52 / 102
第2部 - 第2章 勤労令嬢と社交界
第13話 心眼と成約
しおりを挟む「ジリアン? ……どなたですか? 私の名はソフィーです」
ニコリと笑って誤魔化そうとしたが、それを見たテオバルトがさらに表情を震わせた。爆笑したいのを堪えているらしい。
「無駄なんですよ、ジリアン」
キュッと握られた手に力がこもって、フワリと回転する。
「私の前では、どんな変身魔法も意味をなしません」
これには相槌の打ちようがない。なんと答えてもドツボにハマってしまいそうで、ジリアンは口を噤んだ。
「その姿も可愛いですけどね。私は、いつものジリアンと話がしたい」
テオバルトがニコリと笑うと同時に、曲が終わった。まばらな拍手が聞こえてきて、ジリアンはなんとか礼儀正しく挨拶をすることが出来た。
「少し、お話しませんか?」
テオバルトが改めてソフィーの手を引いた。ソフィーの目的はテオバルトとお近づきになることなので、これを断る理由はない。しかし、正体を見破られているならば二人きりになるのはまずい。
どうにも判断できずにいる間に、テオバルトはソフィーをバルコニーに連れ出していた。そのまま庭に出て、どんどん人気のない方へ進んでいく。
「あの……」
控えめに声をかけても、その足が止まることはなかった。
「ここが良さそうですね」
テオバルトがようやく足を止めたのは、ひっそりと佇むあずまやだった。
「さあ、座って」
促されて座ると、テオバルトも隣に腰掛けた。
「ジリアンは特別ですから、二人目の精霊の魔法を教えてあげますね」
そう言って、テオバルトは人差し指を振った。
「『秘密と誓約の精霊』」
テオバルトが唱えると、二人の周囲に精霊の魔力が満ちるのが分かった。何か変化があったわけではないが、精霊の気配は消えずに二人の周囲を漂っている。
「エレルは秘密と誓約を司る精霊です。私達の話は誰にも聞こえませんし、この場の話を誰かに話して聞かせることもできません」
「……」
そう言われても、ソフィーを演じるジリアンには何とも答えようがない。黙ったまま、視線を逸した。
「信用していませんね? では、先に私の秘密を話しましょう」
「秘密、ですか?」
「ええ。私があなたの正体を見破った、そのわけです」
ジリアンの眉がピクリと動いた。
(ヒントになるかもしれないわ)
ハワード・キーツは魔大陸の魔法を使ってスチュアート・ディズリーに成りすましている可能性がある。テオバルトの秘密を知れば、その正体に近づけるかも知れない。
「興味がおありのようですね。……私の瞳を見てください」
テオバルトが顔を覗き込むので、ジリアンは言われた通りに彼の翡翠の瞳を覗き込んだ。
瞳の奥で、何かが煌めいているのが分かった。
「魔法、ですか?」
「古の魔法です。私たちの一族の瞳に、代々受け継がれてきました」
「瞳に?」
「はい」
「どんな魔法なんですか?」
「『心眼』です」
テオバルトが瞬きを繰り返すと、翡翠の煌めきが増したように見えた。
「この瞳は、あらゆる者の真実の姿を映すのです。私の目には、ソフィー・シェリダンではなくジリアン・マクリーンの姿が、はっきりと見えていますよ」
ここまで言われてしまってはお手上げだ。
「悪魔の血統は、みんなそういう魔法を持ってるの?」
いつもどおりの口調に戻ったジリアンに、テオバルトは嬉しそうに微笑んだ。
「さあ。他の家のことは分かりません。みな秘密主義ですから」
「それじゃあ、あなたの『心眼』のことも、他の方は知らないということ?」
「ええ。……私が他人に打ち明けたのは、これが初めてです」
テオバルトの翡翠の瞳が、再びジリアンをみつめる。今度は正体を探ろうとする不躾な視線ではない。妙に熱を持った視線に耐えきれずに、ジリアンは目を逸した。
「どうして、私に話してくれたの?」
「友達ですから」
そう言われて、ジリアンは眉を下げた。
二人の友情は、終わってしまったはずなのに。
「ジリアン」
テオバルトの声がいっそう甘さを増した気がして、ジリアンの背に汗が滲んだ。どうしてそんな声でジリアンの名を呼ぶのか、その真意が分からない。
「私はね、怒っているんですよ」
「……どうして?」
テオバルトの手が、ジリアンの頬を撫でた。触れたところが妙に熱く感じられて、ジリアンはどきまぎと瞬きを繰り返した。
「私と腹の探り合いをしましょうと言ったのに、他の男と化かし合いに興じていたのですから」
言われて、ジリアンはハッとした。
「彼の正体も!?」
スチュアート・ディズリー、すなわちハワード・キーツの正体に、テオバルトも気付いているのだ。
「私が追っている男です。ようやく、尻尾をつかみました」
前のめりになったジリアンに、テオバルトが苦笑いを浮かべながら答えた。
「あなたも、ハワード・キーツを?」
「ええ。……私は、マルコシアス家の名誉にかけて、『黒い魔法石』の悪用を防がなければなりません。そのために、この国に来たのです」
今度は低くなったテオバルトの声に、ジリアンは居住まいを正した。
「名誉にかけて?」
「ええ」
頷いたテオバルトが、首にかかっていたチェーンを手繰り寄せた。その先には、黒い宝石が嵌ったペンダントトップ。
「これは、外に出してはならないものなのです」
『黒い魔法石』だ。
「代々、マルコシアス家が守ってきた精霊の山から採れる稀少な宝石です。我が家の魔除けとして、新しい当主が誕生する時にだけ、ほんの少しずつ採掘してきました」
「それが、どうして……」
「何者かによって盗まれたのです。その何者かは、これを徹底的に研究しました。そして、魔族の魔力を極限まで強化できる石であることが判明したのです。そして、人の魔力を暴走させる力があることも。今から、20年ほど前のことです」
ルズベリー王国と魔大陸が戦争をしている真っ最中のことだ。
「なんとか戦争に使われることだけは、阻止することができました。しかし、他の魔族の領地にも同じ石の鉱山があることがわかって……」
「他の鉱山を所有している領主も、『黒い魔法石』の悪用を望んでいない?」
「そうです。みな、家の繁栄を支えてきた神秘の宝石を守りたいと願っています」
「それで、あなたが?」
「はい。鉱山を所有する5つの家を代表して、私が来ました」
手の中で黒い宝石を転がしていたテオバルトが、ため息を吐いた。
「ルズベリー王国に『黒い魔法石』を流出させた人物は、貴族派を取り込んで何を企んでいるのか。そもそもの黒幕は誰なのか。私には、探らねばならないことが多くありました」
「それで、私に近づいたのね?」
「その通りです」
苦笑いを浮かべたテオバルトに、ジリアンも同じように眉を下げた。
「あなたは、一度は『黒い魔法石』の儀式の犠牲になりかけた。私が追っている誰かが、あなたを狙ったことに意味があるかもしれないと考えました」
「私の周囲を探れば、何か分かると思ったのね?」
「ええ」
「早く話してくれればよかったのに」
「私は用心深い性格でして」
「……私達が信用できるかどうか、見極めていたということね」
「すみません」
「謝らないで。私でも、同じことをするわ」
改めてテオバルトを見た。
「この状況は偶然といえば偶然だけど……。私もあなたも、答えに近づきつつあるということね」
テオバルトが頷いた。
「偶然……。この場合は、運命と呼んでも差し支えないかもしれませんね」
言いながら、テオバルトがジリアンの手をとった。
「私とあなたで協力して立ち向かえという、運命の神の思し召しかも知れません」
「何を」
「冗談ではありません。……同盟を結びましょう」
「同盟?」
「私とあなたで」
「一緒に、ハワード・キーツを探るということ?」
「ええ。そして、ルズベリー王国内で行方が分からなくなっている『黒い魔法石』を全て回収し、その悪用を防ぐのです」
ジリアンは考え込んだ。
テオバルトの言うことには筋が通っているし、嘘を言っているようには見えない。そもそも、彼の目的が『黒い魔法石』を悪用することであったなら、こんな回りくどい方法をとる必要もない。彼自身が鉱山の所有者なのだから。
何より、ジリアンはテオバルトのことを信じたいと思った。
「わかりました。互いに、協力しましょう」
「では、誓約を」
テオバルトが言うと、周囲を漂っていた『秘密と誓約の精霊』の気配が濃くなった。淡いグリーンの光がパチパチと弾けながら収束し、二つの指輪を形作る。
そのうちの一つを手にとったテオバルトは、ジリアンの右手を恭しい仕草で持ち上げた。
「ここに、誓約の証を」
光の指輪が、ジリアンの右手の薬指にはめられる。
「私、テオバルト・マルコシアスは『黒い魔法石』に関する全ての陰謀を詳らかにし、その悪用を阻止するまで、ジリアン・マクリーンとの間に秘密を持たず、互いに協力し合うことを誓います」
促されて、ジリアンも光の指輪を手にとった。たどたどしい手付きでテオバルトの右手の薬指にはめる。
「私、ジリアン・マクリーンは『黒い魔法石』に関する全ての陰謀を詳らかにし、その悪用を阻止するまで、テオバルト・マルコシアスを信頼し、共に戦うことを誓います」
二人の宣誓が終わると、光の指輪は見えなくなった。
「これで、誓約の儀式は完了です」
「破ったらどうなるの?」
「破ることはできません」
「どういうこと?」
「誓約を破る意思を示せば、その瞬間に『秘密と誓約の精霊』によって身体を引き裂かれます」
ジリアンの額に、冷や汗が流れた。
(それは、儀式の前に言ってもらいたかったわ)
ジリアンの考えていることが分かっているだろうに。テオバルトはニコニコと嬉しそうに微笑むのだった──。
107
お気に入りに追加
4,526
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる