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第四章 戻ってきた日常と甘い日々

第二十八話

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「腰が痛いよぅ……」

 リヒトさんと愛し合った後、私はうつ伏せの状態でベッドに転がっていた。彼は私が動けないのを見かねて「色々取りに行ってくる」と声をかけてから、びしょびしょに濡れたシーツ(どうしてこんなに濡れてるのか教えてくれなかった)を剥ぎ取り、足早に部屋から出て行ってしまったのだ。

 私はリヒトさんの表情を思い出し「キャーッ♡」と悶えながら枕を抱えて寝返りを打った。

「うぅ~~、腰はかなり痛いけど最高に幸せ♡ 毎日してたら身が持たないけど、リヒトさんの幸せそうな顔を見れるんだったら頑張れるかも♡」

 私は一人でムフフ……♡ とニヤけていると、部屋の外から足音が近付いてきた。

「シャリファ、お待たせ」

 氷嚢と新しいベッドシーツを持って部屋に現れたリヒトさんを見て、肌艶が良くなったなぁ……と思ってしまった。実はあれから彼の性欲に火が点いてしまい、もう一回する事となってしまったのだ。

「ありがとうございます、リヒトさ――……ッ!?」

 初めてなのに無理をしたせいなのかアソコがヒリヒリと痛み、頬が引き攣ってしまった。彼を心配させまいと私は起きあがろうとしたが腰に鈍痛が走り、呆気なく力無くベッドの上に沈み込んでしまう。

「はぅぅ、いたぁい……」
「大丈夫か? あまりにも酷いようなら医者に見せた方が――」
「は、恥ずかしくて診てもらえません!」

 真っ赤になった顔を枕で隠しながら恥ずかしがっていると、リヒトさんはベッドの側に座って少し考え込んだ後にこう提案してきた。

「そういう事なら義姉さんはどうだ? あの人は兄さんと結婚するまで軍医をやってたんだ。義姉さんが屋敷に来るならシャリファも道に迷わないだろうし……どうする?」
「…………ベルタさんに会いたいです」

 私は枕を少しズラした後、ポツリと呟く。実は早くベルタさんに会って正妻さんの事について聞きたかったのだ。

(ベルタさんも勘がいいからリヒトさんとの関係について絶対に聞かれるよね。きっと事細かに聞かれると思うから恥ずかしいけど、なりより聞きたいのは正妻さんの事だ。本当はリヒトさんの口から聞いてみたいけど、今日はやめとこ。気分を害されるだろうし、また日を改めて聞こうかな……)

 そう考えているとリヒトさんが私の頭を優しく撫でてきた。こうして寝ながら頭を撫でてくれるのも一ヶ月ぶりで、本当にここに帰ってきたんだなぁ……としみじみ思ってしまう。

「決まりだな。明日の朝一で連絡を取ってみるよ」
「お願いします、リヒトさ――」
「リヒトでいい」
「…………リ、リヒト」

 カァァ……と顔が熱くなる。まだ呼び慣れてないから照れ臭い。けど、二人だけの特別な関係だから、これからいっぱい呼んで慣れていこう。

「うふふっ♡」
「どうした?」

 私は枕をギュッと抱き締めながらリヒトさんの目を愛おしげに見つめた。

「なんでもないです! それより、今夜からまた一緒に寝てくれますか?」
「勿論だ。俺はシャリファがいないと寝れないんだから」
「……きょ、今日みたいな事もしますか?」

 少し照れながら聞くとリヒトさんもベッドに横になった。彼は私の髪を一束取ってキスを落とす。何回もされているはずなのに初めされた時のように胸がときめいてしまった。

「そうだな……たまにで良いから兄夫婦みたいに愛し合いたいな。こう見えて、兄夫婦にはずっと憧れを持ってたんだ。あの二人みたいに仲睦まじく暮らしていくのが俺の夢でもあるんだよ」

 真っ直ぐな目でそう言われて、私は更に目を輝かせた。

 ――そうか。それがリヒトさんの夢。暖かい家庭を築くのが彼の夢なら、私が彼の子供を産んで叶えてあげたい……そんな気持ちで一杯になった。

(正妻さんの事は私がそこまで気にしなくても良い……んだよね? ベルタさんとウィルフリードさんもその為に私を引き取ったって言ってたし、きっと大丈夫だよね?)

 ズキッと心が痛む。まるで人の不幸を願っているみたいで嫌になったが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせるように心の中で念じる。けれど、さっき両想いになったばかりなのに込み上げてくる不安。それを感じ取ったのかリヒトさんが「どうした?」と声をかけてきた。

「あ……」

 ここで不安そうな表情を見せるべきではないと判断した私は先程の話を思い出し、咄嗟に「わ、私が……リヒトの夢を叶えても良いですか?」ともじもじとしながら聞く。すると、リヒトさんはパァッと花が咲くような笑顔に変わり、私を自分の胸に抱き寄せた。

「俺はシャリファじゃないともう駄目なんだ。だから、ずっと俺の側にいてくれ」
「……っ」

 まるでプロポーズをされているような気分だった。昔、孤児院の施設長・マリアが外出していない時に夜中にヴェロニカとこっそり見た恋愛ドラマがあった。そのドラマは実際にあった話を題材にした作品で、紆余曲折の末に二人が結ばれ、可愛い女の子が産まれて幸せに暮らす――というものだった。

 そのドラマに出てくるような台詞に私は感動し、少し涙を浮かべながら「……はい」と答えていた。

(リヒトさんの言葉に心がじんわりと暖かくなっていく。幸せってこういう事をいうのかな……)

 心がポカポカする。ずっと、ずーっとこのまま彼と一緒にいたい。そう思った私は気が付けば、リヒトさんに向かって小指を出していた。

 これはヴェロニカと大切な約束する時、必ずやっていたおまじないだ。小指で契った約束は破られた事はない――リヒトさんとは特別な仲だからこそ、この方法で約束を交わしたいと思ったのだ。

「リヒト、指切りしましょう」
「指切り? なんだそれ?」
「軍に入った親友と大事な約束する時はこうして必ず指切りのおまじないをしてたんです。指切りしている間に神様に祈りを捧げて、破ったら天罰が下るって言われてる怖いおまじないなんですよ? だから、私との約束……ちゃんと守ってくれますか?」
「勿論だ。シャリファとの約束はちゃんと守るよ」

 私達は小指を絡めて契り合った。二人で目を瞑り、暫く神に祈りを捧げる。

「リヒトとずっと一緒にいられますように。彼との子供を授かって家族で仲良く暮らせますように。戦争が終わって皆で幸せな毎日を送れますように――」
「……それって口に出して言わなきゃいけないのか?」

 パチッと目を開けると、リヒトさんが少し照れたような表情をしていた。

「あ……つい癖で口に出しちゃいました! 本当は口に出して言っちゃいけないんです! だ、だから、えーっと……やり直しますっ!」

 慌てて訂正するとリヒトさんが噴き出すように笑い始めた。ヴェロニカにもその事で笑われた事があるから余計に恥ずかしくなってしまう。

「アッハハハ! シャリファはやっぱり可愛いな!」
「そ、そんなに笑わないで下さい……」
「フフッ……悪い悪い。でも、君の気持ちは俺にも伝わったから嬉しく思うよ」
「そういうリヒトさんは何を祈りましたか?」
「俺? 俺は秘密にしとくよ」
「えぇっ!? 勿体ぶらないで教えて下さいよぉ~~!」

 リヒトさんに甘えるように抱き付くと、「秘密ったら、秘密だ」と彼に頭をわしゃわしゃと撫でくり回されてしまった。

(あぁ、良かった。明日からリヒトさんとの生活がまた待ってるわ! 一週間後にはベスもこの屋敷に来てくれるし、ベルタさんにも近日中にきっと会える。大好きなリヒトさんとも毎日一緒に暮らせるし、明日からきっときっと幸せだよね!)

「……リヒト、キスして下さい」
「喜んで」

 もっと彼に触れていたくてキスをせがむと、すぐに唇が重なり合った。それが嬉しくて私からもキスをしようとするが腰にピキッ……と鈍痛が走り、再びベッドに沈む事となってしまった。

「はぅぅ……もう駄目……」

 それを見たリヒトさんは苦笑い。

「無理させちゃったな。ほら、うつ伏せになれ。腰を冷やすから」
「ひゃあい……」

 私はゆっくりと寝返りを打ち、彼に腰に氷嚢を乗せてもらった後、ひんやりとした冷たさを感じながら気が付けば眠ってしまっていた。
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