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第四章 戻ってきた日常と甘い日々
第三十一話
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トイレでの騒動から数時間が経過した。見知らぬ人の声が飛び交って騒がしかったこの屋敷も、次第にいつものような落ち着きを取り戻していった。
「よし、行ったわね……」
私は部屋の窓から数台の軍用車両が走り去っていくのを見た後、ベスの為に作ったピンク色のラッピング袋を膝の上に置いて、今か今かと待ち構えていた。
(近くにいた使用人にお願いしてティーセットも用意してもらったし、準備万端ね! はぁ~、なんだか緊張してきたわ。ベスに気を遣われないように明るく振る舞わないと!)
私はローテーブルに並べているピカピカに磨かれた食器類を満足気に眺めていると、廊下側から数人の足音が聞こえてきたので私はソファから立ち上がった。程なくして、コンコンコンとノックが三回鳴る。
「シャリファ、入るぞ」
私は扉の方へ視線を向けると、顰めっ面をしたベスと眉根を寄せて彼女を睨むリヒトさんが立っていた。
(あ、あれ? もしかして、喧嘩でもしたのかしら……)
二人の険悪な雰囲気に私は苦笑いしかできなかった。
私はベスの格好を見てみると、サイズの合わない男性用のボーダー柄の囚人服を着用し、半ズボンは今にもずり落ちそうになっている。
元々、彼女に対して華奢な印象を抱いていたが、襟元から見える鎖骨部分は異様に浮き出ており、前よりも不健康な印象を抱いた。更に私と同じ銀色の髪は埃を被った金属のように鈍く光り、少し伸びた毛先は色んな方向に跳ねてボサボサになっている。
私の視線に気が付いたベスは気まずそうに視線を逸らして俯いてしまったが、リヒトさんが背後から彼女の方を掴んで部屋に入れと促し始めた。
「ほら、早く部屋に入れ」
「…………」
反抗するかのようにベスはリヒトさんに振り返って、文句を言いたそうにジロリと睨む。すると、彼女の反抗的な態度を見たリヒトさんは眉根を寄せ、少し苛立ったような表情に変わった。
「さっき玄関で説明しただろ? こっちは少しでも反抗的な素振りを見せたらいつでも殺して良いって命令されてるんだ。殺されたくなかったら俺の言う事を聞くんだ」
それを聞いた私はハッとした。このままじゃ、ベスは殺されてしまうかもしれない。私がどうにかしないと――そう思ったのだ。
私は頭で考えるよりも先に身体が動いていた。リヒトさんが怒鳴る前にベスに駆け寄り、真正面から抱き着いていたのだ。
「ベス、また会えて嬉しいわ!」
「シャ、シャリ……ファ?」
「そうよ、私も貴方に会い……え!? どうして泣いてるの!?」
ベスは私を見た途端、赤い目を更に真っ赤に充血させてボロボロと泣き始めた。そして、泣きながら「ゔぅ~~、ごめんなざい……ごめんなざいぃぃ……」と何度も何度も謝ってきたのである。
(ベスったら私のことが心配でたまらなかったのね。やっぱり、思った通りの優しい子だわ)
私は落ち着かせるように彼女の頭を撫でながら、「私は大丈夫。身体はもうなんともないわ」と言うと、ベスは更に嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
「ほら見て、ちゃんと生きてるでしょ? もう走ったりもできちゃうんだから! 今日は貴方の為にお茶とお菓子を用意したの。今から一緒に食べましょう?」
私は彼女の手を引いてソファへ座らせてあげた。それでも彼女は暫くの間、「ゔん……グスッ。本当に……本当にごめんなさい」と終始謝り倒していた。
◇◇◇
「少しは落ち着いた?」
「うん。本当にごめんね、シャリファ」
何回聞いたか分からないベスの謝罪を聞きながら、私は紅茶を手慣れたようにティーカップに注いでいた。お皿の上には仲直りの印である手作りのクッキーとガトーショコラが並べられている。
ベスはティッシュで涙を拭き、鼻をスンスンと啜っていた。先程、私が「仲直りしましょ?」と言ってお菓子を差し出すと、感動したベスがまた泣き出してしまったのだ。
「ふふっ、ベスったら意外と泣き虫さんだったのね。頑固な貴方しか見てなかったから、なんだか新鮮だわ! 紅茶は飲める? お砂糖も入れようか?」
「う……うん、欲しい」
「一つにする? 二つにする?」
「ふ、二つ欲しい……です」
「ミルクは?」
「要らないです」
それを聞いた私は頷き、角砂糖を二つ熱い紅茶の中へ落とした。クルクルとスプーンでかき混ぜてから、ティーカップをソーサーに乗せてベスに渡すと、彼女は湯気が上がる紅茶をキラキラとした目で暫く見つめていた。
「さぁ、どうぞ。冷めないうちに飲んでみて! この紅茶は私のお気に入りなの!」
「シャリファ、―――……っ!?」
突如、ガツンッ! と何かが刺さるような音が響き渡った。私とベスは驚いて音がした方に目を向けると、見慣れない光景に唖然としてしまった。なんと、フォークが小刻みに振動しながらテーブルに突き刺さっていたのだ。
(えっ……と、このテーブル絶対に高いですよね? 傷物にしちゃって大丈夫なんですか?)
