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『おわらせるためのプロローグ《尚紀の視点》』
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もうすぐ夏が始まる。君と出会って二度目の夏が。
蒸し暑かった7月も上旬が終り、じめじめとしたうっとうしさが薄れた頃。俺はその噂が真実であることを知ってしまった。自分の落ち度が原因で苦しむことになるとは知らず、その扉を開けたことをひどく後悔している。
俺は花咲にある都立花王大学に通う二年生。ごく一般的な恋愛観を持った……元ノンケ。今はとある同性のみを思うゲイである。
現代の日の国は良くも悪くもおおらかだ。とくに大都市、花咲ともなれば人々の性的嗜好も田舎とは比べ物にならないぐらいオープンである。
世間一般での同性愛に対する偏見が全くないとは言わないが、花咲の大学生ともなれば、平気で同性との恋バナを打ち明ける生徒がいてもおかしくない。
非難されるような恋さえしてなければ、だが。
公に結婚も認められている同性愛。理解ある人々が大半であり、男性同士で手をつないで歩こうが、好奇の目で見られることはない。さすがにボーイズでラブな世界観とは違い同性同士で子供は作れない。本当に好いた者同士でなければ同性婚をするメリットはどこにもないのであった。
(後ろ指をさされるような恋、か)
対価を払ってでも、好きな相手と繋がり続けたい。あわよくば好意の一片だけでも返してくれないだろうかと期待する。こんな自分は、本当に愚かだと思う。
そんな人間に下る罰は何がお似合いだろうか。
そう、例えば――好きな人に想い人がいるという事実を知らせるのはどうだろう。きっと、水も食事も喉も通らないような、衝撃を受けることだろう。そして罪人は知るのだ。自分がこれまで犯した、愚かな罪を。
それはまさに、この俺なんだけれども。
金を貢ぎに貢いで。ついでに体でも篭絡できないかと、必死に肉体を使った。それでやっと繋ぎ止められていた、そんな間柄。俗に言うセックスフレンド。野沢尚紀と一式紫を結ぶのは、実に低俗な用語だった。
わざわざ金を使ってでも好きな人に抱いてほしいと思う俺は、世間一般でいえば大馬鹿野郎だろう。そのくせ一途な恋愛初心者だなんて笑われるかもしれない。実際、経験人数はその彼一人なのだから。
対する相手は百人斬りの噂がある、超優良株。酒宴でもベッドでも、どんな状態でもどんな場所でだって輝いて見える、最高の逸材。
多くの人が群がるように彼を求め、彼もそんな人々を拒まない。俺はそんな彼を利用した。自分の、欲の、ために。
――俺はなんて軽薄な嘘つきだろう。
『都合のいい相手で処女を捨てたかったんだ』
さらっと、ドライに告げた。緊張でカラッカラに乾いた口内。生唾さえ飲み込めない。それでもさも慣れた様子で頼み込むしかなかった。こんなうっとうしい奴などと知れたらもう二度と笑いかけてもくれないだろうから。
『大丈夫。好きな相手がいるから、面倒なことはしない。約束する』
ただの嘘だ。君以外見えてない自分は、本当はなにをしでかすかわかったもんじゃない。こんなことするなともう一人の自分が叫ぶ。どんなに最低なことをしようとしているか分かっても、俺は素直に諦めるという選択肢を排除しにかかる。覚悟ならできてる、地獄にだって堕ちてもかまわない。それで君を手に入れられるなら。
『お金。抱いてくれたお礼だよ』
震える手で差し出した。アルバイトに精を出して貯めた資金。彼が一夜でも買えるなら安い額だ。そのせいで自分の贅沢はできないとしても構わない。どこに不自由があるというのだろう。
『受け取ってよ。あんまさ、俺をみじめにしないでほしい』
受け取る気配のない彼。どころか、彼はそのお金を突き返そうとしてきた。やめてよ。ちっぽけなプライドだけど、返されたら、まるで俺の好意まで無下にされているみたいで悲しくてたまらないから。
『よかったらこれからも付き合って』
わざとらしく媚びる自分に反吐が出る。スキな時に使っていいよ、なんて自分の体を匂わせて。無言の彼と連絡先を交換できたのは、奇跡だったかもしれない。みえみえの下心、どうかバレていませんように。そんな風にうそぶいたって、偽物はしょせん偽物だ。本物には勝てない。まばゆく輝く本物の光に当てられた偽物は誰の目も引かない。そのみっともない醜態を晒すだけ。
(解放……しなきゃ)
涙を飲み込む俺。やっと現実を受け入れる理性が戻ってきたらしい。きわめて冷静に考えて、そう判断できたことにホッとした。よかった。俺、最低最悪の人間にならなくて。
悪者になってでも彼が欲しかった。悪し様に言われるくらいで、彼が手に入るなら、と思えていた。でも、悪役になろうがやっぱりダメなことはダメだったと知る。悪役では、真の意味で彼をしあわせにできないから。彼の隣に立つのはやっぱり彼に似合う素敵な人でなくてはならない。
