【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
40 / 102
第2部 勤労令嬢、恋をする - 第1章 勤労令嬢と留学生

第1話 動く歴史

しおりを挟む

(あれは、どなたかしら?)

 ジリアンは大切な式典の最中だというのに、何故かそればかりが気になった。

 最前列に腰掛けているので、彼が賓客ひんきゃくであることは間違いない。丈長のコートは深い藍色で、銀色の刺繍が見事だ。漆黒の髪は腰に届くほど長いのに束ねることなく垂らしているので、初めは女性かと思った。しかし、立ち上がるとすぐに違うとわかった。身長が高いのだ。

(ヒト、ではなさそうね)

 王国の人間とは顔の特徴や肌の色も違う。ジリアンのそれよりもなおいっそう白い肌に、翡翠の瞳が宝石のようにきらめいているのが遠目でもわかる。

 魔大陸から来た『魔族』の一人だろうと、ジリアンは思った。

(後で、紹介してもらえるかしら)

 彼の隣にはジリアンの父であるクリフォード・マクリーン侯爵が座っている。にこやかに話をしているので、彼の案内役を務めているのかもしれない。それならば、後ほどジリアンにも紹介してもらえるだろう。堅苦しい式典も、間もなく終わる。

「冷えますわね」

 ジリアンの隣の席で、ダイアナ・チェンバース公爵令嬢がつぶやいた。プラチナブロンドにアイスブルーの瞳を持つ彼女には、冬がよく似合う。しかし、本人は寒さが苦手だと話していたことを思い出した。鼻の頭がわずかに赤く染まっていて、今日の彼女は可愛らしさの方が目立つ。

「本当に」

 季節は冬、屋外で式典を行うのには似つかわしくない季節だ。しかし、今日は鉄道の開通記念式典。実際に走り出す列車を見届けるための式典なので、屋外で行われるのは仕方がない。
 魔力を使って周囲を温める暖房器具も置かれてはいるが、冷たい風がびゅうびゅうと吹いているので効果は薄い。出席している貴婦人たちは、今日ばかりはクリノリンの下にペチコートを何枚も重ね着しているはずだ。もちろん、ジリアンも。

 ──ポー!

 警笛けいてきの音が鳴り響いた。

「出発するわ!」

 周囲の貴婦人たちが立ち上がったので、ジリアンもそれにならった。線路の上を、巨大な黒い塊が黒い煙を吐き出しながら動き出す。『魔石炭コール』を燃やして発生した魔力を動力として走る機関車──『魔力機関車』が、ついに走り出した。

 ──ワァァァ!

 歓声が湧く。ジリアンも手を叩いて祝福した。
 王立魔法学院で研究が進んでいた『魔石炭コール』が、さらに人々の生活を変えていく。その歴史的な瞬間に立ち会っているのだ。



 この1年で、この国は大きく変わった。
 『魔石炭《コール》』の普及によって、魔法を使う自動機械が広く普及し始めたのだ。これまでは自動機械を動かすためには魔法使いが魔力を込めなければならなかったが、その必要がなくなったためだ。魔力を持たない人でも、魔法の恩恵を受けることができるようになった。
 そして、産業の発展は人と物の動きを変えた。
 その象徴とも言えるのが、この鉄道の開通だ。



「ジリアン!」

 式典終了直後、人混みをくぐり抜けて誰よりも早くジリアンに声をかけたのは、アレンだった。金の髪に金の瞳を持つ青年は、この1年でさらに大人の顔をするようになった。ただし、ジリアンに向ける人懐こい笑顔だけは出会った頃のままだ。
 彼はジリアンの幼馴染で、特別な友達でもある。

「……今日は、どちらのアレン?」
「モナハン伯爵家のアレン」

 にこりと笑ったアレンが、ジリアンの手を取った。

「いつまでその身分を使うの?」
「さあ。まだ、表向きには『第三王子なんていない』ってことになってるからな」
「そうなの?」
「いろいろあるんだよ」

 アレンは三人目の王子として生まれたが、幼い頃にモナハン伯爵家に養子に出されていた。それが伝統らしい。現在は再び王室に戻ったはずだが、それが大々的に発表される様子はなく、未だに『モナハン伯爵家の三男坊』として暮らしている。
 ただし、学院でも高位貴族の子女の間では彼の身分については公然の秘密だ。そして、これまでと変わらない付き合いをすることが暗黙の了解となっている。

「それで? どうしてジリアン嬢の手をとる必要があるの?」

 アレンを睨みつけたのはダイアナ嬢だ。

「まだいらしたんですね。ダイアナ嬢」
「いましたとも。ずっとね」

 言いながら、ダイアナ嬢がアレンの手に手刀を落とす。

「いてて」
「あなた、ずいぶんと図太くなったのね」

 ダイアナ嬢がふいと右の方へ視線を走らせた。そこには、ジリアンの護衛騎士ノア・ロイドがいて。

「あの視線が恐くはないの?」

 アレンの方を射殺いころさんばかりの鋭さでにらみつけている。公衆の面前であることとアレンが実は王子であるということから、一応我慢はしているらしい。剣の柄に手を添えており、今にもこちらに斬りかかってきそうな気配ではあるが。

「ははは。あれを怖がってるようじゃ、ジリアンの特別な友達はやってられないだろ。後ろには、が控えてるんだから」
「御大将?」

 首を傾げたジリアンに、ダイアナ嬢もアレンも苦笑いを浮かべるだけだった。

「この後の予定は? ないなら送るよ」

 アレンが再びジリアンの手をとった。

「予定はないけど……」

 『お父様がいるから』と続くはずだった言葉を飲み込んだ。そのお父様本人が、こちらに向かってくるのが見えたからだ。

「お父様!」

 きたえ抜かれた体躯たいくに、はがね色の髪を後ろになでつけ、黒い瞳を鋭く光らせる男性。どこからどう見ても立派な武人であるその人が、ジリアンの父、クリフォード・マクリーン侯爵である。

「ジリアン、こちらへ」

 手招きされたのでそちらに向かおうとしたが、できなかった。アレンが握ったままの手に力をこめたから。

「アレン?」
「しばらく学院に行けそうにないんだ。今夜、一緒に食事でもどうかな?」
「えっと……」
「却下だ」

 いつの間にか、侯爵がジリアンの隣に立っていた。

「食事なら、正式に晩餐に招待したまえ」
「……では、いずれ」

 アレンが名残なごりしそうに手を離した。その寸前にジリアンのてのひらをするりとでていったので、ジリアンの頬が赤く染まる。

「またな」
「……ええ」

 アレンが人波に消えていった。式典が終わって出席者がいっせいに移動を始めているので、周囲には人があふれている。

「では、私もこれで」
「ええ、また学院で」

 ダイアナ嬢も、護衛の騎士に連れられて帰って行った。

「私達も帰りますか?」
「いや、その前に紹介したい人がいる」

 侯爵の言葉に、ジリアンの胸が高鳴った。

(あの方だわ!)

「話がしたいだろうと思って」
「はい! ありがとうございます、お父様!」

 近頃のジリアンは、魔大陸の魔法に関する勉強に余念よねんがない。第2学年から履修りしゅうできる『魔大陸における魔法体系の理解』の講義だけでは、とうてい物足りないのだ。

「こちらへ」

 侯爵にエスコートされた先には、やはりその人がいた。近くで見ると、思いのほか若いことがわかる。年の頃はジリアンと変わらないかもしれない。

「ああ、侯爵。そちらが噂のお嬢様ですね?」

 歌うような声だと思った。

「ええ。ジリアン、ご挨拶を」
「ジリアン・マクリーンでございます。どうぞ、お見知りおきを」

 スカートの裾を持ち上げて軽く膝を折り、ごく自然に軽く頭を下げた。

「美しいお嬢様だ。まさか、霜の巨人ヨトゥン族を一人で退けた魔法使いがあなたとは、とても思えないな」

 その言葉には、ぎょっとした。その件を知っているのは、国内でも一握りの人間だけなのだ。ましてや、彼は魔大陸に住む魔族だ。

(どうして、知っているのかしら?)

 思わず侯爵の顔を見上げると、侯爵はわずかに頷いた。

「こちらは、テオバルト・マルコシアス侯爵閣下だ。この度、外交官補佐としてルズベリー王国に滞在されることになった」

 それで得心がいった。二国間の外交を担うならば、あの事件について詳しく知っていても何の不思議もない。

「外交官補佐とは、オマケのような肩書ですよ。実際には『若造が侯爵位を継いだので勉強してこい』ということです」
「そうなのですね」
「ええ。歳はあなたと同じ18歳です」

 確かに若い。その歳で侯爵位を継いだとなれば苦労も多いだろう。

「こちらの魔法についても学びたいですし、しばらく滞在することになります」

 マルコシアス侯爵が、ジリアンの手をとった。そのまま、手袋越しに唇を落とす。挨拶一つとっても、流れるような美しい所作だ。

「ぜひ、この国のことを教えて下さい」
「ええ。私でよろしければ」

 その日は、挨拶だけで別れた。式典で疲れているだろうとマクリーン侯爵が言ったからだ。正直に言えばジリアンも寒さに辟易していたので、早く帰りたいとも思っていたが、それよりも魔大陸の魔法について聞きたかった。

「またの機会に」

 マルコシアス侯爵が笑顔で手を振ってくれたので、ジリアンも頷いて手を振った。

「お手紙をお送りしてもよろしいですか?」
「もちろんです」

 ジリアンの提案に、マルコシアス侯爵は一も二もなく頷いてくれたのだった。




 そんな挨拶をした、翌日のことだった。

「どうして、学院に?」

 思わず頓狂とんきょうな声を上げたジリアンに、マルコシアス侯爵が笑った。いたずらが成功した時の子供のような笑顔だ。

「手紙より、こちらのほうが手っ取り早いでしょう?」




=====
第2部スタートです!お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...