れ出して、アルナイアルはすぐに手を離す。
 
「ありがとう。ちなみにじゃが? その耳は本物じゃよな?」
「あ~。お嬢ちゃんは獣人を見たことないのかニャ。見ての通り獣人族だニャ」
「獣人!! 誠に不思議な世界じゃニャ……移ったわ!!」
「あははは。さっきはタクマが失礼なことをしてごめんニャ。あいつ、王都でも色々とやらかしちゃって。悪名を払拭するためにドラゴン退治をするんだって」
「だが、治癒師がどうしても足りなくてな。以前パーティーにいた治癒師も、タクマの礼儀のなさ、無礼さに限界がきて……」
「ふむふむ。わしには関係ない話じゃなぁ。まあ、お主たちがしっかりと見ていれば、そのうち改心するかもな。ほれ、これは返しておく」

 折れた聖剣を机の上に載せて、切断面をくっつけてからエリクシールを取り出して注ぎ込む。

──シュワァァァァ
 すると、切断面がしっかりと接続し、傷ひとつない新品になる。

「うきょぁぁぁぁぁぁ!! この人、聖剣を直したぁぉぁ」
「ち、ちょっと待ってくれ!! 今、どうやった!」
「ん? 折れたのなら、これで治るかなぁと思って試しただけじゃな。さすがはエリクシールとやら、なんでも治るのじゃなぁ」

 ほれ、と修復した聖剣をアランに返す。
 するとそれを受け取ってから、アランが改めて頭を下げる。

「修復してくれて助かる。魔族相手には、聖剣でなくてはならない時もあるからな。それで頼みがある。ぜひ、俺たちに同行してドラゴンを退治してほしい」
「断る。ではな!!」

 ヒラヒラと手を振りつつ、玄白は立ち上がって会計を済ませる。

「あの、まさか、お嬢ちゃんが最近噂の凄腕治癒師だにゃ?」
「噂かどうかは知らんが。凄腕治癒師とはギルドでよく言われるが?」
「それなら、うちのパーティーには治癒師が足りないにゃ。是非とも同行して、魔王を倒してほしいにゃ」
「断る。そんな面倒なことはしたくはないし、そもそも、わしがこの街を離れたら、この街の病人や怪我人は誰が診るのじゃ?」

 あっさりと告げる玄白だが。
 アランは負けじと一言。

「魔王を倒さなければ、もっと大勢の人が命を失います。貴方は、それを見てみぬふりができるのですか?」
「わしはできるが? 魔王を倒すために冒険するお前たちに、町医者のワシがついて行く必要はあるまい。他にも優秀な治癒師や、それこそ神聖魔法が使えるものがおるのではないか? 他所ごとの戦争で人が死のうが、それは仕方あるまい?」

 あっさりと言い切る。
 戦国時代など、あちこちで合戦があって大勢の命が失われていることがあったのは、歴史書などで知っている。
 玄白が生まれてからは、それほど大きな戦や合戦はないからなのか、玄白の死生観については独特なものに見えるのだろう。

「そ、それを仕方ないと諦めるのですか?」
「それをどうにかするのが勇者であり、それを支えるものなのじゃろ? それは志を共にするものでなくてはならず、強制するものではない。違うか?」
「そ、それは……」
「あのタクマはアホなのニャ。選ばれた勇者だからと傍若無人なことをして、今に至るニャ」
「それこそ、ワシは知らんわ。選ばれた勇者だ何だと弄ばれて、天狗になった罰じゃよ。しっかりと自分を見据えて、一からやり直せばあるいはなんとかなるのではないか?」

 淡々と小娘に説教される、勇者パーティの図。
 これには酒場の冒険者たちもドン引きである。
 勇者に同行できる、それだけで栄誉であり、共に魔族を討ち滅ぼすことができるとなると、出世街道間違いなし。
 それをこうも簡単に、道理を説いて拒否する玄白。
 
「でも、この街に優秀な治癒師がいるって神託を受けたにゃ」
「ふむふむ。それがワシなのか? でも、ワシの話はさっきで終わりじゃよ?」
「……わかりました。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げるアラン。
 慌ててアルナイアルも頭を下げて、ギルドから出ようとした時。

「数日待てば、エリクシールを長期保管できる瓶が作られるはずじゃ。それができたら、エリクシールを数本分けてやるから取りに来い。ここの近くの診療所におるからな」
「助かります。では!!」

 そう告げて、アランとアルナイアルが出て行く。
 
「あの、ランガクイーノさん。本当に同行しなくてよかったのですか?」
「なんで町医者のワシが勇者に同行するのじゃよ? そういうのはランクの高い治癒師の仕事じゃ。ワシがついていったところで、途中のゴブリンに頭をかち割られて死ぬのがオチじゃないか?」

