25 / 38
第7章 私が運命に翻弄される悲劇の悪女だなんて、絶対誰にも知られたくない!
第25話 みんなのエミリーさん
しおりを挟む『お客様、ギルド内で騒ぎを起こされるのは困ります』
シルバーブロンドの髪が、キラキラと光っていた。
『薄汚い? 私にはそうは見えませんけど。失礼ですが、お客様の目の方が汚れていらっしゃるのでは?』
アメジストの瞳でニコリと笑って。その姿に気圧された男が逃げていった。
『大丈夫?』
優しく笑いかけてくれたその人を、女神様だと思った。
次にその人に会えたのは、それから1年後だった。
お金を貯めて、辻馬車に乗って彼女が暮らす町に行った。第9公営ギルドの中をこっそり覗き見ると、その人は受付カウンターにいた。冒険者と楽しそうに談笑して、他の職員も一緒に笑っていた。
彼女だけが、キラキラと輝いて見えた。
同時に、彼女が愛されていることを知った。誰もがエミリーさんを美しいと言い、誰もがあんなにいい人はいないよ、と噂していた。
『いつか、誰か一人のものになってしまうのかな?』
と、一人の老婆が悲しそうに呟いていた。周囲の人も、その言葉に眉をひそめた。
その次に彼女に会えたのは、さらに2年後だった。冒険者になるための訓練校に通っていたボクは、その研修の途中で彼女が暮らす町に寄ることができた。
彼女は相変わらず『みんなのエミリーさん』だった。みんなに愛されて、みんなに微笑みかける。
彼女は『高嶺の花』と呼ばれ、それに応えていた。
それはまるで周囲が造り上げた偶像のようで、ボクはそれを嫌だと思った。
次に再会したとき、ボクは冒険者になっていた。数々の試験をトップの成績で通過し、彼女の町のA級パーティーにスカウトされた。ようやく彼女の近くに行ける、その資格を手に入れたのだ。
彼女はやっぱり『高嶺の花』で、誰のものでもなかった。ボクはそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。彼女には『たった一人の人』がいない。それはボクにとって嬉しいことなのに、悲しかった。
それに、ボクも『みんな』の内の一人にしかなれなかったから。それも悔しかった。
どうすれば彼女ともっと親しくなれるのか、そればかりを考えていた。
あの日、彼女を助けたのは偶然なんかじゃない。世間ではこういう行為を『ストーカー』と呼ぶらしいことは知っていた。けれど、ボクは止められなかった。どんな手を使ってでも彼女の視界に入りたかった。
そしてボクは、彼女の本当の姿を見た。
本当の彼女は、ふわふわしていて、優しくて、寂しがりやで、泣いたり笑ったり忙しない人だ。
幻滅なんかするはずない。心の底から、愛おしいと思った。
『高嶺の花』や『みんなのエミリーさん』じゃない。ボクだけに見せてくれる、ボクだけのかわいいエミリーさん。
ボクを見つめて、好きだと言ってくれたエミリーさん。
会う度に愛しさがあふれて、ボクはどうしようもなく幸せだった。
* * *
(……朝)
夜明け前、パチリと覚醒した。右腕に優しい温もりを感じて視線をやれば、愛しい人がすやすやと可愛らしい寝息を立てて眠っていた。美しいシルバーブロンドの髪に鼻先を埋めると、愛しい匂いに包まれる。
(ごめんなさい)
昨夜は、酷い抱き方をしてしまった。衝動を抑えきれなかったのだ。
ボクの知らない男が、エミリーさんに微笑みかけていた。愛しいと言わんばかりの瞳で。エミリーさんもそれを拒絶していなかった。
(そんな程度のことで自制をなくすだなんて)
心の中で反省を繰り返しながら、そっとベッドから抜け出した。今日もクエスト受注が決まっているので仕事に行かなければならない。本当は彼女と離れたくはないが、そんなことをすれば彼女は怒るだろう。
シャワーを浴びてから、部屋中に散らかった二人分の衣類を集めて、洗濯機を回す。彼女の上着のポケットには小型魔導通信機が入っていた。
「魔力、切れてたのか」
どうりで、いくらメッセージを送っても無視されるはずだ。魔石を交換すると、すぐにメッセージを受信した。クレアさんからは『フ゛シ゛テ゛ ヨカツタ』、コールズ課長からは『ホンシ゛ツ キユウカ ヤスメ』と。
エミリーさんは今日は仕事を休めるらしい。それにホッと息を吐いた。
(無理をさせたから)
ボクが休めと言っても、無理にでも出勤したはずだ。
できるだけ音を立てないように最低限の家事をこなして、ダイニングにはエミリーさんの朝食と昼食を準備する。
それから部屋に保護魔法をかけた。これで、ボク以外はこの部屋に入ることはできない。もしエミリーさんが部屋から出ればそれを感知できる術式も組み込んでおいた。
最後に置き手紙を書く。
『今日は休むようにって連絡が入ってました。急いで仕事を終わらせて帰ってくるので、この部屋で待ってて下さい。保護魔法をかけてありますから、安心して。絶対に、部屋から出ないように』
よく眠っている愛しい人の頬にキスをして、もう一度その髪に顔を埋めて。胸いっぱいに優しい香りを吸い込んでから、ようやく部屋を出た。
* * *
「サイラス!」
集合場所に行くと、すでにボク以外の5人が既に揃っていた。その内の一人、リカ……聖女様が大きく手を振っている。
「おはよう。エミリーさん、大丈夫だった?」
「ああ」
「よかったね」
聖女様が、カラッと笑って言った。その様子に、わずかに首を傾げる。
(昨日まで、あんなにボクにすり寄っていたのに……?)
「それじゃあ、仕事に行こう」
マクレガーさんの合図で早々に馬車に乗り込み、出発した。移動しながら今日のクエストの内容を確認していく。
町外れに出現した新たな迷宮の調査だ。迷宮は放置しておくと次から次に魔物を吐き出すので、早々に迷宮主を倒して封鎖しなければならない。それが、冒険者の仕事だ。
「可能なら今日ケリをつける」
「そんなに急ぐ必要あります?」
「魔王が復活すると、続々と迷宮が発生すると伝承にある。これもその一つだろう」
「一つずつ丁寧に攻略してる余裕はないってことですね」
「その通りだ」
迷宮攻略自体は、いつもどおりだった。
その途中、ボクの部屋に残してきた保護魔法からエミリーさんが抜け出したことを感知した。『帰らなければ』、そう思ったのは一瞬のことで。
次の瞬間には、そのことを忘れてしまった。
頭は妙にクリアで、『ボクはこの迷宮を攻略しなければならない』、ただそれだけに突き動かされた。
そして迷宮主を倒した後、その亡骸の奥に祭壇が設えられていることに気付いた。
「これ、鍵……?」
聖女様が祭壇の上に祀られていた黄金の鍵を手に取った。
「聖剣を封じた隠し迷宮の鍵だよ」
急に割り込んできた男の声に、ボクの背中がゾワリと粟立つ。
(この声は、あの男……!)
目の前の祭壇には、いつのまにかあの男が腰掛けていた。
1
お気に入りに追加
1,505
あなたにおすすめの小説
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
偶然同じ集合住宅の同じ階に住んでいるだけなのに、有名な美形魔法使いに付き纏いする熱烈なファンだと完全に勘違いされていた私のあやまり。
待鳥園子
恋愛
同じ集合住宅で同じ階に住んでいた美形魔法使い。たまに帰り道が一緒になるだけなんだけど、絶対あの人私を熱烈な迷惑ファンだと勘違いしてる!
誤解を解きたくても、嫌がられて避けられている気もするし……と思っていたら、彼の部屋に連れ込まれて良くわからない事態になった話。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる