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第21話 投げられた手袋
しおりを挟む三つ目の出来事──むしろ事件と呼んだ方が良いでしょう──は、ジモーネ嬢とエミリアナ嬢、ナターリエ嬢を招いてお茶会を開いている時に起こりました。
この日は天気が良いので、庭の木陰でピクニック気分でお茶を楽しんでいました。
「ジモーネ嬢の持ってきてくださったお菓子、おいしいですわね」
「本当に。とっても甘いわ」
「たっぷり砂糖を入れてもらいました」
「貴重なお砂糖ですのに」
「今日はシーリーン様のお茶会だと話したら、お母様が張り切って準備するように言いましたのよ」
「まあ」
「お母様は、すっかりシーリーン様の信奉者ですわ」
「私のお母様もそうよ」
「フェルメズ王国の刺繍に夢中ですわ」
「私のお姉さまも、さっそく図案を真似ていましたわ」
「そういえば。表通りに新しくできた帽子屋さんは、もうご覧になりました?」
「まだですわ。エミリアナ嬢は?」
「行ってまいりました」
「まあ!」
「どうでしたか?」
「お花のコサージュが華やかで、素敵でしたわ」
「ああ、私も早く見たいわ!」
同じ年頃の令嬢が集まれば、賑やかなものです。
この三人の令嬢は、とても賢くて話題選びも穏やかなものです。
話していてとても気持ちが良いので、お茶会を私の屋敷で開くのはこれが三度目。
はじめは『商売のため』という心算で近づいた方々でしたが、彼女たちはそれをわかった上でお友達として付き合ってくださっているのです。
素晴らしい方々ですわ。
話題が季節のお花の話に移った頃、それは起こりました。
──ガサッ!
唐突に、私たちの頭上から葉の揺れる音が聞こえてきました。
小鳥ではありません。
もっと大きなものが、枝に乗ったのです。
ふり仰ぐと、そこには一人の男性がいました。
ストロベリーブロンドの髪の隙間から、金に輝く瞳が覗いています。
「どちら様ですか?」
私が問うと、男性は軽やかな身のこなしで地上に降り立ちました。
その腰には立派な長剣。
よく見れば、その服装は第一騎士団の制服です。
「こちらは、シーリーン・アダラート公爵令嬢のお屋敷で間違いありませんか?」
「ええ」
「では、貴女がシーリーン嬢?」
「そうですが」
それを聞いた男性が、ニヤリと笑いました。
冷たい緊張が、一気に背中を駆け上がります。
──ザンッ!
男性が大上段から振り抜いた剣先が、私がいた場所の芝生を抉り取りました。
「避けたか」
「……キャー!」
一瞬遅れて、令嬢の悲鳴が響き渡ります。
その声を聞いて、シュナーベル卿とイヴァンが飛んできました。
「お嬢様!」
「突然斬りかかるとは、礼儀のなっていない方ですわね」
二撃、三撃と襲ってくる剣を避けます。
「イヴァン! お嬢様方を!」
「おう!」
──ギンッ!
四撃目は、振り抜かれる前にシュナーベル卿の剣が受け止めました。
「気が触れたか! ヒルベルト・ファン・ドルーネン!」
この方が。
騎士見習いから叙任までを一ヶ月でこなし、シュナーベル卿とは剣術大会で競い合ったことがあるという。
「ハハハ! 噂は本当なんだな!」
ドルーネン卿が腹を抱えて笑い出しました。
合わせたままの刃がギリギリと音を立てています。
「貴様が忠誠を誓ったという噂の主人の顔を拝みに来たのさ!」
──ギンッ!
シュナーベル卿が剣を弾くと、金の瞳が再び私を射抜きました。
「期待以上だ!」
笑った顔は子供のように無邪気です。頬が上気していて、興奮した様子を隠しもしません。
「軽やかな足運び! ドレスで隠れていてもわかる、鍛え抜かれた足と体幹! その腕の筋肉、一日も素振りを欠かしていないな!」
思わず、足が引けてしまいました。
彼は、何の話をしているのでしょうか。
「噂は色々聞いているが、その本性は『剣士』だな! そうだろう!」
何と答えるのが正解か分からず、シュナーベル卿の顔を見ました。
……道で馬糞を踏んでしまった時のイヴァンのような顔をしていました。
「お嬢様。相手をなさる必要はありません。自分が引っ捕えて、騎士団に引き渡します」
「……そう?」
「はい。貴様はこれ以上お嬢様のお耳を汚すな」
「俺は、そちらのお嬢様に話しているんだ。貴様は黙っていろ」
ドルーネン卿がツカツカと近づいてきます。
するりと、その手袋を外しました。
どうしたのだろうと首を傾げていると、シュナーベル卿が慌てて私の前に立ち塞がります。
「やめろ。貴様には恥も外聞もないのか!」
「ない!」
「堂々と言ってのけるな!」
すると、ドルーネン卿がポーンと手袋を宙に放りました。
手袋は慌てたシュナーベル卿の手をすり抜けて、見事に私の手の中に収まります。
見事なコントロールです。
「俺は手袋を投げるのが得意だ!」
「そんなことで胸を張るな!」
手袋にどんな意味があるのか分からず、首を傾げます。
「手袋を投げて寄越すのは、け、決闘の申し込みです!」
建物の陰に身体を半分隠した姿で、ルキーノが教えてくれました。
その隣には、同じようにこちらの様子を伺うお嬢様方とメイドたち。
「決闘?」
「ヒルベルト・ファン・ドルーネンは、シーリーン・アダラート公爵令嬢に決闘を申し込む!」
その高らかな宣言に、シュナーベル卿が頭を抱えました。
──ザワザワ。
庭の向こう、塀を越えた通りには、既に数人の野次馬が来ています。
この宣言を、なかったことには出来そうにありませんね。
「ドルーネン卿は、剣術狂いなんです」
あの宣言の後、騒ぎを収拾するのは一苦労でした。
ドルーネン卿の暴走を心配した第一騎士団の騎士たちが駆けつけ、本人は連行されていきました。
しかし、『決闘』の宣言は既に町中の噂に。
夕方には事態を重く見た皇宮から、近衛騎士団のデラトルレ卿が派遣されてきました。
「剣の腕が立つと噂になった者がいれば、すぐに決闘を申し込んでしまうのです」
デラトルレ卿も頭を抱えています。
似たような事件が、既に何度も起こっているのでしょう。
「どうして処罰されないのですか?」
何度も問題を起こした騎士が、そのまま騎士団に所属しているというのは不思議な話です。
「『決闘』は騎士に与えられた特権の一つです。申し込まれた側も騎士ならば、断ることは許されません。騎士でなくても応じるのが礼儀です」
「つまり、誰彼構わず『決闘』を申し込んでも、それは騎士として許される範疇を出ないということね」
「その通りです」
「ですが、今回は違います!」
シュナーベル卿がわなわなと拳を握りしめています。
「お嬢様は騎士ではありませんし、第一、女性なんですよ!」
その額には青筋が浮かんでいますから、相当怒っているようですね。
「まあまあ、落ち着いてください。困りましたね」
「不敬罪で裁判所に訴えましょう!」
「そうすることもできます。今回のことは目に余りますから、騎士団からの罷免と罰金刑が妥当でしょうね」
シュナーベル卿の言に、デラトルレ卿も同意します。
「あら、違うわよ」
「何が違うのですか?」
「『決闘』は受けます。作法が分からないから困っているだけで……」
──ガシャーン!
音のした方を見ると、給仕をしていたルキーノが動きを止めてこちらを見つめています。
その手から、ティーカップが落ちてしまったようです。
「『決闘』を受ける?」
蚊の鳴くような声でルキーノが言いました。
「ええ。だって私は、戦士ですもの」
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