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出会いは失敗に終わりました……。

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  昼休憩中に、朝の会話で出た隣のクラスに居るという、三味線の家元の男子を見に行く。

「……………………」

 隣のクラスは完全にアウェイ。

 教室を覗いている私たちに対する、このクラスの生徒たちの視線が痛い。

 「そもそも、別の所で食べている可能性もあるのに」と考えている私の耳に、サキの「居た! 居たよ!」という言葉が届いた。

「どこ?」

 サキが指をさす先に、一人の男子生徒が居た。

 その男子生徒は食事をすでに済ませたのか、イヤホンをして窓の外を見て物思いにふけっているようだった。

 三味線の家元というのだからもっと儚げな存在をイメージしていたけど、その男子生徒の体格は細身ながら良く、髪も艶があり健康優良児であることは間違いなかった。

「ちょっと声かけてくる」

「まっ、待って!」

 善は急げ、と言わんばかりに隣のクラスに乗り込もうとするサキの腕を引き、自分の教室へ戻った。

「どーした、どーした?」

「どうしたって、そんな急に話しかけても恥ずかしいし、何話していいのか分かんないよ」

「別に今から告ろうって訳じゃないんだから、『三味線教えてください~』って言えば良いだけじゃん」

 サキに言われ、顔から火が出そうなくらい赤くなったのが分かった。

 その通りだ。

 私の目的は三味線を教えて貰いたいだけで、別に告白しようとは全く思っていない。気負う必要は全くなく、普通にそう言えば良いだけだった。

 「じゃあ、もう一回、行こうか」と、なぜかここで思い切りの良さを発揮するサキに、変な考えで失敗した手前もう一度、行くのが恥ずかしくなってしまった。

 戸惑う私を見て、サキは小さくため息を吐くと「それじゃあ、放課後にしようか」と良案を出してくれた。

 それくらいの時間になれば、今の動悸も落ち着き、何とか話せる――と思う。



『何でこうなるかなぁ~!!』

 想像の斜め上を行く事態に、心の中だけで大きく叫んだ。

 授業が終わり、クラスメイトが三々五々、学校をあとにするなか、その流れに逆らうように、私はサキに連れられて屋上前の踊り場まで連れてこられた。

 サキは私をここへ置くとすぐにどこかへ行ってしまった。

 言われた通り待っていると少しの間を置いて昼休憩に見た家元がやってきた。

 『もしかして、サキが話しておいてくれた?』と淡い期待を抱きながらやってくる家元を見ていたが、家元が私の顔を見ると頬をやや赤らめて視線をそらした。

 何か嫌な予感が頭をよぎってしまう……。

 どうしたもんか迷っていると、先に口を開いたのは家元だった。

「あのさ――話ってなに……?」

 その回答が見つからない。どう話しても、悪い方にしか話しが進まない気がしたからだ。

「あの――さ。ごめんね、サキがなんか変なこと言っちゃったみたいで」

 「あっ、うん……」小さく呟く家元。

 こうして時間が過ぎていけばいくほど、何か良からぬ方へ話しが転がる。

 相手から私への印象が悪くなってしまう。

 ――ならば、ここは意を決して切り出すしかない!!

「あっ、あの! 三味線! 私、最近、三味線はじめて――いや、始めてっていうほどやっている訳じゃないけど、でも、ちょっと分からないところだらけだから三味線が上手い人に教えてもらいたいと思って!」

 言い終わると家元の顔が一瞬にして曇り、そして怒り、次いで悲しみ。

 最後はそれら全てが混ぜこぜになった表情になった。

 「はぁ……」

 その表情のまま少し経ったところで、家元が全てを諦めたような大きなため息を吐いた。

「5000円」

「えっ?」

「個人指導はホームページか電話で申し込んで、契約は初回半年単位なんだけど、アンタ、すぐに飽きそうだから1回ごとでいいよ」

「えっ、いやっ、お金――取るの……?」

 突然、月謝の話を始めた家元に驚いた。

 三味線を習いたいは習いたいが、そこまで本格的に習うことまで考えていない。

 ほんのちょっと、簡単な曲が弾けるようになるだけでいいのだ。

 しかし、私が言葉を発すると、困ったような表情になっていた家元の顔が一気に憤怒へと染まった。

「なんでさ、タダで教えてもらえると思ったの?」

「なんでって、そんな……」

 そんな難しいことは考えなかった。

 クラスは違うけど、同じ学生だし暇な時間にちょっと教えて欲しかっただけだ。

 お礼に何か手伝えることがあれば、手伝ったりしようとも思っていた。

 そう答えようとしたけど、家元は矢継ぎ早に続ける。

「材料費がかかっていない、ただ教えるだけなんだから無料にしろって思ってんだろ? フザケんなよ。目に見えないだけで、どれだけ時間・・を削ってると思ってんだ!」

 顔を、先ほどとは違う怒りの赤に染め、腹の中で澱んだ汚泥を吐き出すように家元は続ける。

「俺は、3歳の頃から三味線をやってる。簡単に数えて14年。1日、短くても5時間。長くて15時間、ずっと三味線を弾いている。敬意を払えば、俺は積み上げてきた技術を全力で教える。けど、アンタはその14年の努力を『無かったこと』として扱っているんだ」

 睨みつけ、牙をむき出しにして唸る獣のように、家元は私を睨みつけた。

 それに背筋が寒くなり、無意識に一歩下がる。

「ナメてんじゃねぇぞ、お前――」

 静かな怒声に身がすくみ、家元が動いた瞬間『殴られる!』と目をそらした。

 だけど、そう思ったのは杞憂だったようで、家元はドスンドスンと怒りを隠すことなく床を踏みしめながら階段を降りてった。

「は……あぁ……」

 殴られるかと思った。でも、大丈夫だった。

 安心したら、なんか足から力が抜けて、ズルズルと壁に寄りかかりながら床に座り込んでしまった

「怖かった……」

 歯の根が合わず、カチカチと鳴っているのに気づいたのは少し経ってからだった。

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