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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)
リュカ様の異変2
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光がうっとうしかったのか、リュカ様は僕のおなかに顔を近づけるように反転した。
まぶしいのならばと静かに手を伸ばしてリュカ様の目元にそっと手のひらを被せた。
「おい、なにする」
「こっちの方が楽じゃないですか?」
「ちっ。お前なぁ、余計な気なんか回しやがっ」
不機嫌さをあらわにするリュカ様だが相変わらず眉間に濃いしわがよっている。
「今は休んでてくださいリュカ様」
抵抗したリュカ様に思わず強く言い張った。
こんなことしかできないからせめてと日傘だかアイマスクだかになったつもりで主人の休憩を守る。
言い争う元気もないのか、観察しているうちに、そのうち声がしなくなった。最初こそ気を張っていたはずだ。
視線を下げて確認するとすうすうと音が聞こえる。
(え、ほんとに寝たの!?)
それはそれでぎょっとした。
普段他人に隙なんて見せない主人が晒す無防備な姿、それに動揺してしまう。
そっかー、寝てんのかー。あー……。
(どうしよう。リュカ様が僕の膝で寝てると思うとなんか無性にクるものがある。こう、ぶわわーって)
まるで胸の中で無限に花びらが湧いてくるような、そうそう花嵐みたいな感覚に頬が上がってしまう。きっと今にやけてる……それも気色悪いほどいい笑みで。
しかし同時に惜しいとも思った。マスク状態の手のせいでイタズラはおろか、髪の束にふれることもできない。
(いやいや、なに考えてるの僕! 目元に触れてる時点で十分贅沢じゃないか。それは高望みってもんでしょーが)
でもなあ。ほっぺとか触ってみたい。すっとしたあごとか、キレイな耳たぶとか、……ほかにも色々。
寝顔をまじまじと見つめているうちに知らず顔が近づいていた。そよ風が庭を抜けていくのが感じられる。胸の高鳴りはピークだ。あと少しで、と唇を寄せ、て。
そして唇は薄膜一つ分の隙間を、乗り越えようとしたら、気づいてしまった。
すぐそこに視線があることに。
「「……ハっ!」」
「あえぁっ!?」
低木を刈り込んでできた熊のトピアリーの横からはなんとベルナルド家の伯爵と伯爵夫人が片手にストップウォッチを持って顔を覗かせていた。
「な、ななな」
ぷるぷると手が震える。ガタガタと足が振動する。
明らかに慌てて静かにしろとジェスチャーしている二人がいるが、もう僕は羞恥心が限界を超えていて、叫びだしてでも体から持て余した熱を逃さないわけにはいかなかったのである。
「いやあああああッ――!?」
僕が顔をおおう直前にくわっと目を開くリュカ様。
「やかましいわあああああ!!」
「ごべんなさーい!!」
僕を厳しい声で叱りつけたリュカ様はそのまま飛び起きた。
リュカ様に詰め寄られて地べたに座っている僕、と彼の両親。ちなみにリュカ様は絶賛不機嫌。一人ベンチに足を組んで僕らを冷ややかな眼差しで見下ろしている。
「で、俺の休憩を邪魔したことに対する殊勝な意思表明がそれってわけか」
(はい……)
こっぴどく怒られてヒンヒン泣く僕。対するご夫婦は苦笑いである。こういうところに身分の違いが現れるよなあ。
なお、リュカ様はいまだにキレている。両親だろうが構わぬ様子でイライラした態度をとっているので。ほんと、肝が座ってらっしゃるというかなんというか。
うろうろと歩き回るリュカ様へ進言するエマ様。僕をみかねてか声を出した。
「そうルナちゃんにつよく当たらないでよ。悪いのは覗いてた私達なんだから」
「そうさ。ルナくんの純情にケチつけるなんて無粋だよ?」
(やめてやめてやめて~~!!)
ひいっとのどから情けない声が漏れた。
一応彼らは僕の両親でもあったわけで。親にあんな場面を見られたかと思うと憤死ものである。あ、好きな人の両親でもあるからよけいにつらいなー。
「純情……? お前俺になにした?」
二人の弁明のせいでよけいにリュカ様の視線が鋭くなった。片眉をはねあげて僕の方を威嚇してくる。
(一応未遂なのに、……ぐすん)
「出歯亀夫婦は置いとくとして」
「「なッ」」
「ルナにはこれでも感謝してるさ。なんつーか、少し楽になった」
「ふぇ?」
(どういうことだ。ただの膝枕しかしてないぞ?)
「それよ! それなんだけどね、ルナちゃん!!」
鼻息の荒いエマ様はがばっと体を起こし、僕の手を握りながら、とんでもない提案をした。
「どうかリュカと寝てくれない!?」
「もちろんです。……ん? ……ねて?」
「ばッ!?」
(ネテクレナイ、ねて、ね、ねるねるね……、寝る??)
頭の中で一つの単語が導き出された。
――ぽん!
「なるほどお、リュカ様と寝ればいいんですねー。もちろんかまいませんよ。むしろ僕だって大歓迎……おぇ?」
「本当!? 助かるわ~~、ありがとう!」
「やっぱりルナくんは私達の天使だな!」
ふたりがブンブン手を回しながら握手をしてくる。
「いやまて。え? 俺、こいつと寝るのか?」
その様子に動揺しているリュカ様。
いまさらながら気づいてしまった。彼のご両親に頼まれた内容のヤバさに。
固まったまま冷や汗を流す僕をみつめる笑顔の両親たち。
混乱しきりの僕の脳内は完全に処理能力をこえて、ついに沸騰した。
「リュカ様と同衾だってぇ~~~~!?」
庭中に響き渡った僕の悲鳴。
「このばか……」
頭を抱えるリュカ様と視線をうろうろさまよわせて興奮している僕。
動揺してるのは僕だけ? え、なにこれ、僕がおかしいのか? お二人なんて喜んで手と手を取り合っちゃってるゾ。んー、わからないデス。
そんなこんなで僕には意中の人と寝るというミッションが与えられた。やれやれ、しょうがない、今回も完璧にやってやりますよ。ええ、って。
「僕どーしたらいいんですかぁぁぁぁ!?」
「うるさいからもう叫ぶな!!」
「ぴゃあっ」
怒鳴るリュカ様がつめたいと再度僕はめそめそと嘆くのだった。
まぶしいのならばと静かに手を伸ばしてリュカ様の目元にそっと手のひらを被せた。
「おい、なにする」
「こっちの方が楽じゃないですか?」
「ちっ。お前なぁ、余計な気なんか回しやがっ」
不機嫌さをあらわにするリュカ様だが相変わらず眉間に濃いしわがよっている。
「今は休んでてくださいリュカ様」
抵抗したリュカ様に思わず強く言い張った。
こんなことしかできないからせめてと日傘だかアイマスクだかになったつもりで主人の休憩を守る。
言い争う元気もないのか、観察しているうちに、そのうち声がしなくなった。最初こそ気を張っていたはずだ。
視線を下げて確認するとすうすうと音が聞こえる。
(え、ほんとに寝たの!?)
それはそれでぎょっとした。
普段他人に隙なんて見せない主人が晒す無防備な姿、それに動揺してしまう。
そっかー、寝てんのかー。あー……。
(どうしよう。リュカ様が僕の膝で寝てると思うとなんか無性にクるものがある。こう、ぶわわーって)
まるで胸の中で無限に花びらが湧いてくるような、そうそう花嵐みたいな感覚に頬が上がってしまう。きっと今にやけてる……それも気色悪いほどいい笑みで。
しかし同時に惜しいとも思った。マスク状態の手のせいでイタズラはおろか、髪の束にふれることもできない。
(いやいや、なに考えてるの僕! 目元に触れてる時点で十分贅沢じゃないか。それは高望みってもんでしょーが)
でもなあ。ほっぺとか触ってみたい。すっとしたあごとか、キレイな耳たぶとか、……ほかにも色々。
寝顔をまじまじと見つめているうちに知らず顔が近づいていた。そよ風が庭を抜けていくのが感じられる。胸の高鳴りはピークだ。あと少しで、と唇を寄せ、て。
そして唇は薄膜一つ分の隙間を、乗り越えようとしたら、気づいてしまった。
すぐそこに視線があることに。
「「……ハっ!」」
「あえぁっ!?」
低木を刈り込んでできた熊のトピアリーの横からはなんとベルナルド家の伯爵と伯爵夫人が片手にストップウォッチを持って顔を覗かせていた。
「な、ななな」
ぷるぷると手が震える。ガタガタと足が振動する。
明らかに慌てて静かにしろとジェスチャーしている二人がいるが、もう僕は羞恥心が限界を超えていて、叫びだしてでも体から持て余した熱を逃さないわけにはいかなかったのである。
「いやあああああッ――!?」
僕が顔をおおう直前にくわっと目を開くリュカ様。
「やかましいわあああああ!!」
「ごべんなさーい!!」
僕を厳しい声で叱りつけたリュカ様はそのまま飛び起きた。
リュカ様に詰め寄られて地べたに座っている僕、と彼の両親。ちなみにリュカ様は絶賛不機嫌。一人ベンチに足を組んで僕らを冷ややかな眼差しで見下ろしている。
「で、俺の休憩を邪魔したことに対する殊勝な意思表明がそれってわけか」
(はい……)
こっぴどく怒られてヒンヒン泣く僕。対するご夫婦は苦笑いである。こういうところに身分の違いが現れるよなあ。
なお、リュカ様はいまだにキレている。両親だろうが構わぬ様子でイライラした態度をとっているので。ほんと、肝が座ってらっしゃるというかなんというか。
うろうろと歩き回るリュカ様へ進言するエマ様。僕をみかねてか声を出した。
「そうルナちゃんにつよく当たらないでよ。悪いのは覗いてた私達なんだから」
「そうさ。ルナくんの純情にケチつけるなんて無粋だよ?」
(やめてやめてやめて~~!!)
ひいっとのどから情けない声が漏れた。
一応彼らは僕の両親でもあったわけで。親にあんな場面を見られたかと思うと憤死ものである。あ、好きな人の両親でもあるからよけいにつらいなー。
「純情……? お前俺になにした?」
二人の弁明のせいでよけいにリュカ様の視線が鋭くなった。片眉をはねあげて僕の方を威嚇してくる。
(一応未遂なのに、……ぐすん)
「出歯亀夫婦は置いとくとして」
「「なッ」」
「ルナにはこれでも感謝してるさ。なんつーか、少し楽になった」
「ふぇ?」
(どういうことだ。ただの膝枕しかしてないぞ?)
「それよ! それなんだけどね、ルナちゃん!!」
鼻息の荒いエマ様はがばっと体を起こし、僕の手を握りながら、とんでもない提案をした。
「どうかリュカと寝てくれない!?」
「もちろんです。……ん? ……ねて?」
「ばッ!?」
(ネテクレナイ、ねて、ね、ねるねるね……、寝る??)
頭の中で一つの単語が導き出された。
――ぽん!
「なるほどお、リュカ様と寝ればいいんですねー。もちろんかまいませんよ。むしろ僕だって大歓迎……おぇ?」
「本当!? 助かるわ~~、ありがとう!」
「やっぱりルナくんは私達の天使だな!」
ふたりがブンブン手を回しながら握手をしてくる。
「いやまて。え? 俺、こいつと寝るのか?」
その様子に動揺しているリュカ様。
いまさらながら気づいてしまった。彼のご両親に頼まれた内容のヤバさに。
固まったまま冷や汗を流す僕をみつめる笑顔の両親たち。
混乱しきりの僕の脳内は完全に処理能力をこえて、ついに沸騰した。
「リュカ様と同衾だってぇ~~~~!?」
庭中に響き渡った僕の悲鳴。
「このばか……」
頭を抱えるリュカ様と視線をうろうろさまよわせて興奮している僕。
動揺してるのは僕だけ? え、なにこれ、僕がおかしいのか? お二人なんて喜んで手と手を取り合っちゃってるゾ。んー、わからないデス。
そんなこんなで僕には意中の人と寝るというミッションが与えられた。やれやれ、しょうがない、今回も完璧にやってやりますよ。ええ、って。
「僕どーしたらいいんですかぁぁぁぁ!?」
「うるさいからもう叫ぶな!!」
「ぴゃあっ」
怒鳴るリュカ様がつめたいと再度僕はめそめそと嘆くのだった。
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