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第2部 勤労令嬢、恋をする - 第1章 勤労令嬢と留学生
第6話 彼の目的
しおりを挟む「……なんのことですか?」
「ふふふ。あなたたち父娘には、こういうお仕事は向いていませんよ」
──クルリ。
ジリアンの手をとって、器用にターンさせたテオバルトが微笑む。
「そもそも嘘がつけないし、隠し事も苦手。冗談を笑顔でかわすことも出来ない」
「……」
ジリアンは押し黙るしかない。彼の言う通り、どれも苦手なのだ。
「私から何かを聞き出したいなら、あなたを使えばよかったんですよ。あなたに酌をさせて酒を飲ませて、そうして酔った私を尋問すればよかった」
──タンタンタン、タンタンタン。
「私があなたの結婚について触れただけで、あそこまで不機嫌を丸出しにされてしまってはね」
晩餐会でのマクリーン侯爵の様子を思い出す。確かにジリアンの結婚の話題が出た途端、不機嫌を隠しもしなくなった。
「少し神経を逆なでしようと思って言ったことでしたが、ああも効果的とは」
つまり、テオバルトは今夜のジリアンと侯爵の目的を分かった上で、招待に応じたということだ。
(彼の目的を探るためだったと、わかっているんだわ)
あの結婚の話題は、それをかわすために敢えて出したようだ。ジリアンと侯爵は、まんまとそれに乗って動揺した。確かに、二人にはこの仕事は向いていないと痛感するしかない。
「まったく、不器用な父娘ですね」
美しい旋律が、いっそう華やかに彩られていく。
「……なんのことだか、まったく」
「ふふふ。いいですよ。もう少し、お付き合いしましょう」
最後の一音のわずかな響きだけを残して、曲が終わった。
「私は、嫌いではありませんよ」
テオバルトの美しい唇が、ジリアンの耳にそっと寄せられる。
「腹の探り合いといきましょう」
──ガタン。
温室の入り口で物音と、こそこそと話す人の声が聞こえてきた。
「お二人だけではありませんね。この屋敷にいる全員が、隠し事や謀略には向かないようです」
テオバルトがジリアンから距離をとった。名残惜しそうに手を離す。
「私も自分の命は惜しい。今夜はこれで」
それだけ言って、温室から去っていった。
「……ジリアン」
呆然とするジリアンに声をかけたのはマクリーン侯爵だ。手にしていたカシミヤ・ショールをジリアンの肩に着せかける。
「失敗ですね」
「そもそも成功すると思えなかったがな」
苦笑いを浮かべる二人の隣では、トレヴァーがお茶の準備を始めた。優しいカモミールの香りが漂ってきて、ジリアンはほっと息を吐く。
「彼の言う通り、私達には向かない作戦でしたね」
「そうだな。……いや、そもそも彼から何かを聞き出そうとするのは無理があったのだろう」
「そうかもしれません。なら、次の策を練らなければ」
二人で席に座って、顔を寄せ合った。
「彼の目的が『黒い魔法石』に関することだということは、間違いありませんからね」
ジリアンと侯爵が慣れないことをしてまでテオバルトの目的を探ろうとしているのには、理由がある。『黒い魔法石』が関係しているのだ。
「前任の魔大陸の外交官補佐は『黒い魔法石』を所持していた。それが発覚した途端、ルズベリー王国内で死亡」
侯爵が淡々と語る。2ヶ月前の出来事だ。
「同時に、所持していた『黒い魔法石』の行方も分からなくなった。何故『黒い魔法石』を持ち込んだのか、何故急死したのか、『黒い魔法石』はどこへ消えたのか。何もかも迷宮入りだ」
「はい。証拠隠滅のために殺されたと考えるのが妥当です。そこへ、後任であるテオバルト・マルコシアス侯爵がやって来た。……まさか、彼の領地に『黒い魔法石』の鉱山があるとは思いませんでしたね」
つい先日、外交官とは全く別の商人を介したルートから手にした情報だ。『黒い魔法石』が採掘される鉱山は魔大陸にいくつかあるらしいが、その一つがマルコシアス侯爵領にあるという。
彼は、それを隠してジリアンに近づいた。
「彼が何らかの関わりを持っていることは間違いない。『黒い魔法石』が既に王国内に持ち込まれていて、行方が分からなくなっている以上、あまり時間はない」
「はい。早急に彼の目的を探らなければ」
「それと合わせて、貴族派の動きも探らなければならない」
「はい。この件に関わっているであろう貴族派のリストは挙がっています。なんとか……」
(そうだ)
「……何か思いついたのか?」
「先程、テオバルトは『舞踏会に招待された』と言っていました」
「それで?」
「今回の舞踏会が、どちらの家からの招待なのかは不明ですが……。今後、貴族派が彼を招待することは、当然考えられますよね?」
「もちろんだ。外交官補佐であり、名門侯爵家の当主。今の所は国王派と親しいように見えるが、今後は友好関係を広げたいと考えるだろうな。彼自身も」
『黒い魔法石』について関係しているのなら、なおさら貴族派に近づく可能性が高い。
「ええ。ですから、それに先んじて貴族派に潜り込む、というのはどうでしょうか?」
「ほう?」
「トレヴァー」
「はい」
ジリアンが呼ぶと、執事頭が一歩進み出た。
「できるかしら?」
「……お嬢様であれば、可能でしょう」
「それじゃあ、お願い」
トレヴァーがちらりと侯爵を見た。その意は『よろしいのですか?』だ。
「……無茶をしないと約束できるか?」
「もちろんです、お父様」
即答したジリアンに、侯爵はため息を吐いて。
「手配しろ」
「承知いたしました」
命じられたトレヴァーは、さっそく仕事をするために退室していった。
それを見送った侯爵が、カモミールに口をつける。自身を落ち着かせようとしているのだ。
「無茶だけは、しないように」
再三言われて、ジリアンは苦笑した。
「しません。お父様にご心配をおかけしないよう、気をつけます」
「それもそうだが……」
──カチャン。
カップをソーサーに戻して、また持ち上げて。侯爵は何度かそれを繰り返した。ややあって、侯爵は何度目かのため息を吐いた。
「彼の口車に乗せられないように、気をつけなさい」
「口車?」
「先程の……、あのような言葉だ」
「ああ、求婚の件ですか?」
「……そうだ」
侯爵の顔が苦々しげに歪む。あの時のことを思い出しているのだろう。
(まさか求婚だとは思わなかったことは、黙っておこう)
そういう鈍感なところが侯爵の心配性に拍車をかけることになると、さすがのジリアンも学習している。今後は気をつければいいことだ。
(文脈に、気をつければいいのよ)
「彼が本気でないことは分かっていますから、大丈夫です」
「……そうか」
「はい。それに、互いに腹を探っていると明かし合ったところです。今後は、彼も私への態度を変えるでしょう」
ジリアンが彼に近づく理由に気づき、そして気付いていることを明かしたのだ。今後は、これまでとは違う態度になるだろう。
(友達になれたと思っていたけど……。仕方がないわよね)
ジリアンもテオバルトも、貴族だ。それぞれに利害というものが存在する。純粋な気持ちで友情を育むのは、とても難しい。
「今後、彼はどう出るか……」
「そうですね。……私を口説くような真似を続ける必要はありませんから。もしかしたら、他の籠絡しやすそうな令嬢に標的を変えるかも知れません」
「ふむ。……そうなればいいがな」
「え?」
首を傾げたジリアンには、侯爵は苦笑いで答えた。
「ところで」
ふと、侯爵が話題を変えた。視線を合わせようとしないので、本当は言いたくないことなのだろうことは容易に想像がつく。
「君の結婚相手のことだが」
絞り出すような声だ。
「はい」
「君に任せるとは言ったが、誰でもいいとは言っていないからな」
「もちろんです」
ジリアンの選択を尊重してくれるということであり、自由に決めても構わないという意味ではないのだ。
「……わかっているなら、いい」
その後は、特になにを話すわけでもなく。二人で月を見上げながらカモミールの香りを楽しんだ。
そんなジリアンの元に、急ぎの手紙が届いたのは翌朝早くのことだった。
「アレンから?」
「はい。王子殿下からの、直接のお呼出状です」
受け取ったトレヴァーが、慌ててジリアンの寝室にやって来たのだ。身支度の途中にトレヴァーがジリアンの寝室を訪れるなど、前代未聞。それほどの事態だ。
手紙を確認すると、確かに署名があった。『アレン・モナハン』ではない。『アレン』とだけ署名され、その隣に印章が押してあった。紛れもなく、王室の印章だ。この呼び出しには、何をおいても応じなければならない。
「急ぎの用件かしら?」
今日は休日だ。王室の仕事も、急ぎでなければ休みのはず。
「それにしても、困ったわね」
今日は、テオバルトを連れて市内観光に出ることになっていた。彼を置いて呼び出しに応じるべきだが、それでは彼を自宅に置き去りにすることになってしまう。
「どうしましょう」
頭を抱えるジリアンだったが、助け舟はすぐにやってきた。
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