エンドロールに贈る言葉

冬木雪男

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あの子は今日を生きる

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 ギルド職員として真面目に働くうちに、俺はなぜか辺境の村の副ギルド長に抜擢されることになった。戦えもしない者が副とはいえ長でいいのかと疑問だったが、辺境だが、治安は良く、手ごわい魔物も滅多に出現しない安全地帯だと聞かされた。
 長旅を終えて辿り付いたのは、ダンジョン都市スケルドの都とは対照的な牧歌的なラグーナ村だった。のどかな光景に心が癒される気がしたが、彼を弔った傷はいまだに生乾きだ。ちくりちくりと時折痛む傷は、俺を戒めるものであるようだった。

 ギルドへ入ろうとしたその時だった。やけに不躾な視線が気になって、振り返れば今にも倒れようとする子供が居た。俺は慌てて彼を助けた。地面との衝突を免れたその子供は、病弱なのか青い顔をしていた。折れそうに細い胴体を抱えて間近に見ると、男にしては綺麗な子供だった。

「……ォン」

 風に掻き消えるような声で何事かを発した少年は、俺の首に腕を絡めてきた。驚きと喜びが入り混じったような不思議な顔をして、俺の顔を眺める宝石のような瞳。

 彼の母親がやって来て、彼を家まで送り届ける。抱き上げても軽い少年は全然苦ではなかった。
 子供に礼を言われたので、倒れるなよ、と言葉をかけて去った。
 
 ユーフェと呼ばれた彼の第一印象は、ただの子供。それだけだった。


 だが、その後、俺がギルド長に誘われて請け負った強化練習会に、追加で参加したい子供が居るという話を受けた。だが、その親からは子供の熱意には感心するが、その子供は大層虚弱なので夢を諦めさせたいという。べつに本人の好きにさせて、勝手に失望させればいいだけのことだろうに、とその時は思った。
 初顔合わせで、見覚えのある子供。初対面で倒れかけていた奴だと思い出すと、確かに無理があるだろうと思った。いくらなんでも冒険者は無謀過ぎる。親に甘やかされて育ったわけでないにしろ、やたら白いし細いしで、家の中でお勉強でもしてる方がよっぽどお似合いに見えた。


 両親と相談したはかりごと。彼には特注した鉛を仕込んだ剣を計画通りに渡す。最初こそ余裕そうだった虚弱児の顔に汗が。ただの剣すら持てないと思い込ませて、言外に向いていないことを分からせるという卑怯なやり方。剣の異常さに間違っても気付かれないよう注意したが、彼がさとることはなかった。
 専用の剣だから、と念を押せば、嬉しそうな顔をして、俺から受け取る。……すぐに取り落としたが。
 話には聞いていたが、彼はどこからか聞きつけ俺が冒険者であったことを知り、憧れているらしい。
 どこか爛々と輝く目で見られると、居心地が悪い思いがしたが、それでも彼の前では平常を装った。

 剣と虚弱児を家に送り返して、俺は他の子供たちの稽古をつける。
 一週間がたった頃、静かに彼の家を覗いた。虚弱児は、諦めていなかった。てっきりすぐに弱音を吐くかと思えば、両親の話ではそれもないらしい。ばかりか、「早くレオンさんに稽古をつけてもらうんだぁ」とのんきなことまで言ってのけたという。

 どうせすぐに止めるさ。
 心の中で悪魔のように思った。

 だが、彼は季節が移ろっても、風邪で寝込んでも、全然変化が見えない中でも音を上げなかった。

 そしてついに変化が。切っ先が宙に浮く時間が伸び、ひ弱だった腕に力瘤が現れ、ついには肩を器用に使いながら、剣を担ぎ上げて、構える基本姿勢を取れるようになったのだ。

 夢中の彼。そんな子供に衝撃を受けた。

 あんなに弱かった子供が、自分で道を切り開いた。
 
 折れるのは……俺の方かもしれない。

 両親とも相談し、俺はついに彼の部屋を訪ねて、その行為を止めさせることにした。ところが……

「終わりにするんだ、〝ユーフェ〟」

 そう呟いた俺を見て、絶望した顔をする子供。いや、ユーフェ。
 しきりにずるいや酷いとの言葉を吐いて、俺に詰め寄る。
 正直、このままこんなことを続けていても、彼の身にはあまりならない。だから止めようと思ったのだが……。
 俺が夢の話を持ち出せば、心そのものだと言い切った。絶対に諦めないという強い意志をみせるユーフェにそこで彼が勘違いしていることを理解した。

 彼を安心させるように自分の負けを認めた言葉を持ち出せば、ようやっと彼の泣き顔はおさまった。
 からくりを明かし、彼に稽古を付ける旨を話せば、花が綻ぶような笑顔を見せた。

『冒険者になりたいという夢を俺は応援する』

 心からそう思えた。彼の熱意は素直に凄いと。


 正式に弟子入りした後。ユーフェは知ってか知らずか、俺のことを平気で「レオン」と親しげに呼んだ。その呼び方があまりにも板についているので、最終的には認めてしまった。
 
 彼専用のレイピアを渡した時は、驚かされた。まさかユーフェに魔法の才能があるなんて。それならそうといえばいいのに、ユーフェは、その後も俺の特訓を受け続けた。

 しかし不思議なことも言っていた。魔法の出がいいことを伝えると、

「ああ。この体、魔法の通りが良くって。前のものよりも強く発揮できるみたいなんだ」

 他の体を試したことがあるような、面白い表現をするユーフェにその時は笑ったが、後になってもしや? なんて気分にさせられた。そんなこと、あるわけないのにな。


「魔法剣……か」

 〝彼〟も魔法剣の使い手だった。それを否応無く思い出させられる。そんな時は切ない気分に陥った。

 会いたい。

 そんな気持ちは日に日に強くなる一方。頭では永久に叶わないことだと分かっているのに。


 そして丸一年が過ぎた頃、食卓を囲む中で、ユーフェにギルドへの登録を許可することを伝えた。ユーフェはがっつポーズまでして喜んだ。俺も師匠として微笑ましかった。あの虚弱さが嘘のように、彼は頑張った。

 ――そこまでは良かった。

 だが、夕陽の見える風車の上で、彼から想いを告げられた時は、正直困惑した。新手の冗談か? しかし彼は本気そのもの。そうか、憧れという意味か、と遅れて気付いた。しかし、そう問えば「愛してる」なんて大人びた表現が返って来た。
 あなたを導きたい、光溢れる未来に。
 そう言われて、あまりの眩しさに目がくらんだ。


 俺は笑った。いや嗤ったのかもしれない。
 そこで俺は正直に、自分のどす黒い感情を吐露した。奈落の底にいる俺に、光などけっして届きはしないことを。
 恋心自体を否定されて、彼は悔しそうな顔をした。
 それで出てきた分かるという表面的な言葉にはつい激昂した。あいつを守れなかった時点で、俺は……俺という存在に意味はない。惰性で生を続けている自分が憎いこともあった。それでも、彼を追いかけるという選択肢は浮かばなかった。ただ、会えない。その現実を前に俺は呆然としているだけだった。

 どんな言葉も、俺には辛いだけだった。
 彼がいない、それだけで世界は色を失った。

 目の前の小さな存在を責めても、何も変わらないことは分かったが、一度口にしたら止まらなかった。吐く言葉一つ一つが彼の心を傷つけるだろうことを知りながらも、俺は、俺の心は叫んでいた。


 それでもユーフェは言った。

「失意に沈むあなたに 愛 をあげたい」

 許しや支え、救い。全て希望からくる言葉が彼からもたらされた。俺は衝撃についていけなかった。

「俺に……許される資格はない」

 きっぱりと言い張った。その言葉にユーフェは、

「だって……マルスさんはあなたのこと……」

 それっきり彼は押し黙った。それでもユーフェは俺を離さず、何かを訴える目をしていたが、俺には相手をする余裕が無かった。


 あの時、ユーフェはなんと続けるつもりだったのだろうか?


 俺は想像してみたが、どれも違うような気がした。本人に聞けばいいのは分かっていたが、あんないい合いをして、どの面下げて彼に向き合えばいいのか分からなかった。


 一人、ラグーナ村の程近くにあるピア湖を訪れた。湖畔を歩いていると、美しく青い水をたたえた湖が、凪いでいる光景がよく見える。どこまで深くなっても、その青が汚れることはない。青は青でも、底がよく見える程澄んでいた。
 自分は深く、どれだけ深く迷い込んでしまったのだろうか。己の心さえ見えない。
 あの、幻が現れた時から、俺は惑っている。金色の光の中に消えていったマルス。彼を想うだけで、胸が痛い。

 こんな俺を、ユーフェは好きだと言った。愛してるとさえ。まっすぐな好意に俺はたじろいだ。それに素直に応えてやれるほど、俺は大人でも、子供でもなかった。ささやかな嘘でも、あいつは喜んだだろうか? 別に本気の言葉を投げつけること、なかったろうに。
 俺のことなど、どうせすぐ……忘れるさ。


「やあ、元気? んなわけないかあ」
「……久しぶりに声を聞いたらそれか?」
「あはは、ごめんねぇ。でも、心配して連絡したのは本当。どう、順調?」
「……問題が出来た」
「は?」
「……なんでもない」
「ちょ、ちょっと! 問題って何よ。着任してもう一年以上、だっけ? 人間関係ででも悩んでるの?」
「だから、なんでもないと、」
「いやいや、その声のトーンは問題ありでしょう!? 何を悩んでいるのよ、お姉さんに聞きなさい」
「お姉さん? お前ももう四十し、」
「何よ、年齢に文句つけるわけ? 私はまだおばさんじゃないわ!」
「……いや、十分におば、」
「さんじゃない! って、そんなことはいいの! あんたの問題を聞かせなさい」

 電話の相手はシエラ・バートン。俺の所属して居たグリムニアの元メンバー。後衛のヒーラーで、白魔術師をしていた。紅一点の彼女だったが、マルスの死から思う事があって引退したらしい。あれから結婚もして夫婦円満。一児の母。町の教会でシスターとして働いているとのこと。

 女性らしく詮索好きな一面は相変わらずで、俺の身に起きた一連の出来事をかいつまんで話した。話題は勿論、ユーフェとのこと。大人しく話を聞いていた彼女だが……。

「なんで認めないのよ! あんたも好きっていっちゃえばいいじゃない! その女子に! せっかくのチャンスじゃない」

 何がチャンスなんだ……そしてユーフェは女子じゃないことを告げた。

「へぇ、男の子なんだ。綺麗って強調するからてっきり女の子かと……。なら、ますますいいじゃない」
「よくない。相手は16歳だぞ」
「え。……け、結構年の差があるのね……おばさんには答えにくい問題だわ」
「おい、自分から認めてるじゃないか」

 上手いこと使い分けるシエラに俺は呆れた。こういう所、彼女の強さが見え隠れする。しぶといというかなんというか。耐久力には人一倍優れていたからな。白魔術師のくせに。

「……マルスの死から、もう19年になるのね」

 しみじみと彼女は呟いた。
 マルスを弔って、もうそんなになるのか。改めて言われたことで、その実感が伴う。

「レオン。あんたもいい加減……前を、向いたら? 言っちゃ悪いけど、いつまでも、マルスに囚われてないで次の恋でもしなさいよ、ね?」

 そう簡単に乗り越えられたらどれだけ楽か。とっかえひっかえ、誰でも良かったら、今頃忘れられてる。それだけ経験は重ねた。肌を重ねたことさえなかった。だってただの片想いだから。想像は、何度もした。マルスと合わさる時は、どんな心地がしたのだろうか、と。

「ユーフェ君、だっけ? もうちょっと向き合ってみたら? そしたら、何か、何かが変わるかもよ。言っておくけど、別に無理に好きだって伝えろってわけじゃないの。嘘を吐けばあんたもその子も傷つくだけよ。きっと。だから、……ほんのちょっぴりでいいから、……その閉めきった心を開いてみなさいよ。で、その子の視線って奴を男らしく堂々と受け止めてなさい。私に出来るアドバイスはそのくらいだわ」
「……恩に着る」
「相変わらず堅苦しいわね。子爵様は」
「その呼び名も相変わらずだな」
「じゃあね、レオン。あ、そうそう、そういえばラムダの奴も連絡を取りたがってたから、連絡先、教えといたわよ」
「あいつにもか……」
「ふふ、そのうち連絡が来るかもね? じゃ、そういうことで」
「おう」

 ツーツーと電話が切れた。
 
 前を向けやら、向き合えだの、全く勝手なことを言ってくれる。俺の心を開いた結果が、こじれる原因になったと思うんだが……。相手はまだ16歳、だったんだよな。今更だけど、感情をぶつけてすっきりした罪悪感があった。


 平日。他の子供の稽古をつけている最中、ユーフェが来るのを待っていたが、彼は来なかった。やっぱり、顔を合わせたくないのだろうか? 俺みたいに。
 
 ほんのちょっと安堵しながら、俺は駄目な大人だよな……と自分を笑った。


 それから三日経っても、ユーフェは現れなかった。ついに弟子も辞める気かと、俺はそわそわとした。落ち着かない。

 何を迷っているんだ、俺。悩むなんてらしくない!

 だというのに、彼の家を訪ねようとしても、あと一歩踏み出せない。俺はそのままため息を吐いて引き返そうとした、時だった。

「「っ!?」」

 互いに、驚いた。玄関から出てきたのは、ユーフェだった。彼は赤い顔をしている。また熱でも出たのだろうか?

「ユー、」
「レオンさん、あの、俺……ごめんなさい」

 謝ることなんてないだろうに。彼は俺に向けて謝罪を口にした。開口一番、謝られて、俺は何がなんだか、分からない。

「分かる、なんて言ったり、勝手に……告白なんかして。あの、全部忘れてください!」

 忘れて……?

「無かったことにして……やり直してもいいですか? 俺、まだ強化練習会に参加したいです! レオンさんの弟子で居たいです!」

 不甲斐無い師匠の弟子でいてくれるのか?
 それは離れないということで合ってるか?
 
 俺は一度唾液を飲み込んで再確認した。

「ユーフェ、君は……また俺と稽古したいのか?」
「はい! したいです!!」

 威勢のいい、返事だった。澄み切ったピア湖を思わせるような、それ。
 俺は眩しい想いでユーフェをみつめる。

 この子は……本当にまっすぐなんだな。

「でも、一ついいですか?」
「なんだ?」
「聞きたいことが、あるんです」

 彼はそう前置きして俺に尋ねた。

「マルスさんとの別れ、レオン、さんはどう思いましたか?」


 俺は、彼に包み隠さず話す決意をした。明け透けに事の次第を語ることを。

「あいつ……マルスは最後に笑ってたんだ。死にかけた時じゃない。死後、突然姿が現れたと思ったら、唇の感触を残して、微笑んで消えた」

 彼は、その現象をどう思うだろうか。俺の悲しい妄想だとでも笑い飛ばしてくれるだろうか?

「意味不明だろ? 葬儀とも呼べない別れの場で、あいつは現れたんだよ。それ以降、今日に至るまで現れてくれない。俺がどんなに望んでもだ。夢の中、覚めたら消える幻を追いかけるのは、もう嫌なんだ。苦しくて苦しくて狂おしい気分にさせられる。もういっそ、あいつを忘れられたら楽なのに……」
「……そう、ですか」

 長い睫毛を震わせ、瞬きをするユーフェ。彼の息づかいが身近に感じられる。しじま

「レオンさん」
「どうした?」

「〝僕はもういなくなるけど、あなたはもう苦しまないで。どうか僕の死があなたの暗い影になりませんように〟」

「え」
「今のが、答え……かもしれませんよ。マルスさんは、最後に笑っていたんでしょう? それは満足しきって亡くなった可能性もあるのでは? あなたに、レオンさんに一目会えて……それで、それで、感動で胸がいっぱいだったかも、しれませんよ!?」
「そんな……こと、あっていいのか? それは……ただの君の推測じゃあ」
「ええ、そうです! ただの予想に過ぎません!! でも、でも僕は……そうだったら、二人共幸せなのに、って思いました。現実を些細な虚構で書き換えるのは、望ましくないかもしれませんが、そうやって前を見るのも、あり……じゃないかなって……それで」

 前か。
 俺は、べつに自分が後ろ向きだとは思えなかった。でも過去に捕らわれて、いたのだろうか。

「考えてみる」
「え?」
「ユーフェの案を、前向き・・・に検討してみるって話さ」
「……はい! お願いします」

 ユーフェは笑っていた。その笑みが、不思議とマルスの最期の笑みと重なった。


 その晩方、不思議な夢を見た。

 ユーフェの中にマルスが溶けていく夢。

「マル……ス? お前……お前は……本当は〝マルス〟なのか?」

 彼をがばっと抱きすくめる。
 しかし、ユーフェは俺に手を振る。まるで、さようならを意味するような手振りを。

「いくな。ユーフェ、いやマルス!!」

 叫んだまま、飛び起きた。それが夢だったと認識するやいなや、焦った。

 ユーフェがマルス? 馬鹿馬鹿しい。彼らには共通点なんかまるでない。なのに、何故……こんなありもしない夢を見たのだろうか。
 夢とは時に人の願望を表すという。これは俺が望んでいること?

 なんて身勝手な。そして両者に失礼極まりない。彼らは別々の人間なのに。
 彼とあの子を重ねるなんて、自分は、どうかしてる。
 けれどその後はなかなか寝付けずに、結局朝を迎えてしまった。
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