35 / 50
第四章 戻ってきた日常と甘い日々
第二十三話 (微♡)
しおりを挟む
3
「熱くないか?」
「だ……だだ、大丈夫です!」
何十人と入れる大きな浴槽に二人きり。円形の浴槽の中心に佇む白い女神像が持つ瓶から温泉が流れ落ちる音だけが響いていた。湯の色は白く濁っており、温泉特有の熱を孕んでいるのか普段の湯の温度よりも熱く感じる。私は生まれて初めて浸かる温泉に感動していたが、今は心臓が破裂してしまいそうなくらいドキドキしていた。
(どうしよう! ただでさえ恥ずかしいのに~~!)
リヒトさんと一緒に湯船に浸かっているのだが、なんと私は彼の足の間にちょこんと座らされていた。このまま彼にもたれかかってしまうと、また頸や背中に吸い付かれてしまいそうだったので、膝を抱えた状態でジッとしているという訳である。
カチコチに緊張した様子の私を見たリヒトさんは「襲ったりしないからそんなに警戒しないでくれ」と笑いながら言ってくれたが、私はすぐさま顔を左右に振り、「は、恥ずかしいから駄目です」と消え入りそうな声を発した。
「全く、何をそんなに恥ずかしがる必要があるのかサッパリ分からないな」
「うぅ……私は女の子だから色々と恥ずかしいですよ」
リヒトさんを異性として意識しているせいか、私はますます恥ずかしくなって視線を落とした。暫く水面にゆらゆらと揺れ映る自分の顔を見つめていると、視界の端でリヒトさんが温泉に浸かっていた私の髪を一束手に取るのが見えた。そのまま彼が私の髪にチュッとキスを落とすのを見てしまい、また身体の奥に火がついたように熱くなってしまう。
「髪を洗ってる時から思ってたんだが、シャリファは本当に綺麗な髪をしているな」
「そ、そんな事初めて言われました。癖毛で毛先がよく絡まっちゃうから、施設の男の子達から金束子みたいだって言われてたんです」
私は謙遜しつつ当時の事を思い出す。今思えば、異性から揶揄われてばっかりだった。中には仲の良かった男の子もいて、私は意地になって相手に言い返したりしていたが、大半はヴェロニカに守ってもらってばかりだった。
(それで今度はリヒトさんに守ってもらってるのよね。でも、このままじゃ駄目ね。私もヴェロニカやベルタさんのように強い女性にならなくちゃ!)
私は勝手に一人で意気込んでいたが、背後にいるリヒトさんはいきなり私が口を噤んでしまったので落ち込んでいると思ったのか、「シャリファ、もう少し自分に自信を持て。君はとても綺麗だ」とハッキリとした口調で伝えてきた。
「君は心優しいし、この荒んだ時代には珍しく純粋な心も持っている。けど、そんな君に惹かれる人間もいるって事を忘れないで欲しい」
「リ、リヒトさん……」
リヒトさんの真っ直ぐな言葉に私は心がじんわりと暖かくなるのを感じた。
(リヒトさんって、やっぱり優しい人だなぁ……)
鼻の奥が少しツンとしてきたのでスンと小さく鼻を啜る。彼の言葉に嬉しくなり、つい口元が緩んでしまったが、すぐに気を引き締めるような面持ちに変わった。
そう――リヒトさんの事をますます好きになってしまいそうで怖くなったのだ。
(リヒトさんは既婚者だから好きになっちゃ駄目。この気持ちは早い段階で捨てないと!)
色々と理由をこじつけて自分にそう言い聞かせ始めた。
(私は孤児だ。私の立場では彼の隣には立てないのに、これ以上距離を縮めてしまったら、ずっとリヒトさんの隣にいたいと欲張ってしまいそう……だから、早い段階で恋の芽は摘まないと――)
ここである疑問が浮上してきた。リヒトさんの赤ちゃんを産んだら私はどうなってしまうんだろう? という疑問だ。
急に不安になり、足を抱える手をギュッと握りしめた。施設にいた頃、私と同じ選択をした子達はその後の消息が分からないのだ。そのまま幸せに暮らしてたら良いなと思う。だが、もしも不幸せな状況下で暮らしていたらどうなるのだろう――そんな事を考えたのだ。
「シャリファ、どうしたんだ?」
私の雰囲気が変わったのを察したのかリヒトさんが手を止めた。そのまま顔を覗き込まれそうな気がしたので、無理やり笑顔を作って彼に振り向き、「なんでもないですよ!」と明るく振る舞う。
「本当に何もないのか?」
「もうリヒトさんったら心配性なんですから! あ……そう言えば、リヒトさん。私がどうして海浜公園にいたって分かったんですか?」
聞こうと思ってずっと忘れていた。あの時、既に軍司令部で爆発が起こっていたはずなのに、どうしてリヒトさんは海浜公園にいたんだろう? 偶然にしては出来すぎているような気がしたので、とても気になっていたのだ。
私の質問にリヒトさんは「あー……」と発しながら記憶を辿りつつ話してくれた。
「本邸から出る時に義姉さんから貰った鞄があっただろ? アレに秘密があるんだ。シャリファが屋敷で迷ったのを見て、念の為に発信機を付けといた方が良いって思ったらしい。でも、すぐに活躍するとは思わなかったけどな」
リヒトさんが苦笑いしていたが、一方の私は口を開けて唖然としてしまった。あんな小さな鞄にそんな物が仕掛けられているとは思わず、恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまう。
しかし、だ。気立ての良いお姉さんだと思って憧れていたけど、普通の一般女性が発信機を扱うなんて事あるんだろうか?
(ベ……ベルタさんは一体、何者なんだろう?)
ますます疑問が深まっていった。
「その発信機があったからシャリファを見つけ出せたんだ。その点は義姉さんに感謝しないとな」
「そうですね。また今度、ベルタさん達にお礼を言いにいかないと」
「だな。後、シャリファを刺したアストライア人の件だが――」
そこまで言うとリヒトさんは何故か言い淀んでしまった。らしくないと思ってジッと彼の顔を見つめる。物凄く複雑そうな表情をしながら口を開いたり閉じたりを繰り返しているのを見て、私は悪い方を考えてしまった。
(もしかして、ベスが処刑されてしまったのでは!?)
そう思った私はか細い声で「ベ……ベスは死んでしまったんですか?」と恐る恐る聞く。すると、リヒトさんはすぐに首を左右に振った。
「実は彼女は監視も兼ねてここで働く事になった」
「へ? 働く?」
う、嘘でしょ? ベスがここで働く? 一体、何がどうなって、そうなったのだろうか。
リヒトさんは「あぁ、どこから話すべきかな……」と独り言を漏らした後、一気に疲れたような表情に変わった。
「あの爆発事故のせいで本部の牢が半壊になったんだ。捕まっていた大勢の捕虜達は爆発に乗じて逃げ出したんだが、件のアストライア人は牢が開いていたにも関わらず、椅子に座ったまま逃げ出さなかったんだ」
「ど、どうして逃げなかったんですか?」
「彼女に事情を聞いてみたら、怪我をさせてしまったあの子に謝ってないから逃げ出さなかったんだと。あの子に謝らない限り、私はここから逃げないって宣言したんだ」
「……嘘」
驚いて数回瞬きを繰り返す。まさかあの愛国心が強いベスが私に謝る為だけにそんな選択をするだなんて思いもしなかったのだ。
「それでここに来る事になったんですか?」
「一悶着あったが、大体はそんな所だな」
リヒトさんは渋い顔をしていたが、一方の私はベスに会えると思っただけで嬉しくなった。アストライア連合王国について知る為に彼女に会いたいと思っていたから、リヒトさんに問い詰めるようにグイグイと顔を近付けていた。
「ベスにはいつ会えるんですか!?」
「も、諸々の手続きがあるから一週間後くらいかな?」
「分かりました、一週間後ですね! 楽しみになってきました!」
「……なぁ、本当に怖くないのか? 怪我を負わされたんだぞ? 彼女を許せるのか?」
リヒトさんが怪訝そうな表情で訪ねてきた。表情を察するにどうやら彼はベスが自分の屋敷に来るのは反対のようだ。私が少しでも嫌悪感を見せていたら、彼女がここで働く事はなかったのだろう。
リヒトさんの反応が普通なんだろうけど、私は一ミリもベスに対して恐怖は抱かなかった。
(きっと、大丈夫。彼女と良いお友達になれるわ!)
根拠はないが、何故か私はベスと親友になれるような気がしていた。私は決意するかのように拳を握り、自分の格好も忘れてそのまま勢いよく湯船から立ち上がった。
「絶対に大丈夫ですよ! リヒトさんもきっと彼女と仲良くなれますから!」
「シャ!? ちょっ――」
「ベスと何のお話をしようか迷っちゃうわ――あ、そうだ! ベスはチョコレートが好きなはずだから、甘い物を作ってあげようかしら!」
「シャ……シャリファ」
「でも、彼女の好きな物を聞いてからにした方が良いかな? だって、彼女とはほぼ初対面だもの! ドロテーアに教えてもらったティータイムの作法を披露する良い機会だわ!」
「シャリファ!!」
「あ――すみません、リヒトさん! 一人で盛り上がっちゃいました!」
私はすっかり一人で舞い上がってしまっていた。だが、ここでリヒトさんが私から目を背けながら真っ赤な顔をしている事にようやく気が付いたのである。
「えっと……前を隠さなくても良いのか?」
「え、前? ッッ!? キャ……キャアァァァァァァッ!!??」
大浴場に響く大きな悲鳴。それはリヒトさんが両手で耳を塞ぐ程の声量だった。湯煙が立ち込めているとはいえ、こんなにも距離が近いのだ。カモフラージュにすらならない。
「うぅっ、私の馬鹿ぁぁ……」
私は頭が真っ白になっていた。今日、使用人達がいなくて本当に良かったと思う。いたらドロテーア辺りが掃除用のブラシを持って、浴室へ突撃しに来たかもしれない。
(もう嫌だ。恥ずかしすぎて死にたい……死にたい、死にたい、死にたいっ! どうして私っていつもこうなるの~~!?)
身体の前面だけは見せないよう努めてきたのに自分の不注意で全てを曝け出す事となってしまった。私は恥ずかしすぎて、すぐに湯船に身体を肩まで沈めてリヒトさんに背を向ける。
「もうやだぁぁ……」
「ブフ……フフフッ!」
リヒトさんが口元を押さえながらククッと笑い始めた。私に気を遣っているのか、笑い声を押し殺しながら笑っているようである。
私はますます恥ずかしくなってしまい、「リヒトさぁん……そんなに笑わないで下さい」と弱々しい声で呟くと彼は背後からギューッと抱き締めてきた。
「やはり君は俺の癒しだな」
「い、癒しですか?」
そんな事を言われるとは思ってもいなかったので、思わず照れ笑いをしてしまう。
「あぁ、君といるだけで心が癒されるよ」
穏やかな顔で笑うリヒトさんを見て、私はまたドキドキと心臓が鳴り出した。頬に手を添えられ、こちらを向くように促された後、彼の深い翡翠色の目がどんどん近づいてきた。
「……ん」
静かに目を閉じると唇が重なり合う感触がした。リヒトさんの唇は柔らかくて暖かい。相変わらず口から心臓が飛び出そうなくらいにドキドキしちゃうけど、彼とのキスが好きな私はとっても嬉しく思ってしまう。
(ずっと、このままキスしていたいな……)
リヒトさんが私の唇を食みながら角度を変えて貪るようにキスをしてきた。このままいつも通りのキスをするんだと思っていたんだけど、今日は少し違った。
(あれ……なんだかいつもと違う?)
私がその事に気が付いた時にはリヒトさんの唇が私の頬から顎へと次第に南下していった辺りだった。
「あっ、あの……リヒトさん?」
何をされるか分からず、ほんの少しだけ身体が強張ってしまったが、リヒトさんは私を安心させるかのように手を優しく握り締めてきた。そして、私の首に顔を埋めた後、熱くて湿った舌でベロリと舐め上げ、チュッと強めに吸い上げてきた。
「ひゃっ!? リ、リヒト……さーー」
全身の力が抜けるようだった。感じた事のないゾクゾクとした感覚に足がヒクンッ! と震えてしまう。数秒の間、チューーッと吸われ続けた後、ようやくリヒトさんが離してくれた。
「い、いきなり何をするんですか……」
吸われた箇所を手で押さえながら恐々と聞くと、リヒトさんは「虫除けだ」と私の首元を見ながら満足そうに答えた。
「む、虫除けってなんですか?」
「他の男が寄り付かないようにしたんだ」
「……ええっと、ありがとうございます?」
彼が何故そんな事をする必要があったのか意味が分からなかった。だが、吸われた箇所がとっても気になったので、鏡を見てみようと湯船から立ちあがろうとした瞬間――自分の身体が少しおかしい事に気が付いた。
(あれ……どうして、アソコがヌルッとしてるんだろう?)
普段は感じられないヌルッとした感触に疑問符がいくつも浮かぶ。それに加えてアソコがジンジンとする事に気が付いたのだ。
「シャリファ、上がるのか?」
深く考える前にリヒトさんが話しかけてきた。
「は、はい。逆上せちゃいそうなので……」
「そうか、なら先に上っといてくれ。俺はもう少し浸かってから出るから」
リヒトさんは温泉を両手で掬って、バシャバシャと顔を洗い始めた。
「分かりました。じゃあ、先に脱衣所で涼んでおきますね」
リヒトさんに背を向けてから湯船から立ち上がり、脱衣所に向かったのだが、本音を言うとアソコのヌルッとした不快な感触をシャワーで洗い流したかった。
(うぅ~~、恥ずかしい! 早くトイレに行こう!)
脱衣所内に備え付けてあるレストルームに駆け込み、鍵をかけて便座に腰掛ける。すぐさまペーパーを手に取り、丁寧にアソコを拭くとテラテラとした艶かしい透明の液体が付着していた。
「何これ? なんでこんなにヌルヌルしてるの?」
目をパチパチと瞬きした後、レストルームに備え付けられている鏡を見やる。すると、リヒトさんに吸われた箇所に綺麗な赤い花が咲いていたので、ようやくリヒトさんが言った虫除けの意味を理解したのだった。
「熱くないか?」
「だ……だだ、大丈夫です!」
何十人と入れる大きな浴槽に二人きり。円形の浴槽の中心に佇む白い女神像が持つ瓶から温泉が流れ落ちる音だけが響いていた。湯の色は白く濁っており、温泉特有の熱を孕んでいるのか普段の湯の温度よりも熱く感じる。私は生まれて初めて浸かる温泉に感動していたが、今は心臓が破裂してしまいそうなくらいドキドキしていた。
(どうしよう! ただでさえ恥ずかしいのに~~!)
リヒトさんと一緒に湯船に浸かっているのだが、なんと私は彼の足の間にちょこんと座らされていた。このまま彼にもたれかかってしまうと、また頸や背中に吸い付かれてしまいそうだったので、膝を抱えた状態でジッとしているという訳である。
カチコチに緊張した様子の私を見たリヒトさんは「襲ったりしないからそんなに警戒しないでくれ」と笑いながら言ってくれたが、私はすぐさま顔を左右に振り、「は、恥ずかしいから駄目です」と消え入りそうな声を発した。
「全く、何をそんなに恥ずかしがる必要があるのかサッパリ分からないな」
「うぅ……私は女の子だから色々と恥ずかしいですよ」
リヒトさんを異性として意識しているせいか、私はますます恥ずかしくなって視線を落とした。暫く水面にゆらゆらと揺れ映る自分の顔を見つめていると、視界の端でリヒトさんが温泉に浸かっていた私の髪を一束手に取るのが見えた。そのまま彼が私の髪にチュッとキスを落とすのを見てしまい、また身体の奥に火がついたように熱くなってしまう。
「髪を洗ってる時から思ってたんだが、シャリファは本当に綺麗な髪をしているな」
「そ、そんな事初めて言われました。癖毛で毛先がよく絡まっちゃうから、施設の男の子達から金束子みたいだって言われてたんです」
私は謙遜しつつ当時の事を思い出す。今思えば、異性から揶揄われてばっかりだった。中には仲の良かった男の子もいて、私は意地になって相手に言い返したりしていたが、大半はヴェロニカに守ってもらってばかりだった。
(それで今度はリヒトさんに守ってもらってるのよね。でも、このままじゃ駄目ね。私もヴェロニカやベルタさんのように強い女性にならなくちゃ!)
