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48 コゲコゲオムライスの彼のはずなのに……。

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「むぅ」

 私は頬をふくらませ、不満を声に出していた。

「え?」
「何か想像していたのと違う」
「えぇ?」

 冬君が驚くが、むしろ私の方が嘆きたい。だってコゲコゲオムライスの彼が、テキパキと台所仕事をこなしていくのだ。

 お弁当にポテトサラダを入れようと、今はジャガイモの芽を取り除いている最中。私がピューラーをキッチンの抽出しから取り出そうとしていると、冬君はとっととイモを洗って、包丁の刃元で芽を取り除く。

「ゆ、雪姫さん? 何でご機嫌ナナメなの? 俺、なんか手順間違った?」
「間違ってないけど……。ちょっと思っていたのと違っただけ。だって、冬君と言えば、コゲコゲオムライスだから。こんなにテキパキ料理を始められると、なんだか複雑」

「雪姫、あのオムライスを蒸し返すのやめて? アレかなり恥ずかしかったから。本当に俺の黒歴史だからね」
「だって……。これだけ料理できる人が、あんな失敗するなんて」

「緊張してたんだよ。だってさ、知らない女の子の家で、二人きりでって……。緊張するなって方が、ムチャでしょ」

 そう言えば、と思う。以前、彩ちゃんと電話で話した時、彼女も驚いていた。
 ――あの気まぐれ猫が?

 彩ちゃん曰く、家庭科の授業ではそつなく一人で調理実習をこなしていたらしい。最初聞いた時にはとても信じられなかった。でも今の冬君の姿を見れば納得できた。

「今は、もう知っているから緊張しないってこと?」

 私はかなり意地悪な言い方をしてしまった。いつだって、冬君にお弁当を作る時はドキドキしてしまう。美味しいって言ってくれるかな? 喜んでくれるかな? そんなことをずっと考えてしまう。だから、放課後――リハビリの時間になって、冬君から

『おいしかった』

 そう言われるのが、本当に嬉しい。そう思っていたのに――。

「ドキドキしているに決まっているじゃないか」
 ボソリと冬君が呟く。芋の芽を取り除きながら。

「え?」
「雪姫と一緒にいて、ドキドキしないことなんて無いよ」
「それは、本当?」

 私は作業に集中しようと、鶏肉を丁寧に切っていく。冬君の好きと言ってくれた唐揚げを追加で揚げることにしたのだ。

「むしろ何で、ドキドキしていないって思ったの?」
「だって、冬君……いつも余裕そうだし。手を繋いで、ってお願いをしたのは私だけど。平然としているし。冬君が髪を撫でてくれるのも、きっと小さな子どもをあやす感覚なんのかなぁ、って思ってたから」
「……最初はそうだったよ、そう自分に言い聞かせていた」

 冬君は鍋で、イモをゆがきだした。

「でもね……雪姫との距離が近くなればなるほど、妙に安心しちゃって。もっと近くで、傍にいたいって思っちゃったんだ。雪姫はリハビリのために頑張っているのに、俺はそんなヨコシマな気持ちで――ってずっと思っていたよ」
「そっか」

 私はコクンと頷く。距離が近いことは自覚していた。空にも散々からかわれたから。でも、呼吸が落ち着く。発作が起きて、息が乱れても。心臓が暴れだしても、冬君が傍にいてくれたら、それで落ち着くのだ。手を握ってもらったら、即効性で発作が消えてしまう。

 でも――と思う。発作が消えるから、冬君に触れたいんじゃない。あなたにもっと近付きたいから。あなたを私が独占したいから。そんな欲が溢れてしまうのだ。

「私もずっとドキドキしてる。冬君とこうやって、お弁当作れるの嬉しい」

 私はこれでもかってほど、笑顔を浮かべている自覚があった。

「ん。そうだね、一人だとどうしても料理する意欲が湧かないから……。必要最低限しかやっていなかったけれど……誰かのために作るのなら――雪姫と一緒ならやる気が出るね」
「誰かって、そのなかの一番は誰?」

 また私はそんなズルイことを言う。と、冬君が微笑んで答えてくれない。

「え? 冬君?」
「ナイショにしとこう、かな?」

 クスクス笑って、そう言う。ワザと言われているのを感じて、私はきっと表情があからさまに不機嫌になっていたんじゃないかと思う。

「雪姫」
「知らない」
「ゆき」
「知らないもん」
「だから、雪姫だって」
「知らな――え?」

 私は思わず冬君を見る。コポコポと鍋が沸騰していることを告げていた。

「雪姫はね、最近すぐ不安になるみたいだから。何回でも言うよ。一番は雪姫だよ。でも今日はみんなとピクニックだから、みんなに美味しいと言ってもらえるように、俺も頑張るから。だから雪姫もお願い」
「う、ん」

 私はコクコク頷く。火を扱っているし、包丁を握っているから冬君の胸に飛び込むことはできない。でも、と思う。自制がきかない。自分でもそう思う。飲み込んでいた感情を蓋で押さえつけることはもう止めにしたのに。むしろ、今まで以上に感情が溢れ出して、止まらなくて。

「でもさ、雪姫」
「なに、冬君?」
「包丁持って不機嫌になられたのは、流石にちょっと怖かった」
「……私、ヤンデレじゃないからね!」

 包丁と冬君の苦笑する顔を見比べる。よくライトノベルにあるヤンデレ系の彼女。ヤキモチを妬いて包丁をチラつかせてみたり。手錠で拘束してみたり。

 そんなの脚色しすぎじゃないだろうかと、そう思ったことがあった。惚れた好いたで執着する理由が当時は分からなかった。でも今なら、そんな子達の気持ちが、少しだけ分かるかもしれない。

 もし冬君が、私と違う誰かを好きになってしまったら。
 そうしたら。多分、私は立ち直れない。

 ヤンデレなら、奪ってでも――彼氏を傷つけてでも束縛してでも、何がなんでも独占したいと思うのかもしれない。でも私はどうするんだろう?

 冬君を傷つけたくはない。冬君を信じたい。疑うような眼差して見るのはイヤだ。でも、私の冬君だって言いたい。独り占めしたい。ずっと傍に居て欲しい。他の子に笑いかける冬君を見ると、苦しくなる。それが例え小さな子でも。海崎君でも。自分でもおかしな子だなって思う。でもそう考えると、喉元がひゅーひゅー鳴る。呼吸が苦しくなる。私って、本当に面倒くさ――。

 カチン。冬君がコンロの火を止めた。それから私の包丁を取り上げて、まな板の上に置く。

「ふ、ゆ君?」
「不安になった?」

 すっと私を引き寄せて、抱きしめてくれた。

「不安……ではないけれど。私、本当に面倒くさい女だなって――」
「昨日に続いて、雪姫は頑張っているからね。無理が重なったと思うよ」

「そんなことは……」
「そんなことあるよ。それなのに俺が不安にさせたんだ。ごめんね」
「そ、そんなことないよ。ただ私って何でこんな弱いのかなぁ、って。すぐ弱気になって、やっぱり息が苦しくなっちゃうし」

 私は思わず唇を噛み締める。

「雪姫がね、ヤキモチ妬いたり不安になったりするのって、俺は嬉しいって思っちゃうけどね」
「え?」
「だって、それだけ想ってもらえているってことだから。でも彼氏としては失格かなって思う」

 と言う冬君の言葉が、今ひとつ私は理解できなかった。相手を信じず、不安ばかり募らせている。むしろ失格なのは、彼女である私の方だ。

「雪姫を不安にさせちゃったからね。だから、不安になったら何度でも言ってあげたいって思うよ。安心させてあげたいって思うから。俺の一番は雪姫だよ」
「うん。でも――もっとちゃんと言って、って言ったらワガママ?」

 私の言葉に、冬君はクスリと笑む。

「雪姫が好きだよ。一番って、そういう意味だからね」
「うん」

 私は冬君の胸に顔を埋める。ちょっとしたことで不安になったかと思えば、すぐに心が満たされて。息が苦しくなったと思った刹那、すぐに呼吸が楽になるように。私って、本当に単純だ。

「好き。大好き」

 今日、何度、同じ言葉を繰り返しているんだろう。何度同じ言葉を冬君に囁いてもらって、満足するんだろう。喉が渇くように渇望している自分がいて。

 遠慮しない――ちがう。遠慮なんか、とてもできない。抑えようとしても、溢れてしまうから。でも溢れても良いと冬君が言ってくれた気がした。

 あなたがいるから呼吸ができる、のか。
 あなたがいないと呼吸ができない、なのか。
 分からなくなるくらい。溢れてしまうくらい。やっぱり、私は冬君が好き。そう思ってしまう。





「姉ちゃん、あのさ……俺、やっぱり手伝えることがなさそうだから、コンビニに買い出しに行ってくるね」

 ため息交じりに、弟が呟く声が聞こえて。
 静かにリビングのドアが閉められてから、ようやく私達は我に返る。
 あ……。空、なんかごめんね。





■■■





「できた……」
「ちょっと、気合いを入れすぎたかな?」

 冬君が苦笑する。それは私も一緒で。まさか、こんなに二人で作るとは思わなかった。ランチボックスに収めようと思っていたのに、全然足りなくて。
 結局、重箱まで出す始末。お弁当をアレンジしたおにぎりもそうだけど、冬君が作った卵サンドのサンドイッチ。私の唐揚げ。ウインナー炒め、ポテトサラダ。ハンバーグ、切り干し大根、鮭のムニエル、圧力鍋で作った豚の角煮、オニオンスープはスープジャーに詰め込んだ。

 だって、と思ってしまう。冬君と相談をしながら料理を作るのが、こんなに楽しいと思わなかったから。お互い作ったものを味見しては感想を言い合いながら。

 冬君の作ったものは、味がやや濃い。私の好みはやや薄味で。二人で確認をしながら味を調整したので、結果、統一感ができたお弁当になったんじゃないかと思う。

「冬君、ありがとう」
「いや、こっちこそだって。足手まといにならなかった?」
「むしろ一緒にできて私は嬉しかったよ」

 それとね、と私は背伸びをする。
 冬君の耳元に囁くように。

 だから、冬君は私に耳を傾けようと、少し体を傾けて。
 私はきっとこの時、イタズラっ子のような笑みを漏らしていたんじゃないだろうか。

 ちゅっ。

 水音がやけにキッチンに響いて。
 私の唇が冬君の頬に触れる。
 その瞬間、私も冬君も顔を真っ赤に染まって。
 私の唇が離れる刹那、リビングのドアが空くのは予想外だった――。

「いやぁ、よく寝たわ。雪姫、何か食べるものがあ……る?」

 欠伸をしながら入ってきたお母さんが、慌ててドアを閉めてしまった。私達は、慌てて離れる。離れるといっても背中と背中を合わせる程度で。

 体が熱い。恥ずかしくて、死んでしまいそうなくらい。でも冬君の背中の体温を感じながら。私は後悔していなかった。だって遠慮をしないって決めたから。

 私があなたしか見えないように。
 あなたの目に、私だけを映したい。そう思った。





 コポコポ。
 冬君が、お母さんに紅茶を淹れているところだった。

 お母さんがダイニングテーブルに座って、私達を見やる。私は耐えきれず俯いてしまう。

 私はムスッとしていたと思う。いつも、私が冬君に紅茶を淹れていたのだから仕方がないけれど。冬君に淹れてもらうなんて、お母さんちょっとズルイ。どうしてもその想いが拭えない。

「あぁ美味しい。上川君、さすが【cafe Hasegqawa】で働いていることあるわね。うーん。お・い・し・い」

 お母さん、わざと私に向かって言っているでしょう? ますますムカムカしてしまう。と、冬君は私にも、ティーカップを差し出した。思わず、目をパチクリさせる。

「折角淹れたから、みんなで飲もうか。俺が淹れる紅茶はどうしてもマスターと美樹さんから習った二番煎だし。あの二人にはかなわないから、所詮三流だけどね」

 冬君はそう言うが、茶葉の香りが活きていて、私が淹れるダージリンティーより美味しい――そう思ってしまった。

「俺は、雪姫の淹れてくれるレモンティーが好きだけどね。またリクエストしても良い?」

 冬君の言葉に、私はコクンこくんとうなずき、肯定を示した。

「ふぅーん」

 お母さんは、私に向けてニヤニヤしてくる。

「な、何よ?」
「いや、友達にしては仲が良いなぁ、って。今頃の高校生は友達同士で【ほっぺ】にチューするんだなぁ、って。そう思っただけよ」
「な、な、な!?」

 そこは見逃してくれたら良いのに、何でそんなことを言うの? 私は反論できず口をパクパクさせてしまう。

「仲が良い証拠なら、私も上川君にチューしても良いかしら?」
「だ、ダメに決まってるでしょ! お母さんはお父さんとすれば良いじゃない!?」

「昨夜、お仕置きした後にたくさん、イタしましたので。大地さんはもちろん良いけど、たまには年下の男の子も良いなぁ、って」
「ダメ! 絶対、ダメ!」

 思わず、私は冬君を抱き寄せて、お母さんから隠すように抱きしめた。

「ゆ、雪姫? お母さんが見てる、見てるから?!」

 冬君がワタワタ慌てるので、私はなおさらパニックになってしまう。
 と、クスリとお母さんが笑みを溢した。

「冗談よ」
 クスクス笑う。
「良かったわね、雪姫」

 からかわれていたと気付き、私はますます顔が熱くなる。と、私の隣で冬君が背筋をのばした。

「あの……」
「うん」

 お母さんがニコニコして、視線を冬君に向ける。

「この前は、友達としてご挨拶をさせていただきました。でも今は……。昨日から雪姫さんとお付き合いをさせていただくことになったので。改めて、ご挨拶をさせてください」

 ペコリと冬君が頭を下げる。私も慌てて、頭を下げた。と、お母さんが私の髪を撫でる。

「え?」
「空からちょっと聞いていたんだけどね。雪姫、今日、町内清掃を手伝ってくれたんだって?」

「う、うん……。冬君のおかげだけど……」
「それで、これから、海崎君や黄島さんとピクニックなんでしょう?」
「公園で、だけどね」

 私は頷く。と、今度はお母さんが冬君に、頭を下げた。

「「え?」」

「上川君、雪姫に寄り添ってくれて、ありがとう」
「いや、あの……」

 冬君はあまりに予想外なお母さんの態度に狼狽えている。

「あのね、上川君。あなたは私達からしてみると、とてもステキな魔法を届けてくれたのよ?」
「え――」

「雪姫がまた笑ってくれた。それだけじゃないわ。雪姫が外に出られるようになった。このまま行けば、時間をかけたら学校も夢じゃないかもしれない。そう思っていたら【cafe Hasegawa】でしょ? 私達からしてみたら、それだって奇跡と思えたのに、今日のこと。さすがにちょっとビックリしてる――」

 お母さんが、目尻を指で拭う。温かい感情が、お母さんの目から零れ落ちるのを見て、私も胸が熱くなる。

(そうだよね。たくさん心配かけた、よね……。ごめんね、お母さん)

 思わず、お母さんの手に触れる。

「だからね、雪姫」

 お母さんは、私に囁くように。そして、まるで諭すように呟いた。

「避妊はしっかりね」
「……」

 私はお母さんの発言と思考回路を疑った。さすがの私だって、それが意味することは理解できる。
 ふ、冬君の前でそんなこと言わなくていいじゃない――。

「お母さんのバカァっっっっっっっっ!」

 私の怒号がダイニングに響くのと、LINKの通知音が鳴るのは同時だった。




■■■




sora:姉ちゃん、あのさ。俺の友達がピクニックに参加したいって言っているんだけど。ダメかな?

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