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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)
リュカの変化
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夏の海を流れる客船内は蒸し暑かった。
夜風に当たりに部屋を抜ける。
俺は使用人に黙って甲板にでた。
おびえる女性を庇った、まではいい。だが、あとがいけなかった。
激情する犯人はなにかを叫びながら血走った目で俺の腕を切りつけ痛みにひるんだ俺は突き飛ばされた。
足下の感覚が消えて船から転落する自分の体がうそのようだった。
落下するなかで走馬灯をみた。こんなことならおじいさまとの稽古を真面目に受けておけばよかったと後悔していた。
落とされた先は夜の海だった。
ただそれだけ。
欄干から放り出され海面に叩きつけられた衝撃。肺腑が一気に縮んだ冷たい水のせいで意識が遠のいていく。すぐに呼吸は苦しくなった。
意識ごと海へ落ちていたのは短い時間。
けれど、俺はあの感覚が忘れられない。
深淵がこっちをみている気がするのだ。逃れられない死に神が。
俺の体は夜になると布団の海で凍り付く。水を吸った重い衣服はもがいて絡むばかりのシーツ。海底に引きずり込まれていくような息苦しさに溺れる。まどろむ頃になるとよみがえる悪夢のせいで毎夜飛び起きた。瞬間的にあげそうになる悲鳴をおさえたい一心で力一杯首を締め付けた。それても恐怖は消えない。力をゆるめれば発狂しそうになる。
悪いことに苦しんでいるうちは暗い闇に飲み込まれずにすんでいた。
以来、俺は眠るのが怖くなった。
悪夢は何度も続いた。
水を吐いても何度吐き出してもフラッシュバックする景色。救助された瞬間をループするうちにいつか本当に自分が壊れてしまうような気がする。
すでに睡眠不足で限界だった。
けれど泣き言をいうわけにはいかない。
口外されようものなら弱みを握られかねない。おもしろおかしく書き立てられるのだってごめんだった。
これは暴かれてはいけない秘密。
これは覗かれてはならぬ秘匿事項。
のしかかる不安と焦燥で眠れなかった満点の星の夜だった。月明かりで起きたルナと遭遇した。あいつはいつも通りににはしゃいでいた。俺がホットミルクをわけてやるとばかみたいに喜んで。
ルナの顔を見てるときはなぜだがほっとした。と同時にかき乱される気持ちもあった。
最近は毎夜うなされていて睡眠不足だ。動悸と立ちくらみまでしているのだから。それがたかが昼寝でずいぶん楽になっていた。
俺はほんとにルナの膝枕で眠ったのか?
あいつの上に寝転がったのはほぼ無意識だった。やけに日差しがまぶしいから日よけにしたところまでは覚えている。でもそれだけ。
父様にカマをかけられた時もあいつがなにかしたんじゃないかと本気で疑っていた。
*
「っぁ……悪い、ルナリード」
「何年あなたのそばにいると思ってるんですか、これはお返しです」
額に受けたセクハラはチャラにしてやろうと思った。
ルナは仕返しがよほど楽しいのか満足げに笑っている。
「顔色は普通なのにくまだけひどいですよね」
「化粧だ」
目の前でファンデーションを拭ってみせるとルナは目を見開いた。
化粧をしてまで隠していた顔色。鏡で見たそれは病人の色だった。ツヤもハリもなくくすんだ肌をみたルナが頬を手で包む。
なんだか無性にあたたかい。
ぬるま湯につかった気分だ。
いつ風呂になど入ったのか。
(懐かしい体温がくっついている……?)
そういえば寝室だった。
ここはもう夜の海じゃないんだな。
月の光が降り注ぐベッドでやっと安堵することができた。
「おや、すみ、ルナリード……」
夜風に当たりに部屋を抜ける。
俺は使用人に黙って甲板にでた。
おびえる女性を庇った、まではいい。だが、あとがいけなかった。
激情する犯人はなにかを叫びながら血走った目で俺の腕を切りつけ痛みにひるんだ俺は突き飛ばされた。
足下の感覚が消えて船から転落する自分の体がうそのようだった。
落下するなかで走馬灯をみた。こんなことならおじいさまとの稽古を真面目に受けておけばよかったと後悔していた。
落とされた先は夜の海だった。
ただそれだけ。
欄干から放り出され海面に叩きつけられた衝撃。肺腑が一気に縮んだ冷たい水のせいで意識が遠のいていく。すぐに呼吸は苦しくなった。
意識ごと海へ落ちていたのは短い時間。
けれど、俺はあの感覚が忘れられない。
深淵がこっちをみている気がするのだ。逃れられない死に神が。
俺の体は夜になると布団の海で凍り付く。水を吸った重い衣服はもがいて絡むばかりのシーツ。海底に引きずり込まれていくような息苦しさに溺れる。まどろむ頃になるとよみがえる悪夢のせいで毎夜飛び起きた。瞬間的にあげそうになる悲鳴をおさえたい一心で力一杯首を締め付けた。それても恐怖は消えない。力をゆるめれば発狂しそうになる。
悪いことに苦しんでいるうちは暗い闇に飲み込まれずにすんでいた。
以来、俺は眠るのが怖くなった。
悪夢は何度も続いた。
水を吐いても何度吐き出してもフラッシュバックする景色。救助された瞬間をループするうちにいつか本当に自分が壊れてしまうような気がする。
すでに睡眠不足で限界だった。
けれど泣き言をいうわけにはいかない。
口外されようものなら弱みを握られかねない。おもしろおかしく書き立てられるのだってごめんだった。
これは暴かれてはいけない秘密。
これは覗かれてはならぬ秘匿事項。
のしかかる不安と焦燥で眠れなかった満点の星の夜だった。月明かりで起きたルナと遭遇した。あいつはいつも通りににはしゃいでいた。俺がホットミルクをわけてやるとばかみたいに喜んで。
ルナの顔を見てるときはなぜだがほっとした。と同時にかき乱される気持ちもあった。
最近は毎夜うなされていて睡眠不足だ。動悸と立ちくらみまでしているのだから。それがたかが昼寝でずいぶん楽になっていた。
俺はほんとにルナの膝枕で眠ったのか?
あいつの上に寝転がったのはほぼ無意識だった。やけに日差しがまぶしいから日よけにしたところまでは覚えている。でもそれだけ。
父様にカマをかけられた時もあいつがなにかしたんじゃないかと本気で疑っていた。
*
「っぁ……悪い、ルナリード」
「何年あなたのそばにいると思ってるんですか、これはお返しです」
額に受けたセクハラはチャラにしてやろうと思った。
ルナは仕返しがよほど楽しいのか満足げに笑っている。
「顔色は普通なのにくまだけひどいですよね」
「化粧だ」
目の前でファンデーションを拭ってみせるとルナは目を見開いた。
化粧をしてまで隠していた顔色。鏡で見たそれは病人の色だった。ツヤもハリもなくくすんだ肌をみたルナが頬を手で包む。
なんだか無性にあたたかい。
ぬるま湯につかった気分だ。
いつ風呂になど入ったのか。
(懐かしい体温がくっついている……?)
そういえば寝室だった。
ここはもう夜の海じゃないんだな。
月の光が降り注ぐベッドでやっと安堵することができた。
「おや、すみ、ルナリード……」
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