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第1章 実は処女だなんて、絶対誰にも知られたくない!

第2話 新米冒険者くんはイケメン

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『エミリーさんはなぁ』
『ちょっと近寄りがたいっていうか』
『仕事の鬼って感じだし……』
『美人だけど』
『なんか、ベッドの上でも叱られそう』
『それ』

 というのが、男性諸君の評価である。

(こうなったら、仕方がない)

 早々に結婚は諦めた。恋人だって、絶対に必要というわけでもない。

(別に、一人でもいいわ)

 当初の目標は変わらない。私は【高嶺の花】として誇り高く生きるだけだ。

 ……という決意をしたのが、1ヶ月前。28歳の誕生日を、一人で祝った夜のことだ。
 私は私が決めた完璧な人生を生きる。前世のように、男に依存して惨めに生きていくことだけはしない。そう、決めたのだ。


 その矢先に、これである。
 完璧に見えていた私の【高嶺の花】人生は、どうやら『田舎町に独り身のまま骨を埋める』という地味エンドを迎えることが決まったらしい。

(それ自体は、別にいい)

 不満はない。むしろ、今の状況は【高嶺の花】として生きていくことを決めた私にとって理想的だ。田舎も別に嫌いじゃない。

(それなのに)

 心の中がすっきりしない。

(もやもやする)

 自分で決めたことを信じきれない。そんな自分が、イヤなのだ。


 送ってくれると言う男性諸君を断って、一人で帰途につく。

(なにが『まあ、エミリーさんなら大丈夫か』よ! もうちょっと粘れ!)

 内心で悪態をつきながらツカツカと歩く帰り道。

(私だって、一人で帰るのは寂しい。誰かに送ってもらいたい……)

 こんなことを思うのは、酔っているからだ。今日だけ、今日だけは弱音を吐こう。そんなことを思いながら、ひたすら歩いていたら、

 ──ドンッ。

 人にぶつかってしまった。間抜けにもほどがある。

「おっ、エミリーちゃんだぁ!」

 しかも相手は酔っぱらいだ。今日は運も悪いらしい。

「すみませんでした」

 ぶつかったことを謝罪すると、男がニタリと笑って私の顔を覗き込んだ。

「いいよぉ。俺とエミリーちゃんの仲だろぉ?」
「えっと、どちら様、ですか?」
「俺のこと忘れたのぉ? 一昨日、クエストの受付してくれたじゃぁん!」

 そんなこともあったかもしれない。ただの業務上のやりとりが。つまり、ちゃん付けで呼ばれるような間柄では、決してない。

「一人ぃ?」
「……失礼します」

 不穏な空気を感じて、さっと身を翻した。

「おっと。そんな逃げなくてもいいじゃん」

 腕を握られて、背筋にヒヤリとしたものが伝わった。周囲の人は、我関せずといった様子で足早に通り過ぎていく。

(思い出した。酒癖が悪くて、隣町のギルドを追放された奴だ)

 この町では特に問題を起こしたわけではないので登録を拒否できなかった。受付担当者の間で、要注意人物として情報共有されていた男だ。

(最悪だ)

 最悪の気分のところに、最悪の人物に絡まれた。人生最悪の日である。

「ねえ、今から俺と飲もうよ」
「お断りします」
「なんで?」
「二人きりで過ごすような間柄ではないと思いますが」
「つれないなあ。いいじゃん。冒険者と受付嬢の間柄じゃん。親睦を深めようよぉ」

(気持ち悪い)

 ニタァと笑った男が、私の腕を握る手に力を込める。

「無理矢理がいいなら、俺はそれでもいいけどぉ?」

(よし。隙を突いて股間を蹴り上げて走って逃げる。これでいこう)

 叫び声を上げて助けを求めれば、誰かが助けてくれる。いつもなら、そうやって冷静な判断ができたのに。私は冷静じゃなかった。

 私はニコリと笑って男を見た。

「はなせ、クソ野郎」
「あ?」

 男が汚い顔で私を睨みつけた。

「私より身長低い男には興味ないんだよ。ゴミはゴミ箱に帰れ。もしくはクソと一緒に下水に流れろ。臭いんだよ、近寄るな。チビでデブでブサイクって、三重苦じゃん。さっさと消えろよ、インポ野郎」

 次から次に出てくる罵詈雑言に、自分でも驚いた。驚いている間に、男の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。その様子を、酔った頭で眺めては心の中で笑った。

「真っ赤になっちゃって、図星? インポなの? あはははは! そんなんで、よく私を誘えたわね!」

 笑いは心の中だけには収まってくれなかったわけだが。

「この女!」

 男が拳を振り上げた。

(あ、これはまずい)

 隙をついて股間を蹴り上げるはずが、その隙を完全に見逃した。当たり前だ。私は戦闘ド素人のギルド職員。相手は腐っても冒険者なのだから。

(殴られる!)

 ギュッと目をつぶって、襲ってくる痛みに耐えようとした。ところが。

 ──パシッ。ゴッ、ドカッ。ぐぇッ、ドサッ。

 痛みはいつまでも襲ってこないうえに、アニメみたいな効果音とカエルが潰れたような声が聞こえてきた。
 ソロリと目を開けると、そこには長身のさわやかイケメンが立っていた。

「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい」

 ニコリと笑ったイケメンは最近話題の新米冒険者、サイラス・エイマーズくんだとすぐに分かった。例の男の方は、サイラスくんの足元で気絶している。

「なんで助けを呼ばないんですか。危ないところでしたよ」
「あ、はい。反省してます」
「本当ですか?」

 クスクス笑ったサイラスくんに、ようやく肩の力が抜けた。

「助けてくださって、ありがとうございます」
「いいえ。偶然通りかかってよかったです」

 それからは、警備隊を呼んで事情を説明して男を引き渡した。警備隊にも『自分で立ち向かうような真似は絶対にしないように』と叱られた。『夜中の独り歩きをしないように』とも。
 そのついでに、

「それじゃあ、彼女のことは君が送ってくれるかい?」

 と、サイラスくんに尋ねる警備隊。

「もちろんです」

 と、爽やかに返事をしたサイラスくん。

 私とサイラスくんは二人で家路につくことになったわけだが、私の気持ちは煮え切らないままだった。

「……あの」
「はい」

 私の呼びかけに、やっぱりさわやかに答えてくれたサイラスくんに、思わず言ってしまったのだ。

「ちょっと、付き合ってくれない?」

 サイラスくんは、それはそれは嬉しそうに微笑んで、

「はい!」

 と、返事をしてくれた。
 いつもの私なら、おかしいと思ったはずだ。冒険者とギルド職員の私、二人は顔見知り程度の関係。そんな相手に向けるような表情じゃなかった。それに違和感を覚えないだなんて。

 やっぱり私は、酔っていたのだ。
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