【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第2部 - 番外編

番外編5 狩猟大会

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「ジリアン、その格好は……?」

 その日、秋の狩猟大会が盛大に開かれた。若い男性が狩猟の腕前を競う大会で、魔法は使用厳禁である。純粋に馬術と弓術を競うことになる。

「何って、私も参加するから」

 ジリアンが申し訳程度のレースの飾りが施された乗馬服姿で現れたものだから、婚約者のアレンは眉を寄せた。

「ジリアンが?」
「ええ、そうよ。……おかしい?」
「おかしくは、ない、けど……」

 アレンの様子に、ジリアンも眉を寄せた。

「私だって侯爵家の後継者よ。狩りだってできるってこと、ちゃんと証明しなくちゃ」

 彼女の言うことは間違いではない。事実、他にも乗馬服姿の女性はいる。
 しかし、アレンが顔をしかめたのには、他に理由があった。

「あのさ、知ってるよな」
「何を?」
「この大会の、意味、というか、由来」
「知ってるわよ」

 馬鹿にするなと言わんばかりに、ジリアンは身を乗り出した。

「狩猟の神トゥルリムが、豊穣の女神イヤスデヤに感謝の気持ちを現すために狩りの獲物を捧げたことが始まり。今年の実りに感謝しつつ、来年の豊作を祈る儀式でもあるわ」

 得意げに言ったジリアンに、アレンはため息を吐いた。

「そっちじゃなくて」
「そっちじゃないって……。……。……っ!」

 なにかに気付いて、ジリアンは慌てて周囲を見回した。

「私、参加すべきじゃなかった?」
「うーん。悩ましいところだな」

 周囲では、恋人同士らしい男女が仲睦まじく話している。女性は男性を激励し、男性は狩りの成功を約束する。

「ごめんなさい。これって、そういう……恋人同士のイベントだったわね」

 頰を染めたジリアンに、アレンが笑った。

「狩猟の神トゥルリムは、豊穣の女神イヤスデヤに獲物を捧げて求婚した。イヤスデヤは、『地上に住む誰よりも多くの獲物を狩ることができたなら、その求婚を受け入れよう』と約束した。というわけで、恋人に獲物を捧げるのが慣例だな」

 特に婚約期間中の男女は、このイベントでおおいに盛り上がるのだ。また、この大会で意中の女性に求婚する男性も多いのだ。

「まあでも、そういう参加者ばっかりじゃないからさ」

 純粋に狩猟の腕を競いたい参加者も、もちろんいる。侯爵家の後継者として参加すると言ったジリアンも、間違ってはいないのだ。

「でも、婚約者がいるのに……、ごめんなさい」
「じゃあ、やめる?」
「……やめない」
「だと思った」

 アレンが笑うので、彼は怒っていないらしいと分かってジリアンはほっと息を吐いた。

「しかし、ジリアンが出場となると、なかなか厳しいな」
「え?」
「弓の腕も相当だろ?」

 問われたジリアンは、ニヤリと笑った。

「さあ、どうかしら」
「その顔……。さては、今日のために侯爵に特訓してもらったな」

 ジリアンの父であるマクリーン侯爵は最強の魔法騎士である。剣の腕は言わずもがな、弓も相当腕が立つことで有名だ。侯爵は狩猟大会で何度も優勝しているのだ。

「私が一番になって、あなたに獲物を捧げてあげるわ」
「言ったな。いいぜ、勝負だ」
「ふふふ。負けないわよ」
「こっちのセリフだ」

 と、話しながら仲睦まじく去っていく2人を、彼らの友人が見ていた。

「相変わらずだな、あの2人は」
「ええ。脳筋、ってやつね」

 王立魔法学院の学友であるアーロン・タッチェルとダイアナ・チェンバースである。アーロンは狩猟大会に参加するために弓矢を手に乗馬服を着込んでいる。対するダイアナは、この日のために誂えた華やかなデイドレス姿だ。

「ダイアナ嬢は、参加しなくてよかったのか?」

 彼女もチェンバース公爵家の後継者候補だ。ジリアンと同じように狩猟に参加してもよい立場である。

「乗馬は好きだけど、弓だけは苦手なの」
「意外だな」
「私にだって、苦手なことくらいあるわ」
「ふーん。……で、あてはあるのか?」
「あて?」

 ダイアナが首を傾げるので、アーロンは頬を掻いて目をウロウロと動かした。

「獲物を捧げてくれる相手に、あてはあるのかって聞いてるんだよ」
「何よ、それ。嫌味?」
「そうじゃないけど」
「残念ながら、私に求愛しようなんていう度胸のある男性は、この国にはいないみたいね」

 ダイアナはふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。彼女は公爵家の令嬢であり、王立魔法学院でも成績優秀で第四席を務めている。並の男では相手にもされないだろうと考えるのは、当たり前だ。

「かわいそうに……」

 アーロンがおどけて言うと、ダイアナが再び鼻を鳴らした。

「そう思うなら、あなたが獲物を持ってきなさいよ」
「俺?」
「そうよ。……あなただって、相手がいなくて困ってたんじゃないの?」

 しばし睨み合う2人。

 ──ピィー!

 そうこうしている内に、狩りの始まりを告げる笛の音が聞こえてきた。周囲で話していた参加者たちが、次々に騎乗して森に入っていく。

「……じゃ、俺も行ってくる」
「……気をつけて」

 アーロンも騎乗して、馬の腹を蹴った。が、少し進んでから足の馬を止めて、振り返る。

「俺以外から、獲物を受け取るんじゃないぞ」
「はいはい。あなたが獲物を捧げる相手がいなくて困ってしまうものね」
「……そういうこと」
「わかってるわよ。いってらっしゃい」
「……おう」

 アーロンは、改めて森に向き直り、馬を走らせたのだった。




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次回から本編第3部スタートします!
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