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第3部 勤労令嬢、世界を救う - 第1章 勤労令嬢と婚約破棄
第10話 ソロモンの指輪
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皇帝とゆっくり腰を落ち着けて話ができたのは、宴も終盤に差し掛かった頃だった。様々な種族の長たちからひっきりなしに声をかけられるので挨拶のために立ちっぱなしだったジリアンを、皇帝が休憩に誘ってくれたのだ。
「疲れただろう。軽食を準備させた」
宴会は立食形式だったため、ジリアンは全く食事に手をつけていられなかったので、ありがたくこの誘いを受けることにした。宴会場から出て、小さな部屋に通される。もちろん、テオバルトと護衛のノアもついてきた。
「……二人きり、というわけには?」
おどけた様子で尋ねた皇帝に、テオバルトがため息を吐く。
「いきません。ジリアンに何かあれば、マクリーン侯爵が戦争を仕掛けてきますよ」
「ははは! そうだったな! あの男を敵に回すことだけは避けたい!」
皇帝が豪快に笑うので、ジリアンもつられて笑った。この国でも父親の名を聞いて、嬉しくなったのだ。
「陛下は、父のことをご存知なのですか?」
「もちろん」
二人は向かい合って腰掛け、さっそく飲み物と軽食にありついた。皇帝自身も、腹が減っていたらしい。
「一度だけ、戦場で話をしたことがある」
「それは、知りませんでした」
「だろうな。終戦間際、船の上だった」
皇帝がガジリと噛み切ったのは、よく焼けた肉だった。
「コカトリスの肉だ。うまいぞ」
「いただきます」
皇帝にすすめられて、ジリアンもその肉を丁寧に切り分けてから食べてみた。鶏肉に似ているが、よりコクのある味わいだ。不思議な風味は香辛料だろうか。
「ん。おいしいです」
呟いたジリアンに、皇帝は目を見開いてから、
「……ククク」
と、可笑しそうに笑い出した。
(何か、おかしかったかしら?)
食べ方が悪かっただろうかと逡巡するジリアンを、皇帝が面白そうに見ていた。
「君の父も、なんの疑いも持たずにその肉を食べたことを思い出したのだ」
「父も、ですか?」
「そうだ。コカトリスがどんな生き物かも知らないだろうに、私にすすめられて素直に食べたな、あの男も。隣にいた副官がぎょっとして青ざめていたよ」
それを聞いたノアがゴホンと咳払いをした。その副官とは、彼なのだろう。
「父とは、どんな話をしたのですか?」
「密約を交わした」
「密約、ですか?」
初めて聞く話に、ジリアンは前のめりになった。皇帝も秘密の話をするためにジリアンに身体を寄せる。
「ああ。……ジリアン嬢は、先の戦争がどのような形で終結したか知っているか?」
「はい。皇帝陛下が講和を提案してくださって、我が国の先王陛下がそれを承諾なさった、と」
「我々が講和を提案した理由は?」
「我が国の軍が港湾都市を占拠し、戦局が不利になったからだと、聞いています」
「そうだ。我々の悲願は、君たちの住む大陸を手に入れることだった。しかし、貴国の魔法騎士の前では、我々はその海岸にすらたどり着けなかった。逆に要衝を獲られてしまっては、戦争を続ける意味がなかったのだ」
当時読んだ新聞記事にも、同じことが書かれていた。こうして20年も続いた戦争が終結したのだと。
「だがそれは、表向きの話だ」
「表向き?」
「そうだ。真実は、少しばかり違う」
そう言って、皇帝が左手を差し出した。その薬指には金の指輪が嵌められている。
「ソロモンの指輪だ」
指輪には六芒星と不思議な文字が描かれていて、そこから不思議な気配がジワリと感じられる。
「君と血縁上の父親の身体にはヴィネ家の血が流れている。この指輪を持つ私には、それがよく分かる」
不思議な話だが、そういう魔法を持つ指輪なのだろう。
「この指輪はかつてソロモン王が我々悪魔族に預けた指輪だ」
「預けた?」
「そうだ。この国の皇帝は、ソロモン王から支配権を預かっている存在にすぎない。この指輪を持つ者を、便宜的に皇帝と呼んでいるのだ」
「ソロモン王……?」
「そちらの国にもあるように、この国にも神話というものがある。興味があるなら、明日にでも図書館行ってみるといい」
「ありがとうございます」
「さて。話を戻そう」
そう言って、皇帝が指輪をひと撫でした。
「先の皇帝はバエル。長きに渡って皇帝の位にあった家系だ。彼らは、ヒト族の住む豊かな土地を欲しがった。精霊に支配されない、新たな土地を」
そのために、魔族とヒト族は争ってきたのだ。
「今、そのバエル家は?」
「もう、ない」
「ない?」
「私が滅ぼした」
皇帝はゴクリと酒で喉を潤した。
「私がバエル家を滅ぼして、この指輪を手に入れた。マクリーン侯爵に会ったのはその直前、決起する前の晩だった」
「そこで、密約を?」
「そうだ。必ずこの国の支配権を手に入れ、その後はヒト族と友好を結ぶと約束した。そのために協力してほしい、と。バエルの軍を分断するために港湾都市を攻めてくれと頼んだのだ」
「我が国の軍が港湾都市に猛攻を仕掛ける裏で、クーデターを成功させた、ということですか?」
「そのとおりだ。……父君には助けられたよ」
英雄と呼ばれるマクリーン侯爵は、その大仕事をやってのけたのだ。
「なぜ、そこまで……」
先の皇帝の一族を討ち滅ぼすのは、簡単なことではなかったはずだ。どんな理由があって、そんな決断をしたのか、ジリアンは思わず尋ねた。
「せっかくこの世に生を受けたからには、もっと有意義に時間を使いたいと思ったのだ」
「有意義な時間ですか?」
「戦うよりも、女を抱くほうが好きなんだ」
ニヤリと笑った皇帝に、ジリアンの頬が熱くなる。
「ご冗談を」
「冗談などではない。戦争が終わったおかげで、私は城で女達に囲まれて暮らす時間を得たのだ」
「はあ」
ジリアンは気まずくなって、もう一口コカトリスの肉を口に含んだ。
「……同じことを考えた悪魔族が、過去にもいた。数百年前、時の皇帝に反旗を翻した者たちだ」
皇帝が声を低めて言うので、ジリアンはハッとしてその顔を見た。皇帝は一つ頷いてから、その名を口にした。
「それが、ヴィネだ」
ヴィネ家は、かつて戦乱の世を終わらせるためにクーデターを企てたことがあったというのだ。
「ヴィネ家はクーデターに失敗してこの世を追放……、つまり皆殺しにされた。そして、その共謀者も同じく皆殺しにされた」
「共謀者がいたのですか?」
「ああ。それが、オセだ」
今度は、ジリアンの隣に控えていたテオバルトが息を呑んだ。
「オセ……? では、ハワード・キーツは⁉」
急に出てきたその名に、ジリアンも目をむく。
「ハワード・キーツ?」
黒い魔法石に関する一連の事件の裏で糸を引く人物、ハワード・キーツ。ジリアンが魔大陸に来た最大の理由、それが彼について調べることだ。
「ハワード・キーツ自身が言っていたでしょう?」
ジリアンはハッとした。
彼に『仮面』の魔法をかけられた夜、確かに言っていたのだ。妖しい微笑みを浮かべて、
『私は人と悪魔の混血でね。オセ家の血を継いでいるんだ』
と。
「ですが、私が知っている歴史とは違います。オセもヴィネも、クーデターを企てたなど、どの歴史書にも書かれていません」
テオバルトが言い募ると、皇帝が首を横に振った。
「バエルがもみ消したのさ。クーデターを企てた者がいたことを、恥だと思ったのだろう。後に続く者が出るのを警戒したのかもしれん」
「なるほど。そして、運良く生き残った者の末裔が、ジリアンとハワード・キーツだと?」
「そう考えるのが妥当だろうな。ヴィネの先祖が海を渡った経緯も、ハワード・キーツが混血として生まれた経緯も不明だが」
皇帝が一つ息を吐いた。彼が知っているのは、ここまでなのだろう。
「では、なぜ……」
ジリアンのつぶやきに、室内がしんと静まり返る。
「なぜ、ハワード・キーツは再び戦争を起こそうとしているのでしょうか?」
オセはヴィネと共謀して皇帝の座を奪おうとした。その望みは戦乱の世を終わらせるためだった。その子孫であるハワード・キーツが、逆のことをしようとしているのは、どうにも腑に落ちない。
「先祖の願いを子孫が引き継ぐとは限らんということだろう」
「それは、そうでしょうが……」
「ふむ。ジリアンの疑問ももっともだな。ハワード・キーツについて、調査をすすめることにしよう。その過程で、ヴィネ家とオニール家の関係も分かるかもしれない。協力は惜しまないと約束しよう」
「お願いします」
ジリアンは頷き、改めて皇帝と握手を交わした。
「あとは、『黒い魔法石』の秘密についても探らねばならんし、他の魔族の動向にも注視しなければならん」
「はい。炎の巨人族の裏切りもありましたし」
テオバルトが言った。ジリアン達一行を襲撃した炎の巨人族。彼らが急に皇帝に反旗を翻した理由も探らなければならない。また、他にも裏切る種族がいるかもしれないのだ。
「やることが多いな」
「しばらくは、後宮にお帰しできませんね」
「最悪だ……」
うなだれた皇帝に、ジリアンはクスクスと笑った。それを見た皇帝が、ニヤリと笑う。
「やはり可愛いな。君と一緒なら、忙しさにも耐えられそうだ」
ジリアンの胸がドキッと鳴った。それを見たテオバルトが、慌ててジリアンの耳を覆う。
「気をつけて下さい、ジリアン。バラムの家系は口が上手いのです。騙されてはいけませんよ」
「……気をつけるわ」
そんな話をしていた時だった。
──ガシャーンッ! キャー!
宴会の主会場の方から、何かが割れる音、それに続いて悲鳴が鳴り響いたのだ。
「何だ!?」
すぐさま皇帝が駆け出した。ジリアン達もそれに続く。宴会場からは魔族の兵が駆けてきて、すぐに状況を報告した。
「炎の巨人族の襲撃です!」
「なに⁉」
「先頭にはオルギット様が!」
「彼女が手引したのか! クソッ!」
話す内に、主会場に到着した。女性たちが悲鳴を上げながら逃げ惑い、兵と巨人が入り乱れる阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「オルギット!」
皇帝が叫ぶ先には一人の女性が居た。真っ赤な身体は、ジリアンの3倍ほどはあるだろうか。
「オルギット様は、陛下の后のお一人。炎の巨人族のカシロのご息女です」
テオバルトがジリアンに説明する間にも、宴会場に炎の渦が走った。
「謹慎を命じられて、見張りもついて居いたはずなのに。なぜ!?」
刹那。
ジリアンとオルギットの、目が合った。
「……っ!」
その瞬間、ジリアンの脳がバチリと音を立てて、足の先までビリビリと何かが駆け抜ける。
「陛下! あれはオルギット様ではありません!」
「どういうことだ!?」
この感覚には、覚えがある。馬車の中、スチュワート・ディズリーに初めて会った時と同じ感覚だ。
「あれは、ハワード・キーツです!」
「疲れただろう。軽食を準備させた」
宴会は立食形式だったため、ジリアンは全く食事に手をつけていられなかったので、ありがたくこの誘いを受けることにした。宴会場から出て、小さな部屋に通される。もちろん、テオバルトと護衛のノアもついてきた。
「……二人きり、というわけには?」
おどけた様子で尋ねた皇帝に、テオバルトがため息を吐く。
「いきません。ジリアンに何かあれば、マクリーン侯爵が戦争を仕掛けてきますよ」
「ははは! そうだったな! あの男を敵に回すことだけは避けたい!」
皇帝が豪快に笑うので、ジリアンもつられて笑った。この国でも父親の名を聞いて、嬉しくなったのだ。
「陛下は、父のことをご存知なのですか?」
「もちろん」
二人は向かい合って腰掛け、さっそく飲み物と軽食にありついた。皇帝自身も、腹が減っていたらしい。
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皇帝がガジリと噛み切ったのは、よく焼けた肉だった。
「コカトリスの肉だ。うまいぞ」
「いただきます」
皇帝にすすめられて、ジリアンもその肉を丁寧に切り分けてから食べてみた。鶏肉に似ているが、よりコクのある味わいだ。不思議な風味は香辛料だろうか。
「ん。おいしいです」
呟いたジリアンに、皇帝は目を見開いてから、
「……ククク」
と、可笑しそうに笑い出した。
(何か、おかしかったかしら?)
食べ方が悪かっただろうかと逡巡するジリアンを、皇帝が面白そうに見ていた。
「君の父も、なんの疑いも持たずにその肉を食べたことを思い出したのだ」
「父も、ですか?」
「そうだ。コカトリスがどんな生き物かも知らないだろうに、私にすすめられて素直に食べたな、あの男も。隣にいた副官がぎょっとして青ざめていたよ」
それを聞いたノアがゴホンと咳払いをした。その副官とは、彼なのだろう。
「父とは、どんな話をしたのですか?」
「密約を交わした」
「密約、ですか?」
初めて聞く話に、ジリアンは前のめりになった。皇帝も秘密の話をするためにジリアンに身体を寄せる。
「ああ。……ジリアン嬢は、先の戦争がどのような形で終結したか知っているか?」
「はい。皇帝陛下が講和を提案してくださって、我が国の先王陛下がそれを承諾なさった、と」
「我々が講和を提案した理由は?」
「我が国の軍が港湾都市を占拠し、戦局が不利になったからだと、聞いています」
「そうだ。我々の悲願は、君たちの住む大陸を手に入れることだった。しかし、貴国の魔法騎士の前では、我々はその海岸にすらたどり着けなかった。逆に要衝を獲られてしまっては、戦争を続ける意味がなかったのだ」
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「だがそれは、表向きの話だ」
「表向き?」
「そうだ。真実は、少しばかり違う」
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指輪には六芒星と不思議な文字が描かれていて、そこから不思議な気配がジワリと感じられる。
「君と血縁上の父親の身体にはヴィネ家の血が流れている。この指輪を持つ私には、それがよく分かる」
不思議な話だが、そういう魔法を持つ指輪なのだろう。
「この指輪はかつてソロモン王が我々悪魔族に預けた指輪だ」
「預けた?」
「そうだ。この国の皇帝は、ソロモン王から支配権を預かっている存在にすぎない。この指輪を持つ者を、便宜的に皇帝と呼んでいるのだ」
「ソロモン王……?」
「そちらの国にもあるように、この国にも神話というものがある。興味があるなら、明日にでも図書館行ってみるといい」
「ありがとうございます」
「さて。話を戻そう」
そう言って、皇帝が指輪をひと撫でした。
「先の皇帝はバエル。長きに渡って皇帝の位にあった家系だ。彼らは、ヒト族の住む豊かな土地を欲しがった。精霊に支配されない、新たな土地を」
そのために、魔族とヒト族は争ってきたのだ。
「今、そのバエル家は?」
「もう、ない」
「ない?」
「私が滅ぼした」
皇帝はゴクリと酒で喉を潤した。
「私がバエル家を滅ぼして、この指輪を手に入れた。マクリーン侯爵に会ったのはその直前、決起する前の晩だった」
「そこで、密約を?」
「そうだ。必ずこの国の支配権を手に入れ、その後はヒト族と友好を結ぶと約束した。そのために協力してほしい、と。バエルの軍を分断するために港湾都市を攻めてくれと頼んだのだ」
「我が国の軍が港湾都市に猛攻を仕掛ける裏で、クーデターを成功させた、ということですか?」
「そのとおりだ。……父君には助けられたよ」
英雄と呼ばれるマクリーン侯爵は、その大仕事をやってのけたのだ。
「なぜ、そこまで……」
先の皇帝の一族を討ち滅ぼすのは、簡単なことではなかったはずだ。どんな理由があって、そんな決断をしたのか、ジリアンは思わず尋ねた。
「せっかくこの世に生を受けたからには、もっと有意義に時間を使いたいと思ったのだ」
「有意義な時間ですか?」
「戦うよりも、女を抱くほうが好きなんだ」
ニヤリと笑った皇帝に、ジリアンの頬が熱くなる。
「ご冗談を」
「冗談などではない。戦争が終わったおかげで、私は城で女達に囲まれて暮らす時間を得たのだ」
「はあ」
ジリアンは気まずくなって、もう一口コカトリスの肉を口に含んだ。
「……同じことを考えた悪魔族が、過去にもいた。数百年前、時の皇帝に反旗を翻した者たちだ」
皇帝が声を低めて言うので、ジリアンはハッとしてその顔を見た。皇帝は一つ頷いてから、その名を口にした。
「それが、ヴィネだ」
ヴィネ家は、かつて戦乱の世を終わらせるためにクーデターを企てたことがあったというのだ。
「ヴィネ家はクーデターに失敗してこの世を追放……、つまり皆殺しにされた。そして、その共謀者も同じく皆殺しにされた」
「共謀者がいたのですか?」
「ああ。それが、オセだ」
今度は、ジリアンの隣に控えていたテオバルトが息を呑んだ。
