バイバイ、セフレ。

月岡夜宵

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『一生分の誓約を』

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『箱パカでサプライズっていいわよねぇ』
『女子なら理想のシチュ、ナンバーワン』

 公 開 プ ロ ポ ー ズ。しかも指輪付き。求婚だから指輪ぐらいあっても不思議じゃないがだがしかしこれは。

「こんなの聞いてない~~ッ!!」

 俺はもう卒倒ものだ。


 恥ずかしさから来る照れで真っ赤になった頬。耳の裏まで熱を持っているようだ。ぽかぽかと紫君の胸を叩くも彼は満足そうな顔で苦笑するばかり。

 演劇サークルの衣装を借りて、まるで絵本から登場したかのような王子様。に、求婚さされているフツメン。緊張で手に汗がたまる。
 どうか受け取ってくださいなんて、きざな台詞を吐いてプレゼントを差し出す男前は。うわあああガチのイケメンだよ! 忘れてた、紫君はサークルの勧誘が後を絶たないほどのスペックのイケメンだったああああ!!

 彼は心なしか、指輪みたいにキラキラした笑みで俺を見上げている。
 その箱の上の指輪に、おそるおそる触れて、緊張でガチガチに震える指にはめようとするがうまくいかない。何度か試したが結果はわからず。再び泣き出しそうになると紫君が貸してと指輪をとって、俺の左手薬指にしっかりとはめる。つけ心地までぴったりだったことで驚いて泪は止まった。

「よかった。これで思いっきり尚紀を見せつけても平気だな」なんて嬉しそうな紫君。まさか友人に紹介されなかったのは、俺らの関係がやましい以前にそんな魂胆が? なんて疑ってしまう。手を出されなくて済むとか言ってるけど、俺、フツーの男ですから! 悪い虫なんてつきようもないですよ!? よく見て、紫く~~~~ん!!

 牽制の為に付けられた指輪が、なんだか首輪に思えてきた。むしろこのリングは俺を束縛するためにあるのか? なんだか恐ろしいから深くは考えないようにしよう。

 ふにっと唇に感触。あれ、と思った時にはキスされていた。

「誓いのキス……の代わりかな」

 どうしよう。全身が熱でドロドロに溶けてしまいそうだ。なのでせめてもの仕返しとばかりに、紫君にはじめてこちらから囁いてみた。愛の言葉を。

「あ、愛してるよ。君がなにより愛しいです」
「あー、うん」

 ところがそっけない。なんでだ? この反応はどういうことですか。

「言っとくけどそれ返品不可能だから。もともと尚紀のものだしな」
「俺のもの?」

 指輪をじっくり検めて少しずらした時に視界に違和感を覚え、一気に引き抜いてみた。

「ちょ!? いきなり目の前で抜くとかやめて!! 俺の心臓がもたないから!」
「あ……ごめん。べつに別れようとか送り返そうとかじゃないから。ただ確かめたくて」

 ごめんと謝りつつ、そうだよな心配するよな、と思っていたらそれは飛び込んできた。

 〝この愛は一生物です〟

 そう刻まれている。約束は日の国の和語で。


 やっぱり彼は俺を泣かせるのが好きなのか。号泣する俺を慰める紫君。そうだ、一生の約束なのだ。こんな幸せが俺の身に起こるなんて、まさに奇跡。ハグをしてあやしてどうにか泣き止ませようとするその腕をかいくぐって紫君の唇に感謝の口づけを返した。


「ついでに聞いてもいい? この指輪が俺のものってどういうこと?」
「あ~~、それか」
「言いにくいことなの?」
「いや、まあ。この場で話すのはちょっと……体裁が悪いかな。耳貸してよ」
「ん」
「それ、」と紫君が続ける。

 ――結婚指輪は俺が出す。絶対! かっこつかないからさ。いや、結婚式の費用も生活費も全部出すから、一緒にいてほしいけど。

 なんだそれ。脈絡もない宣言に困惑する。俺は答えが欲しいんだけど。

 ――あのさ。怒らないでくれよ。これでも精一杯考えたんだ。悩み抜いて、これしかないって思って……それで賭けることにしたんだ。不満ならあとで弁償もする。建て替えたっていい。

 え、どゆこと? ますます意味不明なんだが。

 ――その、な。尚紀が律儀に渡してくれてた金、全部、指輪を買うのに使ったんだ。

 俺が渡したお金? 紫君と金銭のやり取りなんか……したな。うん、思い切りしてたぞ。一方的に。

 セフレ関係の続行を要求する意味と抱いてくれた感謝を込めてという意味でな!!

 公衆の場にそぐわないやり取りが思い起こされ恥じらう。それを不満と勘違いした彼は慌てる。




 誰が思うだろう。まさか渡してきた金銭が指輪となり、ひそかに夢見続けたプロポーズを受けることになるなんて。彼の隣に収まるである人物に、嫉妬し続けてきた俺に。せっせと貢いでいた金が婚約指輪として返ってくる。ふたりをつなぐ架け橋となって。
 方法はけして喜ばしいものでなかったかもしれない。でも、尽くした愛情は報われたのだ。何一つ、無駄ではなかった。


「なぁ、本当にいいのかな? だって俺たちってセフんぐう」
「その先は二度と言わせないぞ」

 若干イラッとした紫君に口を押さえつけられる。つぐむしかなくなった唇だが彼と接触できることにときめいてしまう。
 だがある意味手遅れだった。

「え。アンタたちそんな不健全な関係だったの!?」
「は、お前、え? マジかあ」

 暗にセフレだと思っていたことを聞かれてしまった。それも紫君の友人達に。

(やばい。死んだ……この場合は社会的に?)

 いたたまれない。彼の友人達とはこれから付き合っていこうと思っていたばかりなのに。せっかく紫君が綺麗に隠してくれていたという、の、に。
 なんて思っていたが矛先は思わぬ形で向かってきた。

「お前ほんとそういうとこあるよな。親友だからって見て見ぬふりしてきたが、今日という今日は言わせてもらうぞ」

 と、かからかわれつつ怒られるのはなぜか紫君で。

「誤解だったから! それは!! 俺は毎回よく抱いてたし、今ちゃんとアレも返したし……あ」
(紫くうううん!! 君、自分から墓穴を掘ってるよおおお!!)

 でもこれは遠回りに俺のせいか?

「いやいやいや。え? 受け取ってた?? まさか」
「ちょっと紫! そんなひどいことしてたの!?」
「うわ、サイテー」
「かわいそう……」

 金銭のやり取りがあった事実に引かれる。指輪にしたのに、としょげるまで叱られる紫君。いや、悪いのは俺もなんだけど。むしろ俺の暴走というか……。

「はい紫、ちゃんと好きっていいなさい! これはけじめだかんね!」
「わかってるよ! ……尚紀、好きだから。俺、お前しか見ない。見えないから見ないんじゃなくてお前以外にはよそ見もしないって誓うから、許してくれ!!」

 なんか浮気して問い詰めらた夫みたいな構図だな? 悪いのは俺もだから世間の図とは違うけど。

「俺も悪かったよ。望まない形で強要して。そうだよな、ふつうあんな形で渡されても困るよな。正直になっとけばよかったよね」
「尚紀は悪くない!! ただ俺も、もっと……」
「いいや俺が……」
「あーはいはい。両者共反省会はあとでやってくれ」
「そうそう。君さー、ちゃんと愛されなよー。こいつヘタレで臆病者でめんどくさいけど、君には一途みたいだから」
「あ、はい」
「んふふふ、君かわいいね」
「はぁ!? ふざけんな!! 尚紀をかわいがっていいのは俺だけだ!!」
「アンタ心せっま」

 初な反応が可愛いと紫の友人たちの間でからかわれる俺。かばうようにして守り、他のメンツを嫉妬する紫君。むずむずする感覚を味わっていると、その照れっぷりもかわいいとだらしない顔の紫君。なんだかイチャイチャしてる気分だ。

「ほんとらぶらぶねぇ」




 講演施設での告白がお開きとなるも場の興奮は冷めやらない。教師陣まで手伝ってなんとか大学内は一旦落ち着いた。

 さきほどの学食へと移動する。中には店員さんが待っており、用意されていた食事を振る舞われる。

「あーそっか。これも紫君なんだっけ」
「おう。ちなみにあいつらへの奢りもな」
「なんか言ったかあ?」
「なんでもねーよ」

 お財布事情が貧しくなったのか、ふてくされる紫君。俺もアルバイトがんばらねーと、とごちている。

「ところでさ、黒板になった気持ちはどう?」
「こく……ばん?」
「一度でいいから注目を集めてみたいって、前に言ってたよな?」
「え? ああ! えええっ、いやでもあれは。さすがに恥ずかしいって!! 授業中の黒板なんて目じゃない。まるで〝結婚式の花嫁さん〟みたいな扱いだよ」
「はなよめさん」
「どうかした?」

 思考停止の紫君を覗き込むと、隣の椅子に座ったまま、ガバッと抱きついてきた。

「わわっ」
「尚紀は俺の花嫁だよ! 世界で俺だけのお嫁さんだ!」
「えええええー、俺、男なんだけど……」
「性別なんか関係ない。俺が欲しかった唯一の人なんだから」
「ふ、ふふ……紫君の唯一かぁ」

 顔いっぱいに嬉しいという感情を乗せて俺は思い切り笑うのだった。
 君との未来がいつまでも続くようにと願いながら。



 ―― 『迷いの国と呪われた王子』

 迷い込んだ魔法の国で、恋の呪いにかかった王子様に永遠の願いをかけられる一人の青年。彼らはお互いに愛言葉を返して、ふたりは仲睦まじく国を去ったのでした。めでたし、めでたし。

 こうして伝説の催しは幕を下ろした。





 そんな公開プロポーズ、の前日譚《紫の視点》

 受け取ったものの、金の使い道などなかった。そんなあてもないし、もったいないやら怖いやらでそのまま放置していた。俺が尚紀から搾取した・・・・金。

 偶然ネット上に出てきた公告を食い入るようにみつめる。それはファッションアイテムとしてのリングだった。男物のごつい指輪だ。
 スマホの画面上からなぜか眼が離せない。思った。いっそ、この金を尚紀に返せばいいのでは、と。でも単に返したら違和感を覚えられるかもしれない。そうとはわからないように……価値あるものとして返却できれば、と。

 そうして思いついた。どうせならこれもいいな。

 ページを切り替えて、婚約指輪の専門店のサイトを開く。さっきとはうってかわって高級路線のデザイン。
 もしこれを彼の指にはめることを許されるのならば、俺はなんだってしよう。そんな未来を手にするべく、たまる一方の金と愛情をつぎ込んで俺は賭けにでることにした。

 待ってて、尚紀。必ず迎えに行くから。だから今度こそはふたりで幸せになろう。

 セックスフレンド、そんな関係に終止符を。これからは愛する者としてともに在ろう。君と約束された未来を築く為に。

 バイバイ、セフレ。ハロー、ラヴァー。

バイバイ、セフレ。《完》
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