【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第1部 - 第2章 勤労令嬢と魔法学院

第18話 私は、いちばんになる

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「王立魔法学院に入学を、との王命だ」

 ジリアンは、ついにこの時がきたと思った。
 王立魔法学院が設立された当時から、入学することは間違いないと言われ続けてきたのだ。才能を持つ魔法使いが、国中から集められるのだから。

「はい」
「……断るか?」
「どうしてですか?」
「君には学ぶ必要がない」
「そんなことありませんよ。教授の中には魔族の方もいらっしゃるのでしょう? 魔法について、もっともっと学べるということです」
「そう、だな」

 侯爵は暗い顔でうついてしまった。これにはジリアンも困ってしまう。こんな様子の侯爵を見るのは、初めてだったのだ。

「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「君が王立魔法学院に入学すれば、侯爵家の後継者として顔も名も知れ渡ることになる」
「そうですね」
「……このまま私の後を継ぐということで、本当にいいのか?」

 意外な質問だった。それは、侯爵自身が望んでいることだと思っていたから。

「はい。もちろんです」
「それは、義務感ではないか? 私に対する、恩返しとか……」

 侯爵が両手を握ったままもじもじと指を動かしている。

(どうして、そんなことを不安に思うのかしら?)

 ジリアンが侯爵の後継者になりたいのは、侯爵のためだ。彼の言う通り、義務感に近いのかもしれない。しかし、それではいけないのだろうか。

「それでは、いけませんか?」

 素直に聞いてみた。あの手紙を交わした頃から、それだけは気をつけている。不安に思うことがあれば必ず伝えるようにしているのだ。

「……いけなくはない」

 そう言いながら、侯爵はジリアンの隣に座り直した。

「だが、それだけではいけない」
「どうしてですか?」
「君は私の娘だ」
「はい」

 即座に頷いたジリアンに、侯爵が苦笑いを浮かべる。

「……私が、君のことを『亡くなった子どもの代わりかもしれない』と言ったことを覚えているか?」
「はい」
「すまなかった」
「いいです。今は、ちゃんと言ってもらえて良かったって思っています」

 本心だ。どんな綺麗事きれいごとを並べたところで、ジリアンは侯爵の血を分けた子どもにはなれない。はっきり言ってもらえたことで、それについて悩む必要はなくなったからだ。

「だが、今は違う」

 それには、首を傾げたジリアンだった。ジリアンはそれでも構わないと納得しているからこそ、違うと言われたことが疑問だったのだ。

「今は、君を誰かの代わりだなんて思っていないということだ」

 ジリアンはほほが上気するのがわかった。

(嬉しい)

 侯爵は、ジリアンを自分の娘として認めてくれている。それがわかったから。

「だから、君には自分の意思で私の後を継いでもらいたい」
「はい。間違いなく、私の意思です」
「そうか」

 侯爵が、少しだけ寂しそうに笑った。その意味がジリアンにはわからなかった。

「ほどほどにな」
「はい。がんばります」

 ごまかすように頭をでられる。侯爵は、何を言いたかったのだろうか、それは分からない。

(だけど、私のやることは変わらない)

「私を後継者に指名してくれたお父様にむくいたいです。……ずっとずっと、お父様の自慢の娘でいたい」
「……そうか」
「はい。だから、何も心配いりません」
「そうだな」
「はい」


 * * *


(私は、クリフォード・マクリーンの娘。クリフォード・マクリーンに選ばれた、侯爵家の次期当主)

 好奇の視線が集まる中を、ジリアンは堂々と歩いた。

(私は、いちばんになる。お父様のために)

 クリフォード・マクリーン侯爵の自慢の娘であるために。

「では、まずは魔力保有量の測定を」

 教員に促されて測定器に触れると、それはすぐに反応した。魔法玉が真っ白に光る。光は輝度をどんどん増していき……。

 ──パリンッ!

 砕け散ってしまった。
 ジリアンの魔力に、耐えられなかったのだ。

「属性傾向なしの10!」

 教員の声に、講堂が静まり返った。この測定方法が広まって以降、魔法玉を砕いてしまった、つまり『10』という数字を出した魔法使いは、両手で数えられる程しかいない。
 しかも、『属性傾向なし』だ。それはつまり、『あらゆる魔法を使うことができる』ということを意味する。

「実技を!」

(いちばんになるためには、誰にも真似できない魔法を──)

 ジリアンは目を閉じて、両の手のひらを上に向けた。

 すると、その手のひらにバラの花が咲いた。バラの花は次々とあふれるように咲いていき、風に吹かれるように舞い上がる。
 次いで、窓にかかっていたカーテンの色が変わった。深みのあるワインレッドから、鮮やかなピンク色へ。さらに、その縁には繊細なレースの縁飾りが施されていった。テーブルにかかっていたランナーや燭台などの調度品も、ピンク色と金色を基調とした華やかものに姿を変えていく。
 講堂中にあふれたバラの花はカーテンを彩り、テーブルに並んだ金の花瓶に生けられた。講堂の中央には噴水が出来上がり、サラサラと水が流れる。壁の色も変わった。木の目を生かした重厚な雰囲気の壁面が真っ白に染まり、白亜の宮殿のような装飾が施される。

 講堂が、一瞬にして姿を変えてしまったのだ。白亜の宮殿で行われる、華やかな舞踏会の会場へと。

 最後に、ジリアンの手にはバラの花束。

「どうぞ」

 ジリアンが差し出すと、教員が恐る恐る受け取った。

 その瞬間。

 ──ボォ!

 すべてが燃え上がった。講堂から悲鳴が上がる。しかし、その炎はすぐに消えてなくなってしまった。残ったのは、の講堂だけ。

「……あらゆる属性を、ここまで複雑に構築するとは。思い描いた結果を、逆算して現実にする魔法。これこそが、新しい魔法の真骨頂ということですね」

 教員の言葉には、にこりと笑顔だけで返して。ジリアンは黙ったまま壇上から降りたのだった。

「……次!」

 講堂が静寂に包まれるなか、序列決めランク・オーダーが進んでいく。

「……後の生徒が気の毒ですね」

 ノアが小さな声でボソリとこぼした。

「そう?」
「はい」
「いちばんに、なれるかしら?」
「申し分ありません」

 周囲の生徒たちは、壇上の序列決めランク・オーダーなどには目もくれず、ジリアンの様子をうかがっている。
 第一席に間違いないので、どうやって取り入ろうかと考えているのだろう。

「しかし、やりすぎでは?」
「そうかしら」
「ええ。かなり、目立っています」
「そうね。でも、これくらいやらなくちゃ」


 壇上では、序列決めランク・オーダーが続いている。ジリアンと同じように新しい魔法を披露ひろうする生徒もいた。いくつかの属性をからめた、複雑な魔法だ。旧来の四元素から構築する方法では、決して実現し得ない魔法。
 けれど、ジリアン程の規模と複雑さを披露できた者はいなかった。




「序列を発表する。第十席、イライアス・ラトリッジ!」

 呼ばれた生徒が、順に壇上に登っていく。

「……第八席、モニカ・オニール!」

 意外だった。
 モニカ嬢は、旧来の貴族らしい魔法を披露した。水を発生させ、その温度を下げて氷像を造ったのだ。水を形として収束させるだけでなく、温度を制御して氷に変えた。上級の水魔法だ。
 どうやら、彼女にも魔法の才能があったらしい。

(序列が近いと、顔を合わせる機会も多いかもしれないわね)

 感心しつつも、それだけが気がかりだった。



「……第一席、ジリアン・マクリーン!」



 当然の結果といえばそうだ。
 だが、ジリアンにとっては第一歩にすぎない。



(私は、国いちばんの魔法使いになる。そのために王立魔法学院ここに来たのだから!)
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