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第五章 戦いの幕開け
第三十三話
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――バチッ!
その音を聞いた途端、私は階段の踊り場付近で立ち止まってしまった。今の音は聞き覚えがある。孤児院にいた頃、施設長に鞭で打たれた時の音だ。
(でも、どうしてそんな音がエントランスから聞こえてくるんだろう?)
不安を抱きながら私は息を潜めて様子を伺った。
「どうして本家の使用人が私の屋敷にいるのかしら? 久しぶりに帰ってきたらこうだもの。本当にイライラしちゃう」
その声を聞いた途端、まるで警鐘を鳴らすかのように心臓がバクバクと脈打ち始めた。
(まさか……正妻さん?)
息を呑みながら一歩ずつ前へ進んだ。背後から「シャリファ、戻ってきて下さい!」というアリーの焦っているような声が聞こえてきたが、私は止まらなかった。ちゃんと自分の目で見て確かめなきゃという思いの方が強かったのだ。
どうか、私の不安が当たってませんように――何度もそう願った。だが、悪い予感は当たってしまう事となる。
「ッ! ド……ドロテーア!!」
ドロテーアが頬を手で押さえながらエントランスで倒れ込んでいるのが見えた。そして、側にいるベスは倒れ込んだドロテーアを庇いながら、赤髪の女をギロリと睨みつけていたのだ。
私は着ていたワンピースの裾をギュッと掴みながら、「二人に何をしているの!?」と声を発した。
「シャリファ、来ちゃ駄目――ぐあッ!!」
バチッ! と、また肌を叩く音が鳴り響いた。赤髪の女が持っていた乗馬用の鞭で、ベスの頬を思いっきり打ったのだ。
「……あら? あそこにも使用人が一匹入り込んでたの?」
赤髪の女がゆっくりと振り返った。目が合った瞬間、私は背筋が凍ってしまう。何故なら、彼女は鞭を持ちながら楽しそうに笑っていたからだ。
(なんなの、この人……怖い)
青い顔をしながら黙り込んでいると赤髪の女は私から目を逸らし、なんて事ない顔でドロテーアの手をピンヒールでグリグリと踏みつけた。
ドロテーアの「ギャッ……」という短い悲鳴と苦悶の表情。それらを愉快そうに見下ろしながら、乗馬用の鞭を指先で湾曲させて溜息を吐いた。
「私だってこんな事したくないのよ? でも、あの人がいない間、切り盛りするのは女主人である私の責務。どうせあの人は屋敷には戻って来てないんでしょ? ほら、何か言ったらどうなの?」
優しそうな声とは裏腹に目は一切笑ってはいなかった。それを知っている為かドロテーアは臆する事なく、赤髪の女に反発するように非難の言葉を浴びせ始めた。
「ここで働く使用人達の給料も未払いだった癖に女主人ですって? ふざけないで! 私達は物じゃないわ! ここで働く使用人の誰もが貴方の顔色を伺うわけじゃないの! いい加減に――ッッ!!」
ボキンッ――という音が聞こえたような気がした。叫び声は上げなかったものの、声にならない程の痛みを感じているのかドロテーアは踏まれた手を見つめながら歯を食いしばっている。
「はぁーあ、本家の使用人は本当に五月蝿いわね。良いかしら? この屋敷では私がルールなの。私が働けと言ったら使用人は働くの。イザベラ・シェーンベルクの元で働ける事に名誉を感じなさい、この没落貴族」
「っ……ゔぅ、ぐ……!!」
イザベラと名乗った赤髪の女は最後に全体重を掛けてドロテーアの手を踏みつけた後、ようやくその場から離れた。
ドロテーアは踏まれた手を震わせながらサッと抱き寄せる。側にいたベスに「大丈夫、ドロテーア!?」と声をかけられても返事ができないくらいかなりの激痛を感じているようだ。
(な……なんて恐ろしい人なの? 人を痛めつけて笑っていられるなんて、施設長と同類の人間だわ!)
あの女は危険だ――孤児として育った私の勘がそう告げている。嫌な汗が噴き出て、頬を伝って流れ落ちていった。足が震えてしまって動けないでいたが、私は倒れないように階段の手摺に掴まってイザベラの容姿を遠目で観察し始めた。
赤黒い薔薇を思わせるような赤い髪と目。それが彼女の美しい容姿を引き立たせていた。黒いレースのドレスと高いピンヒールを履いたスタイルの良い女性が私を見据えながらにっこりと笑う。
女王だ――階段を登ってくる姿はまるで、映画に出てくる悪役の女王様のようにも見えた。
(……落ち着くのよ、私。だって、あれは施設長じゃないもの)
イザベラがドロテーアに鞭を振るっている所を見たせいで、足の震えが止まらないでいた。トラウマだった。かつて孤児院にいた頃、施設長・マリアに罰として鞭打ちを受けた時と記憶が重なってしまうのだ。
(孤児院にいる時はヴェロニカが一緒だったから、なんとかやり過ごせた……けど、今は私一人だけ。どうすれば良いの!?)
「……っ」
彼女が階段を一つずつ上がってくるのを見て、私は叫び出しそうになってしまう。強張った表情のままイザベラを見つめていると、私の首元を見て口角を上げた。
「あら? エメラルドの宝石の付いたチョーカー、とっても素敵ね。まるで犬の首輪みたいだわ。もしかして……あの人の愛玩奴隷の証なのかしら?」
私は返事ができないまま震える指でチョーカーにそっと指を這わせる。実はこの宝石の付いたレースのチョーカーはリヒトさんに付けられたキスマークを隠す為にしている物なのだ。
「……っ」
声が私は違いますと否定できないまま階段の手摺りを握り締めていると、イザベラは真っ赤な口紅を塗ったふっくらとした唇をニィ……と引き伸ばして、せせら笑った。
「フフッ! それにしても、真面目ちゃんなあの人にそんな趣味があっただなんて驚きだわ。しかも敵国の……白い悪魔を性奴隷にするなんて良い趣味してる――」
パチンッ!!
今度は別の種類の乾いた音が響き渡った。
イザベラの後ろで倒れているドロテーアと彼女を介抱しているベスが驚いたような表情に変わっているのが、視界の隅に映っている。
そう――私がイザベラの頬を思いっきり引っ叩いたのだ。しかも、彼女がよろけるくらいに力強く。
彼女を打った後にやってしまった――と少し後悔に襲われたが、どうしても我慢できなかった。リヒトさんの正妻であろうと、これ以上、彼を馬鹿にする言葉を聞きたくはなかったのだ。
意を決した私はイザベラに対し、怒りを露わにし始めた。
「いい加減にして下さい! リヒトさんは誠実な方です! 孤児だった私を引き取ってくれた優しいお方です! 後、私は愛玩奴隷なんかじゃない! 初対面なのに失礼だと思わないのですか!?」
威嚇する猫のように私はイザベラを睨み付けるが、彼女は私より数段下にいるにも関わらず、私の怒りに全く動揺していないようだった。
「ハァ……本当にどいつもこいつも鬱陶しい。私がいない間に無法地帯になってるんだから!」
「……っ」
首を傾けて睨め付ける様はまるで蛇だった。私はギュッと唇を結んで恐怖で震えないように耐えるしかなかった。
「喧嘩を吹っ掛けといて何も言い返せないだなんて、本当に腹立つ小娘ね! その大きな目をえぐっちゃおうかしら!?」
「キャッ……は、離して――!?」
イザベラに腕を掴まれて私は腕を振り解いただけのつもりだった。予期していない浮遊感に襲われる。これは階段を踏み外した時の嫌な感覚だ!
(嘘。もしかして、私……階段から落ちてる!?)
私はギュッと目を瞑り、数秒後に来る衝撃に備える。
ウィルフリードさんのお屋敷で階段を踏み外した時はリヒトさんが助けれくれた。けど、今日は違う。今日は誰も助けてくれないのだ。
(痛いのは嫌っ! リヒトさんに心配かけちゃうのも嫌! 誰か助け――あ、あれ? 痛みが襲ってこない?)
私はそっと目を開ける。すると、イザベラが私の手を振り払い、物凄い形相でこちらを睨みつけていた。
(う……動いてない? それじゃあ、周りの皆は?)