だからこそ彼を俺のエゴから解き放たなくては。この醜い妄執から。
蒸し暑かった7月も上旬が終り、じめじめとしたうっとうしさが薄れた頃。俺はその噂が真実であることを知ってしまった。自分の落ち度が原因で苦しむことになるとは知らず、その扉を開けたことをひどく後悔している。
俺は花咲にある都立花王大学に通う二年生。ごく一般的な恋愛観を持った……元ノンケ。今はとある同性のみを思うゲイである。
現代の日の国は良くも悪くもおおらかだ。とくに大都市、花咲ともなれば人々の性的嗜好も田舎とは比べ物にならないぐらいオープンである。
世間一般での同性愛に対する偏見が全くないとは言わないが、花咲の大学生ともなれば、平気で同性との恋バナを打ち明ける生徒がいてもおかしくない。
非難されるような恋さえしてなければ、だが。
公に結婚も認められている同性愛。理解ある人々が大半であり、男性同士で手をつないで歩こうが、好奇の目で見られることはない。さすがにボーイズでラブな世界観とは違い同性同士で子供は作れない。本当に好いた者同士でなければ同性婚をするメリットはどこにもないのであった。
(後ろ指をさされるような恋、か)
対価を払ってでも、好きな相手と繋がり続けたい。あわよくば好意の一片だけでも返してくれないだろうかと期待する。こんな自分は、本当に愚かだと思う。
そんな人間に下る罰は何がお似合いだろうか。
そう、例えば――好きな人に想い人がいるという事実を知らせるのはどうだろう。きっと、水も食事も喉も通らないような、衝撃を受けることだろう。そして罪人は知るのだ。自分がこれまで犯した、愚かな罪を。
それはまさに、この俺なんだけれども。
金を貢ぎに貢いで。ついでに体でも篭絡できないかと、必死に肉体を使った。それでやっと繋ぎ止められていた、そんな間柄。俗に言うセックスフレンド。野沢尚紀と一式紫を結ぶのは、実に低俗な用語だった。
わざわざ金を使ってでも好きな人に抱いてほしいと思う俺は、世間一般でいえば大馬鹿野郎だろう。そのくせ一途な恋愛初心者だなんて笑われるかもしれない。実際、経験人数はその彼一人なのだから。
対する相手は百人斬りの噂がある、超優良株。酒宴でもベッドでも、どんな状態でもどんな場所でだって輝いて見える、最高の逸材。
多くの人が群がるように彼を求め、彼もそんな人々を拒まない。俺はそんな彼を利用した。自分の、欲の、ために。
――俺はなんて軽薄な嘘つきだろう。
『都合のいい相手で処女を捨てたかったんだ』
さらっと、ドライに告げた。緊張でカラッカラに乾いた口内。生唾さえ飲み込めない。それでもさも慣れた様子で頼み込むしかなかった。こんなうっとうしい奴などと知れたらもう二度と笑いかけてもくれないだろうから。
『大丈夫。好きな相手がいるから、面倒なことはしない。約束する』
ただの嘘だ。君以外見えてない自分は、本当はなにをしでかすかわかったもんじゃない。こんなことするなともう一人の自分が叫ぶ。どんなに最低なことをしようとしているか分かっても、俺は素直に諦めるという選択肢を排除しにかかる。覚悟ならできてる、地獄にだって堕ちてもかまわない。それで君を手に入れられるなら。
『お金。抱いてくれたお礼だよ』
震える手で差し出した。アルバイトに精を出して貯めた資金。彼が一夜でも買えるなら安い額だ。そのせいで自分の贅沢はできないとしても構わない。どこに不自由があるというのだろう。
『受け取ってよ。あんまさ、俺をみじめにしないでほしい』
受け取る気配のない彼。どころか、彼はそのお金を突き返そうとしてきた。やめてよ。ちっぽけなプライドだけど、返されたら、まるで俺の好意まで無下にされているみたいで悲しくてたまらないから。
『よかったらこれからも付き合って』
わざとらしく媚びる自分に反吐が出る。スキな時に使っていいよ、なんて自分の体を匂わせて。無言の彼と連絡先を交換できたのは、奇跡だったかもしれない。みえみえの下心、どうかバレていませんように。そんな風にうそぶいたって、偽物はしょせん偽物だ。本物には勝てない。まばゆく輝く本物の光に当てられた偽物は誰の目も引かない。そのみっともない醜態を晒すだけ。
(解放……しなきゃ)
涙を飲み込む俺。やっと現実を受け入れる理性が戻ってきたらしい。きわめて冷静に考えて、そう判断できたことにホッとした。よかった。俺、最低最悪の人間にならなくて。
悪者になってでも彼が欲しかった。悪し様に言われるくらいで、彼が手に入るなら、と思えていた。でも、悪役になろうがやっぱりダメなことはダメだったと知る。悪役では、真の意味で彼をしあわせにできないから。彼の隣に立つのはやっぱり彼に似合う素敵な人でなくてはならない。
だからこそ彼を俺のエゴから解き放たなくては。この醜い妄執から。
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