君がいるから呼吸ができる

尾岡れき

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28 猫氏は相棒に指摘したい(友達? この匂いで?)

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 桜はすでに散ったが、春は次から次へと花の香が移ろう。この季節が俺はたまらなく好きだ。自然と欠伸が出た。

 花が咲く。そして散る。出会いも一期一会とは、良く言ったものだ。この公園は、そんな花の息吹を顕著に感じることができるから、好きだ。

「ルル、ココにいたのね」

 花とは違う甘い香りが混じり合い、凛とした声が鳴いた。

「お兄ちゃん、見つけたー♪」

 もう一つ幼い声が鳴いて。
 俺はため息をつく。おちおち惰眠をとることもできないのか。
 と、黒色の毛が俺の鼻をくすぐった。

「ティア」

 俺は彼女の名を呼ぶ。反対側から三毛猫がキラキラした目で俺を見た。

「モモ」

 もう一匹の名を呼んで。彼女らの名を呼ぶと、二匹とも嬉しそうに目を細めて、俺にすり寄ってくる。俺も今更なので、彼女たちを問答無用で受け入れる。
 ただ彼女たちに見つかってしまったということは――。

「姫とお嬢が居るということは……。やっぱりココでしたね。ルルの親分」

 案の定ぞろぞろと、集まってくる様々な猫たち。その数、20匹以上。ん? なんかまた増えてないか?

「ボス、お二人とイチャつく時間をお邪魔して申し訳ねぇ。おっ始める前に、新入りの挨拶も兼ねて集会、させてください」
「この前はみんながいても、お兄ちゃん、止めないんだもん。激しかった」

 モモ。わざとティアを煽るのヤメようね? ティアも悔しそうな目で俺を見るなって。コイツらの前で始めるほど、下品な感性、持ち合わせていないから。毛繕いグルーミングを要求されただけだからな!

 と――俺は仕方なく、猫どもの話を聞こうと背伸びをした。ピタッとティアが俺に寄り添う。反対側のモモも同様で。俺は二匹にだけ聞こえるように囁いた。

「ティア、モモ。今夜、寝られるって思うなよ。俺しか考えられないようにしてやる」

 わざと不機嫌な口調で、俺はそう囁く。この二匹の想いを蔑ろにするするほど鈍感じゃない。猫の社会は気高く――だからこそ、自由で、真っ直ぐだ。

 相棒もこれぐらい、躊躇せず踏み込んだら良い。自分がが本気で行動したのなら。そんなに簡単に失うもモノなんてない。社会に絶対は無いにしても、行動しない後悔よりはよっぽどマシだ。

 二匹が嬉しそうに喉を鳴らすのを聞きながら、俺は奴らに目を向ける。人間なら、敬礼しているところか。奴らは同時に伸びをする。

「じゃあ、始めるか?」
「「「うっす!」」」
 さぁ猫の集会を――。




■■■




 とは言ったものの。
 別にコイツらのボスになりたかったワケじゃない。縄張りテリトリー意識の強い猫たちを蹴散らしていたら、自然とこうなった。

 野良猫には野良猫の矜持があり、特に家猫を毛嫌いするヤツが多い。だが俺からして見たら、それこそ「運」で。その猫そのものの価値が変わるわけじゃない。ティアは野良猫、モモは家猫だが、生まれた場所で彼女らの価値が変わるわけじゃない。

 じゃあ俺は何なんだ? とそう思う。冬希は俺を飼っている感覚は無いだろう。あえてあるとすれば、俺達は同居人で。ウィン・ウィンの関係か。

 だから俺は野良猫でも、家猫でも無い。自由と自分の雌を愛する、タダの猫で。そもそも野良猫も家猫もなく、俺達はタダの猫そのものにしか過ぎない。

「じゃ、親分。まず報告なんですが、ブチ猫団の奴ら、俺らのシマ荒らそうとしてます。先日も鉄砲玉5匹が――」
「放っておけよ。悪さするならブチのめせ。ソコはいちいち報告することか?」

「へい。了解です。それと、最近人間の警戒が強いですね。保健所の見回りが増えてやす」
「お前ら、人間トコの庭で糞垂れるなよ。公園の砂場も同様だ。面倒くさくても、山でやれ。仮に庭でやるならちゃんと砂で隠せ。畑は荒らすな」

「しかしボス、なんで猫が人間に気遣いしなきゃいけないんで――」
「イヤなら組を抜けろ。俺は止めねぇよ」
「いや、それは……へい、すいやせんでした……」

 猫だけの社会なら好きにすれば良い。だが現実は、人間の社会が幅を利かせている。猫もそれ以外の生き物も、そのなかで生きている。それならば、排他されない生き方を最低限、心がけるべきだ。
 もっとも、唾を吐かれたら、笑ってやり過ごすほど俺は聖人君子じゃない。

「それで報告は終わりか?」
「もう少し。姫とお嬢に色目を使う阿呆猫がいまして」

「そういうのは、集会を待たずに俺に報告するように言ってるだろ? 俺の女に――」
「いや、ボス。ことはもう済んでいまして。姫とお嬢が奴らのイチモツをました」
「……」

 表情一つ変えないティアと、より楽しそうに尻尾を振るモモと。俺がキュンってなる。胸のトキメキがじゃない。俺の大事なところが縮こまる、って意味でだ。

「モモは許せるけど。これ以上、奥さんを増やそうなんて考えたら、どうなるか私も分からないからね」
「そうだよ、お兄ちゃん。浮気はメだよ?」

 ただし、残酷さはモモ嬢に軍配が上がります、と報告したトラ猫。いらないからな、そんな追加情報。

 ティアさん? これ見よがしに、爪を舐め始めたの、おめかしだよね? それだけだよね?
 モモ? なんでお前の視線は俺の下腹部を狙っているんだ?

「次の報告です。ボス、親無し4匹を保護。家無し1匹保護しました」

 親無しは、いわゆる親とはぐれた仔猫だ。猫の社会は淡白で、自分の子と言えど、違う匂いが混じれば、我が子と認めない。家無しとは、捨てられた飼い猫のことだ。

 外世界を知らない家猫は、野良猫が跋扈ばっこする社会のなか、生き残ることは難しい――普通なら。

「親無しについてはいつも通りの対応で。女性陣、いつもすまないが、よろしく頼むな」
「私からも。できることは何でも協力するわ。みんなの力が必要なの。ルルの想いに応えて欲しい」

 ティアの言葉に、モモが続く。

「この子達を支えるのは家族《ファミリー》の役目です。私を救ってくれたように、今度も力を貸してくれませんか? お兄ちゃんに力を貸してください」

 俺は照れ臭い気持ちを振り払うように、尻尾をパタパタさせる。よくもまぁ、そんな気恥ずかしいことをポンポン言えるものだ。だが、有り難い。猫達が「姫とお嬢」と称するのは、揶揄する為じゃない。

 彼女たちがこの集団の中核として、猫達の心を掴んで離さない。だからこそ、この組はコミュニティー最大の集会を維持できている。
 俺だけじゃ、こうはいかなかった。が、俺もボスらしい仕事しなくちゃ、だな。面倒だけど。

「親無しの躾、忘れるなよ? 家無しの方は、先方の意向は十分に確認したんだろうな?」
「へい、勿論です。おい新入り、ボスに挨拶だ」
「……は、はい」

 慌てて発言したのは、仔猫と言っても差し支えない雌猫だった。

「ぼ、ボス。ココでお世話になりたいです……この組にいさせください……」

 か細くて、今にも消えそう声で。俺は微笑んで見せた。緊張するなと言う方が無理なのは分かっている。家猫から野良猫になる。その恐怖は図り知れない。だが、この社会では、人間の身勝手さからそういうことが、時に起ってしまうのだ。珍しい話じゃない。

「俺達は家族ファミリーだ。お前はお前の役割で貢献してくれたら良い。まずは生きる術を学べ。アイツらが色々と教えてくれる。頼りにしてるぜ?」

 新入りはコクリと頷いて、そのあとは俯く。だが緊張の匂いは和らいだようなので、良しとする。

「また、ルルはああいうことを平然と……。ライバルが増えても隣を譲るつもりはないけど、無自覚にああいうことを誰にでも言うのヤメて欲しいかな」
「私、お兄ちゃんのモイだ方が良いと思うんだよね……」

 ティアとモモが呆れているのが見えるが、俺は聞こえない振りに徹した。モモに至っては物騒なワードがあった気もしたが、きっと気のせいだ。

「報告は以上か?」
「「「へい」」」」
「それなら今度は私たちの報告だね」

 モモがニッコリ笑って言う。途端に雌猫達が歓声をあげた。続けて雄猫も同様に。
 俺はゲンナリである。

「それじゃ、本日のメインテーマ、ご町内恋バナ・プロジェクトいっちゃおー!」
「「「「いえーす!」」」」

 老若男女揃ってテンションあげる。猫の集会の大半はこういう内容だからな?
 猫は恋バナが大好きな生き物なんだ。
 ただし、俺はのぞく――頼むから、除いてくれ。




■■■




「まずは私から報告します」

 とティア。恋バナトークと言っても、その餌食になるのはほとんどが人間だ。だって猫の恋愛事情はストレートだ。好きなら好き。だったら、徹底的にモノにしちまえの精神だ。

 だが人間の恋は、見ていて本当にもどかしい。相棒ふゆきは、人間のなかでも、かなり奥手だと思う。あれだけ一緒にいながら、大切な友達と言うだけで進展が無いのだから理解に苦しむ。

 一度、雪姫嬢にお会いして、励ましの一言でも進呈したいものだ。人間が猫の言葉を理解できないことは、重々承知のうえで。言葉の壁は時に、本当にもどかしい。俺の言葉を察する相棒が稀有な存在なのだ。
 と、ティアが報告を始める。

「夫婦で結婚5年目。旦那さんは、大手IT企業ナツメのCEOですって。奥さんは高校教師という、不思議な組み合わせ。人間の結婚5年と言うと、倦怠期に入る頃合いだと思うけど、この二人、アツアツだったのよ。見ているだけで好感度、爆アゲ案件でした」

 ティアって普段クールに振る舞うくせに、恋愛事情になると本当に興味津々を隠さない。自分が苦労したことが大きいのかも。あの時は悪かった、と俺は反省する。

「それじゃ、いつも通り、再現《リプレイ》いきましょー!」
 とモモ。やっぱり、アレやるのね?




■■■




『こうやって歩くの、本当に久しぶりだね』
『大君の出張が長かったからね、私はずっと寂しかったんだよ?』
『ごめんって。今回のプロジェクトは難航してね。でも陰ながらサポートしてもらって、本当に助かったよ』
『まぁ、大君のためならね。それぐらいはするよ』
『本当にごめん。弥生せ・ん・せ・い』
『大君は私を怒らせたいのかな? 私が欲しい言葉はそういうのじゃないって分かってるでしょ?』
『……ごめんって。弥生、もっとこっちにおいで。弥生充電が足りないからさ。甘えさせて欲しいかな? 弥生、愛してるよ――』




■■■




 うん、ラブラブだな。良いと思うよ。再現リプレイが雄猫と雄猫でなきゃ、な。

 アイツら、俺の指示も聞かず、他所の縄張りを荒らした馬鹿野郎どもだ。だから同情の余地はない。処遇はティアとモモに任せると言ったら、その顛末がコレだった。アイツら、目の色死んでるな。うん、でも同情しない。

「今回は色々豊作なのよ。例の幼馴染の子達もそうだけどね」

 雌猫達の歓声が上がるが、モモはニンマリと悪い笑みを浮かべる。

「でも、今回はもっとステキな二人を見つけたので、みんなでシェアしたいと思います。二人ともお互い、大切な存在だと分かっていながら、友達って言い張ってるの。もう、これだけでマグロ3匹がいけるからね。それじゃリプレイ、スタート!」
 
 いや、それマグロ食い過ぎだろ?
 そして、まだ見させられるのか。とため息。もう胃もたれするんだ――が?




■■■




『こういう時間がかけがえないなぁ、って言ったら笑う?』
『笑わないよ。俺もそう思っているから』
『冬君も?』
『雪姫と一緒にいいられる時間は、俺が素直な自分を出すことができる、唯一の時だからね』
『もちろん、リハビリは頑張りたいなって思ってるの。でも冬君とこうして過ごす、時間も本当に好きなんだなぁ、って自分でも思っていて』
『うん、好きだね。俺も一緒』
『好き、一番好き』
『うん、好きだよ』




■■■




「イヤイヤイヤイヤ、そんな付き合ってもない男女が、こんな堂々とイチャつくワケないだろ?」

 何故か俺が声をあげていた。冬君? 雪姫? どこかで聞いたことがある名前に、俺は冷や汗が流れる。ちなみに猫の唯一の汗腺は肉球なので、四肢の肉球が汗ばんでいるのが、自分でも分かる。
 雄猫同士のリプレイについては、もう言及しない。

「ルル、論点はそこじゃないのよ?」

 うっとりとティアが言う。

「は?」
「匂い。モモも言ったけれど、お互いを大切に想っているのが匂いから感じるの。多分、どっちかが欠けても、この二人は理性が保てないんじゃないかなってレベルでね。それぐらい大事に想い合ってるのが、分かるのよ。勿論、『好き』って言葉が、この時間を過ごすことを意味しているのは分かるけど。それ以前に、お互いの過ごす時間が大切ってことだよね。これ、ライクじゃなくて、通り越してラブそのモノだと思うのよ」

「それは夢を見過ぎ。人間の高校生ってガキだぜ。ただのクソガキ」

 と相棒の顔を思い返しながら、悪態をついて見せる。相棒はそんなクソガキじゃ、全然無いけれど――。

「そう思うなら、実際に見てみたら良いと思うんだよね、お兄ちゃん」
「は?」
「ほら、後ろ。そこのベンチに今いるから」

 自分の首がまるで錆びついてしまったかのように、動かない。見たくないと拒否している。だが、ティアとモモに挟まれて、体勢を無理矢理変えられてしまった。




■■■




「雪姫、呼吸は大丈夫?」
「冬君のおかげ。冬君がこうやって手を握ってくれているから、落ち着いているよ。まるでウソみたいに、ね」
「そっか。良かったよ」

 安堵する彼の声。

「でも、もう少しだけわがままを言っても良い?」
「うん?」
「やっぱり不安があって。もう少しだけ、距離、近くして良い?」

 握り拳一つ分くらいの間隔。それしか空いていないけれど。彼は躊躇いなく、距離をつめる。体がゼロ距離で触れ合った。

「安心……する。ありがとう、冬君」
「ど、どういたしまして」

 ベンチを背にしているので、その表情は見えないけれど。二人が微笑みあっているのは、容易に想像できた。

 トンと、彼女が自分の頭を、彼の肩に乗せる。甘えて、すり寄るように。
 俺は目をパチクリさせた。間違いない、疑いようもない。

 友達?
 ともだちだって?

 この匂いで。
 こんな甘い匂い、公園中に充満させておいて。

 LIKEという意味の親愛は無理があるぞ?
 どう考えても、お前、雪姫嬢を好ましく――愛しく想っているだろ?


相棒ふゆき――!!)






________________

【猫の集会議事録より抜粋】

今後、上川冬希と下河雪姫の動向は、コミュニテーのネットワークを駆使して、モニタリングすることを決定。また他所の組からも、支援協力の打診あり。
猫ネットを全面的に稼働。二人のサポートを、大多数の賛成で可決(反対票1票)

記録は、次回に続きます。(議事録作成者 ティア&モモ)
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