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ストーリー05
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春本番、閉ざされた冬の山の向こうから、暖かな風が降りてくる。俺はその風に髪を撫でられながら、公園のベンチに座っていた。その隣には、勿論伯爵様が居る。カフェでテイクアウトした紅茶を優雅に啜りながら。俺はそんな彼を横目に、釣られて注文してしまったクッキーを食べる。
「外見だけを愛するのは、そんなに悪いことなのか?」
ぽつり、と呟かされた言葉に唖然とする俺。最初、何を言われたのか理解出来なかった。
「世間一般でも、愛を語るうえであまり褒められたものでないようだ」
「そりゃそうですよ。愛してる、君の顔だけを。なあんて言われても大半の人は喜ばないでしょう」
「言い方の問題なのか」
「いやいや、違いますから! 心の問題ですって!!」
「心? 人間は本当に曖昧なものが好きだよな。そのくせはっきりさせようと今日まで研究に明け暮れている。難儀なものだ」
急に哲学者のような顔を覗かせるリゲル伯爵。理論とかにこだわりそうな外見のくせに、研究とかを小ばかにしているように見受けられた。
「伯爵は研究とか、お嫌いですか?」
「難しい話はちっとも面白くない」
もしかして……伯爵って案外感情的なタイプなのかな? 計算された美がうんぬんかんぬんで素晴らしい、っていうより、心を動かされて感動するタイプの。
「伯爵には、心が無いのですか?」
「は?」
「いえ、なんだから伯爵って時々ひどく冷たい陶器のように見えるので。空っぽの器のよ――」
いや待て俺。いくらなんでも、あなたは空っぽですね、なんて言われたら普通怒るだろう!?
「いえ、なんでもな、」
「そうかもな。私は空っぽだ」
「へ?」
「言いえて妙だな。空っぽ、空っぽか。私自身には大した取得もないものな」
んん? なんだ、この違和感。
「伯爵には取得、あるじゃないですか」
「あったか?」
「詩ですよ。俺、あなたの詩を初めて読んだ時、感動したんですよ?」
「詩、か……。あれは……確かに好きでやっているが……」
すると伯爵は紅茶を置いて考え込んでしまった。
あれ? 案外普通に会話が成立してる?
伯爵が俺に怒ることも、俺が伯爵を怒ることもなく、穏やかな春の中、楽しい? お喋りが続行中だ。
「空っぽなのは――やはり くいからだろう?」
風に攫われて言葉を聞き取り損ねた。
「あの、リゲル伯爵、今なんて?」
「私は……――醜いだろう?」
微笑んで、というより困ったような、悲しいような笑い方をした、伯爵。彼から飛び出た言葉が信じられない俺。俺は、何を聞き間違えた?
「俺の顔は醜いだろう?」
(は?)
「分かってるんだ、自分でも。だからこんな私が、君を求めるのはおかしな話だと思われても仕方ない。けれど――私には君のような伴侶が必要なんだ。人脈こそ、私の命なんだ」
「はあ……」
意味が分からない。この美貌が醜い? 伯爵は実は目が腐っているのか??
「継母に俺は何度も言われた。お前の顔は醜いと。そういって彼女は俺をぶつこともあった。私は今でも、死んだ継母が恐ろしいのだ。大の男なのにな」
「あの、え……?」
「ふふ、驚いたろ? 私は対外的には隠されているが、妾の子なのだ。ホーネンツ家の醜聞、それが私だ」
いや、驚いたのはそこじゃないから! だが伯爵は気付かず続ける。
「母の顔は覚えていない。どんな人だったのかも知らない。継母からはそういう扱い以外されたことがないので、正直な話、私には親子の絆というものが理解出来ないのだ。だから、ロイの家族を見て少し戸惑った」
「そ、れは……」
「不憫、とでも言うか? この場合」
「……はい。その通りだと思います」
「伯爵位ながら、ホーネンツ家の影響力は大きい。ゆえに我が家を無視することは出来ない家は多い。……が、全てではない」
「?」
それが自分が醜いという説明とどう関係するのだ?
