【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜

文字の大きさ
上 下
26 / 38

第26話 差し入れとレースのハンカチ

しおりを挟む

 今日の天気は晴れ。外出日和びよりです。

「シーリーン嬢!?」

 到着したのは、近衛騎士団の訓練場。
 デラトルレ卿には内緒で来ました。

「ごきげんよう。精が出ますね」

 騎士団長には、手紙で『見学したい』と伝えてありましたから、快く案内していただくことができました。

「差し入れを持って来ました。休憩にしませんか?」

「ありがとうございます」

 ちょうどキリの良いところだったのでしょう。
 見習いの騎士たちが、日陰にテーブルを運んできてくれました。
 デラトルレ卿を誘って座ります。

「サンドウィッチを作ってきたの。ハムはお好き?」

「作ってきた……?」

「ええ。ちょっと形は悪いけど、卵のからが入るような失敗はしていないはずよ」

「……神よ」

「え?」

 デラトルレ卿が手を組んで空へ祈りをささげ始めました。
 どうしたのでしょうか。

「ありがたく、頂戴します」

「どうぞ召し上がれ」

 大きな口でサンドウィッチを頬張ほおばる姿を横目に見ながら、お茶を淹れます。
 サンドウィッチに合わせてクロエが選んでくれた茶葉を持って来ました。良い香りです。

「美味しいです」

「よかったわ」

 慣れない調理で自信がなかったけれど、味は大丈夫だったようです。

「……貴女が鹿を焼いてくださった日が懐かしい」

「本当ね。ずいぶんと前のことのような気がするわ」

 私が帝国にやって来た頃は、冬と春の間でした。
 今は夏が始まろうとしています。

「それで?」

「え?」

「今日は、どういったご用向きでいらしたんですか?」

 食後にはお茶を飲みながら他愛もない話を楽しんでいました。しばらくすると、デラトルレ卿が首を傾げて言いました。何か用件があると思ったのでしょう。

「ここのところ、屋敷に来てくださらないから」

 この二週間ほど、多忙のようで顔を合わせる機会がありませんでした。

「えっと、それは、その……」

 急にデラトルレ卿がしどろもどろになってしまいました。

「私に会いたかった、とか。そういうことでしょうか?」

「そうよ」

 もちろん。
 帝国に来てすぐの頃。デラトルレ卿だけでなく、リッシュ卿が何だかんだと用事を見つけては訪ねてきて下さるので、私は寂しい思いをしなくて済んだのです。

「それは、その……。私もお会いしたかったです」

「ふふふ。会いに来てよかったわ」

 デラトルレ卿は、この国で初めて私の味方になってくれた人です。
 やはり、会えない日が続くのは寂しいのです。
 迷惑になるかもしれないと思いましたが、思い切って訪ねて来て正解でしたね。

「あら。顔が赤いわよ」

 デラトルレ卿の顔が、赤く色づいています。

「気にしないでください。ただの日焼けです」

 それにしては、さっきまでは普通の顔色だったような気がするけれど。

「大丈夫です」

「そう?」

 そうはいっても、本当に真っ赤です。
 扇子せんすでパタパタと仰ぐと、デラトルレ卿が目を細めました。

「涼しいです」

 風が吹いて、緑の葉がサラサラと音を立てています。
 遠くでは木刀がぶつかり合う音と掛け声が聞こえてきます。馬場からは馬蹄ばていの音。

「……」

 しばらく、無言で風を感じていました。
 こんな風に過ごすのも、悪くありませんね。

「……久しぶりにゆったりできました。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「……シーリーン嬢、お願いがあるのですが」

「お願い、ですか?」

「まだ、忙しい日が続きそうなのです。何か、あの……。貴女の持ち物をお貸しいただけませんか?」

「私の持ち物を?」

「はい。……それを見る度に今日のことを思い出すことができます。そうすれば、元気が出るような気がするのです」

「わかりました。では……」

 持ち歩いても邪魔にならないもので、なにか良い物はあるでしょうか?
 ティーカップは論外ですし、扇子せんす嵩張かさばってしまいます。

「これがいいわ」

 差し出したのは、ハンカチです。

「私が編んだレースだから、少し不格好だけど」

 縁を飾る白いレースは、ジモーネ嬢に習って私が編んだものです。
 あまり上手ではありませんが自分でなら、と思い使っています。

「いいえ、そんな、とんでもない! ……とても綺麗なレースです」

「そうかしら」

「ありがとうございます」

 デラトルレ卿が、宝石でも扱うような手つきでハンカチを受け取ります。
 ただのハンカチなのに。

「これで、もう少し頑張れそうです」

「よかったわ。そういえば、どうしてそんなに忙しいの?」

「そろそろ社交シーズンが終わります。毎年、この時期には皇帝主催の大舞踏会が控えていますし」

「訓練や準備で忙しいのね?」

「はい。それと……」

 言いかけて、口をつぐんでしまいました。
 ギッとテーブルが音を立てます。
 デラトルレ卿が、テーブルに乗り出して私の耳に顔を寄せたからです。

「令嬢の連続毒殺事件の調査をしています」

 この一ヶ月ほど、首都を騒がせている事件です。
 夜会や舞踏会に出席した若い令嬢ばかりが、すでに四人も亡くなっているのです。
 しかも、全員が毒を飲んで亡くなっています。

「近衛騎士団が調査を? 第一騎士団の仕事ではないの?」

「さすがに貴族令嬢が四人も亡くなっていますから。皇帝陛下から徹底的な調査を命じられたのです」

「それで、近衛騎士団が?」

「はい。第一騎士団は警備が主な仕事ですから、貴族相手の調査となると動きが取りづらいのです」

「なるほど」

 何かと力関係が難しいようです。
 近衛騎士団であれば皇帝陛下の勅命を盾にして多少の強引な調査ができる、というわけですね。

「犯人は捕まりそうですか?」

「容疑者は何人かいるのですが、全員が同じような状況でして」

「というと?」

「四人の令嬢と婚約関係にあった男性たちです。それぞれ、家同士だったり本人同士だったりが揉めていたことが分かっています」

「令嬢が毒殺された夜会にも、一緒に出席していたのね?」

「その通りです」

「四人とも、今は拘束されているの?」

「いいえ。確たる証拠がないので、逮捕できていません。それに……」

 デラトルレ卿が、渋い顔で冷めたお茶を飲み干しました。

「四人とも犯人だとは言い切れない状況です」

「普通に考えれば、四人がそれぞれ殺害したと思えるけれど?」

「四件とも同じ毒が使われているのです。あり得ない話です」

「確かに」

「もし四人が別々に令嬢を殺害したということならば、その毒を彼らに提供して殺人を唆した人物がいるはずです」

「それで、四人をそのまま泳がせているのね」

「その通りです。四人とも犯人なのか、それとも一人なのか」

「私に、何かお手伝いできることはあるかしら?」

「ありがとうございます。何か情報が入ったら、教えていただけますか?」

「任せて」

「それと……」

 デラトルレ卿が、テーブル越しに私の手を握りました。
 お互いに食事中でしたから素手です。
 驚きましたが、今日はおかしな声を上げることはありませんでした。
 私の周囲の男性たちはスキンシップが多いから、少しは慣れてきたのかしら?

「夜会や舞踏会では、気をつけてくださいね」

「私は大丈夫よ。私にはそもそも婚約者がいませんからね」

「そうですが。……気をつけてください」

「はい」

 返事をすると、デラトルレ卿がにっこりと笑いました。

「それから、また、会いに来ていただきたい、です」

「ええ。今度はジモーネ嬢たちも誘って来ますね。賑やかな方が嬉しいでしょう?」

「……そういうところです」

「え?」

「なんでもありません」


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました

Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。 男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。 卒業パーティーの2日前。 私を呼び出した婚約者の隣には 彼の『真実の愛のお相手』がいて、 私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。 彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。 わかりました! いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを かまして見せましょう! そして……その結果。 何故、私が事故物件に認定されてしまうの! ※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。 チートな能力などは出現しません。 他サイトにて公開中 どうぞよろしくお願い致します!

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です

宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。 若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。 若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。 王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。 そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。 これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。 国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。 男爵令嬢の教育はいかに! 中世ヨーロッパ風のお話です。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...