宙に浮いたままの状態で私は頭を傾けながら辺りを見回すと、ドロテーアとベスは私を見て叫び出しそうな表情をしていた。二階にいるアリーはなんと手摺りをよじ登り、一階へ飛び降りようとしている。
アリー、駄目よ。そんな所から飛び降りたら怪我しちゃうわ――と呑気な事を考えながら、私はこの状況をどうすれば良いのかゆっくりと考え始めた。
(そういえば、前にもこんな場面があったわ。あの時はリヒトさんが刺されそうになってた時だった。でも、なんでこんな状況に陥ってるんだろう? あ、もしかして――私、凄い人だったのかしら!?)
私はペロッと舌を出した後、すぐ否定するようにブンブンと頭を左右に振った。
(私の馬鹿、こんな事を考えてる場合じゃないのに! うぅ……リヒトさぁぁん、助けて下さい! この人に襲われそうになったんです! 私、このままじゃ頭を打って、最悪死んじゃう――)
どうする事も出来ないまま、グスッ……と泣き出していると、玄関の方からカツカツカツ――という足音が聞こえてきた。
「え……嘘」
私は聞き慣れた足音にすぐに反応した。私は宙に浮いたまま身を翻すと、大きな玄関扉が左右に開いた。眩しい光が差し込んで来る――そして、見慣れた人影が現れた。
「シャリファ!?」
「リヒトさんっ!!」
宙に浮いたままリヒトさんに向かって手を伸ばすと、彼も慌てて私に駆け寄り、私に向かって手を広げた。
「シャリファ、どうして宙に浮いて――おわっ!?」
「え? きゃうっ!?」
突如、地球の重力を全身で感じ取った。身体が重い。まるで、時間が動き出したかのようにも感じる。
「リヒトさん、どうしてここに!? 一体、ど……どうなってるん、です……か?」
「おい、シャリファ! しっかりしろ、シャリファ!!」
リヒトさんの声が段々遠くなっていく。私は状況が飲み込めないまま猛烈な眠気に襲われ、彼の胸の中で眠ってしまったのだった。
――バチッ!
その音を聞いた途端、私は階段の踊り場付近で立ち止まってしまった。今の音は聞き覚えがある。孤児院にいた頃、施設長に鞭で打たれた時の音だ。
(でも、どうしてそんな音がエントランスから聞こえてくるんだろう?)
不安を抱きながら私は息を潜めて様子を伺った。
「どうして本家の使用人が私の屋敷にいるのかしら? 久しぶりに帰ってきたらこうだもの。本当にイライラしちゃう」
その声を聞いた途端、まるで警鐘を鳴らすかのように心臓がバクバクと脈打ち始めた。
(まさか……正妻さん?)
息を呑みながら一歩ずつ前へ進んだ。背後から「シャリファ、戻ってきて下さい!」というアリーの焦っているような声が聞こえてきたが、私は止まらなかった。ちゃんと自分の目で見て確かめなきゃという思いの方が強かったのだ。
どうか、私の不安が当たってませんように――何度もそう願った。だが、悪い予感は当たってしまう事となる。
「ッ! ド……ドロテーア!!」
ドロテーアが頬を手で押さえながらエントランスで倒れ込んでいるのが見えた。そして、側にいるベスは倒れ込んだドロテーアを庇いながら、赤髪の女をギロリと睨みつけていたのだ。
私は着ていたワンピースの裾をギュッと掴みながら、「二人に何をしているの!?」と声を発した。
「シャリファ、来ちゃ駄目――ぐあッ!!」
バチッ! と、また肌を叩く音が鳴り響いた。赤髪の女が持っていた乗馬用の鞭で、ベスの頬を思いっきり打ったのだ。
「……あら? あそこにも使用人が一匹入り込んでたの?」
赤髪の女がゆっくりと振り返った。目が合った瞬間、私は背筋が凍ってしまう。何故なら、彼女は鞭を持ちながら楽しそうに笑っていたからだ。
(なんなの、この人……怖い)
青い顔をしながら黙り込んでいると赤髪の女は私から目を逸らし、なんて事ない顔でドロテーアの手をピンヒールでグリグリと踏みつけた。
ドロテーアの「ギャッ……」という短い悲鳴と苦悶の表情。それらを愉快そうに見下ろしながら、乗馬用の鞭を指先で湾曲させて溜息を吐いた。
「私だってこんな事したくないのよ? でも、あの人がいない間、切り盛りするのは女主人である私の責務。どうせあの人は屋敷には戻って来てないんでしょ? ほら、何か言ったらどうなの?」
優しそうな声とは裏腹に目は一切笑ってはいなかった。それを知っている為かドロテーアは臆する事なく、赤髪の女に反発するように非難の言葉を浴びせ始めた。
「ここで働く使用人達の給料も未払いだった癖に女主人ですって? ふざけないで! 私達は物じゃないわ! ここで働く使用人の誰もが貴方の顔色を伺うわけじゃないの! いい加減に――ッッ!!」
ボキンッ――という音が聞こえたような気がした。叫び声は上げなかったものの、声にならない程の痛みを感じているのかドロテーアは踏まれた手を見つめながら歯を食いしばっている。
「はぁーあ、本家の使用人は本当に五月蝿いわね。良いかしら? この屋敷では私がルールなの。私が働けと言ったら使用人は働くの。イザベラ・シェーンベルクの元で働ける事に名誉を感じなさい、この没落貴族」
「っ……ゔぅ、ぐ……!!」
イザベラと名乗った赤髪の女は最後に全体重を掛けてドロテーアの手を踏みつけた後、ようやくその場から離れた。
ドロテーアは踏まれた手を震わせながらサッと抱き寄せる。側にいたベスに「大丈夫、ドロテーア!?」と声をかけられても返事ができないくらいかなりの激痛を感じているようだ。
(な……なんて恐ろしい人なの? 人を痛めつけて笑っていられるなんて、施設長と同類の人間だわ!)
あの女は危険だ――孤児として育った私の勘がそう告げている。嫌な汗が噴き出て、頬を伝って流れ落ちていった。足が震えてしまって動けないでいたが、私は倒れないように階段の手摺に掴まってイザベラの容姿を遠目で観察し始めた。
赤黒い薔薇を思わせるような赤い髪と目。それが彼女の美しい容姿を引き立たせていた。黒いレースのドレスと高いピンヒールを履いたスタイルの良い女性が私を見据えながらにっこりと笑う。
女王だ――階段を登ってくる姿はまるで、映画に出てくる悪役の女王様のようにも見えた。
(……落ち着くのよ、私。だって、あれは施設長じゃないもの)
イザベラがドロテーアに鞭を振るっている所を見たせいで、足の震えが止まらないでいた。トラウマだった。かつて孤児院にいた頃、施設長・マリアに罰として鞭打ちを受けた時と記憶が重なってしまうのだ。
(孤児院にいる時はヴェロニカが一緒だったから、なんとかやり過ごせた……けど、今は私一人だけ。どうすれば良いの!?)
「……っ」
彼女が階段を一つずつ上がってくるのを見て、私は叫び出しそうになってしまう。強張った表情のままイザベラを見つめていると、私の首元を見て口角を上げた。
「あら? エメラルドの宝石の付いたチョーカー、とっても素敵ね。まるで犬の首輪みたいだわ。もしかして……あの人の愛玩奴隷の証なのかしら?」
私は返事ができないまま震える指でチョーカーにそっと指を這わせる。実はこの宝石の付いたレースのチョーカーはリヒトさんに付けられたキスマークを隠す為にしている物なのだ。
「……っ」
声が私は違いますと否定できないまま階段の手摺りを握り締めていると、イザベラは真っ赤な口紅を塗ったふっくらとした唇をニィ……と引き伸ばして、せせら笑った。
「フフッ! それにしても、真面目ちゃんなあの人にそんな趣味があっただなんて驚きだわ。しかも敵国の……白い悪魔を性奴隷にするなんて良い趣味してる――」
パチンッ!!
