13 / 102
第1部 勤労令嬢、愛を知る - 第1章 勤労令嬢と侯爵様
第12話 ただいま、お父様
しおりを挟むジリアンとアレンが首都に到着したのは、それから25日後の夕暮れ時のことだった。
首都に市壁はなく、街道を進めばそのまま街の中に入ることができた。街道沿いには宿や酒場、串焼きや惣菜の露店が立ち並んでいる。かなり賑やかだ。
二人はそれらを素通りして、とにかく街の中心に向かっている。珍しい街並みを眺めたい気持ちもあったが、今はとにかく身体を休めたかった。
「結局、最後まで歩いたな」
「うん」
「疲れた」
「だったら、なんで一緒に歩いたのよ」
アレンの言いように、ジリアンは唇を尖らせた。
「そりゃあ、友達だから」
「……友達?」
「……違うのかよ」
今度はアレンが唇を尖らせる。
「ううん。……そうだったらいいなって、思ってた」
「今更だろ。ひと月も一緒にいたら、普通は友達だ」
「そっか」
「おう」
今度は、二人でモジモジしながら歩いた。
「私、友達って初めて」
「俺も」
「そうなの?」
「意外か?」
「うん。友達たくさんいそう」
「友達なんてつくる機会がなかったからな。周りは大人ばっかりだった」
「私も」
「じゃあ、俺たちは特別な友達だな」
「特別な友達?」
「そうだろ?」
「うん……!」
ジリアンは胸の高鳴りを抑えられなかった。友達ができた。そして旅も無事に終わる。なにより。
(もうすぐ、侯爵様に会える……!)
旅の間、毎日のように侯爵と手紙のやりとりをした。
顔が見えないからだろうか、ジリアンは自分の素直な気持ちを伝えることができた。
『働くことは好き。働いてないと不安になっちゃう』
でも、本当は。
『外で遊びまわる村の子供たちが羨ましかった。ずっとお腹も空いてたし、叩かれるのは痛かった。辛かった。でも、私を助けてくれる人は一人もいなかった』
あの日、侯爵に救い出されて嬉しかった。けれど。
『自分がそれに見合う人間になれるのか、ずっとずっと不安です』
侯爵も、たくさんの気持ちを手紙に綴ってくれた。
『どうして私を引き取ってくれたんですか?』
『同情と打算だ。君の魔法の才能を見込んで、私の後継者にと考えた』
『侯爵様は、結婚はしないんですか?』
『私にも妻と子どもがいた。子どもが生まれてすぐに、二人とも病気で亡くなったんだ。15年前のことだ。私は戦場にいて、看取ることすらできなかった』
『再婚はしないんですか?』
『今でも妻を愛している。他の女性を妻にすることは考えたこともない』
『私は、亡くなったお子さんの代わりですか?』
『あるいは、そうかもしれない。あの子にしてやれなかったことを、代わりに君にしてあげたいと思っている』
『あの子にしてあげられなかったこと?』
『私の愛情の全てを注いで大切に育てること。そして、いつか私の元から巣立っていく姿を見守ることだ』
侯爵は、ジリアンの質問に真摯に答えてくれた。心を痛める質問もあっただろうに、それでも真っ直ぐに答えてくれた。
『誰かの役に立とうと思ったり、自分の力を証明したりするのは、もっとずっと先でいい。私はただ、君に当たり前の子供時代を過ごしてもらいたい』
侯爵からもらった手紙は、丁寧に畳んで皮の袋に入れた。袋には紐をつけて肩からかけて。ずっとずっと肌身離さず持って歩いた。侯爵の言葉は、ジリアンにとっては宝物であり、お守りになった。
ジリアンは手紙の入った袋をぎゅっと握りしめた。あと数十歩で、侯爵のタウンハウスにたどり着く。
「お嬢様!」
不意に、その門の方から声が上がった。
「お嬢様! お嬢様!」
オリヴィアだ。泣きながらこちらに駆けてくる。
「お嬢様!」
ジリアンのもとまで一気に駆けて来たオリヴィアが、その身体をぎゅっと抱きしめた。
「お怪我はありませんか? お腹は空いていませんか?」
「大丈夫」
「お顔を見せてください。……ああ、お嬢様!」
ジリアンの顔をまじまじと見つめたオリヴィアは、再びジリアンを抱きしめてわんわんと泣き始めてしまった。
「心配かけてごめんなさい」
「いいえ、いいえ。いいんです。……ご立派でしたよ、お嬢様」
つられてジリアンの目尻にも涙が浮かんだ。何と言えばいいのかわからなくて、ジリアンもオリヴィアの体にぎゅっと抱きついた。
「まずは屋敷に入りましょう」
声をかけてくれたのは、いつの間にか隣に立っていたロイド氏だ。ずっとジリアンを見守ってくれていた人。ジリアンの願いを汲んで、いっさい姿を見せることなく、ただそばにいてくれた人。
「はい」
ロイド氏がジリアンとオリヴィアを促した。
もう、ジリアンを抱き上げようとはしなかった。
「お帰りなさいませ」
門の中には、屋敷中の使用人が集まっていた。口々にジリアンに声をかけてくれる。
「ご無事で何よりです」
「今夜はごちそうを作ってありますよ」
「お菓子もたくさんあります」
「まずは温かいお茶はいかがですか?」
「お風呂には薔薇の花びらを入れましょうね」
門から玄関に向かう小道には、バラのアーチが続いていた。秋咲きの鮮やかな色味のバラが咲き誇っている。
「もう、秋なんだね」
「そうだな」
その庭の入り口で、アレンが立ち止まった。
「じゃあな」
「え?」
「え、ってなんだよ」
「だって……」
「俺も家に帰るよ」
「そっか」
「……またすぐ、会いにくる」
「ほんと?」
「ほんと。友達だろ?」
「約束?」
「約束だ」
アレンが、ジリアンの右手をとった。そのまま、その指先に優しく口付ける。
「ア、アレン!」
「ただの挨拶だろ?」
「でも!」
みんなが見ているのに、と続くはずだった言葉は、大きな手のひらに遮られてしまった。
「気安く触るな」
マクリーン侯爵だ。
アレンに握られていたジリアンの手をとり、そのままくるりと自分の背の後ろに隠してしまった。
「これはこれはマクリーン侯爵閣下、失礼いたしました」
「……」
侯爵は何も答えなかった。
「じゃあな、ジリアン」
「うん。またね」
ジリアンが侯爵の後ろから顔を覗かせると、アレンは笑顔で手を振って。颯爽と門の外へと去っていった。すぐ外には馬車が待っていて、その馬車もあっという間に見えなくなってしまった。
「……ずいぶん、仲良くなったんだな」
「はい。特別な友達です」
「……そうか」
それっきり、侯爵は黙り込んでしまった。
その様子を見ている使用人たちの肩が震えている。
(どうしたのかしら)
「ジリアン」
「はい」
「旅はどうだった?」
「楽しかったです」
「そうか。ならよかった」
「……はい!」
侯爵がジリアンの手を引く。けれど、ジリアンは立ち止まったまま動かなかった。
「どうした?」
ジリアンはごくりと喉を鳴らした。
(言わなきゃ。でも、大丈夫かな……)
嫌われるかもしれない、という不安は簡単には拭い去れない。顔を見て話せばなおさらだ。
それでも。
(勇気を出すのよ、ジリアン!)
「ただいま帰りました。……お父様」
侯爵の目が大きく見開かれた。次いで、その目尻にくしゃりと皺がよる。
「おかえり、ジリアン」
甘い甘いトフィーのような瞳が、ジリアンを見つめる。
ジリアンは、思わずその身体に飛びついた。侯爵は軽々とジリアンを抱き上げて、その小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「頑張ったな」
「はい」
「偉かったぞ」
「はい」
「立派だ」
「はい」
「君は、きっと人の役に立つ大人になる」
「はい」
ジリアンの瞳から涙があふれた。声を上げるのも我慢できなかった。
わんわんと子供のように泣き始めたジリアンを、誰もが優しく見守ってくれていた。
34
お気に入りに追加
4,152
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】婚約破棄される未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います〜大逆転は一週間で!?溺愛はすぐ側に〜
●やきいもほくほく●
恋愛
マデリーンはこの国の第一王子であるパトリックの婚約者だった。
血の滲むような努力も、我慢も全ては幼い頃に交わした約束を守る為だった。
しかしシーア侯爵家の養女であるローズマリーが現れたことで状況は変わっていく。
花のように愛らしいローズマリーは婚約者であるパトリックの心も簡単に奪い取っていった。
「パトリック殿下は、何故あの令嬢に夢中なのかしらッ!それにあの態度、本当に許せないわッ」
学園の卒業パーティーを一週間と迫ったある日のことだった。
パトリックは婚約者の自分ではなく、ローズマリーとパーティーに参加するようだ。それにドレスも贈られる事もなかった……。
マデリーンが不思議な日記を見つけたのは、その日の夜だった。
ーータスケテ、オネガイ
日記からそんな声が聞こえた気がした。
どうしても気になったマデリーンは、震える手で日記を開いたのだった。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~
すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。
そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・!
赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。
「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」
そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!?
「一生大事にする。だから俺と・・・・」
※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。
※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。)
※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。
ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる