56 / 102
第2部 - 第2章 勤労令嬢と社交界
第17話 死者たちの女王
しおりを挟む「『金属労働者と職人の精霊』!」
薄笑いを浮かべたスチュアート・ディズリーの手元で火花が舞うと同時に、テオバルトが叫んだ。彼が生み出した鉄の壁の向こうで、バラのアーチが燃え上がる。
「剣を!」
さらに煙の中から二本の剣が生み出される。ジリアンとアレンは慌ててその剣を受け取った。こんな時でなければ、惚れ惚れと眺めてしまうほどに美しい剣だ。
「ふむ。『金属労働者と職人の精霊』とは、稀少な精霊と契約を結んでいるようだ」
スチュアートがニタリと笑った。
「では、私の魔法もお見せしよう」
両手を顔の高さまで持ち上げたスチュアート。下に向けた指が、蜘蛛の足のように怪しく蠢く。
その直後、ジリアンの頭上で何かが光った。
(新手!)
──キンッ!
振り下ろされた刃を受け止めた。その持ち主を見たジリアンは、驚愕のあまり動けなくなってしまった。
「ケリー!?」
ソフィーの世話をする、メイドのケリーだ。他の令嬢の侍女と同じように、控室で夜会が終わるのを待っているはず。
その彼女が、ジリアンに攻撃を仕掛けてきたのだ。
「どうして!?」
ジリアンは、慌てて剣を弾いて距離をとろうとしたが、
「きゃっ!」
クリノリンに足を取られて身体がよろけた。それを支えたのはテオバルトだった。アレンが二人の前に躍り出て剣を構える。
「酷い死臭だ」
ジリアンの肩を支えたまま、テオバルトが自身の鼻を押さえた。その悪臭には、ジリアンも気付いていた
(ケリーの身体から……!)
黒いメイド服に身を包んだケリーの身体は、ダラリと力を失くしていて。それなのに確かに剣を構えている。赤黒いドロリとした涙を流す瞳は光を失ったままあらぬ方を向いていて。身の毛がよだつような不自然さに、ジリアンの全身が震えた。
「……死んでいるの?」
ジリアンが震える声で問いかけると、スチュアートが再びニタリと笑った。
「私が契約している精霊『死者たちの王女』の魔法だよ。面白いだろう?」
ジリアンの頭に、カッと血が上った。
「許さない!」
ジリアンは素早く水魔法を練り上げて、一気に放出した。同時に温度を下げて巨大な氷を生成する。
──バリン!
間髪入れずにスチュアートに襲いかかった氷の塊は、ケリーの剣であっけなく砕かれてしまった。その剣が熱を帯びている。
「ふふふ。『死者たちの王女』の魔法は、生前の力をそのまま使わせることができる。この女は、なかなか優秀な魔法騎士だったようだ」
ソフィーに変装するジリアンの護衛も兼ねていた人だ。マクリーン侯爵に選ばれた優秀な魔法騎士だったに違いない。
「彼女には、私がいくつかの保護魔法をかけていたはずです。どうやってそれを破ったのですか」
怒りで冷静さを失っているジリアンに代わって問いかけたのは、テオバルトだ。
「それのお陰で、ソフィー・シェリダンの正体に気づくことができた。感謝しているよ、マルコシアス侯爵閣下」
テオバルトがギシリと歯を噛んだ。
「保護魔法?」
「はい。あなたを守るためには、彼女の護衛が必要不可欠です。ですから、魔大陸の魔法から保護するための魔法をかけてありました」
テオバルトとケリーは、夜会の見送りの際に何度か顔を合わせている。そのときに魔法をかけたのだろう。
「しかし、それが裏目に出たということですね」
「そんな」
「並の魔族に破れるような魔法ではなかったはずです。……貴様、『黒い魔法石』を使ったな!」
今度も、スチュアートがニタリと笑う。
「使ったよ? 仕方がないからね」
スチュアートがポケットから取り出したのは、まさに『黒い魔法石』だった。
「あまり多用すると、私には辛いが……」
手のひらの中でコロコロと黒い宝石を遊ばせながら、軽い足取りでケリーに近づいたスチュアート。その手がケリーの頬を撫でる。
「期日が迫ってきたので、今夜にでもソフィー・シェリダン子爵令嬢を始末しようと思ったんだよ。もう必要なくなったから。先にこのメイドを消そうとしたら、なんと魔大陸由来の保護魔法がかかっていた! 驚いたよ」
その手は、さらにケリーの肩を撫でた。恋人にするような艶のある仕草に、ジリアンの全身の皮膚が粟立つ。
(この男、普通じゃない!)
「仕方がないので、『黒い魔法石』を使ったというわけだ。人形にしてから事情を聞いたら、なんとソフィーの正体がジリアン・マクリーンだと!」
スチュアートが大仰に両手を広げてみせた。その仕草にアレンの背に緊張が走る。それを見たスチュアートがクツクツと笑った。
「トラヴィス・グウィン、君もジリアン・マクリーンの親しい人物なのだろう? ……ああ、わかった。あの日、彼女と一緒にいた金髪のネズミだな? すっかり騙されたが、気付いてしまえば実に滑稽な三文芝居だ」
アレンがジリジリと後ろに下がった。その手がジリアンの肩に触れる。
「おい、マルコシアス侯爵」
アレンが前を向いたまま呼びかけた。その声にテオバルトが苦笑いを浮かべる。
「なんです?」
「ジリアンを、頼むぞ」
「命に替えても」
形勢は明らかに不利。この異常事態に、本来であれば屋敷の警備をしている魔法騎士が気づくはずだが、その気配がない。何らかの魔法がかけられているのだろう。
「アレン、テオバルト……」
だからといって、二人の会話はあまりにも不穏が過ぎる。
「私なら……」
「ジリアン」
大丈夫、と続くはずだった声はテオバルトに遮られてしまった。
「私が守ります」
テオバルトがジリアンの腰を抱いて、耳元で囁いた。その様子を見たアレンが舌打ちする。
「ふふふふふ。面白い! 実に面白いよ、ジリアン・マクリーン!」
スチュアートが再び両手を広げた。その顔には満面の笑み。言葉通り、面白がっているのだろう。
「マクリーン侯爵と王子に続いて、マルコシアス侯爵まで籠絡したか! 稀代の悪女だなぁ」
「貴様!」
このセリフには、アレンが肩を怒らせた。
「騒ぐなよ。……さて。ここで消してしまおうと思っていたが、それでは盛り上がりに欠ける、か」
──パチン。
スチュアートが指を鳴らした。すると、彼の身体が蝋のように溶けはじめた。服と皮膚がドロリと溶けていく。
「なんだ!?」
溶け出した身体はグルグルと色を替えながら形を成して、再び固まった。
そこに立っていたのは、透けるような儚い金の髪と榛色の瞳を持つ、青白い肌の青年だった。
「ハワード・キーツ!」
1年前の事件の折、一瞬だけジリアンとアレンの前に姿を現した人物だ。
スチュアート・ディズリーの正体であり、『黒い魔法石』に関する陰謀の裏で糸を引く人物。
「私は人と悪魔の混血でね。オセ家の血を継いでいるんだ」
それに反応したのはテオバルトだ。
「ソロモン72柱の一家門です。……ただし、何百年も前に滅亡したはず」
「滅亡?」
ジリアンが尋ねる。
「凶悪な事件を起こして、一族がすべて処刑されたはずです」
「それが、どうして……」
これには誰も答えなかった。ハワード・キーツも妖しく笑うだけ。
「それは、またの機会だな。まずは、私の古の魔法をご披露しよう」
ハワード・キーツの額に、何かが浮かび上がった。赤紫色に浮かび上がる丸い紋章。それを見た瞬間、ジリアンの腰を抱くテオバルトの手に力が入る。
「『仮面』か!」
「おや。博識だな」
テオバルトが叫ぶと同時に、黒い光が迸った。『黒い魔法石』の力を上乗せしているらしい。
赤紫の光と黒い光がグルグルと渦を巻きながら一つになっていく。何かが起ころうとしているのだ。
その何かを防ぐために攻撃を仕掛けようとするが、上手く魔力を練ることができない。
「ジリアン、私が必ず助けます!」
テオバルトが叫びながらジリアンの右手に触れた。
「私を信じて!」
右手の薬指にわずかな温もりを感じたと同時に、アレンがジリアンの身体を庇うように抱きしめた。
「ジリアン!」
切なさに息を詰めた瞬間、ジリアンの視界が黒と赤紫に包まれたのだった。
「ソフィー! ソフィー!」
呼ばれて目を開けると、そこには愛しい人の鳶色の瞳があった。
「ミスター・デイズリー?」
「ああ! よかった!」
スチュアートがソフィーの身体を抱きしめる。
「いったい、何があったのですか?」
バラのアーチが黒焦げになっているのが見えた。その傍らには、マルコシアス侯爵とトラヴィス・グウィンがソフィーと同じように呆然とした表情で佇んでいる。
「お二人と一緒のところを襲われたようです」
「襲われた?」
「ええ。魔法で。……恐かったでしょう?」
スチュアートがチラリと目線を送った先には、赤黒い塊が横たわっていた。
(死体!?)
思わず目をそむけたソフィーを、スチュアートが優しく抱きしめる。ソフィーは、震える手でスチュアートにしがみついた。
覚えていないが、ソフィーは殺されそうになったらしい。しかも、魔法で。
魔法で襲われるのが初めてのソフィーは、全身を震え上がらせた。
「もう大丈夫ですよ。あなたは、私が守ります」
耳元でささやく愛しい人の声に、ソフィーは息を吐いた。安心して、ようやく肩の力が抜ける。
「今夜は私の屋敷に帰りましょう」
「はい」
スチュアートの優しい微笑みに、ソフィーもうっとりと微笑み返した。
──この日、ジリアン・マクリーンが消えた。
167
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる