ミニュイの祭日

月岡夜宵

文字の大きさ
上 下
3 / 26
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

ささやかなおねだり1

しおりを挟む
 テーブルクロスをそっと広げて静かに卓上へ下ろす。食器は万が一にもぶつからないように最新の注意を払って運ばれていく。カチャカチャと耳障りな音を立てず、それでいて時間通りに工程をこなせるように慌ただしく使用人たちは動く。まるで機械じかけの人形のように。
 食堂の大時計が秒針を刻む。
 カチコチとい小気味いい音がして、と同時に、中央階段を降りてくる靴音が響く音も聞こえている。今頃主は優雅な振る舞いを誰にみせるわけでもなく披露していることだろう場面が、頭の中でもはっきりと想像することができる。
 僕はみんなの作業の中心部で、今日の天候や彼の気分に合わせた食卓の演出に指示を飛ばす。
 最後に、花瓶に花を生け、ダイニングテーブル全体をチェックした。

「……完璧だ」

 食堂に主役が現れた。
 僕はほらみたことかと挑発的に笑う。

「――本日もつつがなく。終わりましたよ、我があるじ?」

 目の前までたどり着いた主人を丁重に出迎える。

「なるほど、カミツレか。朝から清々しい気分だよ。さすがうちの庭師だ、造形もいい。うん、悪くない」
(やった!!)
「だが……、はぁ。お前はいつまで経っても変わんねーなあ、ルナ」
「へ、僕? あ痛っ」

 僕をこづいたリュカ様はやっぱり呆れた表情をしている。
 僕は頭を抱えて動揺している。
 なぜに!? 僕、完璧にやり遂げましたよね!? ねえってば、リュカ様ぁ~~!!
 想像とは違うリュカ様の反応に混乱している僕を置き去りに、使用人一同は主人に朝の挨拶をした。
 背筋を伸ばして礼をする使用人たちに片手をあげて応えてみせるリュカ様は今日もそつがない。
 凛々しい眉毛が印象的な男らしい顔立ちをゆるめて微笑んでみせた。

「おはよう。皆、今日もよろしく頼む」

 はい、という気持ちのいい返事が揃った。

「って、また僕置き去りにされてるううううう!?」
「ちっ。横ででかい声を出すなと何度いったらわかるんだ」
「うう、昨日は許してくださったのに?」
「昨夜のは特別だ。第一大声ではなかったろう」
「は!? そういえば!!」

「あらあ、朝から仲良しさんね。ところで昨夜のことって何かしらあ」

 後ろから声がかかる。目の前のダイニングチェアを引く使用人の姿、振り返ると、ご婦人が着座を断ってこちらに来る。

「エマ様! おはようございます」
「おはようルナ」

 素敵な微笑みがまぶしい。朝からエレガントな装いも、新緑を思わせる目とまとめた明るい茶髪にばっちり似合っている。

「ちゃっかり抜け駆けして逃げんな。っ、母上おはようございます」

 そう、この方は伯爵夫人のエマ・ド・ベルナルド様である。リュカ様の実母であり、以前は僕もお母さんと気兼ねなく呼ばせてもらっていた。ちなみにリュカ様はその頃から母上ときっちり貴族らしい呼称であった。

「ええ、リュカもおはよう。で、ルナちゃん!!」
「はひッ!?」

 急に名前を呼ばれてがっしりと肩を掴まれた。何ごとだと警戒して固まる僕の顔を捕まえてエマ様はじっくり検める。

「まあ! だめじゃない、かわいい顔にクマなんてつくっちゃ! ベルナルドの名を冠するむさ苦しい男共とは違うのよ、もお」

 いたわるように目元を撫でるエマ様。あったかい指のおかげで血行がよくなった気がする。

「すみません……」
「ん、素直でよろしい」

 昔のように頭を撫でているエマ様に思春期の男子としては恥ずかしさはいっぱいだが、久しぶりの接触に心は喜んでしまう。
 実は使用人のみんなにも会う人会う人に具合でも悪いのかって聞かれたんだよなあ。
 昨日はやっぱりあれからも色々考えちゃってうまく寝付けなくて。そのせいでクマがはっきりと浮かんでいるのだ、うう。

「ほら、そーゆーとこだぞ」

 びしっと指を突き出すリュカ様に僕はどこですかと首をかしげながら尋ねた。エマ様は息子の不作法をたしなめている。
 あ、ついにはテーブルに肘をついて顔を支え始めてしまった! ああもうエマ様がご立腹じゃないか、もー。

「使用人、中でも執事クラスならスマートに仕事をこなすもんだ。それは主人に求められる仕事への姿勢として当然の心がけだと思っていい。であるならば?」
「ば? なんです?」
「……いちいち挑発に乗せられて見返そうと躍起になり、あまつさえドヤ顔を晒すなんてもってのほかっていってんの」
「あぇ……それは……」

 言い訳も満足にできない僕はうじうじと情けなく映ることだろう。
 対するリュカ様はじつに堂々としてらっしゃる。素晴らしい作法もかなぐり捨てて、男子らしい豪快さでしゃくしゃく、と葉野菜をつまんでる。さすがに見かねたコック長が咳をするとやめたが。リュカ様の態度に頭を抱えているエマ様。お気持ちはわかります。僕なんて叱られてますが。

(うぐっ!?)

 ちなみに指摘の方は完全に図星だった。今日なんて自分の仕事っぷりに陶酔したフシもある。事実、完璧だとか思ったし。

「んー、それなんだがな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

真実の愛とは何ぞや?

白雪の雫
BL
ガブリエラ王国のエルグラード公爵家は天使の血を引いていると言われているからなのか、産まれてくる子供は男女問わず身体能力が優れているだけではなく魔力が高く美形が多い。 そこに目を付けた王家が第一王女にして次期女王であるローザリアの補佐役&婿として次男のエカルラートを選ぶ。 だが、自分よりも美形で全てにおいて完璧なエカルラートにコンプレックスを抱いていたローザリアは自分の生誕祭の日に婚約破棄を言い渡してしまう。 この婚約は政略的なものと割り切っていたが、我が儘で癇癪持ちの王女の子守りなどしたくなかったエカルラートは、ローザリアから言い渡された婚約破棄は渡りに船だったので素直に受け入れる。 晴れて自由の身になったエカルラートに、辺境伯の跡取りにして幼馴染みのカルディナーレが提案してきた。 「ローザリアと男爵子息に傷つけられた心を癒す名目でいいから、リヒトシュタインに遊びに来てくれ」 「お前が迷惑でないと思うのであれば・・・。こちらこそよろしく頼む」 王女から婚約破棄を言い渡された事で、これからどうすればいいか悩んでいたエカルラートはカルディナーレの話を引き受ける。 少しだけですが、性的表現が出てきます。 過激なものではないので、R-15にしています。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

【Dom/Subユニバース】Switch×Switchの日常

Laxia
BL
この世界には人を支配したいDom、人に支配されたいSub、どちらの欲求もないNormal、そしてどちらの欲求もあるSwitchという第三の性がある。その中でも、DomとSubの役割をどちらも果たすことができるSwitchはとても少なく、Switch同士でパートナーをやれる者などほとんどいない。 しかしそんな中で、時にはDom、時にはSubと交代しながら暮らしているSwitchの、そして男同士のパートナーがいた。 これはそんな男同士の日常である。 ※独自の解釈、設定が含まれます。1話完結です。 他にもR-18の長編BLや短編BLを執筆していますので、見て頂けると大変嬉しいです!!!

処理中です...