【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
上 下
26 / 102
第1部 - 第2章 勤労令嬢と魔法学院

第25話 怒っている、その理由

しおりを挟む
 3日後。
 学院の競技場で、ジリアンは5人の魔法使いと対峙たいじすることになった。

 ダイアナ・チェンバース、第四席、炎魔法を得意とする。
 アーロン・タッチェル、第六席、同じく炎魔法を得意としている。
 イライアス・ラトリッジ、第十席、土魔法を得意としており防御ぼうぎょけている。
 コリー・プライム、席次はないが、学年一の剣術の使い手。
 マーク・リッジウェイ、同じく席次はないが、新しい魔法の使い手。

 一人ずつではジリアンとの実力差は歴然。初めての授業のようにバラバラに向かって来るならジリアンの敵ではないが、この5人が連携して攻撃してこれば本気を出さざるを得ない。絶妙な人選だ。

(どうして、こんなことになったのかしら……)

「これより、決闘を行う!」

 高らかに言ったのは、チェンバース教授だ。

「この決闘は、3日前に発せられたダイアナ・チェンバースを代表とする生徒たちの、声明文せいめいぶんもとづいて行われるものである」

 観客席から大歓声が上がる。学院内外を問わず、大勢の見物客が集まっているのだ。
 例の声明文は、その日の夕刊の一面を飾った。ことのあらましと、代表者であるダイアナ・チェンバースのコメントと共に。
 いわく、『我々は、噂話を野放しにして学院の秩序ちつじょないがしろにしている、ジリアン・マクリーン嬢に対しても怒りを覚える』と。

「結果に関わらず、原因となった確執かくしつは精算される。それが魔法騎士の決闘である!」

 この騒動の、落とし所だ。
 噂を流した根本となる人物は、おそらく名乗り出ない。かつ、それを特定するのは困難。それを見越して、声明文を出した生徒たちは落とし所を準備していたのだ。
 この決闘がどういう結果で終わっても、これ以降、例の噂を口にした者は堂々と糾弾きゅうだんされることになる。

(外に向けても内に向けても、禍根かこんを残さない。限りなく最上に近い解決策だわ)

「決闘は本来は1対1で行われるべきであるが、それぞれの実力を考慮して、学院教職員によって公平に人選を行った」

 その結果が、ジリアン1人対彼ら5人というわけだ。

真剣しんけんを用い、使う魔法の制限はない。正真正銘の決闘である。ただし、戦闘不能にした相手への追い打ちや、急所への直接攻撃は禁止とする」

 つまり、『本気で戦え、ただし殺すな』ということだ。無茶な注文である。
 とはいえ、競技場には学院の魔法医療学の教授や助教がずらりと並んでいる。以前にジリアンが言っていた通り、『身体が蒸発して消える』などということがない限り、治癒は可能だろう。

「では、はじめ!」

 5人の魔法使い達が、いっせいにジリアンに向かってきた。



 * * *



「よお」
「アレン!?」

 声明文が発表された日。ジリアンは、マクリーン侯爵家の魔法騎士団によって学院から連れ出された。命じたのは、もちろんマクリーン侯爵だ。
 こんな事態になるまで黙っていたことを3時間かけて説教されたジリアンは、3日後の決闘まで謹慎きんしんを命じられた。

 その深夜。
 ジリアンの寝室のバルコニーに、アレンが訪ねてきたのだ。ジリアンは慌てて隠蔽いんぺいの魔法をかける。そうでなければ、見回りの騎士に見つかってしまう。

「あの声明文は、どういうことなの?」
「俺達は怒ってるってこと」

 詰問するジリアンに、アレンは困り顔で言った。

「どうして」
「友達だからな」
「そんな理由で、こんなこと……!」

 新聞に載せたことで学院の外に問題を拡大させた。そして、学院の機能自体を止めてしまったのだ。行いは正しいかもしれないが、批判する人も出てくるだろう。

「そんな理由って、そりゃないよ」
「でも」
「言い出しっぺは、アーロンだ」
「アーロン・タッチェル?」
「そう。ただでさえ胸糞むなくそが悪いのに、お前が何も言い返さないから」
「言い返したって、彼女たちは喜ぶだけよ」
「それもわかってたけどな。あまりにも噂がエスカレートしていくもんだから。で、賛同したのがダイアナ嬢さ」
「どうして、彼女まで」
「ダイアナ嬢も、相当怒ってたぞ? なんで言わせっぱなしにするんだ、って」

 あの祖父にしてこの孫あり、である。

「男子よりも女子が代表者になった方がいいだろうって言ってくれて。まあ、後はぜんぶ彼女の策略さくりゃくだよ」
「策略……?」
「他学年も含めて、男子生徒を引き込んだ。ついでに噂話をよく思ってなかった女子生徒も。んで、社交界デビュー直前のこのタイミングで、あの声明文だ」
「あ」
「気づいたか? 彼女にとっても、相当な利がある。この騒動を収めた功績で、彼女はチェンバース公爵の後継者候補におどり出ることになる」
「さすが、チェンバース教授のお孫さんね」
「それと、この件を貴族派の陰謀と見る奴もいる」

 その可能性はジリアンも考えていた。マクリーン侯爵家は国王派の筆頭。この騒動は、国王派同士の軋轢あつれきを生む可能性があった。学生とはいえ、貴族の子女。学院内の出来事であっても、政治的な判断をしていかなければならない。

「出どころは、おそらくモニカ・オニール嬢よ」
「だろうな」
「アレンは、どうして彼女だと思うの?」
「……男爵家の晩餐会ばんさんかいの招待者リストを、俺も見た」

 これには驚いたジリアンだった。
 この件を侯爵が国王に報告したのは、つい先日のことだ。つまり、アレンはそれが既に耳に入る立場にあるということを意味する。

「あなた、いったい何者なの?」
「モナハン伯爵家の、しがない三男坊だよ」
「……」

 無言でアレンを見つめるが、彼は肩をすくめるだけだった。この件について、これ以上は何も答えてくれないだろうことは明白だ。

「貴族派の陰謀かもしれないって思ってるのに、3日後の決闘を提案したのはなぜ?」

 落とし所を準備したということはモニカ・オニール嬢を、ひいては貴族派を徹底的に糾弾するつもりがない、ということだ。

「他の面子にはモニカ嬢について話せないしな。しばらく泳がせたいって思惑もある」
「なるほど。貴族派彼らが何を企てているのか、その全てが明らかになってから糾弾するということね」
「そのとおり。だから、今回は早々に騒動を沈静化ちんせいかさせることを優先したってところだ」

 ジリアンは納得して頷いた。ジリアンだけではどうにもできなかった問題が、解決の兆しを見せている。正直、ありがたかった。

「そういうことだから。決闘は頑張れよ」
「私がやるの?」
「騒動の原因になった人物であり、第一席であるジリアン・マクリーンが責任をとって決闘に応じる。これが、俺たちが考えたシナリオだ。根回しも済んでる」

 そこまで言って、おもむろにアレンが顔を上げた。
 バルコニーの柵に無造作にもたれかかり、月の光を背にする彼の顔は、逆光でよく見えない。

「さっきも言ったけど、俺達は……俺は、怒ってるんだ」
「ごめんなさい」
「ほんとに、分かってるか?」
「分かってるわよ」
「じゃ、何で謝ったんだ?」

 アレンの金色の瞳がジリアンを見つめている。一瞬たじろいだジリアンだったが、すぐにその瞳を見つめ返した。

「不名誉な醜聞しゅうぶんに巻き込んでしまったから」
「それから?」
「遠ざけようとして、悪かったと思う」
「それで?」
「学院の授業も止めてしまったし」
「あとは?」
「あとは、って……」

 考えを巡らせるが、ジリアンにはそれ以上に思い当たることがなかった。

「私が迷惑をかけたから。だから怒っているんじゃないの?」
「それだけじゃないって、わからない?」
「わからないよ」

 アレンの両手がスっと伸びてきた。その手が、ずり落ちかけていたショールの両端を掴む。そのままグイっと引かれて、二人の距離が一気に近づいた。
 アレンは顔を伏せているので、その表情はわからない。

「アレン?」
「こんな時間に男が訪ねてきて、そんな格好で迎え入れるのはどうかと思うぞ?」
「そっちが勝手に来たんじゃない」
「お前、無防備すぎるんだよ」
「無防備って、相手はアレンよ?」

 幼馴染の、特別な友達。警戒が必要な相手ではないのだ。

「……お前は、もっと自分を大事にしなきゃだめだ」
「自分を?」
「傷ついてるのは、お前なんだぞ? なんで怒らないんだよ」
「なんで、って……」

 答えようとして顔を上げると、すぐそこにアレンの瞳があった。

「こんな風に男を近づけて。傷つくのは、お前なんだぞ?」
「アレン?」

 ふいに、金色の瞳が見えなくなった。アレンが目を閉じたのだ。



 次いで、唇に柔らかい感触──。



 何が起こったのか理解できないジリアンを尻目に、アレンの身体が離れていった。

「……怒れよ」

 何も答えられないジリアンに、アレンが苦笑いを浮かべている。

「そういうとこ。だから、マクリーン侯爵もお前を囲って離さないんだろうな」

 結局、何も言えなかったジリアンを置いて、アレンは夜の闇に消えていった。

 彼が消えて、ようやく何が起こったのかを理解したジリアン。当然、その日は一睡いっすいもできなかった──。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

処理中です...