私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達

番外編:とある新兵の葛藤①

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「本日付で訓練課程は修了だ! 貴様達には追って配属先を通達する!」

 教官の言葉を聞いた訓練兵達は「ありがとうございました!」と声を張り上げながら敬礼をした。

 あぁ、やっと終わった……というのが私、ヴェロニカ・ザイファートの率直な感想だった。孤児院にいる時は苗字を名乗っていなかったが、陸軍に入隊してからはザイファートの名で通っている。

 教官達は何も言わなかったが、どうも各戦線の状況が思わしくないらしい。
本来なら三ヶ月間みっちりと訓練しなければならない所、私達は約一ヶ月で必要最低限の知識と技量を身に付けた。後は配属先で各自揉まれろという訳である。

「うぅ、甘い物が食べたいなぁ……」

 お腹がキュルル……と鳴く。身体が糖分を欲していた。後、水分も塩分も欲しい。この際、苦手な辛い物でも何でも良いから胃に食べ物を入れたかった。

 この一ヶ月間、まともな物を食べていなかった。最初の方は乾パンと水で過ごした。だが、訓練の中盤に差し掛かってくると携帯食料は尽き、自給自足の生活を強いられた。
食べられるキノコの見分け方や貴重なタンパク源である野生の鹿を仕留めたり、獲物が見つからない時は木の幹をベリベリと剥がして生きている幼虫を食べた。あの時の形容し難い土っぽい味は今思い返しても吐きそうになる。

「あぁ、夜はまともな物を食べよう。今日くらい人間らしいご飯を食べたってバチは当たらないよね」

 一ヶ月程前に街へ繰り出してショッピングしたり、ケーキを食べたりしていたのがとても懐かしく感じる。

 シャリファ、元気かなぁ……シェーンベルク様の元で元気に暮らしてると良いけど。

 そう思いながら、私はカーキ色の戦闘服の上から胸をそっと撫でた。本当はいけないが、軍から支給されたドッグタグにシャリファとお揃いで買った兎のキーホルダーをこっそり付けている。これを肌身離さず着けていないとなんだか落ち着かないのだ。

「お疲れ、ヴェロニカ!」
「わっ! あぁ……ニーア。お疲れ様」

 背後からいきなり抱きついてきたのはニーア・パシュケ。この訓練チームで唯一、私の事を名前で呼んでくれる友人である。

「あはは、お互いボロボロだねー」
「そうだね。お陰で身体中バキバキ……」

 私は訓練中に使っていたライフルを持ち直しながら言うと、ニーアも足元に置いていたライフルを持って「さぁ、寄宿舎我が家へ戻ろうか」と促してきた。

 私達は疲れてヨロヨロとした足取りで寄宿舎へと向かいながら「はぁー、まさかここまで厳しいとは思ってもみなかったなぁ……」と思わず心境を吐露する。ニーアも苦笑いしながら同意した後「でも、連合王国を倒す為に頑張らないと!」と意気込む姿を見て、私は複雑な気持ちになった。

 何故なら、私の親友はアストライア人だと孤児院を出る前日の夜に知ってしまったからだ。今までの私は戦争を終わらせたい、両親の仇を討ちたいとばかり考えていた。

 あの日の夜、施設長がベルタ様と口論していた時にシャリファはアストライア人だと口にしていたのが聞こえて以来、シャリファが敵国の人間なんて何かの間違いだと思いながら訓練に取り組んできた。

 しかし、一番最初の座学で教官から連合王国はどういう戦術と武器を使用するのか勉強する際に私は絶望する事となった。
親友と同じ容姿である陶器のような白い肌に銀の髪を持った美しい人間がスクリーンに映し出された瞬間、現実を突き付けられてしまったのである。

 ……それでも、シャリファは私の唯一の親友だ。それは今までもこれからも変わらないし、断言できる。でも––––スコープを覗き込んだ時に親友と同じ容姿を持つ人間相手に引き金を引けるかと問われれば、できると即答は出来なかった。

 こんな気持ちでライフルを握ってて良いのかな。でも、仲間に親友がアストライア人だなんて言ったら密告されてシャリファが処刑されてしまうだろうし……。

「……ニカ、ヴェロニカったら!」
「あ––––ご、ごめん。ボーッとしてた!」

 色々考えているうちに寄宿舎の玄関に着いていた。ニーアは建物の受付で今日到着した郵便の束を受け取っている。

「ほら、今週は私達が郵便当番でしょ? ボーッと突っ立ってたらアストライア軍に蜂の巣にされちゃうわよ。はい、貴方への手紙!」

 上等な白い封筒に赤い封蝋がされている手紙をニーアから受け取った。Sというアルファベットの封蝋が押されているのを見て、私は「あっ……」と声を漏らし、目を輝かせた。封筒を裏返すとシャリファという名前が筆記体で書かれている。

「シャリファからだ!」

 私は郵便当番の仕事をそっちのけで手紙の封を開けると仄かに薔薇の良い香りがしたので、私は暫く封筒ごと鼻に近づけてフンフンと一心不乱に匂いを嗅ぐ。

「ふわぁぁ……なんて良い香りなんだろう! 暫く、汗と砂埃に塗れて女の子らしい匂いなんて嗅いでなかったから癒されるぅぅ~~っ!」

 私は頬を緩めながら早速、手紙の内容を読み始めた。


 拝啓 ヴェロニカ・ザイファート様

 貴方が軍へ行ってから初めて手紙を書くからドキドキするわ。まだ肌寒い日が続いてるけど、大丈夫? 風邪ひいてない? 訓練は厳しいと思うけど、無理はしないでね。

 私は今、ウィルフリード様の弟であるリヒト・シェーンベルク様の邸宅で過ごさせてもらってるの。貴方の訓練先もリヒトさんにお願いして確認してもらったから、この手紙はちゃんと貴方の元に届いてるはず……よね?

 もしかしたら、ヴェロニカもリヒトさんと一緒にお仕事ができる日が来るかもしれないわ。軍人としてのリヒトさんはあまりよく知らないけど、とっても良い人だから安心してね。すごく優しい人だし、孤児だった私にも気を遣って下さるし、この前は私の為に紅茶を買ってくださったの! 人に優しくしてもらうなんて貴方意外にそういないわ。リヒトさんに貴方の事を今すぐに紹介したいくらいよ!

 あぁ、ヴェロニカに会いたいなぁ。ねぇ、いつ会える? やっぱり手紙じゃなくて色々喋りたいわ。戦争が終わってからじゃなくて、今すぐにでも会いたいなぁ……難しいかな?

 ––––というわけで、私からの近況報告は以上です。
貴方からの返事待ってるからね!

 貴方の親友 シャリファより

「シャリファ……元気そうで良かった」

 私は嬉しくて手紙に顔を埋めた。親友のシャリファがシェーンベルク様の元で元気に過ごしている事に安堵し、涙が少しだけ滲む。

「よーし、部屋に帰ったら返事を書くぞ!」
「ヴェロニカ~? その前に手紙を分けるの手伝って頂戴?」

 ニーアが微笑みながら私に注意をする。それを聞いた私は「あ、ゴメンね!」と謝り、慌てて手紙を分けるのを手伝い始めた。
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