上 下
34 / 72

閑話2 アップダウンサポーターズ

しおりを挟む

 ピアノの調べが大人の空気感を演出する。レコードのノイズが心地良い。でも決して厳かではなくて。ゆるやかな空気感が心を開放的にしてくれる。そんななか、会は開催となる。

 テーブルには簡単に摘めるフライドポテト、ピザといった軽食が並んでいた。参加者、思い思い、手をのばす。それは僕も一緒で。

「では、第一回【上×下アップダウンサポーターズ】のミーティングを開催したいと思います。ご挨拶が遅れました、副会長の黄島彩音です。ひかちゃん、がんばるからねー」

 彩音がぶんぶんと僕に手を振る。はいはい、と僕も手を振り返すした。あの、周囲の皆さん、僕らを生暖かい目で見るのヤメてくれるかな? 今回は上川と下河を応援する会だよね?

「まずは今回の会を発足するにあたって、上野さんと名越君に拍手をー!」

 会場から盛大な拍手が舞い上がった。このなかで一緒に騒いでいる僕が言うのもアレなんだけどさ――なんだコレ?

「じゃあ、上野さんから、この会を発足するに至った決定的な上川君の名言を紹介してください!」
「あ……彩音。いきなり振ったわね?」
「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上にゃんとゆっきをハイテンションで応援します! それが私たち――」

「「「アップダウンサポーターズ!!」」」

 みんなが拳を振り上げる。一緒にやっている僕が言うのもあれだが、本当になんだコレ? いや上野さんも一緒になってやってるし。

「つい彩音のノリにあわせてしまったー」

 もう変なテンション。でも上野さんも楽しそうだ。

「では、僭越ながら上野美帆、上川君が下河さんに囁いた名言をここで紹介します!」



■■■




『雪姫がいてくれないと俺は困る。困ってしまう』




■■■




 上野さんが上川の声色を真似て言うと、黄色い歓声があがった。さすが演劇部。むしろ上川以上にイケボだった。

 しかし神社で会った時の彼の行動を改めて思い出す。上川なら躊躇することなく、必要な時に、必要な言葉を捧げられるんだろうな。そう思うと――うらやましい。


「今日は、しっかりと上にゃんとゆっきの最近の状況をシェア、全力で応援したいと思います! ハイテンションに行くよー! それが私達――」

「「「アップダウンサポーターズ!!」」」

 ノリが良すぎる。参加している多様な面々を見て、なお思いながら。

「じゃ、まずはサポーターズ顧問の弥生先生、お願いします!」
「はい、ありがとうね。黄島さん」

 と弥生先生が穏やかに微笑んで、立ち上がる。

「下河さんと交流して欲しいと、上川君にお願いをしたこと、本当に良かったと思っています。最初、心配になって尾行したんですが」
「この教師、ひでぇ」

 思わず呟くと、弥生先生は笑顔でオダマリと睨まれた。

「上川君は、最初から下河さんの信頼を得ることができた人なんだと思っています。動転した彼女をすぐに支えてくれてたし。上川君は本当に優しい子ですから。下河さんが学校に来られなくなった理由は、皆さんが把握している通りです。歯痒い想いも、後悔も皆さん、していると思います。でも後ろ向きじゃ、何も変わらないので。上川君のように、下河さんの心まで私達は救えないかもしれない。でも私達、サポートはできるんじゃないかしら。皆さんとなら、それができるんじゃないかってそう思うんです。だって私たちは――」

「「「アップダウンサポーターズ!!」」」

「はい、ありがとうございます。私からは以上です」

 いや、弥生先生。それ絶対、ただ言いたかっただけだろ? そして一緒に言ってしまった自分にもツッコミをいれたい。

「では続いて、会長。長谷川瑛真先輩。よろしくお願いします!」

「はい。彩音、ありがとうね。上川君は、去年、入学してからすぐウチにバイトに来た子でした。後輩という認識もなかったんだけど。最初は目が死んでいたかな。お父さんがまかない料理を食べるように声をかけても、断固拒否だったもんね。生きるために働く。それ外の接点は望まない。そんな感じだったから、ちょっと心配だったのよね。そんな彼が、ここ最近はよく笑うようになったっていうのが実感だね」

「下河の影響が強いんだろうな。いや、お互いにか」

 と呟いた声が、意外に大きく響いて。瑛真先輩は大きく頷いた。

「海崎君の言う通りで、本当にそう思うよ。上川君って、優しいクセに本当に不器用で人見知りだから。なかなかコミュニティーにも溶け込めなかったんだと思うけど。下河さんのおかげで、最近は笑うようになったし、遠慮なくなってきたから。でも、やっぱりいらない気遣いはしているけどね、そんな上川君だからこそ、皆と応援したいと思うから、よろしくね」
「例のカフェオレが気になりますね、先輩」

 と参加者の女子から声が上がった。確かに下河の小さなヤキモチから始まったコーヒー問題パニック。しかし上川がココまで気合をいれて準備をしていたのは本当に予想外で。

(普通、ただの友達ならそこまでしないからね、上川。タダの友達なら、ね)

 どれだけ、この友人は幼馴染ゆきのことを大切に想ってくれているんだなろうか。そう思うだけで唇が綻ぶ。その一方で、やはり一抹の寂しさも感じるのも事実で。自分たちは、そこまで雪姫に向き合うことはできなかった。

「カフェオレに関しては、お父さんから」

 と瑛真先輩は、視線でバトンを【cafe hasegawa】のマスター、長谷川誠さんに託す。隣で、妻の美樹さんがニコニコ微笑んでいた。

「あー、なんだ。コレに関しては、俺から言えることは本当になくて申し訳ない。豆のブレンドもミルクの配分も、全部研究したのは上川君だ。一時は、日付をまたいでカフェオレと格闘していたとだけ言わせてくれ。どんなカフェオレなのかは、今はまだ言えない。ただウチの店で出して良いと思う程、クオリティーが高い。それぐらいに気合が入った一品だ。コーヒーが苦手な人もこれは絶対飲んでもらえるし、文句なく美味しいと言ってもらえるんじゃないかな。次回はみんなに紹介できると思うのでその時に詳しく、ということで」

 歓声、拍手が沸き上がる。いや、上川。君の本気はどこまで妥協がないの? 呆れを通り越して、目頭が熱くなる。下河のためにそこまで考えてくれていたのか。そう思うと、教室で眠そうに、気怠そうにしていた理由の真相を知ることができて、つい頬が緩む。

「日常のリハビリはどう過ごしているのか。私達も度々目撃していますが、ココは何より町内の生き字引。町内会長の厳さんと副会長の梅さんにお願いをしたいと思います!」

 と彩音が声高に、町内会の重鎮へバトンタッチした。

「あのお転婆な【雪ん子】が、そんな状況になっていると思わなくてな。一時は、彼氏ができたのかと思っていたが、聞けば彼女のリハビリに上川青年が付き合っていると言うじゃねーか」
「泣かすよね。上川君、本当に良いオトコ。アタシがあと10年若かったら、放っておかなかったけどネ」

 10年若くても、あんたは76歳。安定の後期高齢者だよ。ウチの町内会、とにかく年寄りが元気すぎる。

「それじゃ、厳さんと梅さんからの報告です」

 と言う、彩音の言葉からはイヤな予感しかしなかった。

「3、2,1――開始キュー!」



■■■



『冬君の飲んでる缶コーヒー、私も飲んでみたいな』
『え? ブラックだぞ?』
『う、うん……。多分、飲めないのは分かっているけど、冬君と同じものを飲んでみたい、って思って』
『はい、どうぞ』
『え……あ、別に今スグ飲みたいわけじゃ――』
『でも雪姫、一缶は無理でしょ?』
『う、うん……』
『どうぞ』
『……に、ニガイ』
『ブラックコーヒーだしね』
『で、でも甘い……』
『え?』
『冬君のせいだから』
『へ?』
『冬君、そういうこと他の子にしてないよね?』
『え? する相手いないし。雪姫がダメって言うなら、もうしないし――』
『私、限定なら良いけど……』
『え?』
『な、なんでもない。なんでもないから――』



■■■



「以上、厳さんと梅さんからのご報告でした!」

 綾音の進行に会場のボルテージは留まるところを知らない。羨望のまじった歓声があがる。これでただの友達とお互い言い張るんだから、この二人には呆れるしかない。
 これは会場全体の総意だろう。まぁ、今さらなんだけどね。

 彩音の話からも、下河は自覚がある気がする。一方の上川は無自覚で。今ある目の前のことに全力なのかもしれないが――こんな甘い空気、街中に無差別に放り込むのはヤメテくれないか?

 それよりツッコミたいのが、厳さんと梅さんによるリプレイ実演だった。みんなこの点には触れないけど。何を見せられているんだろう、僕達は?

「マスター、ブラックコーヒー!」
「こっちは酒だ! オススメを頂戴!」
「……ウチは居酒屋じゃないんだけどね。あ、でも良いのあるよ。ボルドー産の赤ワイン。21万円のボトル入ったから、それ出そうか? 町内会に請求で良い?」
「長谷川、ヤメて。会計と監査と嫁に殺されるから」
「マコちゃん。学生さんが今日は多いから、アルコールはだめよ?」

 美樹さんに言われて、一同ほっと胸をなでおろす。弥生先生、何で残念そうな顔しているかな?

「それじゃ、最後は下河空君です!」

 と彩音に促されて立つのは、下河の弟君だった。昔はよく遊んだ記憶がある。雪姫が不登校になってから、より疎遠になっていたのは事実で。

「えっと……。ありがとうございます。姉ちゃんの学校の人ばかりじゃなくて、先生や町内の人にも応援してもらって、姉ちゃんも冬兄ちゃんも本当に幸せ者だなって思います。俺も応援したいです」

 みんなが弟君の言葉を好意的に受け止めている。そんな空気が醸し出されていた。

「でも、これだけは言いたい。家の中で無自覚にイチャつくのヤメろー!」
「「「えぇ?」」」

 弟君、心の叫びだった。まぁ……あの二人、お互いのこととなると、まるで周囲が見えてないから。連日そんな二人を見ていたら、そりゃ大惨事だろう。思わず同情してしまう。

「二人の世界になるのは、まぁ良いよ。姉ちゃんを変えてくれたのは冬兄ちゃんだし。間違いなく前進していると思う。でも俺がいるのに膝枕とか。冬兄ちゃんはどんなおかずが好きだとか、どんな服を着たら冬兄ちゃんが喜んでくれるだとか。リハビリの先で飲ませてもらったコーヒーが苦かったけど、だけど甘かたっとか。意味わからないし。でもだいたい予想していたけど――やっぱりかぁぁぁ! 知りたくなかったぁ! 頼むからヨソでやってくれぇぇぇ!」

 あぁ……。これは弟君。本当に憐れだ。合掌してあげるしかない。

「光兄ちゃん、合掌とかいらないから!」

 弟君に叫ばれて、思わず僕も吹き出す。

「じゃ、南無――」
「お経もいらないからね!」
「でも、応援はするんだね?」

 僕は思わず微笑んでしまう。

「……それは、多分皆さんと一緒で。姉ちゃんには幸せに笑って欲しいし。そんなたくさんのことは望んでいないけど、当たり前に高校生としての生活を送って欲しいって、弟としては思うんだよね。それを実現しようとしているのが、冬兄ちゃんだってことも良く分かっているから」
「うん、そうだね」

 僕はにっこり笑んでみせた。弟君がそれぞれにもみくちゃにされるのを見やりながら。彩音と弥生先生が弟君に、その話をもっと詳しくと強請ねだられているのを尻目に。

 僕はレモンティーを飲みながら、沸き上がりそうな感情を飲み干す。応援すると決めた、この感情に偽りはない。この喧騒を見やりながら自然と笑みがこぼれたから、僕はきっと大丈夫――。

「ひかちゃんも、こっちおいでよー」

 彩音がブンブンと手を振る。やれやれ、と僕も立ち上がり、彩音の隣へ行く。

「それでは皆さん、えんもたけなわでございますが」
「こんなオシャレな喫茶店で、宴会の締めを聞くとは思わなかったよ」

 彩音に一言申してみるが、彼女はどこ吹く風で。

「いいの、いいの。細かいことは気にしない。それじゃ、皆さん、最後にいきますか!」
「「「おー!」」」

「準備良いですかー!」
「「「yeahイエー!!」」」

「それじゃ、最後、いきましょう!」
「「「おー!」」」
「声を合わせて、せーのでいきますよ!」

 と彩音が拳を握る。それに合わせて、みんな恥ずかし気もなく拳を握りしめて。
 やれやれ、みんなバカばっか。そう思いながら、僕も拳を握りしめた。

「それでは、せーの!」

 僕らは、ジャンプするような勢いで、拳を振り上げた――。







________________

【読者の皆様へのお願い】
左手は腰に。右手は拳を作って。
そして最後のフレーズを一緒にご唱和ください。

「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上にゃんとゆっきをハイテンションで応援します! それが私たち――」

ここで拳を振り上げて、今です、このタイミング。さぁご一緒に!

「「「アップダウンサポーターズ!」」」

副会長 黄島彩音がお送りしました。
ありがとうございましたっっ!!
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...