Lythrum

赤井 てる

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〜Machinery city〜

「対脅威養成支部」Part Final

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「……いします…」

 …中に入ると―――部屋が暗かった。
 窓から射し込む朝日だけが部屋を照らし、…その中に一つの人影があった。

「………」

 …そこにいたのは支部長だった。
 …何かを想っていそうな表情。杖をつき、日に照らされながら外を見ていた。

「―――お、これは失敬。すまんな。ちと気づかんかった」

 ユウキに気付くと微笑み、瞬間、部屋の照明に光が宿る。

「やはり歳には敵わんな。ついぼおっとしてしまう」

 笑いながら目の前のイスに杖を突きながら移動し、支部長はゆっくりと腰を掛けた。
 顔を上げ、ユウキを見る。

「立ちっぱなしも辛かろう。ナサイ君もそこに座るといい」

 ………

 恐い。不安と恐怖で今にも泣き出しそうになる。支部長の声が、悪いものにしか聞こえない。
 何を言われる。何が伝えられる。だが今は言うことを聞かなければならない。
 今支部長は何て言った。『座れ』と言った。なら座らなければならない。

「……しま…す……」

 今出せる精一杯の声を出す。
 ユウキは恐怖に煽られながら座った。

「…こちらから呼び出しといて何だが、ちと時間が無いのでな。早速本題に入らせてもらう」

「……」

「そんな恐怖することはない。儂は君の記憶を見てどういう人間か知っとる。それに、生徒を救った恩人に野蛮なことなどせんよ」

 微笑みながら話す支部長。

「……」

 ユウキは何も信じられない。

「それで、君をここに呼んだ訳じゃが、…一つ条件を呑んでもらおうと思ってな」

 ―――っ!!

 全身に恐怖と不安が駆け巡る。目の奥が熱くなった。
 嫌な予感が的中する。やっぱりそう。ただで保護なんておかしかった。…これ以上どんな理不尽を押し付けられる。
 支部長は少し間を空けると、ゆっくり言葉を続ける。

「この世界は君が今持つ記憶の世界と違う。人類の七割が死に、大地は汚染され、徐々に崩壊へと迫っとる」

 支部長は語り掛けるようにユウキに言う。

「君が襲われた『T.O.D.L.F』という化物。奴らがその最たる元凶でな。人の力では到底敵わず、儂らは存命の手段として『アームズ』と呼ばれる人型機動兵器で抵抗しておる」

 …昨日の記憶がフラッシュバックする。化物に殺される寸前、黒い機体が飛び込んできていた。

「…そして、ここは『T.O.D.L.F』に抵抗、人類の存続を目的に造られた施設でな。主に兵器の搭乗員の育成を行っておる」

 …すると、支部長は目の前のテーブルの引き出しを開けた。…中から一枚のカードと、見覚えのある…赤髪の少女が持っていたのと同じ端末を取り出し、ユウキの目の前に置く。

「儂が出す条件というのは、保護する代わりに、君にはここの生徒になってアームズのパイロットになってもらう」

「……は…!?」

 予想だにしていなかった唐突な言葉。恐怖が爆発する。呼吸が安定せず過呼吸になる。

「…敢えてキツイ言い方をするなら、『保護してほしければ機動兵器のパイロットになれ』じゃな」

 い、嫌だ…!嫌だ…!!何で!!

 死の恐怖が、襲う。死を宣告された衝動が、全身を貫く。

「ただ一つ、今すぐ化物と戦わせる訳じゃない。操縦技術や戦闘技術が者にそんなことはさせん」

 だが支部長の言葉は何も思わない。感情が爆発し、涙が溢れ落ちる。
 だがそんなユウキに、支部長は更に追い討ちをかける。

「もしこれをナサイ君が断れば…どうなるかは分かるじゃろ?」

 それは脅しだった。
 ユウキは俯き、拳を思い切り強く握る。

 嫌だ…ッ!!何でッ…!!

「…ッ…!!」

「それに、何かと人員不足なのでな。人手が増えるとこちらとしても助かる」

 ……

 支部長は淡々とそう言った。
 その言葉で、大きな衝撃を受ける。
 ―――自分勝手すぎる。選択の余地なんて無い。人手が足りないからってッ…!!

 ―――

 この時、ユウキの中で何かが壊れた。
 感情が何も感じなくなる。
 視界が、急に灰色になる。

「…ました」

 …そう呟き、俯けていた顔を上げると支部長を見る。

「…そうか。取引成立じゃな」

 そう言うと立ち上がり、手を差し出す。

「ようこそ対脅威養成支部へ。君を我が生徒として迎え入れよう」

「…」

 …ユウキも立ち上がり、差し出された手を握った。

「では早速で悪いが、今日からクラスに編成させてもらう。必要なものは後で届けさせるから、ナサイ君は医務室で休んでおくといい」

 入り口のドアが開き、廊下の窓から朝日が差し込む。
 ユウキは力ない動きで歩き、ドアに移動する。

「……した」

 か細く呟き、廊下に出ると、自動的にドアが閉じた。
 …医務室まで歩きだそうとするが、足が動かなかい。
 ドア横の壁にもたれ掛かると、そのまま座り込み、顔をうずめた。

「……」

 …怖いのか、泣きたいのか、逃げたいのか…もう何も分からない。ただ喪失感だけが心に残っている。

「……何してるの?」

 …すると、ふと右側から声が聞こえた。
 …聞き覚えのある声。この声はあの赤髪の少女のものだと分かった。

「…こんなところで座って、風邪でも引きたいの?」

「……」

 だが少女の声に、ユウキは反応を示さなかった。

「…そ」

 少女はそう言うと、自分の前を通っていくのが分かった。だが、すぐに足音が止まる。
 次の瞬間にはこっちに近づき、ユウキの腕を掴む。

「…立って」

 少女の力は強く、そのまま体ごと引っ張られ無理矢理立ち上がる。

「…このまま全生徒の笑い者にはなりたくないでしょ」

「……」

 そこから二人の会話はない。少女はユウキの腕を引っ張り、医務室前に連れてくる。

「…入って。中でレデリカが来るまで待ってて」

「…」

 …だがユウキは動かなかった。

「………」

 するとその瞬間。少女は医務室の扉を開け、ユウキを中に連れ込む。そして少女は廊下に戻り、横目で見ながら言った。

「…後はもう勝手にして」

 ドアが閉じ、静寂な空間に包まれる。

「…」

 …ユウキはその場に座り込むと、再び顔をうずめた。
 …それからどれくらい時間が経ったのか分からない。気付けばあの女性がいる。

「…自分の殻に閉じ籠ったわね」

 ユウキの前に立っているレデリカはそう言った。

「あのガル爺、治療の意味履き違えてるんじゃないでしょうね…」

 しばらく無言の間が続く。
 …レデリカは深く息を吸うと、ゆっくり吐いた。

「今から20分後に、指定の場所で講義が始まるわ。目の前に制服と端末、学生証置いておくから、準備が出来たら呼んで。隣の部屋にいるから」

 それだけ言うと、ユウキの右後ろに移動する足音が聞こえ、ドアを閉じる音が聞こえた。

「……」

 ユウキは僅かに顔を上げ、目の前の制服を見た。

 ―――もしこれをナサイ君が断れば…どうなるかは分かるじゃろ?

 さっきの支部長の言葉が脳裏を過る。

「……」

 …分からない。…分からないが、その言葉を思い出すと何かに呑み込まれそうになる。

「…っ!」

 ユウキは立ち上がり、服を脱いで制服に着替え始める。



 ―――ノックする音が聞こえ、レデリカはすぐにドアを開けた。

「似合ってるじゃない」

 目の前にいるのは、黒の軍服、もとい制服を着たユウキ。

「……」

 目は虚ろで、表情がない。

「…サイズは問題なさそうね。さっすが私」

「……」

 冗談交じりの言葉に反応はない。…当たり前か。

「じゃあ講義室に移動するから着いてきて。その端末とかIDカードとか、歩きながら説明するわ」

 そう言って医務室を出るとき、ちらと後ろを見た。
 …ちゃんと着いてきている。

 死にたいとかそう思ってる訳じゃなさそうね…本来の記憶の影響か…

 彼の過去の事は支部長から聞いてる。…だからこそ、この選択をしたのか。

「あなたに渡した学生証だけど、自身の証明だけじゃなくて、支部の全ての施設を使うのに必要なものだから失くさないようにね」

「…」

 やはり今言ったことに反応を示さない。だが、レデリカは説明を続けた。

「あとその携帯端末だけど、仲間との連絡とか支部のマップ。いろんな機能がある優れものよ。使い方はすぐに分かるわ」

 講義室に近づくに連れ、ちらほらと生徒の姿を見かけるようになる。

「あ、おはようございます…」

 通りすがりに、女子生徒の子に声をかけられる。

「あら、おはよう」

 レデリカはその子に微笑みながら挨拶を返し、横を通りすぎる。

 ……

 ちらとユウキを見る。

 本当になんでしょうね…

「…さて、着いたわ」

 講義室の前に来ると、レデリカは後ろを振り返った。中は既に殆どの生徒が集まっており、張り詰めた空気が満たしている。

「あなたの席は…一番左後ろね。ここからはあなた一人になるけど…気をしっかりね」

 それだけ言うと、レデリカはユウキの横を通りすぎる。
 …ゆっくり歩きながら、意識を後ろに向けていた。
 少しして、ドアが開く音が聞こえる。どうやら中に入ったみたいだった。

「ハァー…」

 レデリカは深くため息を吐く。…いくら命令とはいえ、この対応か。

 さすがにちょっと、納得いく説明聞かないと気が済まないわよ…



「……」

 室内に入ると、力ない動きで指定された場所に歩いていく。
 …部屋の中は大学のような作り。前方に巨大なモニター、そこを向くように何列もの長机が並んでいる。
 …ユウキは座面を倒し席に座ると、少し俯いた。それと同時に、前方横のドアが開き、誰かが入ってくる。

「…もう全員揃ってるか?」

 男の声が聞こえる。「バン」と何かを机に置く音が響く。

「全員揃ってる見たいだな。少し早いが始めるか」

 何かを擦るようなノイズが聞こえ、男の拡声された声が四方から響く。

「よォおめェら。俺は異人専門教諭、キース・オブライエンだ。ここの担任も兼任している」

 淡々と述べ、話を続けていく。

「爺さんみたいな長ったらしい話は好きじゃないんでな。各々よろしくやっといてくれ」

 そう言うと、教諭は「解散」と言って講義室を出ていった。
 場が静まり返る。複数人の声が、微かに聞こえてくる。

「そんな終わらせ方あるかーい!!」

 …大声が聞こえ、ドアが開く音が聞こえると誰か入ってくる。

「おいッ!てめっ!分かったから押すな!」

 さっきの教諭の声。

「なーんか話すと思ったら即ぶん投げとかこちとらビックリだよ!?」

 続く声は聞き覚えがある声だった。
 化物に殺される寸前、現れた黒い機体から聞こえた女の声。

「勝手にビックリしといてくれ。殆どこいつら分かってるだろ」

「いや一応私ら―――ってちょっとどこ行くん!?」

 誰かが走り去る音。

「あんの勝手野郎~…ッ!!」

 講義室内がざわめく。

「ってお、やぁ諸君!さっきぶりだね!」

 軽快な声が聞こえる。

「あの身勝手教師に皆思うことはあると思うけど、いつもああだからもう慣れて―――ん?なんだい?」

「異人科のカズト・ディヴァインです。先程、オブライエン教諭は―――」

 聞こえてきたのは男子生徒の声。何か会話している。…自分には関係ない…

「あ、そうそう、ナサイ・ユウキって言う青年いる?」

 質疑を終えた女性教諭は、ユウキの名を言って周りを見渡す。

「……」

「お、いたいた!ヤッホー青年!この後ちょいとこっち来てくれる?」

 手を振りながらそう喋ってくる。

 …

「よし、じゃ、何か急に私が指揮ってんけど、皆次A35格納庫に集合ね!」

 大勢の足音が聞こえ、廊下に遠ざかっていく。
 全員が移動を始め、既に室内には数名しか残っていない。

 ……

 …立ち上がり、移動しようと歩きだした時、ある視線を感じた。…だが、ユウキは反応することなくその場を後にする。
 室内にあの女性教諭はいない。

「―――あ、こっちこっちー!」

 …廊下から女性教諭が顔を出し手を振る。

「……」

 ユウキは目の前まで行くと、女性教諭は腰に両手を当てる。

「やぁ青年!覚えてるかは分からないけど、会うのは二回目だね!…覚えてる?」

「………はい」

「お、良い推察力!戦場では生死を分ける重要なポイントだからね!」

「……」

「…良ー感じに虚無ってるねー…」

 呟くように話す。

「ま、取り敢えず青年の手見せてよ」

 そう言うと有無も言わせず手を取った。
 …手を平を凝視し、「ほー…」と声を漏らす。

「…の事はよーく分かった。―――すぐ行こう。今すぐ行こう」

 そう言うと、教諭は手を掴みそのまま歩きだした。
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