変な所を心配してしまうのは貧乏人の性だ。普段の生活では見ないであろう光景に私は目をパチパチと瞬きさせた後、フォークをテーブルに刺した人物を見つめる。
「……ここはヒルデブラント連邦国家だ。連合王国語で喋るな。俺とシャリファが分かる言葉で話せ」
命令口調で話すリヒトさんの眉間には先程よりも更に深い皺が刻まれていた。私は頬を引き攣らせながら心の中で(せっかくベスと打ち解けてきたのに!)と頭を抱える事となってしまった。
(リヒトさんったらぁぁ~~、何をしてるんですか!? せっかくベスと仲良くなってきたのに――ほら、貴方のせいでベスも敵意剥き出しになってるじゃないですかぁぁぁぁ!!)
私とベスは長方形型のテーブルを挟んで向かい合って座っているのに対し、リヒトさんは私達の会話を監視するように腕を組んで真ん中に居座っているのだ。これではお茶会というよりも、ドラマで見た愛憎劇のワンシーンだ。空気が重々しくて話辛いったらありゃしない。
(うぅ……お願いだから、ベスもここは大人しくすいませんって言ってくれないかしら。表面上だけで良いから、お願いよぉ~~!!)
しかし、そんな私の淡い期待も粉々に砕け散る事となる。元々、気の強いベスも負けじとリヒトさんを睨み返し、「野蛮人め。お前は初めから嫌いだ」と片言の連邦語で言い返してしまったから、火に油を注ぐ結果となってしまったのだ。
案の定、リヒトさんの眉がピクリと反応した。
「……お前のせいでどれだけの被害が出たと思ってるんだ」
「ならこちらも言わせてもらう。お前達のせいで仲間がたくさん死んだ。絶対に許さないからな」
負けじと互いに睨み合っていたが、私が「ふ、二人共そんな殺気立たないで下さい……」と私は慌てふためきながら声をかけると、二人共謝罪の言葉を述べる事なく「フンッ!」とそっぽを向いてしまった。
(ハァ……なんでこんなに憂鬱なんだろう。暫くは二人共、こんな感じなのかな。リヒトさんの事は好きだけど、ベスと二人きりにしちゃったら、ずっと喧嘩してそうだなぁ……。私としてはベスとは楽しくお喋りしたいだけなのに息が詰まりそうだわ)
私は溜息を吐く。ベスは捕虜としてこの屋敷にいるのだから落ち着かないだろうし、リヒトさんも彼女を常に監視しなきゃいけないからピリピリするのは仕方ない。頭では理解しているのだが、なんだかこっちまで気分が落ち込んでしまった。
(――でも、ようやくベスに会えたんだから少しでもリヒトさんと仲良くしてもらわなきゃ。二人が少しでも仲良くできるように私がサポートしていかないと!)
そう切り替えた私は手始めにリヒトさんから落ち着かせようと決めた。私はにこやかに「リヒトさんも紅茶はいかがですか? ストレートで良いですよね?」と顔色を伺いながら問う。
「……あぁ、頼む」
彼の返事を聞いて、今度は私がイラッとしてしまった。
(なんなのよ、その態度――って、駄目ね。今は気が立ってるだけなんだから我慢よ我慢! 少しだけ不貞腐れ気味に返事をされてしまったけど、一々気にしてちゃ駄目!)
