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第1部 - 番外編

番外編3 仕立て屋

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 ジリアンがマクリーン侯爵邸で暮らし始めることになった翌日。
 侯爵邸の広間サロンは、色とりどりの布地であふれていた。ジリアンのために、仕立て屋がやって来たのだ。彼女の服は急いで仕立てたブルーのワンピース一枚きり。侯爵から、とにかく在庫の布を全て持ってくるように頼んであったらしい。

「さあ、お嬢様。どちらがよろしいですか?」
「……」

 ジリアンはなんと答えていいのか分からず、ただただ呆然とするしかなかった。こんなにも高価な布やレースを見たのは初めてで、選べと言われても触ることすらはばかられてしまう。

「どうされました?」

 オリヴィアがジリアンの顔を覗き込んで尋ねるが、それにも目をそらしてしまった。

「……」

 仕立て屋も使用人も、一様に困り顔になった。それでもジリアンは、自分がどう振る舞うのが正しいのか分からないのだ。

「では、まずはロイド様に選んでいただきましょう!」
「わ、私ですか!?」

 ポンと手を打ったオリヴィアに、ロイド氏が声を上げる。

「ええ。どのお色がいいでしょうかね」
「いやぁ、私にはさっぱりで……」

 ロイド氏が苦笑いを浮かべる。そんなロイド氏に、笑顔のオリヴィアがずいと迫った。

「お嬢様には、どんなお色がよろしいでしょうね?」
「……私は、ピンク色など可愛らしいのでは、と」

 なんとか喉から絞り出したロイド氏に、オリヴィアがうんと頷いた。

「それでしたら!」

 それを聞いた仕立て屋が、布地の中から軽やかなピンク色の布地を取り出した。

「こちらのモスリンはいかがですか?」
「いいですね。とても涼しそうです」

 布地を触って確かめたオリヴィアが、頷いた。

「こちらで、シュミーズドレスを。普段着用です」
「よろしいですね。こちらのレースをあしらってはいかがでしょうか?」

 すかさず、仕立て屋の助手が可愛らしいレースを取り出した。小花模様のレースだ。

「どうですか? ロイド様」
「と、とても良いと思います」

 ロイド氏が慌てて返事をする。

「お嬢様は、いかがですか?」

 仕立て屋が、ジリアンの身体に布地とレースをあててくれた。姿見に映った自分の姿に、思わず目をみはる。ぽっと頬が色づいた。

(かわいい)

 口には出せなかったが、ジリアンの胸が高鳴った。

「気に入られたようですね。では、こちらで」
「かしこまりました」
「では、次は……トレヴァーさん!」

 執事頭のトレヴァーが、おっとりと前に進み出た。

「どちらがよろしいででしょうか?」
「ふむ。こちらの白いモスリンは? 少しばかりシンプルすぎませんかな?」
「何をおっしゃいます! 首都ハンプソムでは、白いモスリンのドレスが大流行しておりまして!」

 仕立て屋が、白いモスリンの布地を重ね始めた。その隣では、助手がいそいそと色とりどりのリボンを取り出している。

「このようにスカート部分には布地を幾重にも重ねまして。腰や袖にサテンのリボンをあしらえば、一気に華やかになりますので」
「なるほど。どうですかな、お嬢様。私は、こちらのブルーのサテンリボンを合わせるのがよろしいかと思いますが」

 今度も仕立て屋がジリアンの身体に布地をあてる。

「お嬢様の黒髪には、ブルーがよく似合います!」
「本当に!」

 仕立て屋が太鼓判を押すと、オリヴィアも喜んだ。
 ジリアンは、今度は小さく頷いた。それを見たトレヴァーが、にこりと笑う。

「では、こちらでお茶会用の少し華やかなドレスを」
「かしこまりました。コルセットはどうなさいますか?」
「あまり子どもの内から締め付けるのは良くないと聞きますけど」

 オリヴィアが尋ねると、仕立て屋がうんうんと頷いた。

「その通りです。食が細くなりますからな。ドレスの形を整えるだけの、緩く締めるものをご準備いたしましょう」

 助手がささっと下着を取り出した。

「こちらは金属が入っていないタイプでして」
「いいですね」
「かしこまったドレスのときだけ、着られるのがよろしいかと」
「そうしましょう」
「パニエも、できるだけ軽くて涼しいものを……」
「ドロワーズはこちらを……」

 などと話しながら、どんどん購入予定の布地と箱が積み上がっていくので、ジリアンは目を白黒させた。その頃には、広間サロンに続々と使用人が集まってきていた。厨房の下働きや、庭師の姿もある。

「では、次は……」

 こうして、屋敷の使用人が一人ひとり、ジリアンのために布地やレースを選んでいったのだった。


 * * *


「さて。今日はどれにしようかしら」

 オリヴィアが衣装部屋の扉を開けると、そこには色とりどりのドレスが並んでいた。
 ジリアンは17歳になった今でも、布地を自分で選ぶことはしない。家族の誰かが選んでくれた布地で仕立てたドレスを着るのが、すっかり習慣になっていた。当時は何も選ぶことができない自分に代わって選んでもらっていたが、今は違う。ジリアン自身が、彼らの選んだものを身に着けたいと思っているのだ。

「このミントグリーンのドレスは、厨房ちゅうぼうのアマンダが選んでくれたのだったわよね?」
「はい。そうですよ」
「元気かしら」
「お手紙を書かれますか?」
「いいわね」

 アマンダは、昨年結婚して家庭に入った。幼い頃、寝る前のジリアンにこっそり菓子をくれた三つ年上の優しいお姉さんだった。

「今日は天気も良いし、でかけましょう。アマンダに送るカードを選ぶのはどうかしら?」
「そうしましょう」

 爽やかなミントグリーンのドレスを着て、ジリアンはオリヴィアと連れ立って首都ハンプソムの街に出かけることを想像した。

 それだけで、胸が暖かくなった──。
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