上 下
16 / 102
第1部 - 第2章 勤労令嬢と魔法学院

第15話 特別な友達

しおりを挟む
「わあ、すごい人ね」

 馬車のまま門をくぐると、前庭には大勢の人があふれていた。女子も男子も、真新しい制服を着てそわそわと歩いている。

 女子はあわいブルーを基調きちょうとしたシンプルなシュミーズドレス。その上には濃紺の、スペンサーと呼ばれる丈の短いジャケットを着ている。全体的にシンプルな装いだ。
 男子も女子と同じく濃紺のジャケット。こちらはモーニングコートカット・アウェイ・フロックコートと呼ばれる形。内側には淡いブルーのベスト、ズボンはグレイのコールズボンを履いている。
 女子、男子ともにリボンとネクタイは自由なので、各々が選んだものを着用し、華を添えている。

 ジリアンはドレスと同色のリボンを選んだ。ただし、侯爵が選んだ最高級のレースで縁飾ふちかざりが施されている。

「私、大丈夫かしら?」

 ジリアンは、少しだけ不安になった。
 オリヴィアの手によって入念に準備されたとはいえ、あの中に入っていっても馴染めるだろうか、と心配になったのだ。

「もちろん。お嬢様が一番ですよ」

 ノアが答えてくれるが、その言葉は信用できないとジリアンは思っている。
 この手の質問には、絶対にこう答えるのだ。ちなみに、屋敷に勤める他の使用人も騎士も同様だ。

「はあ」

 ジリアンは、ため息を吐いた。

(ぜんぜん参考にならないじゃない)

 身内に聞いても意味がないということに、とっくに気づいてはいたが。

「……おかしくないなら、それでいいわ」
「問題ございませんとも」

 ノアがニコリと笑うと同時に、馬車が止まった。

「さあ参りましょう」

 先に降りたノアに手を取られて、馬車から降りる。
 すると、先ほどまでザワザワと騒がしかった周囲が、しんと静まり返っているのがわかった。

「……やっぱり、私おかしい?」
「そうではありませんよ」
「でも……」
「みなさん、お嬢様があまりにも美しいので驚いているのでしょう」
「まさか」

 ジリアンの容姿ようしに関する自己評価は低い。髪は地味な黒色だし、身体は貧相ひんそうなままだ。顔も十人並みだと本人は思っている。

 本人は・・・、だが。

「……それと、馬車には侯爵家の家紋かもんが入っておりますので」
「ああ、なるほど」

 それなら、とジリアンは納得した。英雄であるクリフォード・マクリーン侯爵の身内ということで、注目を集めたのだろう。少し誇らしい気持ちになって、ジリアンは胸を張った。

「ジリアン!」

 そんなジリアンに声をかけたのは、彼女の唯一の友人だった。

「アレン!」

 旅の途中で出会い、最後まで一緒に歩いてくれた少年・アレンである。彼とは頻繁ひんぱんに手紙を交わす仲だ。侯爵の領地に遊びに来て、滞在していったこともある。

「悪かったな。会いに行けなくて」

 ジリアンが首都ハンプソムに来てから、会うのは初めてだ。約2年ぶりの再会。
 すっかり背が伸びて少年ではなく青年へと成長したアレンの姿に、ジリアンはしばし見惚みとれてしまった。元々美しい顔立ちの少年だったが、そこに精悍せいかんさが加わった。洗練せんれんされた、まるで立派な紳士だ。

「そんなに見るなよ」
「あ、ごめん」
「……見惚みとれた?」
「……うん」

「ゴホン!」

 二人の微妙な空気を壊したのは、わざとらしい咳払せきばらいだった。ノアだ。

「失礼」

 ノアが、二人の間に割って入る。

「おい」
「旦那様から、厳命げんめいを受けておりますので」
「厳命?」
「はい」

 にらみ合う二人に、ジリアンはおろおろすることしかできない。

「ねえ、ノア」
「お嬢様も、旦那様の言いつけをお守りください」
「言いつけって……」

 まさか、今朝のアレのことを言っているのだろうか。

「男子生徒と目を合わせてはなりません。微笑みかけるなど、もってのほかでございます」
「でも、アレンは友達だし……」

 以前は、普通に遊んでいた仲だ。

「お嬢様も社交界に出る年齢になったのです。節度をお持ちください」
「……はい」

 こう言われてしまっては仕方がない。ジリアンとアレンは、ノアを挟んで目を合わせないように気をつけながら話をするしかなかった。

「アレンは忙しいの?」
「まあまあだな」

 詳しくは教えられていないが、彼は父親の仕事を手伝っているらしい。

「でも、アレンまで入学するなんて。手紙で知って驚いたわ。大学はいいの?」
「早期卒業できたんだ。俺、優秀だから」
「すごいね」
「そう。俺はすごいんだ」

 ジリアンよりも2歳年上のアレン。彼はパブリック・スクール卒業後に大学に進学した。ところが、三日前に受け取った手紙に『ジリアンの同期として王立魔法学院に入学する』と書かれていたのだ。こういう事情だったらしい。

「他にもそういう方がいらっしゃるの?」
「いるよ。こっちで大学の単位も取れるから、編入するって奴もいる」
「そうなのね」
「それだけ、生徒集めには神経を使ってるってことだ」

 王立魔法学院には入学試験がない。魔法使用者登記レジストレーションを元に、国が入学させる生徒を選ぶ。推薦を受けて入学に至ることもあるにはあるが、ごく少数である。すでに大学に入学していた生徒の中にも、選ばれた生徒がいたということだ。

「今年は、ジェントリや平民からの新入生が多いらしい」

 ──ジェントリ。いわゆる、中流階級のことだ。
 を使って富を得た人々のことを、こう呼ぶ。

「アレンが言ってた通りになったね」
「俺?」
「うん。『これから、そういう人間が表に出てくる時代がくるよ』って言ってたじゃない」
「ああ、そういえば」

 旅の途中でアレンが話していた通り、時代は大きく動いている。

 ジリアンと同じような魔法を使う人が現れたのだ。彼らは貴族とは違った。魔法を労働に使うことを、いとわなかった。主に繊維業せんいぎょうで、魔法を使って成功する人が続出した。

「時代が変わってるんだね」
「ああ。そのための、王立魔法学院ここだ」

 の台頭によって国内の秩序ちつじょが乱れることを懸念けねんした王室は、早々に解決策を打ち出した。新しい魔法を使う人を保護する法律を整えた。さらに魔族を王国に招き、魔法に関する研究を進めた。
 現在も研究の途上ではあるが、ある程度の整理ができたところで登場したのが、この王立魔法学院だ。6年前に設立され、生徒の受け入れが始まったのが2年前。ジリアンとアレンは3期生になる。

「一番の目的は、魔法研究の推進とその集約、だっけ?」
「その通り。魔法に関する新たな発見があった場合には、王立魔法学院ここに報告することが法律で義務付けられている。それらを系統立てて整理して、広く国民のために普及させることが最終的な目的だな」
「その一環が、教育ってことね」
「生徒を集めるのは、それだけが目的じゃないけどな」
「うん。新しい魔法使いの、管理だね」
「そうだ」

 未知の力を持つ国民を野放しにすることはできない。そこで、生徒として集めることで管理しようというのである。
 王立魔法学院は、教育機関であると同時に研究機関であり、政治色の濃い場所なのだ。

「旧来の貴族らしい魔法しか使わない生徒も多い。……今年は荒れるぞ」

 こういう状況ではあるが、これまで功績のあった貴族をないがしろにすることも出来ない。学院の生徒の半分以上は貴族であり、彼らにも新しい魔法の技術を教えている。
 この流れを嫌う貴族もいるが、時代の流れがそれを許さない。新しい魔法が使えない家門は、廃れていくのが目に見えているからだ。

 ジリアンたちは、微妙なバランスの中で学ぶことになるのだ。

「なんだか、不安になってきた」
「お前なら大丈夫さ」
「そうかな?」
「俺がついてる」
「うん。頼りにしてるね、特別な友達くん」
「おう」

 そんな話をしているうちに、二人は目的地に到着した。
 講堂だ。

 ノアが扉を開くと、中の生徒たちが一斉にジリアンとアレンを見た。
 その眼差しには、好意的なものなど一切ない。ビリビリと肌がひりついていく。


「さあ、序列決めランク・オーダーだ」
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...