エンドロールに贈る言葉

月岡夜宵

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ふたりの明日の安否確認

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 ユーフェに緊急手術が施されて丸三日が過ぎた。あれから……ユーフェはまだ目覚めない。呼吸も脈もあるのに、彼の意識だけが戻らない日々が続いた。
 彼の両親は嘆いた。

「どうして……どうしてこんなことに!!」
「一体、何があったんですか!」

 子煩悩そうな二人に問い詰められ、俺は正直に事実を説明した。白状した内容にふたりは絶句していた。

「俺が……、あの時身代わりになっていれば」
「そんな事言わないで下さい!!」

 ユーフェのお母さんが病院で怒鳴った。

「あの子は……あなたを守ろうとして無理をしたんでしょう? 本来無い力を使って。それは――命を削るような覚悟だったんじゃないですか? なのに、あなたにそんな事を言われたら……あの子は……とてもじゃないが浮かばれないわ……ああっ!」

 途中から母親は言葉にならなかったようで、泣き出してしまった。

「そうですよ。ユーフェが選んだ結果だ。俺達は……受け入れるしかない」

 重い言葉だった。

 ユーフェ、君は今……どこに居るんだ?

















 僕の中に残っていた切片、最後の一欠けらを弔う。マルス、君の恋心はこれで終了だ。愛してた君の想いはきっと無駄では無かったよ。だから、――これでさようなら、だ。

 最後に、僕は言えた。いや、最期にも、言えた。

 運命が僕らを分かつ直前、好きだと、告げたその瞬間。体から力が抜け落ちるのを感じた。自分の魂が浮く、あの感覚もあった。

 僕はきっと…………死んだんだろう。

 だからここは死後の世界。三途の川は見えないけど、なにかに浮いているような、あるいは浸かっているような感覚はある。もしかしたら、今がその真っ最中なのかも。

 記憶が薄れるのも時間の問題、か。

 だが、そこで僕の体に異変が起きた。

『眠っては駄目だよ?』

 聞き覚えのある声。つい目を見開いて驚愕した。
 金の巻き毛に吊目がちな赤目の青年が、目の前には居た。足元は透けており、彼が霊体のようなものであることを示していた。その姿は――かつての〝僕〟だった。 

『え……マル……ス? なんで??』
『ありがとう。僕の恋心を弔ってくれて。これは……マルスが贈るユーフェへの感謝の代わりだ』

 ふふっと微笑む彼。違和感が拭えない。

『君は……僕じゃないの?』
『勿論僕は君だよ。でも、僕はもういなくなる。いや、本当はね、もっと早くにいなくならねばならなかったんだ。でも僕の未練のせいで、彼を縛ってしまった。だから、最後の最期に、君に一言残したいんだ』

 僕は、確かにマルスで、でも僕の中のマルスは言った。

『レオンをどうか幸せにして欲しい』

 穏やかな気分のまま、魂が乱高下するのを感じる。急激な変化に僕は叫び声を上げて――

「っ!?」

 夢。目覚めると、頬が濡れていた。すくい取ると冷たくない……むしろ温かな滴。不思議なそれを暫く眺めていたら……驚いたレオンの目とかち合った。

「お前……生きてっ、!?」
「あれ? 僕、……生きてる、の?」

 夢だったのか……。
 じゃあれは深層意識が見せた幻か? 不思議体験に僕は納得した。

「死ぬんだと……思った。脈も、呼吸もゆっくりと弱くなっていったから。俺は、俺は二度も惜しい存在を無くすのかと。ああ、よかった。よかった……ユーフェ!!」

 しゃくりあげるような声だった。その声を聞きながら、抱き締められていることに、僕も驚く。
 と、彼に伝えねばならないことがあった。

「あのね、レオンさん、聞いて。聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだ?」
「夢に……出てきたんだ。マルスさんが」
「マルスが?」
「マルスさんが言ってた。僕に――『レオンをどうか幸せにして欲しい』って」
「そんなことしなくていい!!」

 即答だった。僕は計り知れないショックを覚えた。僕には……そんなことするなって言うの? 迷惑?

「え?」
「ただ、ただお前が生きて、俺よりずっと長くこの世界に留まってくれれば……それだけで十分だ。だから、もう……俺の前からいなくなるな」

 続いた言葉に二の句が告げなかった。
 嬉しいようなむずむずとしたかゆさを感じて。

「俺はもう……誰かを亡くしたくない。これは傲慢な願いだろう?」
「そんなことない! 誰だって叶えたい、切実な望みですよ。きっと」
「そうか……」

 それっきり、僕らは押し黙ってしまった。


 僕が目覚めた報告がなされると、母さんと父さんがやって来た。泣きながら抱きつかれて、動揺もしたが、ふたりが何度も「よかった……よかった」を口にするので、そのままにしていた。心配していた様子が伝わるふたりの様子。僕は黙って抱擁を受け入れていた。
 その間も、強い目で彼に見られていて、落ち着かなかった。


 無事に病院から退院できたのは一月後。僕の状態があまりに酷く、肋骨が何本か折れていたため、まともに動くことさえ出来なかった為、入院生活が長引いた。起きた直後に自分の裸を見た時は驚いた。くっきりと胸に傷跡が残っていたから。ただそれも治癒魔法を受けて今はもう薄くなっていた。

 退院して、家にたどり着くと、ほっとした。自分の部屋で横になっているよう母さんに言われて、僕は大人しくする。

 すると……忙しい合間を縫ってレオンがやって来た。ちょくちょく彼は僕の様子を確認しに来るが……大丈夫なのだろうか?

「レオ、」
「ユーフェ。良かったな、退院できて」
「あ、うん」

 何気ない祝いの言葉だった。それを受けて僕は戸惑う。


「お前の存在が尊いよ」

 呟かれた言葉。頭が働かない自分には、理解出来なかった。だから鸚鵡おうむ返しに尋ねた。

「ああ。お前が居てくれるだけで、思えば俺は……確実に前に踏み出せている気がするんだ。だから、尊い」

 そんなこと……!
 
 どうしよう。そんな高尚な表現を使われるなんて思ってなかったから、照れてしまう。

「ユーフェは、マルスの遣いなのかもしれないな」
「え?」
「彼が残した言葉をくれたり、俺なんかの為にお前の人生を棒に振るようなことをしようとしたり……。お前は確かに、俺の光なのかもしれないな。真っ白な希望の光」

 言葉が、出てこなかった。
 嬉しい、なんてもんじゃない。感動で目尻に涙が浮かぶ。それは次ぎから次へと溢れて布団へと落ちる。滴が増える度に僕の胸に溜まる気持ちも増える。抱えた分だけ、魂が洗われる気がした。

「本当に?」
「ああ、そう思うよ。心から」

 くすっと品の良い笑顔まで浮かべるレオン。彼の素直な微笑を前にして、僕の心に温かな雨が降る。それはぬくもりを着実に伝えていく。

「でも、光になりたいなんて言わないでくれ」
「どうして……ですか?」
「そんな、曖昧で抽象的なものになられたら……いつ消えられてしまうか分からない。それに、俺は触れられなくなってしまう。それだけは嫌だ」

 意外な言葉だった。彼がそんな弱音のようなことを言うなんて。

「ユーフェが大事なんだ。だから微笑だけ刻ませて、脳裏に焼き付けて逝くなんて許さない」

 ベッドに膝を乗り上げて、まるで壊れ物を大切に抱えるように抱き締められる。彼の広い胸板に、僕の顔が押し付けられる。そっと上を向く。彼はやっぱり笑んでいる。
 すると、彼は身じろぎして、体勢を立て直し、僕の頭を手で支えると、――ふにゃっとした感触が口元にあった。

「お返しだ」
「……へ? え、あ、え……ええっ!?」

 キスひとつ。それを与えられる意味が分からない。僕の頭は全然仕事をしてくれない。混乱する僕。それを面白がるレオン。なんだか意地が悪い、と思ってしまう。

 ぼふん、と布団に隠れてしまう僕。なんだか顔を合わせづらい。まっすぐにレオンが見られない。

「……出て来い、ユーフェ」

 そんな、甘ったるい声で僕の名前を呼ばないで! どうしちゃったの、レオン!? そんなこと、されたら……ますます好きになっちゃうから! 勘違いしちゃいますから!!

 内心はパニックだ。

 そんな僕をどう思ったのか、布団の端からレオンの手が伸びてくる。僕は逃げようとしたが、あっさり捕獲されて、布団から這い出される。

「……はは、なんだその不機嫌そうな顔は」
「不機嫌にもなります。寝ている所を起こされたら」
「寝てないだろうに」
「寝てました」
「じゃあ……目覚めのキッスが必要か、王子様?」

 かあぁぁ~~と真っ赤になるのが自分でも分かる。なんか、なんかレオンが破廉恥だ! キッスなんて、恥ずかしい!!

「レオンのえっち」

 涙目で講義すれば、レオンは唖然として、その後ごくりと唾を飲み込んだ。

「……いかんな。そういう気分になる所だった」
「え?」
「なんでもない」

 レオンは頭を振って、からかい過ぎたことを謝る。そして――、

「理不尽にいなくなられるのは沢山だ。俺は君を……離さない」
「レオン?」
「忘れてなんかやるものか。やり直しになんか、させない! ユーフェ、俺は……俺は……、俺は君が好きなんだ!! だから、前の告白を無かったことになんかしてやれない、ごめんな。君が俺を嫌っても、俺は君を手に入れたい。君を……君の存在を、俺は望んで止まないんだ」

 呆気にとられる僕。これは、まるで告白みたいじゃないか? 真剣な顔をするレオン。彼の心が読めない僕。一体、何が起きているんだ?

「君に、まるで最期のような告白をされて、気付かされた。俺は君を愛したいと思っていることを。……違うな」
「?」

「既に、君を愛し始めているんだ」

 愛していた、じゃない言葉。
 愛している、にも近い言葉。
 
「マルス……さんのことを?」
「? 何を言ってるんだい? 俺が愛したくて堪らないのは――君だよ、ユーフェ」

 僕はもうマルスではないけれど、その心は確かに元のものだ。だから、僕はユーフェとマルスが喜んでいるような錯覚を覚えた。

 涙が、止まらなくなった。レオンのせいだ。レオンが、レオンらしからぬことを、言うから。これはきっと夢。夢の出来事だ。朝になったら忘れてしまう、悔しい程幸せな夢。
 
 なのに……僕の心をしっかりと鷲掴みにしたレオンまで泣いているから、変な夢だなと思ってしまう。

「レオン、泣かないでっ……。僕までおかしな気持ちになっちゃうよ」
「なんだよ、おかしな気持ちって?」
「この、しあわせから帰りたくない、って、思っちゃう気持ち。醒めないで欲しいって、全力で望んでしまう、そんな気持ちだよ」
「ああ、大丈夫だ。それは平気なんだ。だってこれは――――夢じゃないから」
「?」
「ユーフェ。俺は君を愛してるよ。出来れば、これからも大切にさせて欲しい。だから君から『はい』という返事が欲しい。俺が、愛してもいいか?」

 号泣。幸せが降り積もる、僕の心。
 返事なんかすっとばして、自分から彼に抱きつく。

「おいおい、それじゃ分からない。答えて、ユーフェ」
「ん。は……い。――愛して、レオン!!」
「ああ。望むところだ」

 彼に密着し、ぴたっと抱き合う。離れ離れだった二つの欠片が一つのピースになる。ふたつ揃って、幸せな形に。
 その、なんと嬉しいことか!
 僕はさめざめと泣きながら、彼を抱き締め続けた。涙が止まる頃には、僕は、
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