【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
上 下
10 / 102
第1部 勤労令嬢、愛を知る - 第1章 勤労令嬢と侯爵様

第9話 旅の意味

しおりを挟む

 ジリアンは、これまでの全てを話した。

 男爵のめかけの子として生まれたこと。実の母親が死んで、男爵に引き取られたこと。男爵家で下働きをしていたこと。
 侯爵に引き取られたが、いつ追い出されるかわからないこと。だから、自分が役割を果たせると証明するために旅をしていること……。

 アレンは、ジリアンの話を笑わずに聞いてくれた。ジリアンの肩を優しく抱いて、ときおり相槌あいずちを打ちながら。
 
 話しながら、ジリアンは眠ってしまった。
 久しぶりに人の温もりに触れたからだろう。ゆるやかに襲ってくる眠気に、勝てなかったのだ。




「……なんで止めなかったんだ?」
「旦那様のご命令です」

 夜半、うっすらと目が覚めた。話し声が聞こえてきたからだ。
 一人はアレンで、もう一人は分からない。ジリアンの肩を抱いたままのアレンが、簡易結界の向こうのと話しているのだ。

「命令?」
「お嬢様のなさることは、命が危険にさらされるようなことでない限り止めてはならないと」
「だからって、野宿はどうなんだ」
「旦那様もご承知のことです」
「大事にする気がないのか? 何のために引き取ったんだ」
「我々は主人の真意を推し量る立場にはありません」
「だいたい、こんな魔法……。一人にすべきじゃないだろう」
「はい。承知しております」
「……ふーん。まあ、いいや」
「……失礼します」

 誰かは話を中断して、どこかへ行ってしまった。ジリアンが目覚めたことに気づいたのかもしれない。
 アレンがジリアンの顔をのぞき込んでいるのがわかったが、ジリアンは眠ったふりをした。
 あのが誰なのか、わかってはいたけれど。
 アレンが、ぎゅっと肩を抱いてくれたから。眠ったふりを続けるしかなかった。




「手紙、書けよ」

 翌朝。魔法を使って茶をれていると、アレンが言った。

「手紙?」
「侯爵に」
「でも……」
「心配してるだろ」
「そうかな?」
「そりゃあ、そうだろ」
「なんで?」
「ん?」
「なんで、心配してるって思うの?」
「親だろ?」
「……わかんないよ」
「それなら、そうやって手紙に書けばいいじゃん」
「え?」

 アレンの顔を見ると、呆れた様子でジリアンを見ていた。

「言わなきゃわかんないだろ。不安だって」

 その通りかもしれない、と思った。
 ジリアンは『働きたい』と言うだけで、なぜ働きたいのかを言わなかったから。

「でも、そんなこと言ったら……」

(嫌われちゃう)

 黙りこんだジリアンをアレンが手招きした。ジリアンが座ると、アレンは彼女を後ろ向きにさせてくしを手に取った。

「お前はさ、一人で旅に出られるんだから。なんでもできるよ」

 優しく髪をとく感触に、ジリアンは目を細めた。気持ちがいい。

「勇気があるんだ。その勇気を、人と話す方に向けるだけだよ」
「話す方?」
「嫌われるかもしれないけど、それでも勇気を出して伝えるんだ。心の内を」

(勇気……)

「クェンティンも、そうだったろう?」

(そうだわ。クェンティンも、旅で出会った人と仲良くなるのを不安がってた。また一人になるのが怖かったから)

 ジリアンと同じだ。

(でも、勇気を出して言ったんだわ)

『夜、一人で眠るのは怖い。自分が消えて無くなってしまいそうで。でも、誰かと眠るのはもっと怖い。朝目が覚めたら、一人になっているかもしれないから』

 と。勇気を出して、言ったのだ。

「でも、クェンティンの仲間は彼を嫌いになんかならなかった」

 とかした髪を、アレンが三つ編みに編んでいく。話しながらもその手が止まることはない。手先が器用らしい。

「そうだろ?」
「うん。……『クェンティンの寂しさに思いをせて、その瞳から一粒の涙が落ちた』」
「『そして、その涙は一粒の宝石に姿を変えた』」

 クェンティンが手にしたそれは、仲間の優しさとクェンティンの勇気を授かった魔法の宝石になったのだ。後に重傷を負った彼の仲間の傷を癒すことになる。

「……でも、あれは作り話だわ」
「そうか?」
「え?」

 ジリアンの髪にリボンを結んでくれたアレンが、ニコリと笑っている。

「本当にあった話かもしれないだろ?」

 夏の朝。
 東の空に朝日が昇って、南風が暖かい空気を運んでくる。
 アレンの金の髪と金の瞳が、キラキラと輝いて見えた。

「……そうだね」
「おう」

 クェンティンの旅の意味が、分かりかけていた──。





『心配をかけてごめんなさい。私は無事です。今、首都ハンプソムに向かって旅をしています。私は、自分が役に立てる人間だと証明したいのです。あなたに捨てられるかもしれないと、不安だから……。できれば、このまま旅を続けさせてください』

 簡潔すぎるだろうかとも思ったが、ジリアンは素直な気持ちだけを手紙につずった。

「書けたか?」
「うん」
「それじゃあ、飛ばしてやるよ」
「大丈夫。自分でできるよ」
首都ハンプソムに行ったことあるのか?」
「ないけど」
「え?」

 やったことはないが、ジリアンにはできるという確信があった。

 目を閉じて、侯爵のことを思い浮かべる。
 まぶたの裏に映る景色がどんどん移り変わっていき、やがて見知らぬ街が見えた。首都ハンプソムだ。街の中心に程近い高級住宅街の中、3階建の瀟洒しょうしゃな屋敷。その2階の開け放たれた窓の向こう。書斎だろう。
 そこに、侯爵がいた。

「『クリフォード・マクリーン侯爵へ』」

 ジリアンが唱えると、手紙がふわりと浮いて。そして、真っ直ぐ西へ向かって飛んでいった。

「お前……」

 アレンが驚いている。

「なに?」

 何か、まずいことをしただろうか。

「昨夜から思ってたけど、お前の魔法はおかしいよ」
「おかしい?」

 ジリアンの顔が真っ青になる。

(おかしいって、どういうこと?)

「ちがうちがう。おかしいっていうのは、変な意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味なの?」
「お前の思ってる魔法と、俺たちが思ってる魔法は、まったく違うんじゃないかってことだ」

 首を傾げるジリアンに、アレンがため息をついた。

「お前が今使った手紙を飛ばす魔法は、風魔法の中でも上級魔法だ」
「そうなの?」
「その前に、お前は『千里眼』を使ったろ?」
「『千里眼』?」
「普通は手紙は行ったことがある場所にしか飛ばせない。お前は『千里眼』を使って侯爵の居場所を見たんだ。だから飛ばせた」
「アレンもできるでしょ?」
「できない」
「え?」
「『千里眼』は魔大陸から渡ってきた魔導書に載ってる、伝説級の魔法だ。ルズベリー王国に、『千里眼』を使える魔法使いはいない」
「そんな……」

 驚くジリアンを、アレンの金の瞳が見つめている。

「お前、魔法の天才だよ」
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

処理中です...