Lythrum

赤井 てる

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〜Machinery city〜

「目覚め」Part2

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「―――さて、食べましょうか」

 テーブルに朝食を並べ、椅子に座った叔母がそう言った。

「今日も野菜が多いな…」

「しっかり栄養取らないと動けないわよ?」

 いつもの朝。いつもの光景。

「「いたーーーだきます」」

 手を合わせ箸を手に取り、朝食を食べ始める。ーーーその光景に、一瞬ノイズのようなものが走った。

「あ、そうだユウキ」

 叔父が自分を見て話す。

「今日から。お前も先輩ってーーーーーんだな」

 またノイズが起こり、一瞬真っ赤な光景に切り替わる。

「いい後輩がーーーーね」

「最初はーーーー、次第に良くなってくるもんさ」

 すると、番組が切り替わりニュースが流れた。

『速報です。ただいま宮城県ーーー区でーーーがーーー』

「嘘、このーーー近くよ…」

『ーーー近隣の皆様はーーー家から出ないでーーー』

 ノイズは次第に頻度を増し、その度に真っ赤な光景が広がっていく。

「こんーーなーーことーーって…」

 光景がフラッシュバックのように切り替わっていく。

「今ーーーでーーーおとーーーてーーーよう」

 段々はっきりと見えてくる。

「とーーーけーーーまーーーいーー」

 紅い揺らめきと一人の人物。

「いーーのーーーーーーーーーーー」

 ーーーそして完全に光景が切り替わった時


 燃え広がるリビングで、不気味に笑った少年がユウキを見下ろしていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 一気に意識が覚醒したユウキは拘束を無理やり解くかのように飛び起きた。

「ハァ…ハァ…」

 ひたいの汗が頬を伝っていく。心臓の鼓動が高鳴り、呼吸が安定しない。
 そこで、右手首にある違和感を感じた。無意識に視線を持っていき、違和感の正体を確認する。

「―――ッ!?」

 心臓が凍りついた。手首には手錠を掛けられ、ベッドフレームに繋げられている。

「何だよ…これっ!?」

 思考が追いつかない。ユウキは拘束されている恐怖と焦りでパニックを引き起こしそうになった時―――

「―――ど、どうしたの大丈夫!?」

 突如横の仕切りカーテンが開き、外から白衣を着た女性が慌てて駆け込んで来た。


「驚かせてごめんなさいね」

 そう言いながら、女性は水の入ったコップを目の前に差し出した。

「……結構です…」

 依然として手錠に繋がれたままだ。不安と恐怖が心を取り巻いている。

「駄目。あなた軽い脱水症状なんだから飲みなさい。毒なんて入ってないから」

 女性は強引に手渡し、ユウキは渋々水に口付け―――一気に飲み干した。
 のどが潤う。視界がハッキリし、思考がクリアになった感じがする。

「ちょっとは落ち着いた?」

「……はい…」

 微かに自分だけが聞こえる程の小さな声で呟いた。

「…まぁ、目が覚めて手錠掛けられてたら口聞く気にならないわよね。それも

 ……ッ…

 その言葉に体の震えが止まらなかった。
 あの夢を鮮明に覚えている。知ってる場所。いつもの会話。昔の記憶…だがあの場面は知らない。ノイズがかって見えた場所、それとあの少年…

「―――でも一つだけ聞かせてちょうだい。あなたはどうしてに来たか覚えてる?」

 ………!?

 女性に言われ、ハッとなった。
 どうしてここにいるのだろうか。ここは何処なのだろうか。何で夢を見ていたのだろうか。
 さっきから左肩がズキズキと痛む…いつ肩を痛め―――

 その時、目の前に海老色をした化け物の姿が浮かんだ。眼前に肉薄し、その命を刈り取ろうと―――

 ―――っ!?

 刹那、体を凍てつかんとする怖気を感じ、衝撃で手に持ったコップを落としてしまった。

「ハァッ…!ハァッ…!」

 胸が苦しい。また呼吸がまともにできなくなる。あの時脳に焼き付けられた死の恐怖が見えざる芽となり、ユウキにトラウマを植え付けていく。

「…思い出せたみたいね。………」

 女性はそう呟くと、数舜の間の後に手を上に重ねた。

「あの化け物は仲間が倒してくれた。もういないわ」

 ……手の温かさを感じる。その言葉を聞き、少しづつ理性を取り戻していった。

「ナサイ・ユウキ君…で良いのかな?」

「―――!?…どうして…」

 何で名前を知って…

「あなたの持ち物に書いてあったわ」

 女性は落としたコップを拾い、ベッド横の机の上に置きながらそう言った。

 ……!持ち、物、にって…自分の荷物は…!?

 改めて事の深刻さを理解し、ユウキは辺りを見回した。

「……っ…!」

 体を動かす度に手錠に引っ張られる。その都度左肩に鈍い痛みが走っていく……そんな時だった。

「悪いけど、あなたの荷物はわ」

 突然女性がそう言った。

「……!?」

 ユウキは一瞬何を言っているのか分からなかった。

「恐らく歪みに耐えられなかったのが原因でしょうけど―――」

 女性は部屋奥の棚からトレーを取り出すと、それを目の前の台に置いた。

「服、靴、財布、時計、端末、あなたの荷物は全部、私が触れた途端に崩れ落ちてしまったわ」

 そこにあったのは、砂だった。見覚えある色をした砂。理解ができない。崩れ落ちた?有り得るわけが無かった。

 ―――!?

 だが、そこで砂から突き出ているものを見て、息を呑んだ。
 殆どが欠けた細長いフレーム。そこに、『Na.Yu』という字が書いてある。…紛れもない、自分の眼鏡だった。

 そん…な……

 喪失感が重くのしかかっていく。

 見間違いであって欲しかった。だがフレームの傷、特徴ある字の形…それにトレーに敷かれた砂には、微かに荷物の面影がある。見間違うはずがなかった。

「あなたの状況、はっきりと分ったでしょ?あなたが何者なのか分からない以上その手錠を外すわけにはいかないの」

 女性は椅子を引き、腰をかける。

「さっきの質問の続き話してくれる?あなたはどうしてに来たのか―――」

 すると次の瞬間、ドアが開く音が聞こえた。

「…レデリカ」

 名前らしき言葉を言い、一人の少女が入って来る。

「少し外すわ」

 そう言うと、女性はカーテンを閉め少女の元に向かって行った。

「―――」

 微かに話し声が聞こえてくる。

「………」

 ユウキはトレーに指を近づけ、眼鏡のフレーム部分に軽く触れた。
 砂状となったフレームは大変脆く、一瞬触っただけで形状が欠けてしまう。

「……ちが…う…」

 親の形見を失った事が、まだ微かに信じられずにいた。何かの間違いかもしれない。似せて作った偽物、信じ込ませるための罠…色んな思いが浮かんでいき、頭の中がゴチャゴチャになる。

 ―――

 奥からドアが閉じる音が聞こえ、我に返った。話し声が消え、場が静まり返る。どうやら二人共部屋から出ていったらしかった。

「……っ…」

 台に肘を付き、髪をかきあげた。
 状況整理が追いつかない。
 …ただ分かるのは、ここはユウキがいた場所世界ではない。
 そしてそれは今の女性も気づいている。
 ―――だとしたらあの人は何故容姿が変わっているのか、こうなった原因を知っているのだろうか。
 なら元の場所に帰れる方法も分かるはず。
 だがベッドに手錠を掛けられているのに本当に帰らせてくれるのか。
 いや違う。
 あの女性はさっき「何者なのか分からない以上その手錠を外すわけにはいかない」と言っていた。
 そもそもここは別世界で悍ましい化物が存在している。近くに何者か分からない自分がいれば手錠を掛けるのは当たり前だ。
 それにあの人は自分を救ってくれて悪い人とは思えない。

 ちゃんと話せば荷物だって…

「…ねぇ」

 突然、仕切りの向こうから声が聞こえた。
 カーテンが開き、一人の少女が姿を現す。

「……」
「……!」

 しばらくの間、視線が合い続ける。…二人とも出て行ってはなかったらしい。それに目の前の少女には見覚えがあった。
 赤髪のショートヘア、凛とした顔立ち、深紅の瞳…額には包帯が巻かれ、黒灰色のジップパーカーを羽織っている。…あの時の少女だった。見たところ怪我の状態は自分よりも軽そうだ。無事だったことに安堵を覚えた。

「…ねぇ」

 再び話しかけると少女は一歩前へ出た。

「…肩は?」

「…えっ…あ…」

 一瞬戸惑ったが、直ぐに怪我の事を聞いているのだと分かった。

「…大丈夫…です…」

「…そう」

 すると、少女は目の前の椅子に腰を下ろした。

「……?」

「―――…君は一体何?」

 突然そう言った。

「…君は歪みが起きたと同時にあいつらと現れた…『ヌト』の仲間?」

「…あ……え……」

 突如言われた『ヌト』という知らない言葉。だが「違う」と否定しようとするも、言葉をうまく出せなかった。

「答えて…!」

 拳を強く握り微かに震わせている。少女はどこか焦ってるように見えた。

「…え……あ……」

 頭が真っ白になる。どうすればいいか分からない。ここで、この状況で言葉がつっかえてしまうのか。
 息が詰まり、強張った様子に少女は更に拳を強く握った。

「…もういい、

 鋭い声でそう言うと、目を瞑る。そして目が開くと息を呑んだ。

「―――!?」

 少女の虹彩が紅い輝きを放っている。一瞬自分の目を疑った。だが錯覚じゃない。なぜ目が光っているのか。異様な光景にたじろぐことしかできない。
 それに少女の目の輝きを見てある違和感を覚えた。
 何故か、見覚えがあるような不思議な感じ。助けれた時に見たものではない。身近に、誰かいたような―――

「―――ッ!?」

 その時、激しい頭痛がユウキを襲った。

 ~~~っ!!

 声にならない苦痛を上げ、微かに、断片的に何かの光景が脳裏に浮かんでいく。

「―――はぁ……はぁ…」

 気付けば痛みは治まっていた。もはや何度目か分からない急な頭痛。その都度浮かぶあのイメージは本当に何なのだろうか。

「……」

 ふと少女を見ると、顔を俯けていた。ただ何も言わず、拳を強く握り締めている。

「―――ちょっといいかしら?」

 そこで、部屋に先程の女性が戻ってきた。

「召集が掛かったから移動―――」

 だが途中で言葉が止まった。力なく立ち上がり、少女は女性の目の前を通ってドアに向かっていく。

「どこに行くの?アメリア」

「…部屋に戻る」

 女性の問いに、微かな声でそう答えた。

「分かったわ………どうだった?」

 その後ろ姿に、女性は少女だけが聞こえる声で問いかける。

「…関係ない…何も関係なかった…」

 少女はそう言ってドアを開けると、一瞬立ち止まった。だが何か言うわけでもなく、直ぐに部屋から出ていった。

 ………

「…体調の具合はどう?」

「………大丈夫です…」

 女性の問いに微かに答えるとユウキは顔を俯けていた。少女が立ち止まった時に見えた、あの表情が頭から離れない。…あの辛そうな表情は一体何だったのか。

「状態は安定してるわね」

 すると女性が近づき、懐から何かを取り出すとユウキの前に置いた。

「急で申し訳ないけど、あなたに召集が掛かったわ」

 ……!?

 それは白い錠剤だった。

「…もちろん無理にとは言わないわ。来るか来ないかあなたが決めて。けれど来るならその鎮痛剤を飲んで頂戴。今よりは肩の痛みがマシになるわ」

 …ユウキは錠剤を見つめた。
「召集」という言葉に不安が募る。つまりそれは、ここは何かしらの施設ということ。…何か嫌なことが起こるのか。……いや違う。そうとは限らない。さっきあの女性は自分の事を聞いていた。召集ということはそこでその事について聞かれるのだろう。―――…それにこれは唯一のチャンスだ。こうなった経緯を話し、自分が無害なことを証明できれば元の場所に―――

「……行きます…」

 ―――帰れるかも知れない。そんな考えがよぎった。

「分かったわ」

 そういうと、女性は水の入ったコップを差し出した。

「………………とうございます…」

 ユウキは微かな声でお礼を言い、コップを受け取ると錠剤を口に入れ水で一気に流し込んだ。
 毒かもしれないという恐怖が脳を蝕む。だがーーー家に帰れる。そんなたった一つの希望に縋り、何とか心底に抑え込んだ。それに女性が言っていたことが嘘ではないと証明するかのように、肩の痛みが引いていく。

「―――即効薬よ」

 女性はそのまま床に膝をつき、懐から鍵のようなものを取り出した。

「でも痛みがないからといって、傷が癒えたわけじゃないから無理はしないで」

 そう言って、ベッドから手錠が外される。

「…どう、動ける?」

「…だ……大丈夫です…」

 ユウキは自由になった手首に軽く触れ、体を動かすと床に足を着けた。…だがまだ手には手錠が掛けられている。押し殺そうとする不安が拭えないがこれの意味は自分でも理解できた。
 女性は傍にある引き戸を開け、中からスリッパにも似たシューズを取ると、足元に置く。

「ごめん、両手を前に出してもらえる?」

 女性は姿勢を低くし、手錠に触れながら言った。
 やっぱりだ…やっぱりそうだった。
 怖い…嫌だ…何故外してくれないのか。たが自分はこの人達にとって不明な存在であり、動きを制限するのは当たり前だ。しかし頭で分かっていても、心が理解してくれない。

 ………

「………は…はい……」

 ユウキは両手を前に出した。…頭で分かっているなら、こうするしか方法はない。

「協力感謝するわ」

 …女性は手錠をかけ、姿勢を直す。そしてユウキの目を見て言った。

「今からあなたには、支部長のところに来てもらうわ」 
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