私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第四章 戻ってきた日常と甘い日々

第三十話

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(あぅぅ……私ったら、また変な事を言っちゃったんだわ)

 ヴィルヘルムが何も言ってくれないまま数秒が経過した。私は手で額を押さえながらがっくりと項垂れていると、扉の向こう側から「ククッ……」と声を押し殺したような笑い声が微かに聞こえてきた。

 私は顔を上げてムッとした表情になった。だって、私は聞かれた事を答えただけなんだから間違った事は言っていない。いないけれど、私はだんだん恥ずかしくなってきてしまい、膝を抱えたまま扉を睨み付ける。

「わ、笑わないでください……」
「あぁ、悪い。なかなか聞いたことのない冗談だと思ってな。ちなみにリヒトの兄貴も君の事は知ってるのか?」

 そう問われると肩がビクッと跳ねてしまった。どう切り返せば良いのかが分からず、否定も肯定も出来ずに押し黙っていると、「ははーん、成程。兄夫妻も共犯ってわけか」と勝手に推測されてしまい、私は狼狽える事となってしまった。

(この流れはまずいわ……このままじゃ、ウィルフリードさん達にも本当に迷惑をかけちゃう!)

 そう感じた私は気が付けば、弾かれるように扉を開け放っていた。

 本当は怖い。最悪、殺されちゃうかもしれないけど、私の事なんてどうだって良い。お世話になった人達に迷惑がかかるくらいなら、死んだ方がマシだわ!

 飛び出た私はヴィルヘルムに縋り付きながら懇願し始めた。

「おわっ……な、何――」
「お願いです! 私のせいで周りに迷惑がかかるなら、私一人で責任を負います! だから、ウィルフリードさん達には何も言わないで下さい!」

 それを聞いたヴィルヘルムはとても驚いた表情をしていたが、彼は困ったようにポリポリと頭を掻いた後、手に持っていた銃を洗面台の上に置いて私の頭にポンと手を乗せた。

「安心しろ。この事は誰にも言わないから」
「ほ……本当ですか?」

 私は弱々しい声で聞くと、ヴィルヘルムの切長の目が一瞬大きく見開いたように見えた。そして、何を思ったのか私の両頬に手を添え、色んな角度からジロジロと観察し始める。

「へぇ、君はなかなかの美人さんだな」
「そ、そんな事はないです……」

 リヒトさん以外の異性に触れられたのは初めてだったので少し抵抗感があった。すぐにでも手を振り払いたくなったが、何をされるか分からないのでここはグッと我慢をする。

(ここは我慢よ……命を奪われないだけマシだと思うの)

 お願いだからこれ以上、私に触らないでほしい。私の髪や肌に触れて良いのは、この世でただ一人だけなのに――。

 私は文句の一つも言わずに耐えていた。なにせ相手は現役の軍人なのだ。しかもこれだけ体格差があれば、私の細い腕なんて一発でへし折られてしまうだろう。だから抵抗も一切せず、こうして愛想笑いしか出来ないのが非常に悔しかった。

「いやー、そうかそうか。リヒトにもそういう趣味があったとは知らなかったな。ま……こんな事、普通は言えないか」

 ヴィルヘルムはパッと手を離したが、私は今の発言を聞いて眉を顰める事となった。

(そういう趣味ってどういう意味かしら? あまり良い意味じゃないよね?)

 ヴィルヘルムの発言が気になった私は居ても立っても居られなくなり、気が付けば恐怖も忘れて口を開いていた。

「あ、あの! 今のはどういう――」

 すぐに今の言葉の意味を聞こうとしたが、扉の向こうから革靴で絨毯の上を歩く音が近付いてきた。歩く速度がかなり早い。もしかしたら、この人ヴィルヘルムの仲間かも……と一瞬警戒したが、すぐに違うと確信した。

(この足音……リヒトさんだわ!)

 私はホッと胸を撫で下ろし、すぐに扉に歩み寄ろうとしたが、いきなりヴィルヘルムに腕を掴まれてしまった。そのまま強く後ろに引っ張られ為、バランスを崩しそうになった所をヴィルヘルムに抱きとめられてしまう。

「キャ……きゅ、急になんですか!?」
「シー、何もしないから黙っててくれ。暴れたら――分かるだろ?」
「……っ!」

 ヴィルヘルムの目付きが一瞬、厳しいものになった。
不本意だったが、彼の腕の中で大人しくジッとしていると、服に染み付いた煙草の匂いが鼻腔を擽った。その匂いがなんだかとても懐かしくて、リヒトさんと出会ったばかりの頃を思い出してしまう。

(この人からリヒトさんと同じ煙草の匂いがする。そういえば、彼と出会った頃もこうやって身動きできないように抱きしめられたっけ)

 こんな状況なのにも関わらず、呑気にそんな事を考えていると、扉が勢いよくバンッ! と開く音がした。

「……ヴィルヘルム、いつ着いたんだ?」
「さっきだよ。お前の屋敷の使用人が俺だって分かると、すんなり通してくれたぜ? そんなに慌ててどうしたんだよ?」

 ヴィルヘルムが私の頭を優しく撫でてきた。リヒトさんの表情が見えないから、どういう状況なのか全く分からない。だけど、彼の少し息の上がった息遣いを聞く限り、私を探して屋敷中を走り回っていたようだ。

「その子をこっちに渡してくれないか?」
「まぁまぁ、落ち着けよ。そんな怖い顔すんなって。この子をお前に渡す前にさ、なんでアストライア人がお前の屋敷にいるのか教えろよ。この子はお前の子を産むために来たとか訳の分からない事を言ってたが、本当なのか?」

 ヴィルヘルムの指摘にリヒトさんは押し黙った。だが、すぐに観念したかのように「……そうだよ」と肯定したのである。

「……マジかよ、冗談かと思ったわ。どうせお兄ちゃんの差金だろ? それで? この子は一体、どこから連れて来たんだよ?」
「俺の家が経営する孤児院だ」
「孤児院? お前の家ってそんな事もしてたのか。でも、確か国内にいるアストライア人は――」
「それが分からないから調べてるんだ。本人も知りたがってるしな」
「ふーん……」

 リヒトさんがわざと言葉を遮るように言ったのを聞いて、また私だけ秘密にされてるのかと少しモヤッとしてしまった。ほんの少しだけ、ドロッとした黒い気持ちが私の心を支配し始める。

(まただわ。私が入院する前だって、周りの皆は私がアストライア人だって知ってたのに教えてくれなかった。今回も私が聞いたらショックを受けると思って何も言ってくれないのかな――)

「そうか。そういう事情なら安心したわ」
「え? わっ、キャッ……!」

 暫く二人の会話は続くかと思いきや、ヴィルヘルムがいきなり私をリヒトさんに押し返した。いきなりヴィルヘルムに突き放され、倒れ込みそうになる私をリヒトさんは優しく抱き止めてくれた。

「大丈夫か? コイツに手荒な事はされてないか?」
「あ……はい、大丈夫です」

 リヒトさんがとても心配そうな顔をしていたから、あの人ヴィルヘルムに銃を向けられた事は言わないでおこうと思った。これ以上、私のせいでリヒトさんに心配をかけてはいけない――そんな思いで一杯になったのだ。

「トイレに行きたくなったのか?」

 リヒトさんに優しく問いかけられた私は静かに頷く。すると、彼は酷く安心した表情で「とても心配したんだぞ。また君が消えてしまったと思った」と小さな子供を諭すように優しく頭を撫でてきた。

「とりあえず、部屋に戻ろう。もうすぐ件のアストライア人が護送されてくる。今回は特例のようだから、軍のお偉いさんも来るみたいなんだ。今度こそ部屋からは出ないようにしてくれ」
「……わかりました。ごめんなさい」

 私は素直に謝ると、背後からゴホンッと大きめの咳払いが聞こえてきた。

「リヒト、分かってると思うがまた今度詳しく話せよ? 後、口止め料代わりに俺の好きなバーボンのボトル、いつもの行きつけのバーでおろせよな」
「…………分かったよ」

 少し嫌そうな顔をして返事をしていたが、一方のヴィルヘルムは洗面台に置いた銃をホルスターに仕舞い、通りすがりにリヒトさんの肩をポンと叩くと、少し安心したかのような表情をしていた。

「でも、そういう事情で良かったよ。お前も女性に敬意を抱かない男に成り下がったのかと思ったわ」
「やめろ、俺はそんな下品な事なんてしない。この子の前で二度とそんな事は言うな」

 リヒトさんが真剣な表情でピシャリと言うと、ヴィルヘルムは降参と言わんばかりに両手を軽く上げた。

「おー、怖。それじゃあ、シャリファ。また会いに来るからな」

 ヴィルヘルムはわしゃわしゃと私の頭を強めに撫でてから、何事もなかったかのようにレストルームから出て行ってしまった。

「い、行っちゃった……」
「ったく、アイツはいつもあんな感じだからな」

 リヒトさんはハァ……と溜息を吐いていたが、会話のやり取りから二人は親友なのだなと思った。

 ヴィルヘルムが出て行った扉を見つめ続けていると、いきなり頭の天辺に指がぐりぐりとねじ込まれるような感覚がしたので、私は「ッ!?」と声にならない悲鳴を上げた。

「シャリファ、言い付けを破った罰だ。今日の夜はお仕置きだからな」

 彼の翡翠色の目がギラリと妖艶に輝いたのを見て、唾をゴクリ……と飲み込む。
私は顔を真っ赤にさせながら「だ、だってぇ……リヒトさんの部屋で漏らす訳にはいきませんもん」と消え入りそうな声で言うと、彼はアハハ……と笑い始めた。

「だとしても、だ。さっきアイツに抱きしめられただろ? 消毒もしなきゃな」
「キャッ! リ、リヒトさんッ!」
「アハハ……さぁ、戻ろうか」

 リヒトさんは私の首元に顔を埋めて強く吸い付いた後、私の肩を抱きながらレストルームのドアノブに手を掛けた。
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