 マチルダの問いに、そう言葉を返す。

「そうですわね。特に、今回の相手はドラゴンです。ブレスを吐かれたら、森なんてあっという間に燃え広がりますから」
「そんなところにいったら、逃げ遅れて燃え死んでしまうわ。さて、戻って治療院を開けなくてはな」

 いそいそとギルドを後にする玄白。
 そして治療院に戻ると、並んでいた患者の診療を開始した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──オリオーン・錬金術ギルド
「くっそぉぉぉぉ!! あのクソガキがぁぁぁ」

 錬金術ギルド裏にある、錬金工房。
 その中で、ギルドマスターのギーレンが汗を流しながら絶叫している。
 領主からの要請により、エリクシールを長期間収めるための小瓶の製作依頼を受けたものの、紫水晶に魔力を付与し、長期保存の術式を組み込むことができるのは、最低でもBランク以上の錬金術師でなくては不可能。
 普通の魔法薬の保存瓶程度なら、低ランク錬金術師でもできる仕事であるのだが、伝承級の薬品の保存用術式など高ランクの、それもB以上の錬金術師でなくては不可能。
 
 しかも、エリクシール用となると、それこそ伝説級の術式が必要となるため、古文書などに記されたものを再現し、どうにか定着させなくてはならない。
 
「……くっそ、これも失敗だ!!」

──ガシャァァァン
 術式付与に失敗した小瓶を、大きな樽の中に力一杯投げつける。
 割れた小瓶はまた魔法炉で溶かして使用するため、その辺に適当に投げつけることはできない。

「あの、ギーレンさま。領主様からの使いが先ほどいらっしゃいまして、明日の朝までにとりあえず10本の瓶を頼むと」
「はぁ? 明日の朝まで10本だぁ?」
「はい。それと、王都から勇者様御一行がいらしてまして。ギーレンさまとお話がしたいと」

──ピクッ?
 王都から冒険者がきた?
 それも勇者?

 なにか儲け話の予感がする。
 すぐさま立ち上がってズボンの汚れを払うと、ゴホンと咳払いをひとつ。

「すぐに向かう。応接間に通しておくように」
「はい、それでは失礼します」

 受付嬢が急いで戻って行くのを見届けてから、ギーレンは上着を着替えて応接間に向かった。

………
……


「明日の朝まで、エリクシールを保存できる小瓶を10本。用意できますか?」

 応接間にやってきた勇者一行。
 その勇者は不機嫌そうな顔でそっぽを向いているが、戦士であるアランが代わりに話を切り出したのである。

「え、え、あ、あの、エリクシールの保存用ですか?」
「はい。同行をお願いしたのですが。それは無理でしたが、エリクシールの供与だけはお約束していただけましたので。間に合いそうですか?」

 そう告げてから、アランが金貨袋を取り出して机の上に置く。
 さらに高純度の紫水晶の塊を始めとした、レア素材をいくつか並べる。

──ゴクッ
 それは、オリオーンでも入手困難な素材ばかり。
 エリクシール用小瓶に必要ないものもあり、それらを入手できるのなら領主の依頼など後回しにしても構わないだろう。

「わかりました。全力であたらせてもらいます」
「よろしくお願いします。では、明日の朝、改めて伺いますので」

──ガシッ
 ガッチリと握手をしてから、ギーレンはアランたちを見送る。

「よし、あの小娘のおかげで出た損益を、これで帳消しにできる。いや、その倍以上の儲けが出るじゃないか!!」
「あの。明日の朝までに20本は不可能では?」
「当たり前だろ。先に勇者パーティ用のを作る。領主には、そのあとで作れる分だけ作って渡せばいい。これを作るのにどれだけの技術が必要なのか、領主は知っているはずだからな」

 そう告げてから、ギーレンは工房に戻って行く。
 今、このオリオーンでエリクシール用小瓶を作れるのは、ギーレン一人であるから。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚
キャラ文芸
こことは違う、何処かの世界。 神泉華大国という国の西方にある小さな村の女の子『白梅』が、世界を知るために旅に出たのが、物語の始まりです。 娘はまだ生まれて間も無く、この村の外れに捨てられていました。それを不憫に思ったお人よし集団の村人により育てられ、やがて娘は旅に出ます。 ところが旅先で偶然、この国の官吏である洪氏を救うことにより命運は大きく揺らぎ、白梅は後宮の部署の一つである『東廠』にて働くことになりました。 彼女の仕事は、後宮の相談役。 尸解仙、つまり仙女である白梅ですが、それほど頭が切れるわけではありません。 それでも、身につけた仙術と体術と戦術を駆使して、後宮でのんびりと暮らすことを決めたのですが。 皇后候補たちの権力争い、後宮に満ちる瘴気、そして敵国の貴妃の後宮入りなどなど、彼女にはゆっくりとする暇もありません。 白梅にとって、本当に心穏やかな日々は来るのでしょうか。 いえ、来ません。 注)イメージイラストは、AI生成ツールを使用して作成しました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...