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第1部 勤労令嬢、愛を知る - 第1章 勤労令嬢と侯爵様
第9話 旅の意味
しおりを挟むジリアンは、これまでの全てを話した。
男爵の妾の子として生まれたこと。実の母親が死んで、男爵に引き取られたこと。男爵家で下働きをしていたこと。
侯爵に引き取られたが、いつ追い出されるかわからないこと。だから、自分が役割を果たせると証明するために旅をしていること……。
アレンは、ジリアンの話を笑わずに聞いてくれた。ジリアンの肩を優しく抱いて、ときおり相槌を打ちながら。
話しながら、ジリアンは眠ってしまった。
久しぶりに人の温もりに触れたからだろう。緩やかに襲ってくる眠気に、勝てなかったのだ。
「……なんで止めなかったんだ?」
「旦那様のご命令です」
夜半、うっすらと目が覚めた。話し声が聞こえてきたからだ。
一人はアレンで、もう一人は分からない。ジリアンの肩を抱いたままのアレンが、簡易結界の向こうの誰かと話しているのだ。
「命令?」
「お嬢様のなさることは、命が危険に晒されるようなことでない限り止めてはならないと」
「だからって、野宿はどうなんだ」
「旦那様もご承知のことです」
「大事にする気がないのか? 何のために引き取ったんだ」
「我々は主人の真意を推し量る立場にはありません」
「だいたい、こんな魔法……。一人にすべきじゃないだろう」
「はい。承知しております」
「……ふーん。まあ、いいや」
「……失礼します」
誰かは話を中断して、どこかへ行ってしまった。ジリアンが目覚めたことに気づいたのかもしれない。
アレンがジリアンの顔を覗き込んでいるのがわかったが、ジリアンは眠ったふりをした。
あの誰かが誰なのか、わかってはいたけれど。
アレンが、ぎゅっと肩を抱いてくれたから。眠ったふりを続けるしかなかった。
「手紙、書けよ」
翌朝。魔法を使って茶を淹れていると、アレンが言った。
「手紙?」
「侯爵に」
「でも……」
「心配してるだろ」
「そうかな?」
「そりゃあ、そうだろ」
「なんで?」
「ん?」
「なんで、心配してるって思うの?」
「親だろ?」
「……わかんないよ」
「それなら、そうやって手紙に書けばいいじゃん」
「え?」
アレンの顔を見ると、呆れた様子でジリアンを見ていた。
「言わなきゃわかんないだろ。不安だって」
その通りかもしれない、と思った。
ジリアンは『働きたい』と言うだけで、なぜ働きたいのかを言わなかったから。
「でも、そんなこと言ったら……」
(嫌われちゃう)
黙りこんだジリアンをアレンが手招きした。ジリアンが座ると、アレンは彼女を後ろ向きにさせて櫛を手に取った。
「お前はさ、一人で旅に出られるんだから。なんでもできるよ」
優しく髪をとく感触に、ジリアンは目を細めた。気持ちがいい。
「勇気があるんだ。その勇気を、人と話す方に向けるだけだよ」
「話す方?」
「嫌われるかもしれないけど、それでも勇気を出して伝えるんだ。心の内を」
(勇気……)
「クェンティンも、そうだったろう?」
(そうだわ。クェンティンも、旅で出会った人と仲良くなるのを不安がってた。また一人になるのが怖かったから)
ジリアンと同じだ。
(でも、勇気を出して言ったんだわ)
『夜、一人で眠るのは怖い。自分が消えて無くなってしまいそうで。でも、誰かと眠るのはもっと怖い。朝目が覚めたら、一人になっているかもしれないから』
と。勇気を出して、言ったのだ。
「でも、クェンティンの仲間は彼を嫌いになんかならなかった」
とかした髪を、アレンが三つ編みに編んでいく。話しながらもその手が止まることはない。手先が器用らしい。
「そうだろ?」
「うん。……『クェンティンの寂しさに思いを馳せて、その瞳から一粒の涙が落ちた』」
「『そして、その涙は一粒の宝石に姿を変えた』」
クェンティンが手にしたそれは、仲間の優しさとクェンティンの勇気を授かった魔法の宝石になったのだ。後に重傷を負った彼の仲間の傷を癒すことになる。
「……でも、あれは作り話だわ」
「そうか?」
「え?」
ジリアンの髪にリボンを結んでくれたアレンが、ニコリと笑っている。
「本当にあった話かもしれないだろ?」
夏の朝。
東の空に朝日が昇って、南風が暖かい空気を運んでくる。
アレンの金の髪と金の瞳が、キラキラと輝いて見えた。
「……そうだね」
「おう」
クェンティンの旅の意味が、分かりかけていた──。
『心配をかけてごめんなさい。私は無事です。今、首都に向かって旅をしています。私は、自分が役に立てる人間だと証明したいのです。あなたに捨てられるかもしれないと、不安だから……。できれば、このまま旅を続けさせてください』
簡潔すぎるだろうかとも思ったが、ジリアンは素直な気持ちだけを手紙に綴った。
「書けたか?」
「うん」
「それじゃあ、飛ばしてやるよ」
「大丈夫。自分でできるよ」
「首都に行ったことあるのか?」
「ないけど」
「え?」
やったことはないが、ジリアンにはできるという確信があった。
目を閉じて、侯爵のことを思い浮かべる。
瞼の裏に映る景色がどんどん移り変わっていき、やがて見知らぬ街が見えた。首都だ。街の中心に程近い高級住宅街の中、3階建の瀟洒な屋敷。その2階の開け放たれた窓の向こう。書斎だろう。
そこに、侯爵がいた。
「『クリフォード・マクリーン侯爵へ』」
ジリアンが唱えると、手紙がふわりと浮いて。そして、真っ直ぐ西へ向かって飛んでいった。
「お前……」
アレンが驚いている。
「なに?」
何か、まずいことをしただろうか。
「昨夜から思ってたけど、お前の魔法はおかしいよ」
「おかしい?」
ジリアンの顔が真っ青になる。
(おかしいって、どういうこと?)
「ちがうちがう。おかしいっていうのは、変な意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味なの?」
「お前の思ってる魔法と、俺たちが思ってる魔法は、まったく違うんじゃないかってことだ」
首を傾げるジリアンに、アレンがため息をついた。
「お前が今使った手紙を飛ばす魔法は、風魔法の中でも上級魔法だ」
「そうなの?」
「その前に、お前は『千里眼』を使ったろ?」
「『千里眼』?」
「普通は手紙は行ったことがある場所にしか飛ばせない。お前は『千里眼』を使って侯爵の居場所を見たんだ。だから飛ばせた」
「アレンもできるでしょ?」
「できない」
「え?」
「『千里眼』は魔大陸から渡ってきた魔導書に載ってる、伝説級の魔法だ。ルズベリー王国に、『千里眼』を使える魔法使いはいない」
「そんな……」
驚くジリアンを、アレンの金の瞳が見つめている。
「お前、魔法の天才だよ」
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