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第1部 - 番外編

番外編2 放課後の逢瀬(後編)

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「あら。こんなところに古書店があったかしら?」
「いや。新しい店だな。寄るか?」
「うん」

 その古書店は充実した品揃えだった。専門書も古いものから新しいものまできちんと整理されて並んでおり、侯爵邸の図書室を彷彿ほうふつとさせる。ジリアンが読んだことのない本も多いようだった。
 また、珍しい魔導書もあった。魔大陸のものらしいが、翻訳ほんやくされていないので売れないと店主がぼやいているのが聞こえてきた。

「これ、全部でおいくらかしら?」

 ジリアンは、魔大陸からの魔導書の棚を指差して尋ねた。

「全部ですか? これくらいになりますかな」

 店主が合計金額をさっとメモ用紙に走り書きしてくれた。若いとはいえ魔法学院の制服を着ている二人なので、きちんと接客してくれる。

「いいわ。明日でいいから、マクリーン侯爵邸へ届けてくださる?」
「マクリーン侯爵様の! では、侯爵様のお嬢様でしたか!」

 店主がさらにへこへこと頭を下げるので、それには少しだけ辟易した。

「お願いできますか?」
「もちろんでございます!」

 元気な店主の声を背に、古書店を出た。

「明日には、マクリーン侯爵家御用達ごようたしって看板が出るな」
「あら。それで珍しい本を融通ゆうづうしてくれるようになるなら、安いものだわ」
「確かに」

 次に入ったのは、貴金属の店だった。

「誰かに贈り物でも?」

 ジリアンが尋ねると、アレンが笑った。

「お前以外に贈る相手がいると思うか? 今年の誕生日、何がいいかと思って」

 これには、周りにいた客も店員も頬を染めた。もちろん、ジリアンも。

「去年ももらったわ」

 昨年は、綺麗なサファイヤのネックレスだった。その前はルビーのイヤリング。そのまた前は、金の薔薇ばらかたどったブローチだった。

「それはそれ」

 言いながら、アレンがショーケースをながめる。同じようにジリアンもショーケースをのぞき込んだ。色とりどりの宝石がはめ込まれたアクセサリーが並んでいる。最近は人工石の加工技術が進んでいるので、こうして一般庶民でも購入しやすい価格のものが増えたと聞いている。
 ここは表通りに店を構えているとはいえ、店頭に商品を並べている店だ。ジリアンやアレンが買い物をするような店ではないのだが、これはこれで楽しいものだ。

「どんなのがいい?」
「……何でもいいわよ。アレンがくれるものなら」

 ジリアンが言うと、アレンが嬉しそうに笑った。

「今年も期待しててくれ」
「はいはい」

 断っても断っても贈り物をくれるので、止めても無駄だとすでに知っている。出会った8歳の頃から毎年贈られる高価なプレゼントに、ジリアンも慣れてきてしまったらしい。
 それでも、彼からもらうプレゼントは特別だ。いっとう大切に宝石箱にしまって、ときどき出しては自分でみがいている。毎年、誕生日のパーティーには必ず身につけるようにもしている。

 最後の最後に、くだんのインクの店に入った。

「すごいわ!」

 思わず感嘆の声を上げたジリアンだった。
 店の壁一面に、インク瓶が並んでいる。その隣にはそれぞれ木の札が立っていて、見本として流麗りゅうれいな文字が書かれているのだ。表に出ていた『世界のインク』という看板にたがわぬ品揃え。まさに壮観である。

「黒色だけで、こんなにも種類が!?」
「はい。黒色は全部で52種類ございます」
「そんなに? 何が違うのかしら?」
「製造している工房が違いまして。色も違いますが、一番の違いは書き心地でございます」
「まあ」
「魔大陸から入ってきた染料で製造したものもございまして」
「これが?」
「はい。書いた文字が、夜になると光るもので」
「素敵ね!」
「ええ。どうぞ、こちらで試し書きを」

 ジリアンは、夢中になってインクを選んだ。その隣で、アレンが嬉しそうに笑っている。

「……二度目のご来店、感謝申し上げます」
「それは、内緒で」
「ええ、ええ。デートの下見は大変重要でございますが、そうとは知られぬようにすることもまた重要でございます」
「そういうこと」

 アレンと店主がこっそりと話していたことを、ジリアンはもちろん知らない。

「こんなにたくさん、本当にいいの?」

 店を出るときには、アレンはそれなりの大きさのつつみを手にしていた。ジリアンが気に入ったインクを片っ端から購入して包んでもらったのだ。

「いいよ。これで俺に手紙を書いてくれるって約束してくれるなら」
「約束するわ」

 ジリアンは上機嫌だった。アレンに限らずたくさんの文通相手がいるので、色とりどりのインクを使って書くことを想像して胸が高鳴る。
 そんなジリアンの様子に、アレンも上機嫌だった。




「ジリアン」




 上機嫌な二人だったが、突然聞こえてきたヒヤリと冷たい声に足を止めた。

 店の前には大仰な馬車。そこにはマクリーン侯爵家の紋章。
 そして、馬車の前には……。

 不機嫌を隠そうともしない、侯爵その人が立っていた。

「お父様」

 立ち止まった二人にツカツカと歩み寄った侯爵が、さっとジリアンの肩を抱いた。

「遅い」

 そう言われても、まだ日が沈んだばかりの時間だ。

晩餐ばんさんまでには帰ると、ノアが言っていませんでしたか?」
「聞いたが、そういう問題でもない」
「では、どういう問題ですか?」

 首を傾げるジリアンだったが、侯爵はそれには答えてくれなかった。

「帰るぞ」
「あ、ちょっと、待ってください」

 肩を引かれて、ジリアンがたたらを踏んだ。

「どうした」
「アレンが……」
「彼なら大丈夫だ。護衛が付いているし、すぐに迎えが来る」

 どうせなら侯爵家の馬車でアレンも送ればいいとジリアンは思ったが、それは提案するまでもなく却下されてしまった。

「でも」
「時間なら、十分過ぎるほどにくれてやった」
「え?」

 侯爵がグイっとジリアンの肩を押すので、ジリアンはそのまま馬車に乗せられてしまった。

「こちらは、お嬢様に」

 アレンが侯爵に包を差し出すのを、窓越しに見た。

「私に恋文を書いてくださると、約束してくださったので」

(恋文!?)

 そんな約束はしていないと声を上げたかったが、それはできなかった。

「そうでしたか。では」

 侯爵がいっそう冷たい声で言い放ったので、ジリアンも口を挟めなかったのだ。

「またな、ジリアン!」

 手を振るアレンにジリアンも応えたが、それもすぐに遮られてしまった。侯爵がさっとカーテンを閉めてしまったのだ。

「お父様!」
「帰るぞ」

 侯爵が中から馬車の壁を叩くと、すぐに馬車が動き出した。

「……怒っていますか?」
「少しだけ」
「どうして怒っていらっしゃるのか、教えていただけますか?」

(帰りが遅くなったことかしら。それとも護衛をつけずに街歩きをしたこと?)

「……今度から欲しい物があったら、真っ先に私に言いなさい」
「あ、一緒に買い物に行きたかったんですね?」

 ジリアンはポンと手を打った。

「それならそうと、言ってくださればいいのに! 私も、お父様とお買い物に行きたいです」
「……そうだな」
「先程のインクのお店を、今度は私がご案内しますね。まず、黒色だけでも52種類あって……」

 嬉しそうに話し出したジリアンに、侯爵は苦笑いを浮かべるのだった──。
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