今度は別の種類の乾いた音が響き渡った。
イザベラの後ろで倒れているドロテーアと彼女を介抱しているベスが驚いたような表情に変わっているのが、視界の隅に映っている。
そう――私がイザベラの頬を思いっきり引っ叩いたのだ。しかも、彼女がよろけるくらいに力強く。
彼女を打った後にやってしまった――と少し後悔に襲われたが、どうしても我慢できなかった。リヒトさんの正妻であろうと、これ以上、彼を馬鹿にする言葉を聞きたくはなかったのだ。
意を決した私はイザベラに対し、怒りを露わにし始めた。
「いい加減にして下さい! リヒトさんは誠実な方です! 孤児だった私を引き取ってくれた優しいお方です! 後、私は愛玩奴隷なんかじゃない! 初対面なのに失礼だと思わないのですか!?」
威嚇する猫のように私はイザベラを睨み付けるが、彼女は私より数段下にいるにも関わらず、私の怒りに全く動揺していないようだった。
「ハァ……本当にどいつもこいつも鬱陶しい。私がいない間に無法地帯になってるんだから!」
「……っ」
首を傾けて睨め付ける様はまるで蛇だった。私はギュッと唇を結んで恐怖で震えないように耐えるしかなかった。
「喧嘩を吹っ掛けといて何も言い返せないだなんて、本当に腹立つ小娘ね! その大きな目をえぐっちゃおうかしら!?」
「キャッ……は、離して――!?」
イザベラに腕を掴まれて私は腕を振り解いただけのつもりだった。予期していない浮遊感に襲われる。これは階段を踏み外した時の嫌な感覚だ!
(嘘。もしかして、私……階段から落ちてる!?)
私はギュッと目を瞑り、数秒後に来る衝撃に備える。
ウィルフリードさんのお屋敷で階段を踏み外した時はリヒトさんが助けれくれた。けど、今日は違う。今日は誰も助けてくれないのだ。
(痛いのは嫌っ! リヒトさんに心配かけちゃうのも嫌! 誰か助け――あ、あれ? 痛みが襲ってこない?)
私はそっと目を開ける。すると、イザベラが私の手を振り払い、物凄い形相でこちらを睨みつけていた。
(う……動いてない? それじゃあ、周りの皆は?)
宙に浮いたままの状態で私は頭を傾けながら辺りを見回すと、ドロテーアとベスは私を見て叫び出しそうな表情をしていた。二階にいるアリーはなんと手摺りをよじ登り、一階へ飛び降りようとしている。
アリー、駄目よ。そんな所から飛び降りたら怪我しちゃうわ――と呑気な事を考えながら、私はこの状況をどうすれば良いのかゆっくりと考え始めた。
(そういえば、前にもこんな場面があったわ。あの時はリヒトさんが刺されそうになってた時だった。でも、なんでこんな状況に陥ってるんだろう? あ、もしかして――私、凄い人だったのかしら!?)
私はペロッと舌を出した後、すぐ否定するようにブンブンと頭を左右に振った。
(私の馬鹿、こんな事を考えてる場合じゃないのに! うぅ……リヒトさぁぁん、助けて下さい! この人に襲われそうになったんです! 私、このままじゃ頭を打って、最悪死んじゃう――)
どうする事も出来ないまま、グスッ……と泣き出していると、玄関の方からカツカツカツ――という足音が聞こえてきた。
「え……嘘」
私は聞き慣れた足音にすぐに反応した。私は宙に浮いたまま身を翻すと、大きな玄関扉が左右に開いた。眩しい光が差し込んで来る――そして、見慣れた人影が現れた。
「シャリファ!?」
「リヒトさんっ!!」
宙に浮いたままリヒトさんに向かって手を伸ばすと、彼も慌てて私に駆け寄り、私に向かって手を広げた。
「シャリファ、どうして宙に浮いて――おわっ!?」
「え? きゃうっ!?」
突如、地球の重力を全身で感じ取った。身体が重い。まるで、時間が動き出したかのようにも感じる。
「リヒトさん、どうしてここに!? 一体、ど……どうなってるん、です……か?」
「おい、シャリファ! しっかりしろ、シャリファ!!」
リヒトさんの声が段々遠くなっていく。私は状況が飲み込めないまま猛烈な眠気に襲われ、彼の胸の中で眠ってしまったのだった。
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