私は勝手に一人で意気込んでいたが、背後にいるリヒトさんはいきなり私が口を噤んでしまったので落ち込んでいると思ったのか、「シャリファ、もう少し自分に自信を持て。君はとても綺麗だ」とハッキリとした口調で伝えてきた。
「君は心優しいし、この荒んだ時代には珍しく純粋な心も持っている。けど、そんな君に惹かれる人間もいるって事を忘れないで欲しい」
「リ、リヒトさん……」
リヒトさんの真っ直ぐな言葉に私は心がじんわりと暖かくなるのを感じた。
(リヒトさんって、やっぱり優しい人だなぁ……)
鼻の奥が少しツンとしてきたのでスンと小さく鼻を啜る。彼の言葉に嬉しくなり、つい口元が緩んでしまったが、すぐに気を引き締めるような面持ちに変わった。
そう――リヒトさんの事をますます好きになってしまいそうで怖くなったのだ。
(リヒトさんは既婚者だから好きになっちゃ駄目。この気持ちは早い段階で捨てないと!)
色々と理由をこじつけて自分にそう言い聞かせ始めた。
(私は孤児だ。私の立場では彼の隣には立てないのに、これ以上距離を縮めてしまったら、ずっとリヒトさんの隣にいたいと欲張ってしまいそう……だから、早い段階で恋の芽は摘まないと――)
ここである疑問が浮上してきた。リヒトさんの赤ちゃんを産んだら私はどうなってしまうんだろう? という疑問だ。
急に不安になり、足を抱える手をギュッと握りしめた。施設にいた頃、私と同じ選択をした子達はその後の消息が分からないのだ。そのまま幸せに暮らしてたら良いなと思う。だが、もしも不幸せな状況下で暮らしていたらどうなるのだろう――そんな事を考えたのだ。
「シャリファ、どうしたんだ?」
私の雰囲気が変わったのを察したのかリヒトさんが手を止めた。そのまま顔を覗き込まれそうな気がしたので、無理やり笑顔を作って彼に振り向き、「なんでもないですよ!」と明るく振る舞う。
「本当に何もないのか?」
「もうリヒトさんったら心配性なんですから! あ……そう言えば、リヒトさん。私がどうして海浜公園にいたって分かったんですか?」
聞こうと思ってずっと忘れていた。あの時、既に軍司令部で爆発が起こっていたはずなのに、どうしてリヒトさんは海浜公園にいたんだろう? 偶然にしては出来すぎているような気がしたので、とても気になっていたのだ。
私の質問にリヒトさんは「あー……」と発しながら記憶を辿りつつ話してくれた。
「本邸から出る時に義姉さんから貰った鞄があっただろ? アレに秘密があるんだ。シャリファが屋敷で迷ったのを見て、念の為に発信機を付けといた方が良いって思ったらしい。でも、すぐに活躍するとは思わなかったけどな」
リヒトさんが苦笑いしていたが、一方の私は口を開けて唖然としてしまった。あんな小さな鞄にそんな物が仕掛けられているとは思わず、恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまう。
しかし、だ。気立ての良いお姉さんだと思って憧れていたけど、普通の一般女性が発信機を扱うなんて事あるんだろうか?
(ベ……ベルタさんは一体、何者なんだろう?)
ますます疑問が深まっていった。
「その発信機があったからシャリファを見つけ出せたんだ。その点は義姉さんに感謝しないとな」
「そうですね。また今度、ベルタさん達にお礼を言いにいかないと」
「だな。後、シャリファを刺したアストライア人の件だが――」
そこまで言うとリヒトさんは何故か言い淀んでしまった。らしくないと思ってジッと彼の顔を見つめる。物凄く複雑そうな表情をしながら口を開いたり閉じたりを繰り返しているのを見て、私は悪い方を考えてしまった。
(もしかして、ベスが処刑されてしまったのでは!?)
そう思った私はか細い声で「ベ……ベスは死んでしまったんですか?」と恐る恐る聞く。すると、リヒトさんはすぐに首を左右に振った。
「実は彼女は監視も兼ねてここで働く事になった」
「へ? 働く?」
う、嘘でしょ? ベスがここで働く? 一体、何がどうなって、そうなったのだろうか。
リヒトさんは「あぁ、どこから話すべきかな……」と独り言を漏らした後、一気に疲れたような表情に変わった。
「あの爆発事故のせいで本部の牢が半壊になったんだ。捕まっていた大勢の捕虜達は爆発に乗じて逃げ出したんだが、件のアストライア人は牢が開いていたにも関わらず、椅子に座ったまま逃げ出さなかったんだ」
「ど、どうして逃げなかったんですか?」
「彼女に事情を聞いてみたら、怪我をさせてしまったあの子に謝ってないから逃げ出さなかったんだと。あの子に謝らない限り、私はここから逃げないって宣言したんだ」
「……嘘」
驚いて数回瞬きを繰り返す。まさかあの愛国心が強いベスが私に謝る為だけにそんな選択をするだなんて思いもしなかったのだ。
「それでここに来る事になったんですか?」
「一悶着あったが、大体はそんな所だな」
リヒトさんは渋い顔をしていたが、一方の私はベスに会えると思っただけで嬉しくなった。アストライア連合王国について知る為に彼女に会いたいと思っていたから、リヒトさんに問い詰めるようにグイグイと顔を近付けていた。
「ベスにはいつ会えるんですか!?」
「も、諸々の手続きがあるから一週間後くらいかな?」
「分かりました、一週間後ですね! 楽しみになってきました!」
「……なぁ、本当に怖くないのか? 怪我を負わされたんだぞ? 彼女を許せるのか?」
リヒトさんが怪訝そうな表情で訪ねてきた。表情を察するにどうやら彼はベスが自分の屋敷に来るのは反対のようだ。私が少しでも嫌悪感を見せていたら、彼女がここで働く事はなかったのだろう。
リヒトさんの反応が普通なんだろうけど、私は一ミリもベスに対して恐怖は抱かなかった。
(きっと、大丈夫。彼女と良いお友達になれるわ!)
根拠はないが、何故か私はベスと親友になれるような気がしていた。私は決意するかのように拳を握り、自分の格好も忘れてそのまま勢いよく湯船から立ち上がった。
「絶対に大丈夫ですよ! リヒトさんもきっと彼女と仲良くなれますから!」
「シャ!? ちょっ――」
「ベスと何のお話をしようか迷っちゃうわ――あ、そうだ! ベスはチョコレートが好きなはずだから、甘い物を作ってあげようかしら!」
「シャ……シャリファ」
「でも、彼女の好きな物を聞いてからにした方が良いかな? だって、彼女とはほぼ初対面だもの! ドロテーアに教えてもらったティータイムの作法を披露する良い機会だわ!」
「シャリファ!!」
「あ――すみません、リヒトさん! 一人で盛り上がっちゃいました!」
私はすっかり一人で舞い上がってしまっていた。だが、ここでリヒトさんが私から目を背けながら真っ赤な顔をしている事にようやく気が付いたのである。
「えっと……前を隠さなくても良いのか?」
「え、前? ッッ!? キャ……キャアァァァァァァッ!!??」
大浴場に響く大きな悲鳴。それはリヒトさんが両手で耳を塞ぐ程の声量だった。湯煙が立ち込めているとはいえ、こんなにも距離が近いのだ。カモフラージュにすらならない。
「うぅっ、私の馬鹿ぁぁ……」
私は頭が真っ白になっていた。今日、使用人達がいなくて本当に良かったと思う。いたらドロテーア辺りが掃除用のブラシを持って、浴室へ突撃しに来たかもしれない。
(もう嫌だ。恥ずかしすぎて死にたい……死にたい、死にたい、死にたいっ! どうして私っていつもこうなるの~~!?)
身体の前面だけは見せないよう努めてきたのに自分の不注意で全てを曝け出す事となってしまった。私は恥ずかしすぎて、すぐに湯船に身体を肩まで沈めてリヒトさんに背を向ける。
「もうやだぁぁ……」
「ブフ……フフフッ!」
リヒトさんが口元を押さえながらククッと笑い始めた。私に気を遣っているのか、笑い声を押し殺しながら笑っているようである。
私はますます恥ずかしくなってしまい、「リヒトさぁん……そんなに笑わないで下さい」と弱々しい声で呟くと彼は背後からギューッと抱き締めてきた。
「やはり君は俺の癒しだな」
「い、癒しですか?」
そんな事を言われるとは思ってもいなかったので、思わず照れ笑いをしてしまう。
「あぁ、君といるだけで心が癒されるよ」
穏やかな顔で笑うリヒトさんを見て、私はまたドキドキと心臓が鳴り出した。頬に手を添えられ、こちらを向くように促された後、彼の深い翡翠色の目がどんどん近づいてきた。
「……ん」
静かに目を閉じると唇が重なり合う感触がした。リヒトさんの唇は柔らかくて暖かい。相変わらず口から心臓が飛び出そうなくらいにドキドキしちゃうけど、彼とのキスが好きな私はとっても嬉しく思ってしまう。
(ずっと、このままキスしていたいな……)
リヒトさんが私の唇を食みながら角度を変えて貪るようにキスをしてきた。このままいつも通りのキスをするんだと思っていたんだけど、今日は少し違った。
(あれ……なんだかいつもと違う?)
私がその事に気が付いた時にはリヒトさんの唇が私の頬から顎へと次第に南下していった辺りだった。
「あっ、あの……リヒトさん?」
何をされるか分からず、ほんの少しだけ身体が強張ってしまったが、リヒトさんは私を安心させるかのように手を優しく握り締めてきた。そして、私の首に顔を埋めた後、熱くて湿った舌でベロリと舐め上げ、チュッと強めに吸い上げてきた。
「ひゃっ!? リ、リヒト……さーー」
全身の力が抜けるようだった。感じた事のないゾクゾクとした感覚に足がヒクンッ! と震えてしまう。数秒の間、チューーッと吸われ続けた後、ようやくリヒトさんが離してくれた。
「い、いきなり何をするんですか……」
吸われた箇所を手で押さえながら恐々と聞くと、リヒトさんは「虫除けだ」と私の首元を見ながら満足そうに答えた。
「む、虫除けってなんですか?」
「他の男が寄り付かないようにしたんだ」
「……ええっと、ありがとうございます?」
彼が何故そんな事をする必要があったのか意味が分からなかった。だが、吸われた箇所がとっても気になったので、鏡を見てみようと湯船から立ちあがろうとした瞬間――自分の身体が少しおかしい事に気が付いた。
(あれ……どうして、アソコがヌルッとしてるんだろう?)
普段は感じられないヌルッとした感触に疑問符がいくつも浮かぶ。それに加えてアソコがジンジンとする事に気が付いたのだ。
「シャリファ、上がるのか?」
深く考える前にリヒトさんが話しかけてきた。
「は、はい。逆上せちゃいそうなので……」
「そうか、なら先に上っといてくれ。俺はもう少し浸かってから出るから」
リヒトさんは温泉を両手で掬って、バシャバシャと顔を洗い始めた。
「分かりました。じゃあ、先に脱衣所で涼んでおきますね」
リヒトさんに背を向けてから湯船から立ち上がり、脱衣所に向かったのだが、本音を言うとアソコのヌルッとした不快な感触をシャワーで洗い流したかった。
(うぅ~~、恥ずかしい! 早くトイレに行こう!)
脱衣所内に備え付けてあるレストルームに駆け込み、鍵をかけて便座に腰掛ける。すぐさまペーパーを手に取り、丁寧にアソコを拭くとテラテラとした艶かしい透明の液体が付着していた。
「何これ? なんでこんなにヌルヌルしてるの?」
目をパチパチと瞬きした後、レストルームに備え付けられている鏡を見やる。すると、リヒトさんに吸われた箇所に綺麗な赤い花が咲いていたので、ようやくリヒトさんが言った虫除けの意味を理解したのだった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる