Lythrum

赤井 てる

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〜Machinery city〜

「対脅威養成支部」Part3

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『ー--…けて…』

 崩壊した街、一帯から硝煙の臭いが鼻をつく。

「ハァ…ッハァ…ッ」

『ー--…すけて…』

 溢れ出るどす黒い血が、辺り一面を染めていく。

「…ァ…」

 瓦礫に潰された父親。腹部を金属片が貫き、痙攣している真生まな

『ー--…たすけて…』

 自分に向けて、手を差しのべている。

「あぁ…っ!!」

 恐怖と震えで体が動かせない。…今にも閉じそうな目がユウキは見つめ、伸ばした手の力が弱くなっていく…―――瞬間、真生の目が見開く。悲痛な声が、耳元で響いた。

『ー--助けてよッ!!』


「ー--うわぁぁぁぁッ!!」

 意識が覚醒し、声を振りほどくように飛び起きた。

「ハァッ…!!ハァッ…!!」

 呼吸が整わない。大粒の汗が頬を伝っていく。

 …またあの夢だ。悪夢の記憶。

「ハァ…ハァ…」

 呼吸が少しずつ整ってくる。ユウキは落ち着きを取り戻すと、『知らない場所』を見渡した。だがすぐに昨日の事を思い出すと、両膝を上げ顔をうずくめた。

 …夢じゃなかったッ…!

 今見た悪夢も相俟あいまり、目の奥が熱くなる。

 …夢がよかった。夢であって欲しかった…もう何も無い…何も残ってない…帰る所も…大切な家族もッ…!!

「ッ…!!」

  感情の高鳴りから声を漏らす。

「―――おはよう」

 ドアが開く音が聞こえ、白衣を来た女性が入ってきた。ユウキの様子を見て、ため息混じりに呟く。

「…取り敢えず、ちゃんと睡眠はとれたみたいね」

 言いながらカーテンを開け、朝日が部屋を照らしてくる。
 …ユウキは他人の存在に、更に顔を埋くめる。

「…体の具合はどお?」

「……」

 答える気力がない。

「…まぁいいわ。取り敢えず」

 そう言うと、女性はベッドに腰を下ろした。

「……」

「肩の包帯、取り替えるから服脱いで」

 だがレデリカの言葉にユウキは反応を示さなかった。そんな様子に、レデリカは「はぁ…」とため息を吐く。

「本当は今はそっとさせとくべきだけど、私は衛生職だから。命に関わることはちゃんと動いてもらうわ」

「…ッ!」

 全ての言葉に苛立ちを覚える。「知ったことか」と声が喉から出そうになった。

「早くしないと、代わりに私が脱がすわよ?」

「…っ…」

 …黙れ、話しかけるな。静かにしてくれッ…

 指の爪を皮膚に食い込ませる。…だがユウキは、言われた通り上着を脱いだ。
 唯一残った冷静さが、自身は保護されている身だと気付かせる。
 …この人達が何も悪くないことは分かっている。命を助けてくれているのも分かってる。だがどうしても怒り、恐怖が他にいってしまう。

「よろしい」

 女性はそう言うと、肩の包帯を解いていった。

「~~~ッ!!」

 傷口に少しでも力が加わると、激痛が全身を駆け巡る。
 無音が続き、その間にレデリカは包帯を巻いていった。

「よし…」

 最後にしっかり結び、背中に手を当てるとゆっくりと立ち上がった。

「終わったわ」

 そう言って机上の棚の所まで行くと、扉を開く音がし、何かを注ぎ入れる音が響く。

「~っ…」

 …包帯を取り替えたせいか傷口に鈍い痛みが続く。
 …つけられた傷は、惨たらしく、目を覆いたくなるほどだった。

「ー--水よ。飲んで」

 ユウキの目の前に透明なグラスが置かれる。

「これしかなくて申し訳ないけど、早く飲んじゃって。脱水症状で死にたくなければね」

「……」

 …ユウキはグラスを手に取ると、一気に水を飲み干した。
 …喉が潤う。鳴り響いていた頭痛が軽くなる。

「じゃあ次、隣に朝ご飯用意してるから来て」

 腰に手を当て、ドアを開けユウキを見る。…それ以上何も言わない。レデリカはドアを押さえ、黙ったまま待っている。
 …俺が行くまでずっと待っているつもりか。

「……っ」

 ユウキは上着を着ると、昨日ベッド下に無造作に脱いだスリッパを履いて、ゆっくりとした足取りでドアの元まで歩いた。

「どうぞ」

 …女性に促され隣の部屋に入ると、真ん中にクロスがかかったテーブルがあった。
 …向かい合うように椅子が二人分置かれ、テーブルの上に湯気が立ったスープ、横にパンのようなものがあり、手前側には金属製のスプーンのようなものが置かれてある。

「食べましょ」

 そう言うと、女性は向かいの椅子に座った。

「ほら、座って」

「……」

 ユウキはその場で止まっている。

「座ってくれないと私食べれないんだけど?」

「―――」

 スープの匂いが漂い、無意識に腹の音が鳴る。

「ほーら」

 …女性は優しく微笑みながら顔を向ける。ユウキは静かに椅子に座った。

「冷めないうちに食べて」

「……」

 …何故一人で食べないのか。
 …俺が食べるのを待っているのか、ずっとテーブルの上で腕を組んでいる。

「―――」

 …ユウキはスプーンを取ると、スープをすくい、…口に運んだ。

 ………

 ……スープを飲んだ瞬間、涙がこぼれる。
 …味がする。叔母達の顔が目の前に浮かぶ。自身は生きていると実感する。だがその事が、改めて元いた世界が無いことを

「………」

 …女性は何も言わずに、ただ静かに食べている。だがそれが、レデリカの気遣いだと言う事に、ユウキが気付くことはない。
 …下手に手を差し出すより、黙って近くに居るのが良いとレデリカは思っていた。

「………」

 …それから落ち着きを取り戻し、朝食を食べ終えると、ユウキは黙って俯いていた。

「私も完食っと…」

 女性は立ち上がると、ユウキの分の食器も一緒に水栓がある場所まで持っていく。

 ―――

 食器を置く音が聞こえ、手を水で洗い終えるとユウキを見て言った。

「…よし、じゃ、今から薬飲んだら、支部長の所に来てもらうわ」


 ―――それからユウキは女性に連れ出され、支部長の部屋の前まで来ていた。

「中で支部長が待ってるわ」

 鳥のさえずりが外から聞こえ、朝日がユウキ達を眩しく照らす。

「悪いけど、あの子の状態を見に行くから、…しっかりね」

「……はい…」

 そう言うと、女性は部屋の直ぐ隣にある階段を下っていった。
 …場が静まり返る。

 ………

「……っ…」

 …怖い…怖くてたまらない。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!
 …孤独に呑まれ、絶望が取り巻き、死への恐怖が纏わってくる…

「……」

 …何で行かなければならない。どうせ昨日の続きに決まってる。何で自分から聞きたくないことをッ…

『―――』

 だが昨日の言葉を思い出す。自身は保護されてる身だと。保護してもらってる身だと…

「……っ…」

 …手を動かし、ドアノブを握る。
 …これ以上嫌だ。言う通りにしないと、居場所が本当に無くなる。

「………っ…」

 …ユウキはドアを開け、弱々しく足を中に踏み入れた。

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