さて、気を取り直して……リヒトさんのご機嫌取りから取り掛かりましょうか!
「リヒトさんも私が作ったお菓子を食べてみて下さい! ドロテーアと一緒に作ったんで、美味しいはずですから! 私のお勧めはガトーショコラなんです! リヒトさんの為に甘すぎないように調節したんですよ!」
敢えてリヒトさんの為にを少し強調して言ってみた。これが良かったのか顰めっ面から一転し、すぐにパァッと明るい表情に変わってくれた。
「そうか、それは楽しみ――」
リヒトさんが私から笑顔でティーカップを受け取って、紅茶を飲もうとした時の事だった。急に彼の目がカッ! と見開いたまま微動だにしなくなったのだ。
(……うん? どうして向かい側からボリボリって聞こえるの?)
とても嫌な予感がした。私はチラ……とベスの方向を見てみると、なんとベスはお菓子の乗ったお皿を自分の所に移動させて一人でムシャムシャと頬張っていた。彼女の口の周りにはチョコレートのスポンジとクッキーのカスがたくさん付いている。あの食べっぷりだと、リヒトさんの分はないかもしれない。
「お前……シャリファの手作りは俺も食べた事がないんだぞ!?」
リヒトさんの視線に気が付いたベスはわざとらしくニマーッと笑った後、お皿を持ち上げて全て口の中に流し込んでいったではないか!
「おい、コラ! 独り占めするな!」
「モシャモシャ、ゴクン……う~ん、美味し~い♡ これはお前の為じゃなく、シャリファが私の為に作ったから私の物だ。それより、お前達はいつもこんな豪華な物を食べてるのか?」
ベスが静かな怒りを目に宿したままリヒトさんを睨んだ。リヒトさんは彼女が何を言いたいのか察したのか、「……たまたま知り合いに頼んで手に入れられただけだ」と罰が悪そうに視線を逸らし、大人しく紅茶を飲み始めた。
「……そうか。私の家族にもいつか甘いお菓子を食べさせてあげたいな」
お皿に残ったクッキーの欠片を綺麗に指で摘んで食べているベスの表情はとても寂しそうに見えた。
トイレでの騒動から数時間が経過した。見知らぬ人の声が飛び交って騒がしかったこの屋敷も、次第にいつものような落ち着きを取り戻していった。
「よし、行ったわね……」
私は部屋の窓から数台の軍用車両が走り去っていくのを見た後、ベスの為に作ったピンク色のラッピング袋を膝の上に置いて、今か今かと待ち構えていた。
(近くにいた使用人にお願いしてティーセットも用意してもらったし、準備万端ね! はぁ~、なんだか緊張してきたわ。ベスに気を遣われないように明るく振る舞わないと!)
私はローテーブルに並べているピカピカに磨かれた食器類を満足気に眺めていると、廊下側から数人の足音が聞こえてきたので私はソファから立ち上がった。程なくして、コンコンコンとノックが三回鳴る。
「シャリファ、入るぞ」
私は扉の方へ視線を向けると、顰めっ面をしたベスと眉根を寄せて彼女を睨むリヒトさんが立っていた。
(あ、あれ? もしかして、喧嘩でもしたのかしら……)
二人の険悪な雰囲気に私は苦笑いしかできなかった。
私はベスの格好を見てみると、サイズの合わない男性用のボーダー柄の囚人服を着用し、半ズボンは今にもずり落ちそうになっている。
元々、彼女に対して華奢な印象を抱いていたが、襟元から見える鎖骨部分は異様に浮き出ており、前よりも不健康な印象を抱いた。更に私と同じ銀色の髪は埃を被った金属のように鈍く光り、少し伸びた毛先は色んな方向に跳ねてボサボサになっている。
私の視線に気が付いたベスは気まずそうに視線を逸らして俯いてしまったが、リヒトさんが背後から彼女の方を掴んで部屋に入れと促し始めた。
「ほら、早く部屋に入れ」
「…………」
反抗するかのようにベスはリヒトさんに振り返って、文句を言いたそうにジロリと睨む。すると、彼女の反抗的な態度を見たリヒトさんは眉根を寄せ、少し苛立ったような表情に変わった。
「さっき玄関で説明しただろ? こっちは少しでも反抗的な素振りを見せたらいつでも殺して良いって命令されてるんだ。殺されたくなかったら俺の言う事を聞くんだ」
それを聞いた私はハッとした。このままじゃ、ベスは殺されてしまうかもしれない。私がどうにかしないと――そう思ったのだ。
私は頭で考えるよりも先に身体が動いていた。リヒトさんが怒鳴る前にベスに駆け寄り、真正面から抱き着いていたのだ。
「ベス、また会えて嬉しいわ!」
「シャ、シャリ……ファ?」
「そうよ、私も貴方に会い……え!? どうして泣いてるの!?」
ベスは私を見た途端、赤い目を更に真っ赤に充血させてボロボロと泣き始めた。そして、泣きながら「ゔぅ~~、ごめんなざい……ごめんなざいぃぃ……」と何度も何度も謝ってきたのである。
(ベスったら私のことが心配でたまらなかったのね。やっぱり、思った通りの優しい子だわ)
私は落ち着かせるように彼女の頭を撫でながら、「私は大丈夫。身体はもうなんともないわ」と言うと、ベスは更に嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
「ほら見て、ちゃんと生きてるでしょ? もう走ったりもできちゃうんだから! 今日は貴方の為にお茶とお菓子を用意したの。今から一緒に食べましょう?」
私は彼女の手を引いてソファへ座らせてあげた。それでも彼女は暫くの間、「ゔん……グスッ。本当に……本当にごめんなさい」と終始謝り倒していた。
◇◇◇
「少しは落ち着いた?」
「うん。本当にごめんね、シャリファ」
何回聞いたか分からないベスの謝罪を聞きながら、私は紅茶を手慣れたようにティーカップに注いでいた。お皿の上には仲直りの印である手作りのクッキーとガトーショコラが並べられている。
ベスはティッシュで涙を拭き、鼻をスンスンと啜っていた。先程、私が「仲直りしましょ?」と言ってお菓子を差し出すと、感動したベスがまた泣き出してしまったのだ。
「ふふっ、ベスったら意外と泣き虫さんだったのね。頑固な貴方しか見てなかったから、なんだか新鮮だわ! 紅茶は飲める? お砂糖も入れようか?」
「う……うん、欲しい」
「一つにする? 二つにする?」
「ふ、二つ欲しい……です」
「ミルクは?」
「要らないです」
それを聞いた私は頷き、角砂糖を二つ熱い紅茶の中へ落とした。クルクルとスプーンでかき混ぜてから、ティーカップをソーサーに乗せてベスに渡すと、彼女は湯気が上がる紅茶をキラキラとした目で暫く見つめていた。
「さぁ、どうぞ。冷めないうちに飲んでみて! この紅茶は私のお気に入りなの!」
「シャリファ、―――……っ!?」
突如、ガツンッ! と何かが刺さるような音が響き渡った。私とベスは驚いて音がした方に目を向けると、見慣れない光景に唖然としてしまった。なんと、フォークが小刻みに振動しながらテーブルに突き刺さっていたのだ。
(えっ……と、このテーブル絶対に高いですよね? 傷物にしちゃって大丈夫なんですか?)
変な所を心配してしまうのは貧乏人の性だ。普段の生活では見ないであろう光景に私は目をパチパチと瞬きさせた後、フォークをテーブルに刺した人物を見つめる。
「……ここはヒルデブラント連邦国家だ。連合王国語で喋るな。俺とシャリファが分かる言葉で話せ」
命令口調で話すリヒトさんの眉間には先程よりも更に深い皺が刻まれていた。私は頬を引き攣らせながら心の中で(せっかくベスと打ち解けてきたのに!)と頭を抱える事となってしまった。
(リヒトさんったらぁぁ~~、何をしてるんですか!? せっかくベスと仲良くなってきたのに――ほら、貴方のせいでベスも敵意剥き出しになってるじゃないですかぁぁぁぁ!!)
私とベスは長方形型のテーブルを挟んで向かい合って座っているのに対し、リヒトさんは私達の会話を監視するように腕を組んで真ん中に居座っているのだ。これではお茶会というよりも、ドラマで見た愛憎劇のワンシーンだ。空気が重々しくて話辛いったらありゃしない。
(うぅ……お願いだから、ベスもここは大人しくすいませんって言ってくれないかしら。表面上だけで良いから、お願いよぉ~~!!)
しかし、そんな私の淡い期待も粉々に砕け散る事となる。元々、気の強いベスも負けじとリヒトさんを睨み返し、「野蛮人め。お前は初めから嫌いだ」と片言の連邦語で言い返してしまったから、火に油を注ぐ結果となってしまったのだ。
案の定、リヒトさんの眉がピクリと反応した。
「……お前のせいでどれだけの被害が出たと思ってるんだ」
「ならこちらも言わせてもらう。お前達のせいで仲間がたくさん死んだ。絶対に許さないからな」
負けじと互いに睨み合っていたが、私が「ふ、二人共そんな殺気立たないで下さい……」と私は慌てふためきながら声をかけると、二人共謝罪の言葉を述べる事なく「フンッ!」とそっぽを向いてしまった。
(ハァ……なんでこんなに憂鬱なんだろう。暫くは二人共、こんな感じなのかな。リヒトさんの事は好きだけど、ベスと二人きりにしちゃったら、ずっと喧嘩してそうだなぁ……。私としてはベスとは楽しくお喋りしたいだけなのに息が詰まりそうだわ)
私は溜息を吐く。ベスは捕虜としてこの屋敷にいるのだから落ち着かないだろうし、リヒトさんも彼女を常に監視しなきゃいけないからピリピリするのは仕方ない。頭では理解しているのだが、なんだかこっちまで気分が落ち込んでしまった。
(――でも、ようやくベスに会えたんだから少しでもリヒトさんと仲良くしてもらわなきゃ。二人が少しでも仲良くできるように私がサポートしていかないと!)
そう切り替えた私は手始めにリヒトさんから落ち着かせようと決めた。私はにこやかに「リヒトさんも紅茶はいかがですか? ストレートで良いですよね?」と顔色を伺いながら問う。
「……あぁ、頼む」
彼の返事を聞いて、今度は私がイラッとしてしまった。
(なんなのよ、その態度――って、駄目ね。今は気が立ってるだけなんだから我慢よ我慢! 少しだけ不貞腐れ気味に返事をされてしまったけど、一々気にしてちゃ駄目!)
さて、気を取り直して……リヒトさんのご機嫌取りから取り掛かりましょうか!
「リヒトさんも私が作ったお菓子を食べてみて下さい! ドロテーアと一緒に作ったんで、美味しいはずですから! 私のお勧めはガトーショコラなんです! リヒトさんの為に甘すぎないように調節したんですよ!」
敢えてリヒトさんの為にを少し強調して言ってみた。これが良かったのか顰めっ面から一転し、すぐにパァッと明るい表情に変わってくれた。
「そうか、それは楽しみ――」
リヒトさんが私から笑顔でティーカップを受け取って、紅茶を飲もうとした時の事だった。急に彼の目がカッ! と見開いたまま微動だにしなくなったのだ。
(……うん? どうして向かい側からボリボリって聞こえるの?)
とても嫌な予感がした。私はチラ……とベスの方向を見てみると、なんとベスはお菓子の乗ったお皿を自分の所に移動させて一人でムシャムシャと頬張っていた。彼女の口の周りにはチョコレートのスポンジとクッキーのカスがたくさん付いている。あの食べっぷりだと、リヒトさんの分はないかもしれない。
「お前……シャリファの手作りは俺も食べた事がないんだぞ!?」
リヒトさんの視線に気が付いたベスはわざとらしくニマーッと笑った後、お皿を持ち上げて全て口の中に流し込んでいったではないか!
「おい、コラ! 独り占めするな!」
「モシャモシャ、ゴクン……う~ん、美味し~い♡ これはお前の為じゃなく、シャリファが私の為に作ったから私の物だ。それより、お前達はいつもこんな豪華な物を食べてるのか?」
ベスが静かな怒りを目に宿したままリヒトさんを睨んだ。リヒトさんは彼女が何を言いたいのか察したのか、「……たまたま知り合いに頼んで手に入れられただけだ」と罰が悪そうに視線を逸らし、大人しく紅茶を飲み始めた。
「……そうか。私の家族にもいつか甘いお菓子を食べさせてあげたいな」
お皿に残ったクッキーの欠片を綺麗に指で摘んで食べているベスの表情はとても寂しそうに見えた。
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