「オセ……? では、ハワード・キーツは⁉」
急に出てきたその名に、ジリアンも目をむく。
「ハワード・キーツ?」
黒い魔法石に関する一連の事件の裏で糸を引く人物、ハワード・キーツ。ジリアンが魔大陸に来た最大の理由、それが彼について調べることだ。
「ハワード・キーツ自身が言っていたでしょう?」
ジリアンはハッとした。
彼に『仮面』の魔法をかけられた夜、確かに言っていたのだ。妖しい微笑みを浮かべて、
『私は人と悪魔の混血でね。オセ家の血を継いでいるんだ』
と。
「ですが、私が知っている歴史とは違います。オセもヴィネも、クーデターを企てたなど、どの歴史書にも書かれていません」
テオバルトが言い募ると、皇帝が首を横に振った。
「バエルがもみ消したのさ。クーデターを企てた者がいたことを、恥だと思ったのだろう。後に続く者が出るのを警戒したのかもしれん」
「なるほど。そして、運良く生き残った者の末裔が、ジリアンとハワード・キーツだと?」
「そう考えるのが妥当だろうな。ヴィネの先祖が海を渡った経緯も、ハワード・キーツが混血として生まれた経緯も不明だが」
皇帝が一つ息を吐いた。彼が知っているのは、ここまでなのだろう。
「では、なぜ……」
ジリアンのつぶやきに、室内がしんと静まり返る。
「なぜ、ハワード・キーツは再び戦争を起こそうとしているのでしょうか?」
オセはヴィネと共謀して皇帝の座を奪おうとした。その望みは戦乱の世を終わらせるためだった。その子孫であるハワード・キーツが、逆のことをしようとしているのは、どうにも腑に落ちない。
「先祖の願いを子孫が引き継ぐとは限らんということだろう」
「それは、そうでしょうが……」
「ふむ。ジリアンの疑問ももっともだな。ハワード・キーツについて、調査をすすめることにしよう。その過程で、ヴィネ家とオニール家の関係も分かるかもしれない。協力は惜しまないと約束しよう」
「お願いします」
ジリアンは頷き、改めて皇帝と握手を交わした。
「あとは、『黒い魔法石』の秘密についても探らねばならんし、他の魔族の動向にも注視しなければならん」
「はい。炎の巨人族の裏切りもありましたし」
テオバルトが言った。ジリアン達一行を襲撃した炎の巨人族。彼らが急に皇帝に反旗を翻した理由も探らなければならない。また、他にも裏切る種族がいるかもしれないのだ。
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「最悪だ……」
うなだれた皇帝に、ジリアンはクスクスと笑った。それを見た皇帝が、ニヤリと笑う。
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ジリアンの胸がドキッと鳴った。それを見たテオバルトが、慌ててジリアンの耳を覆う。
「気をつけて下さい、ジリアン。バラムの家系は口が上手いのです。騙されてはいけませんよ」
「……気をつけるわ」
そんな話をしていた時だった。
──ガシャーンッ! キャー!
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「何だ!?」
すぐさま皇帝が駆け出した。ジリアン達もそれに続く。宴会場からは魔族の兵が駆けてきて、すぐに状況を報告した。
「炎の巨人族の襲撃です!」
「なに⁉」
「先頭にはオルギット様が!」
「彼女が手引したのか! クソッ!」
話す内に、主会場に到着した。女性たちが悲鳴を上げながら逃げ惑い、兵と巨人が入り乱れる阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「オルギット!」
皇帝が叫ぶ先には一人の女性が居た。真っ赤な身体は、ジリアンの3倍ほどはあるだろうか。
「オルギット様は、陛下の后のお一人。炎の巨人族のカシロのご息女です」
テオバルトがジリアンに説明する間にも、宴会場に炎の渦が走った。
「謹慎を命じられて、見張りもついて居いたはずなのに。なぜ!?」
刹那。
ジリアンとオルギットの、目が合った。
「……っ!」
その瞬間、ジリアンの脳がバチリと音を立てて、足の先までビリビリと何かが駆け抜ける。
「陛下! あれはオルギット様ではありません!」
「どういうことだ!?」
この感覚には、覚えがある。馬車の中、スチュワート・ディズリーに初めて会った時と同じ感覚だ。
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