【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜

文字の大きさ
上 下
31 / 38

第31話 正しさと優しさの間

しおりを挟む

「ここで、死んでいただけませんか?」

 そんなこと、出来るはずがありません。

「どうして、そんなに悲しい顔をしているの?」

 本当は、私を殺したくなどないのでしょう?

「話してください。力になるわ」

「どうして……」

「私は、貴方の婚約者だもの」

「婚約を受け入れてくださったこともそうです。かりそめだと言って引き受けてくださいましたが、貴女は何の見返りも求めない。なぜですか?」

「貴方が、公正で勇気のある立派な騎士だから」

「私の、何をご存知なのですか?」

「あの日……五人目の被害者が亡くなった日です。貴方は、ご友人のために声を上げたわ」

「大したことではありません」

「いいえ。状況からすれば、ご友人は十分疑わしかった。下手にかばてすれば、貴方まで疑われてしまう状況でした」

 あの場で声を上げたことで彼は救われましたが、下手をすればミロシュも逮捕されていたかもしれません。

「それでも声を上げた。それに、彼の無罪を主張するのではなく『事実を明らかにしろ』と訴えた」

 だからこそ、あの場が収まったのです。

「そんな貴方だから、立派な当主になれると思ったのです。それなのに、お母様の身分が低いというだけで立場が低くなるだなんて。私は、それが許せなかったのです。それだけの理由です」

 ミロシュの瞳が、わずかに揺れました。
 その手に握ったままのグラスを取り上げます。
 中身は、庭にまいてしまいましょう。

 ──バシャッ。

「なぜ……。私は、貴女を殺そうとしました」

「私は毒を飲んでいませんし、その毒ももうありません。貴方の罪は存在しないわ」

「いいえ。私は、貴女の思うような立派な人間ではありません」

 がっくりと項垂れたミロシュの肩に触れると、わずかに震えていました。

「自分の父親・・の罪すら受け入れられない、弱い人間です……」




 彼が語ったのは、こういう事情でした。

 ミロシュの父親は医師です。
 その父親が、連続毒殺事件に使われた毒を提供していたのだ、と。
 父親は、弟のアドルフの訃報ふほうが届いてからふさぎ込んでいました。
 一人目の息子は侯爵家の跡取りとして差し出すことになっていたので、次男は彼の跡を継ぐことになっていました。ところが、その大切な次男坊は遠く戦地で亡くなってしまったのです。
 父親の元に届いたのは、遺品である剣とわずかな遺髪だけでした。

「それで、私を恨んでいるのね」

「はい。『獅子姫さえいなければ』それが父の口癖くちぐせになっていました」

 そんな父親の元に、一つの噂が舞い込んできました。
 とある令息が『婚約者を殺してしまいたい』とこぼしていた、というのです。
 それは小さなクラブでこぼされた、愚痴とも呼べるような言葉です。

 しかし、それが巡り巡ってミロシュの父親と繋がってしまった。

「ここからは私の推測も含まれますが、おそらく間違ってはいないでしょう」

 父親は、人を雇ってその令息に近づきました。

【殺したいなら、良い方法がある】

 それが、令嬢連続毒殺事件の始まり。
 父親が令息に渡したのは、一杯の酒に数滴垂らすだけで人を死に追いやる猛毒でした。

【よいですか。一人だけ殺しては、貴方が疑われます。他にも婚約者と揉めていると噂の令嬢を殺すのです。そうすれば、貴方だけが疑われることもない】

 父親が提供したのは毒だけではなかったのです。

【次々と令嬢が殺されれば、事件は迷宮入り。確たる証拠がなければ逮捕されることはありません。十分に気をつけて。誰にも見られぬよう、毒を入れるのです】

 連続殺人事件は、犯人の目的を不明瞭ふめいりょうにします。
 そうなれば、彼の犯行だと疑われたとしても言い逃れができる。
 父親は、男に知恵・・までも授けたのです。

【毒とその知恵の対価に、シーリーン・アダラート公爵令嬢を殺してください】

 それが、真相です。

「ですが、私は他の令嬢と状況が異なります。私は婚約者と揉めてなど……」

「私が貴女に求婚したのは、父の勧めがあったからです」

【なんとかして侯爵位を継がせてやりたい。そのためには、とにかく身分の高い婚約者が必要だ。シーリーン・アダラート公爵令嬢ならば、他に求婚する者もいないだろう】
 父親は、そう言ってミロシュを説得しました。

「私が貴女と婚約したので、今夜毒殺が決行されたのでしょう。貴女が亡くなってから、父から『実は揉めていた』と証言すればいい」

「ミロシュは、知っていたのですか?」

「何も。父は、私には何も話してくれませんでした」

 息子を侯爵家の当主にしたいという思いは本当だったのでしょう。
 父親は、ミロシュに事情を隠したまま協力させようとした。もしも自分が逮捕されても、その罪が彼に及ばないように。

「では、どうして真実を知っているのですか?」

「調べました。いろいろなツテ……人には言えないようなツテも使って」

「犯人が捕まりましたから、貴方のお父様も?」

「いいえ。おそらく騎士団が父にたどり着くことは出来ないでしょう。あの男とのやりとりには、何人もの人を雇って間に入らせていましたから」

「そもそも貴方のお父様を疑った上で調べなければ、真実にたどり着くことはできない、ということね」

「その通りです」

 ミロシュの両手が、その榛色の輝きを覆ってしまいました。

「私は弱い人間です。私は騎士として息子として、正しい行いをしなければなりません。父親の罪を明かし、共に罰を受けるべきです。しかし……」

 その気持ちは、痛いほどに分かります。
 私にも、愛する父がいましたから。

「お父様を、犯罪者にしたくないのね」

 公正で勇気がある。それ以上に、優しい人なのです。
 彼は今、正しさと優しさの間で苦しんでいます。

「情けないです」

「いいえ。情けなくなどないわ。貴方は立派よ」

「なぜですか」

「私に話してくれたのだもの。もう、答えは出ているのでしょう?」

 ミロシュが、ハッと顔を上げました。

「剣と誇りに賭けて答えてください。貴方の望みは何ですか?」

 騎士として何をすべきなのかを、彼はきっと知っています。

「罪の意識を抱えたまま、お父様と暮らすことですか? 次期侯爵になることですか?」

 苦しみの果てに、答えを出すことのできる人です。

「……ありがとうございます」

「もう、大丈夫ね」

「はい。……短い間でしたが、ありがとうございました」

 この婚約も、今夜限りです。

 それでも……。

「こちらこそ、とても楽しかったわ。これからも、どうか仲良くしてくださいね」

「これからも?」

「ええ。私たち、友人・・でしょう?」

「……そうですね」

 ようやく、ミロシュの顔に笑みが戻ってきました。

「なぜ、私のことをそこまで信頼してくださるのですか?」

「貴方は、アドルフ・バルターク卿のお兄様だもの。彼は、素晴らしい騎士でしたから」

 死の淵にありながらも、笑顔を絶やさなかった。
 敵国の人間である私にすら、感謝の言葉を忘れなかった。
 ──私のことを、女神様だと言ってくださった。
 本当に、素晴らしい騎士だったのです。

 榛色の瞳が、ゆらゆらと揺れました。
 私にできることは、ポタリ、ポタリと落ちる涙を、そっと拭って差し上げることだけ──。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました

Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。 男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。 卒業パーティーの2日前。 私を呼び出した婚約者の隣には 彼の『真実の愛のお相手』がいて、 私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。 彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。 わかりました! いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを かまして見せましょう! そして……その結果。 何故、私が事故物件に認定されてしまうの! ※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。 チートな能力などは出現しません。 他サイトにて公開中 どうぞよろしくお願い致します!

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です

宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。 若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。 若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。 王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。 そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。 これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。 国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。 男爵令嬢の教育はいかに! 中世ヨーロッパ風のお話です。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...