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第一章 行方不明者からの犯行声明文

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 ──人殺しのみなさんへ。時間です。罪を告白し、そして償いましょう。

 じめじめとした熱が温風となり、時田ときたの肌を撫でいた。
 体に張り付くシャツの下は洪水のような汗が流れている。
 残暑が残る九月。コンビニから戻ってきた時田晴斗はるとは、自宅のポストに投函されていた茶封筒を手にしていた。
 手書きで記された自分の名前と、裏には身に覚えのない住所が左下に小さく記されている。中には一枚のA四用紙のプリントが丁寧に折られており、躊躇いを覚えながら開いていけば、犯行声明文を真似た新聞の切り抜きが起用に並べられていた。

【人殺しのみなさんへ】

 物騒な切り出しから始まった内容のそれに、時田は首を傾げた。
 身に覚えのない罪。これは果たして本当に自分に宛てられたものだろうか。しかし封筒にはご丁寧に自分の名前がゴシック体で印字されている。
 嫌がらせだろうかと片付けたが、いやしかし、ここが自分の自宅であり時田が住んでいるということを送り主は把握しているという事実にうすら寒い恐怖を抱いた。ここを知っているのは両親、もしくは面接のときに提出した履歴書を見たバイト先の店長ぐらいだ。無論、時田の住所など頭にも入れていないような様子だったはずだが、そうなると、こんな嫌がらせをしてくる相手が思い浮かばなかった。
 気味悪さを流すように茶封筒ごとその場で丸めては、おんぼろアパート内部へと背を丸め入っていく。
 時田の住居として間借りしているのは、築六十年の風呂無し、トイレつきの特大台風がくれば吹き飛ばされてしまうようなアパートの一室。時田がここに引っ越してきたのは今から半年前。就職活動に失敗し、実家で寄生虫のように居座っていたところ、いよいよ親の堪忍袋の緒が切れ、無理やり追い出される結果となった。
 無職で引きこもりの息子に嫌気がさしたのだろう。母親は中学の教師として絶賛大活躍中だった。父親はいない。厳格だったということだけは記憶の片隅にあるが、ある日を境に家族の前から姿を消した。時田の母親は、働かない息子をニートとして二年は許した。二年と一日目にはきっかりと息子を追い出した。「ここにいたら、あんたはおかしくなる」
 それから現在に至るまでコンビニのアルバイトで食いつないでいる。
 部屋の窓は横にスライドさせると、きぃきぃと不快な音たてる。滑りも悪く、無理にレールを走らせては網を何度か外したこともある。その窓枠の下に腰をおろしては、月夜に輝く星と月を眺める。瞼を薄っすらと開けているような三日月が夜の闇へと浮かび、まるでその様は世界にウィンクをしているようにも見える。
 ふっ、と時田は笑みを浮かべた。なかなかロマンティックなたとえだ。称賛の意味を含めた笑みがだったが、その笑みが消失していくのはすぐだった。そういえば、前にそんな文章を読んだ気がするなと気付いたのだ。凡人を極めてきたような自分が生み出せるたとえではないことに気付かされ称賛は羞恥へと変わっていく。人間は何かしら影響を受けているものだ。少し前に読んだ小説にでも載っていたのだろうと平手打ちとして襲い掛かってきた恥を時田は流した。
 代わり映えしない日々。寝て、起きて、食って、働いて、食って、寝て。そんな空っぽのような生活を繰り返していた。特別なイベントと言えば、還暦を迎えたここの大家がつい最近結婚したということぐらいだ。しかも三十歳年下の若者を捕まえたらしいときた。息子より若いのだと、この前鉢合わせてしまったときに自慢されたのを思い出す。
 もはや自分のイベントでもなんでもない。けれど、なかなかこれは驚いた話題だった。
 脳内で関西弁が強い大家と、まだ見ぬ夫を想像していた。どうにも組み合わせが成立しない。きっと街中で見かけたとしても親子にしか見えないのだろうなと考えていたところで、ぶぶっとテーブルの上でスマホが震えた。室内ではダイニングテーブルなどとかっこつけているが、実際はダンボールを机代わりにしただけの質素を極めたテーブルだ。意外にもこれで生活できるのだから、ダンボールは見くびれない。
 ──久しぶり。ちょっと聞きたいことがあって連絡しました。時間が空いたら返事ください。
 液晶に映ったその文章に、どきっと心臓が音を立てた。
 連絡が入るのは、ほとんどクーポンやらお知らせやら、業者からくるもので埋め尽くされてきたというのに、珍しく人から、しかも「久しぶり」とまできた。
 送り主の名前の表記にはおのでらと平仮名で表記されている。咄嗟に思い出したのは小野寺望萌おのでら ももというマドンナの存在。敬語混じりの距離感が時田と小野寺の関係を象徴していた。
 ──久しぶり。どうかした?
 この一文を送るのは二十分を要したのは、なにも普段人とコミュニケーションをとらないからではない。初恋を相手に冷静ではいられなかったからだ。あまりにも時間をかけすぎてしまったことは充分に自覚していたが、そんなことよりも、こうしてあのマドンナと連絡を交わすということに動揺と嬉しさが入り混じっていた。
 ──時田くんの家に、変な手紙届かなかった?
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