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第3部 - 第2章 勤労令嬢と死者の国

第22話 あるメイドの手記

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シェリンガム暦1842年7月25日

 深夜、旦那様がお戻りになった。
 すぐに呼び出されて、『お嬢様』のお世話をした。疲れているのだろう、小さな『お嬢様』は深く寝入っていた。身体のあちこちに痛々しいあざが見えて、胸が痛んだ。

 旦那様は私と騎士のノア・ロイドさんに、『彼女を主だと思え』とお命じになった。

 それが命令ならば、従おう。

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7月26日

 お嬢様は、いつでも『叱られるのではないか』と怯えている。いつも叱られてきたのだろう。どうして、こんなにかわいらしいお嬢様に、そんな酷いことができたのか。

 うんと、大事にしよう。

 これまでのことを全て忘れられるくらい。日々の暮らしに幸せを感じていただけるように。
 
 ……ああ、お嬢様の笑顔を見たい。きっと、可愛らしいに違いない。

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9月14日

 旅に出たお嬢様を追い抜く形で、首都ハンプソムに到着した。
 何度も何度もお迎えに行っていただくようにお願いをしたが、旦那様は頑固だ。

『旅をすることが彼女の望みだ。きっと、意味のある旅になる』
 と……。

 あんなに小さなお嬢様に……!
 
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9月28日

 無事に首都ハンプソムに到着されたお嬢様は、本当に立派だった。小さかった身体が、一回り大きくなられたような気がした。

 旦那様に抱かれて、わんわんと声を上げて泣いたお嬢様を見て、

 胸が、いっぱいになった。

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シェリンガム暦1843年3月12日

 ロイドさんと二人きりになったとき、ふと結婚の話題になった。
 『今のところ、そんなつもりはない』と言ったら、ロイドさんも『自分も』と笑っていた。

 『お嬢様がご結婚されて、その時にお互いに相手が居なければ、寂しい者同士で結婚するのも悪くないですね』と、ロイドさんがそんな冗談を言う人だとは思わなかった。

 ……冗談ではなかったのだろう。

 その時は、いずれ来る。必ず。
 想像して寂しくなったのだ。……私と、同じように。

 その時が来たら。
 寂しい者同士で一緒になるのも、悪くはない。その通りだ。

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シェリンガム暦1851年12月15日

 お嬢様が、拝謁の儀社交界デビューの日を迎えられた。
 この日が来ることを待っていた。けれど、寂しい気持ちもある。

 ロイドさんも、きっと同じ気持ちなのだろう。
 見送りに出てきた私をチラリと見て、そして一つ頷いた。

 どうか幸せになってください。その気持を込めて、お嬢様に手を振った。

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シェリンガム暦1853年12月28日

 ようやく魔大陸に到着した。
 船酔いがないのは助かるけど、翼竜の背に乗って運ばれるのは落ちるのではないかと気が気でなかった。あっという間に到着したのが唯一の救いだ。

 お嬢様のためにあてがわれた宮は立派で、調度も何もかも人族用に整えられている。まごころを込めて準備してくださったのだろう。細部に至るまで、心遣いが感じられた。準備をしてくださったのは皇帝陛下の後宮の妃たちだという。ありがたい。

 この国でも、お嬢様が心地よく過ごしていただけるように、私も精一杯務めなければ。

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12月29日

 昨日から、怒涛の展開が続いた。なんとか皇帝陛下の魔法で王国に戻ってくることができたが、お嬢様とロイドさんは既に北に向かった後だった。
 人の未来を守るために、お嬢様は戦場に向かったのだ。

 ──私の小さなお嬢様マイ・リトル・レディ

 どうか、どうか、どうか!
 どうか、ご無事で……!





第2章 完 To be continued...
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