「継母からの扱いの影響もあったが、子供の頃、私は臆病な性格でな。なかなか友達が出来なかったのだ」
「なかなか、ってことはいたんですよね?」
「ああ。当時から美しかった少女、エリザベータ。彼女が私の初めての友人だ」
「そうですか」
「ああ、あの時の歓喜は忘れられない。上級者が集う社交界で、壁に寄りかかり空気と化していた私に彼女が気さくに話しかけてくれたのだ。家柄も私などより上。見目も麗しい。そんな彼女に一目で……落ちた」
「恋……ですか?」
「馬鹿を言え。私の初恋は……あなただ。当時のあれは、羨望、に近い感情だった」
「……」
「話を続けよう。さらに驚くべき現象が起きたのだ。彼女の傍にいるだけで、私は空気として扱われずに済んだ。子供達が無視をせず、私の相手までしてくれたのだ。そして、私は気付いた。醜い私でも、美しいものに囲まれれば、――私という個も受け入れてもらえることを」
「いや、それは――」
「みなまで言うな。ちゃんと分かっている。私ごときが財力と権力に物を言わせて美しいものを独占するのは、とても愚かな行為だということは」
待って! 話が違う! ポイントはそこじゃないから!!
ていうか、え? 伯爵、自己評価が低すぎない?? この人こんなに自信無かったの? 自信の塊みたいな人だと思ってたのに……。
もしかしなくとも、これ、冗談ではないよね? 伯爵が俺を驚かせようとしてる……なあんて訳ない、よな?
「ふっ、呆れたか? 美の亡者に」
分かった! この人……盲目なんだ……!!
自分の魅力に気付かないどころか誤った価値観を植え付けられているリゲル伯爵。彼が美に過剰に固執する謎が解けた。
「義理とはいえ、親からも愛されないような外見をした私と、妖精の生まれ変わりのような君とでは、とてもじゃないが、釣り合わない」
「それは……あなたが、妾の子だったからなのでは? 夫を奪った女性にあなたがそっくりだったから、だからあなたを醜い、と……――」
「馬鹿な。そんなうまい話、あるわけない」
「うまくなんてないでしょう!?」
なんだこれは。
この人、本っ当に、不憫だったのか。自分から言い出した時はそれでも多少かな? なんて軽はずみに考えてたけど、そうじゃなかった!
なんかむずむずしてきた。
間違った価値観のまま生きていかせたら、本当に不憫な、さらに言えば不幸な人生を送らせてしまう可能性がある。
どうにかして正さないと……。
「醜い、とあなたは言われていたのかもしれませんが、……俺の目から見れば大層格好いいですよ?」
「は? 俺が、格好いい??」
あ、分かってないな。というか疑いの眼差しで全く信じてない。
「その流れるような金の髪も、波のように煌く碧眼も。さらには、極限まで引き締まったボディなんて、目が離せなくなりそうです」
うん、贔屓目に見ても、リゲル伯爵はかっこいい。あんな写真集が出回るくらいだから、投票をしても彼にはかっこいいという票が入れられるはずだ。
俺にあれだけ恥ずかしい告白をしていたリゲル伯爵が、自分を褒められただけで、真っ赤になる。なんだか可愛いなと思って続けることにした。ささやかな、意趣返しを。
「他にも、ストイックな所も、ああ後ロマンチストな所とかも素敵ですよ?」
「もういい! 止めろ、ロイ! 俺をそんなにからかうな!!」
伯爵は手で俺を制そうとする。だが俺はその手を避ける。
「からかってなんてません! あなたは継母から嫌われていただけで、本当は大層素敵な男性ですよ? 俺だって一目惚れしたくらいですし……あ」
最後の一言に、目を剥いてから俺の肩を掴みかかる伯爵。
しまった。余計な一言が飛び出た。
「それは本当か!?」
「ほ、本当ですよ……だから離してっ、痛い、です……」
「ならば何故私の告白を受けてくれないのだ!」
「だ、だって! その後あなたに罵倒されたんですよ!? そんな人をそのまま好くと思いますか!?」
「うぐ……そうだったな。私は君を罵った……。自分のコンプレックスを刺激される外見だったもので……つい。はぁ、そうだよな。一目惚れなんて冗談を真に受けるなんて、私も未練がましいな」
「一目惚れ、は冗談ではありません! あなたはあの日の俺の目には素敵な男性に見えた。どこまでもストイックで、そのなかに色気があって、……と、とにかく魅力的だったんです!」
「恥ずかしいから、それは止めろと言ったはずだ!」
「止めません! なんだかややこしい間違いをしているみたいですが、あなたに群がる人達はどうなんですか?」
「それは……美しいものが好きな私が持つ、美しいもの達に惹かれてやって来ているんだろう?」
「あなたもその美しいものですよ!? というか、大半はあなたの美しさに惹かれて群がっているんです。あなたは酷い継母に疎まれていただけです。そのせいで、歪んだ意識を持っていたんですね」
「私は本当に――疎まれていただけ?」
「……だと思います」
固まった顔のまま、ぼろぼろと涙を流すリゲル伯爵。その顔は過去のいざこざを堪えるような泣き顔だった。
そっと、彼の頬に手を当てる。
「あなたはちゃんと美しい。外見だけかと思っていたけれど、そうじゃなかった。……そういえば、俺が最初にあなたを留めたのも、詩が始まりだった。あなたは、少し歪んだ育ち方をしたせいで、〝美〟にばかり囚われた。引け目を感じながら、綺麗なものに羨望を抱え続けていたんですね、……伯爵は」
「ロイ……」
「今なら、美しいものが好きな、あなたのコレクションになっても構わないと思えますよ?」
「それは――っ」
「でも、額に飾られるより、俺はあなたと楽しく過ごしてみたい、です」
後半は恥ずかしくなって小声になってしまった。でも耳聡い伯爵はきちんと聞いていた。
「楽しく?」
「美術品の鑑賞もいいんですけど、――俺は美術品も使ってこそ、だと思うんです。しまいこまれたままよりは、多少荒っぽくてもその人の手で使われる方が物も幸せだと思うんです」
「使う、か」
「はい」
一片の花びらから、世界が色付き変わっていく。舞い落ちた花びらをそっと手に取る伯爵に、うっかり見惚れた。
「ロイ……ありがとう。お世辞でも、嬉しかった。君に、美しいと言われて、なんだか世界に認められたような気がしたよ」
「リゲル伯爵?」
まだ信じるに信じきれない、という所だろうか? まあいい、ゆっくり現実を知っていければ。きっと彼も変われるはずだ。
「ロイ。そのうえで……なんだが……」
「はい?」
「すまなかった。君に、当たったりして。醜いと、黒豚と、罵って」
伯爵から、もぎ取りたかった本当の言葉。それが紡がれた今、俺の心は静かに震えていた。
伯爵……あなたって人は、つくづく予想外な人ですね。このタイミングで謝ってくれるなんて。
あの日の悲しみも、計り知れないショックも、胸に残った痛みも。今の言葉で空に溶けてしまいそうだと思った。
それは――俺達のしがらみが、消えた瞬間だった。
「外見だけを愛するのは、そんなに悪いことなのか?」
ぽつり、と呟かされた言葉に唖然とする俺。最初、何を言われたのか理解出来なかった。
「世間一般でも、愛を語るうえであまり褒められたものでないようだ」
「そりゃそうですよ。愛してる、君の顔だけを。なあんて言われても大半の人は喜ばないでしょう」
「言い方の問題なのか」
「いやいや、違いますから! 心の問題ですって!!」
「心? 人間は本当に曖昧なものが好きだよな。そのくせはっきりさせようと今日まで研究に明け暮れている。難儀なものだ」
急に哲学者のような顔を覗かせるリゲル伯爵。理論とかにこだわりそうな外見のくせに、研究とかを小ばかにしているように見受けられた。
「伯爵は研究とか、お嫌いですか?」
「難しい話はちっとも面白くない」
もしかして……伯爵って案外感情的なタイプなのかな? 計算された美がうんぬんかんぬんで素晴らしい、っていうより、心を動かされて感動するタイプの。
「伯爵には、心が無いのですか?」
「は?」
「いえ、なんだから伯爵って時々ひどく冷たい陶器のように見えるので。空っぽの器のよ――」
いや待て俺。いくらなんでも、あなたは空っぽですね、なんて言われたら普通怒るだろう!?
「いえ、なんでもな、」
「そうかもな。私は空っぽだ」
「へ?」
「言いえて妙だな。空っぽ、空っぽか。私自身には大した取得もないものな」
んん? なんだ、この違和感。
「伯爵には取得、あるじゃないですか」
「あったか?」
「詩ですよ。俺、あなたの詩を初めて読んだ時、感動したんですよ?」
「詩、か……。あれは……確かに好きでやっているが……」
すると伯爵は紅茶を置いて考え込んでしまった。
あれ? 案外普通に会話が成立してる?
伯爵が俺に怒ることも、俺が伯爵を怒ることもなく、穏やかな春の中、楽しい? お喋りが続行中だ。
「空っぽなのは――やはり くいからだろう?」
風に攫われて言葉を聞き取り損ねた。
「あの、リゲル伯爵、今なんて?」
「私は……――醜いだろう?」
微笑んで、というより困ったような、悲しいような笑い方をした、伯爵。彼から飛び出た言葉が信じられない俺。俺は、何を聞き間違えた?
「俺の顔は醜いだろう?」
(は?)
「分かってるんだ、自分でも。だからこんな私が、君を求めるのはおかしな話だと思われても仕方ない。けれど――私には君のような伴侶が必要なんだ。人脈こそ、私の命なんだ」
「はあ……」
意味が分からない。この美貌が醜い? 伯爵は実は目が腐っているのか??
「継母に俺は何度も言われた。お前の顔は醜いと。そういって彼女は俺をぶつこともあった。私は今でも、死んだ継母が恐ろしいのだ。大の男なのにな」
「あの、え……?」
「ふふ、驚いたろ? 私は対外的には隠されているが、妾の子なのだ。ホーネンツ家の醜聞、それが私だ」
いや、驚いたのはそこじゃないから! だが伯爵は気付かず続ける。
「母の顔は覚えていない。どんな人だったのかも知らない。継母からはそういう扱い以外されたことがないので、正直な話、私には親子の絆というものが理解出来ないのだ。だから、ロイの家族を見て少し戸惑った」
「そ、れは……」
「不憫、とでも言うか? この場合」
「……はい。その通りだと思います」
「伯爵位ながら、ホーネンツ家の影響力は大きい。ゆえに我が家を無視することは出来ない家は多い。……が、全てではない」
「?」
それが自分が醜いという説明とどう関係するのだ?
「継母からの扱いの影響もあったが、子供の頃、私は臆病な性格でな。なかなか友達が出来なかったのだ」
「なかなか、ってことはいたんですよね?」
「ああ。当時から美しかった少女、エリザベータ。彼女が私の初めての友人だ」
「そうですか」
「ああ、あの時の歓喜は忘れられない。上級者が集う社交界で、壁に寄りかかり空気と化していた私に彼女が気さくに話しかけてくれたのだ。家柄も私などより上。見目も麗しい。そんな彼女に一目で……落ちた」
「恋……ですか?」
「馬鹿を言え。私の初恋は……あなただ。当時のあれは、羨望、に近い感情だった」
「……」
「話を続けよう。さらに驚くべき現象が起きたのだ。彼女の傍にいるだけで、私は空気として扱われずに済んだ。子供達が無視をせず、私の相手までしてくれたのだ。そして、私は気付いた。醜い私でも、美しいものに囲まれれば、――私という個も受け入れてもらえることを」
「いや、それは――」
「みなまで言うな。ちゃんと分かっている。私ごときが財力と権力に物を言わせて美しいものを独占するのは、とても愚かな行為だということは」
待って! 話が違う! ポイントはそこじゃないから!!
ていうか、え? 伯爵、自己評価が低すぎない?? この人こんなに自信無かったの? 自信の塊みたいな人だと思ってたのに……。
もしかしなくとも、これ、冗談ではないよね? 伯爵が俺を驚かせようとしてる……なあんて訳ない、よな?
「ふっ、呆れたか? 美の亡者に」
分かった! この人……盲目なんだ……!!
自分の魅力に気付かないどころか誤った価値観を植え付けられているリゲル伯爵。彼が美に過剰に固執する謎が解けた。
「義理とはいえ、親からも愛されないような外見をした私と、妖精の生まれ変わりのような君とでは、とてもじゃないが、釣り合わない」
「それは……あなたが、妾の子だったからなのでは? 夫を奪った女性にあなたがそっくりだったから、だからあなたを醜い、と……――」
「馬鹿な。そんなうまい話、あるわけない」
「うまくなんてないでしょう!?」
なんだこれは。
この人、本っ当に、不憫だったのか。自分から言い出した時はそれでも多少かな? なんて軽はずみに考えてたけど、そうじゃなかった!
なんかむずむずしてきた。
間違った価値観のまま生きていかせたら、本当に不憫な、さらに言えば不幸な人生を送らせてしまう可能性がある。
どうにかして正さないと……。
「醜い、とあなたは言われていたのかもしれませんが、……俺の目から見れば大層格好いいですよ?」
「は? 俺が、格好いい??」
あ、分かってないな。というか疑いの眼差しで全く信じてない。
「その流れるような金の髪も、波のように煌く碧眼も。さらには、極限まで引き締まったボディなんて、目が離せなくなりそうです」
うん、贔屓目に見ても、リゲル伯爵はかっこいい。あんな写真集が出回るくらいだから、投票をしても彼にはかっこいいという票が入れられるはずだ。
俺にあれだけ恥ずかしい告白をしていたリゲル伯爵が、自分を褒められただけで、真っ赤になる。なんだか可愛いなと思って続けることにした。ささやかな、意趣返しを。
「他にも、ストイックな所も、ああ後ロマンチストな所とかも素敵ですよ?」
「もういい! 止めろ、ロイ! 俺をそんなにからかうな!!」
伯爵は手で俺を制そうとする。だが俺はその手を避ける。
「からかってなんてません! あなたは継母から嫌われていただけで、本当は大層素敵な男性ですよ? 俺だって一目惚れしたくらいですし……あ」
最後の一言に、目を剥いてから俺の肩を掴みかかる伯爵。
しまった。余計な一言が飛び出た。
「それは本当か!?」
「ほ、本当ですよ……だから離してっ、痛い、です……」
「ならば何故私の告白を受けてくれないのだ!」
「だ、だって! その後あなたに罵倒されたんですよ!? そんな人をそのまま好くと思いますか!?」
「うぐ……そうだったな。私は君を罵った……。自分のコンプレックスを刺激される外見だったもので……つい。はぁ、そうだよな。一目惚れなんて冗談を真に受けるなんて、私も未練がましいな」
「一目惚れ、は冗談ではありません! あなたはあの日の俺の目には素敵な男性に見えた。どこまでもストイックで、そのなかに色気があって、……と、とにかく魅力的だったんです!」
「恥ずかしいから、それは止めろと言ったはずだ!」
「止めません! なんだかややこしい間違いをしているみたいですが、あなたに群がる人達はどうなんですか?」
「それは……美しいものが好きな私が持つ、美しいもの達に惹かれてやって来ているんだろう?」
「あなたもその美しいものですよ!? というか、大半はあなたの美しさに惹かれて群がっているんです。あなたは酷い継母に疎まれていただけです。そのせいで、歪んだ意識を持っていたんですね」
「私は本当に――疎まれていただけ?」
「……だと思います」
固まった顔のまま、ぼろぼろと涙を流すリゲル伯爵。その顔は過去のいざこざを堪えるような泣き顔だった。
そっと、彼の頬に手を当てる。
「あなたはちゃんと美しい。外見だけかと思っていたけれど、そうじゃなかった。……そういえば、俺が最初にあなたを留めたのも、詩が始まりだった。あなたは、少し歪んだ育ち方をしたせいで、〝美〟にばかり囚われた。引け目を感じながら、綺麗なものに羨望を抱え続けていたんですね、……伯爵は」
「ロイ……」
「今なら、美しいものが好きな、あなたのコレクションになっても構わないと思えますよ?」
「それは――っ」
「でも、額に飾られるより、俺はあなたと楽しく過ごしてみたい、です」
後半は恥ずかしくなって小声になってしまった。でも耳聡い伯爵はきちんと聞いていた。
「楽しく?」
「美術品の鑑賞もいいんですけど、――俺は美術品も使ってこそ、だと思うんです。しまいこまれたままよりは、多少荒っぽくてもその人の手で使われる方が物も幸せだと思うんです」
「使う、か」
「はい」
一片の花びらから、世界が色付き変わっていく。舞い落ちた花びらをそっと手に取る伯爵に、うっかり見惚れた。
「ロイ……ありがとう。お世辞でも、嬉しかった。君に、美しいと言われて、なんだか世界に認められたような気がしたよ」
「リゲル伯爵?」
まだ信じるに信じきれない、という所だろうか? まあいい、ゆっくり現実を知っていければ。きっと彼も変われるはずだ。
「ロイ。そのうえで……なんだが……」
「はい?」
「すまなかった。君に、当たったりして。醜いと、黒豚と、罵って」
伯爵から、もぎ取りたかった本当の言葉。それが紡がれた今、俺の心は静かに震えていた。
伯爵……あなたって人は、つくづく予想外な人ですね。このタイミングで謝ってくれるなんて。
あの日の悲しみも、計り知れないショックも、胸に残った痛みも。今の言葉で空に溶けてしまいそうだと思った。
それは――俺達のしがらみが、消えた瞬間だった。
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